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| THE LIGHT RIDER ストイックなんかじゃないバイク乗り(だった) |
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下の写真は借り物ですが、わたしの所有していたものと同型機種です。 |
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honda VT250F 生まれて初めて買ったオートバイ。6ヶ月の社内ローンを利用したのでその間は生活がひじょうに苦しかったのを思い出す。――――今思えばとても良くできたスポーツバイクで須藤くんとその頃は彼のドゥカティ900と連れ立って遊んでいた。――――思い立って、冬に尾瀬まで単独でこの車にのってスキーに出かけた。手ぶらで行って、用具を借りて滑りました。――――そしたら帰りみち、川越のあたりで急左折の四輪にまきこまれ宙を舞った。ほんとうにストップモーションだった。ブルース・リーとかジャッキー・チェン、まあ体操選手の感覚をほんの少し、垣間見ることができたような錯覚に酔いしれた‥――――エンジンが熱くなりすぎるっていう欠点はあったので、ときどき休ませる意識で運転する気遣いは必要だった。 |
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honda XLX250R 主に多摩川近辺であそんでいた。そこそこ重く、車高もたかいので取り回しは良くはないが、ぼくの行動範囲にあっていたため、もっとも距離数をかせいだ車だった。――――XJ400改造車で何処へでも乗り入れる伊東ちゃんに色々教わったが、その後いさかいを起こして何かつまらなくなり、おれはホンダをやめてしまった。――――いい会社だけどナベさんも、平田も、アイツらもけっこう辞める奴は後を絶たなかったな。入交さんもそういえばセガからも抜けちゃったんだよね。――――当時将来の社長とばかり思っていたのに、ホンダの実際は泥臭い社風には彼のスマートさは不向きだったかもね。――――そういえばこの車も物凄くどろくさいよね‥グラフィックではまあまあだったようだけども、タンク周りのデザイン処理が不適切だったと感じる。タンクの材質がエンプラ系だったらもっとスマートな印象だったろうに。山道や林道、堤防の道無きみちにはこれでないと入り込めないのでほんと役に立ってくれました。 |
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honda CBX400 custom とても重量感のある(実際重い)車だったが、ナベさんの伊豆の別荘に行くときには楽ちんだったし、今のかみさんとも結婚前によくこれでアチコチ出かけた。――――アメリカンは長距離高速ツーリングにはとても向いている。このモデルは小回りはたしかに苦手だけれどいざとなれば、そこはCBXエンジンである。よくがんばってくれた。――――しかし最後はシャイン仙台柳生第二マンションの駐車場から忽然と姿を消してしまったのだった。キム・ジョンイルの仕業だと、ひそかに疑っている――――この車では、小沢くんのBMW650とよくでかけた。八ヶ岳方面の初秋のツーリングはとても気に入った。20年以上まえだから経路も何もかすかにしか覚えぢゃいないが蓼科のメルヘン街道を通っている。でも当時はメルヘン街道なんて云うへんな名前はまだなかった。麦草ヒュッテは当時も存在していて僕らがバイクを止めて、中に入ったらいきなり加藤登紀子と鉢合わせした。おたがい、あらゴメンよ状態だった。どうも前日、例の酒飲みコンサートだったらしい。なんか今起きておいしい朝のコーヒーいただきました。ってな感じで素な雰囲気が良かった。――――メーターの180は出なかったが、160km/hを出したことはある。この車、シャフトドライブなので低速でトルクのかかる状況では、はっきりと車体を揺らす力を感じる。伊豆で遊んでいた頃、半ズボン、サンダル姿で乗っかっていたら案の定ひだりのふくらはぎをマフラーで焼いてしまい、この頃20年経ってやっとやけどの跡がほとんど見えなくなりました。 |
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佐渡ツーリング CBX400カスタムで吉川くんと二泊の旅行をした。かれが裕ちゃんとの結婚を決心し、独身との決別を決意しての旅だったと記憶している。――――ツーリングなどといっても佐渡一周をギンギンに攻めた訳でもなく我々もよい年だったので、宿で良い酒をのみ、良い料理を食べ、適度に磯釣りをたのしみ、さらっと海岸を走り抜ける、みたいな生活で三日を過ごしました。――――しかし死ぬまでにもう一度、富士登山とともに佐渡一周バイクツーリングをしてみたいと思っています。だって新潟のお酒はほんとうにおいしいし‥ ――――でも中高年ライダーならば大型免許で750cc以上じゃないとなんだか肩身が狭いかもねー、まあそんなこと気にできる立場じゃねえけどもよ。ま夢ね‥――――小木にある民宿、天南荘は良かった、お奨めです。昔の商家をそのまま利用しており、くつろげました。何よりもおかみさんが土地の人って感じで友だちのうちに泊まりに来たよーなノリで、とても安心でした。――――いまもその頃の雰囲気でいてほしい宿です。がそんなに世の中ゆっくりじゃ無いよね。きっと‥ ――――宮城県の岩沼市から国道113号線を新潟県の国道7号線との交差まで延々と西進しその後ほぼ250km行き着くと新潟港なのだ。佐渡汽船で両津まで4時間かかった。いまならフェリーも2時間のようだ。ジェットだと1時間は変わらない。 |
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| 埼玉県上福岡市〜岐阜県可児市、往復ツーリング VT250Fで上福岡市の社宅アパート岸美荘(軋みそう)から可児市の平田くんの実家まで往復800kmの旅でした。例によって突然の旅情の赴くままに飛び出した旅だったので平田さんのご家族にはたいへん迷惑をお掛けしました。昼前には出たはずでしたが、なんと多治見に着いたのは夜明けだったですね。――――信州ではもうコスモスの咲く頃でした。諏訪の辺りでは喫茶店でストーブを焚いていました。きっと秋だったのでしょうが、もう詳しくは憶えていません。翌日、平田くんと撮った写真では徹夜のロングライディングのおかげで妙に腫れぼったい眼をしています。――――二十代だったからそんな無茶もできたけれど、諏訪から恵那あたりの状況は、あせりや不安を通り越して、もうやぶれかぶれ「ノドンでもテポドンでも持ってきやがれ」状態だったわけで、ある意味トランス野郎になっていました。――――山中の街路灯もない道路でオーバーヒートとなり、エンジンがカットされ、ゆえに無灯火・無動力になったのが下りのタイトな右コーナー、しかし深夜のその状況でもうまく収められたのは、もう僕だけのパワーでは無かったな。きっとね――――復路の記憶は定かではない。けれど東名をひたすら走ったような気がする。きっと8時間かけて埼玉にたどり着いたんだろうね、ごくろうさん。 |
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牡鹿コバルトライン攻め XLX250Rでのランですがオフローダーも道路上でけっこう飛ばせます。このコースのようにタイトコーナーばかりの場合、マルチロードバイクは直線だけ、カッ飛びますがあとはオフローダーが確実に速いです。――――晴れればコバルトラインはとても気持ちがよく、かつ景色もよく、四輪さえいなければそれこそバイク天国です。月に二度くらいノーカーデイと称して、バイクだけの日をもうけたらどうじゃろ。――――そんなんやれまっかいな、と一蹴されまんなバイクや自転車やジョガーのための道路のない経済大国というものの貧困さって何だろね。――――誰か、アホでない総理大臣でもオランダに行って、本来の意味での視察をしてきてもらいたい。日本はもっと謙虚にならなあかん。市民生活のレベルではまだまだ欧米に、本質的な部分で遅れている。そこを自覚できなければ彼等の冷笑はかぎりなくつづく‥ |
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伊豆の別荘でのリッチな日々 今は昔、伊豆の富戸の港ちかくにナベさんの別荘が建っておった。それをベースに朝研の野郎どもは完全週休2日を良いことに、その別荘に日夜入り浸っていた。トモさんの手料理のおいしさもあったし三姉妹の器量に夢中だったせいもある。いまは有為転変の世、離婚あり、中国脱出、タイ亡命?、オレのような短時間労働者あり、死亡あり、自殺ありと、バライアティーには事欠かない。まあオリジナリティー溢れる面々が揃っていたせいもあろう。――――富戸ではスノーケリングで魚を突いたり、冬はウェットスーツで遊んでいた。さんざん飲み明かして、翌日白浜までCBX400customで飛ばしたら、速度出しすぎで反対コーナーの側溝寸前までいって戻せず、そのとき対向車が来ていたら完全にあの世の人になっていたはず。武文や夏子は生まれていないとこだった。以後、飲みすぎには少しだけ気をつけるようになった。筈だ‥ |