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photo diary

   

 塩釜神社 2003年1月1日→2003年3月6日
 2003年の元旦、地元宮城県の塩釜神社へ初詣に行った。ひさしぶりの家族四人のおでかけで嬉しかった。どうしてもっと朗らかにして日々を送れないのか自己嫌悪に陥ってしまう。息子の武文はすでに仙台一高に合格している。今現在3月6日であり県内の公立高校の共通試験日なんだけど、既に推薦選抜にパスしほっとしている。この春休みにお礼参りをしに再び訪れたい。
 奥新川のキャンプ場 2002年秋→2003年3月6日
 古くからの友人、吉川登君のご家族と芋煮にいった。この4人のこどもたちはまじめにぶっ飛んでいる。親がお手本にならない、要するに反面教師の自覚があるのでそれで良かったんだと思う。しょせん日本のゆたかさなんて表面だけのものなのだから、かれらはそんな過去のシャボン玉のようなものにしがみ付かず、自分らの力だけでどうにか未来を切り拓いていってもらいたい。僕の立場は特殊としてもこの先、日本が今のこども達に保障できるものはそう多く残ってはいないような気がする。
 ひなまちゅり 2003年3月7日
 まだ僕ら夫婦が仲良しだった頃、今はもう亡くなった義母あさんにお金出してもらって選んだのがこの雛人形であります。このネット上の写真ではその表情や感触が伝わらないけれど、とっても柔らかな穏やかな表情なんだよ。こども達がそのように成長してくれればうれしいんだけどね。欲張りのかたまりのような女性には、夏っちゃん、なってくれるなよ。
○×○■○中卒業生答辞by武文 2003年3月7日
明日は息子:武文が卒業生代表で答辞を読む。自分で考えたテキストだから3年間のことを一つひとつ思い出しながら、感情の高ぶりも気にしないで自由に自然に任せてやってみろと言ってやった。明日は僕は休めないのでひょっとしたら間に合わないだろうけれどしっかりやってほしい。高校も希望通りきまり、言葉どおり最後の一瞬なのだから精いっぱい中学生最後の晴れがましい名誉を味わってもらいたいな。さあ、がんばれ
 夏子のポスターが防火作品優秀賞となる 2003年3月7日
 夏子がこれを描いたのはもう半年も前になるけど、つい最近市からリーフレットが配られてきた。すでに3ヵ月前に表彰されてはいるが、あらためてこのような印刷物を届けてもらうと娘もうれしかったようだ。これを描くためにちいさなサイズで下書きをしたり、図鑑をみたりして文字通り一日がかりで仕上げていたのでその努力が報われてうれしかったんだと思う。父親としては娘は絵画とか伝統工芸の方面に進むと良いのにな、などと考えているが、きっとそんなことにはならんのだろうな。きっと予想外の展開ってことになるのだろうね。これも予想だけれどもね‥
 武文中学卒業 2003年3月8日
 中学校を卒業しました。わが子武文は中学校の3年間、とても充実していたにちがいない。野球部の部活、生徒会役員、生徒会長、応援団長、合唱での伴奏者、英検、TOEIC、NHKジュニアのど自慢、そしてテストテスト。途中一時期相当なスランプに陥って、精神的に滅入っていたこともあったが、なんとかそれも切り抜けて今日のりっぱな答辞で幕を閉じることができた。これも中学校の仲間達、義理と人情がモットーの稲田先生、家族と武文の祖父母と叔母の協力と愛があったからこそ。みんなに感謝して謙虚な姿勢を忘れないようにね。あとは自分で切り拓け、きみは信頼に値する男だ。
 JR東日本パス 2003年3月8日
 将来のアナウンサーをめざす武文シリーズ第二弾は前回のNHKに続き、お台場のフジテレビとなりました。ゆりかもめで台場まで渡り、水上タクシーで日の出桟橋へもどる。フジテレビはNHKと比較して閉鎖的な印象を受けました。私がその判断基準にできるものは見学者へのコース取りやサービスの質、そして何を見学者に与えるのか若しくは、奪うのかという観点からです。その意味で相手には真剣にフジの思いを伝える態度がなかったように思う。要するに見学者に対しておざなりな態度だった。NHKとちがい民放は出資者が庶民ではないちゅーこっちゃ。
 つばめのこどもたち 2003年6月6日
 五年ほど前から我が家の玄関の軒下にツバメが毎年巣を作るようになった。おかげで車にはうんちがくっ付いたりしているけれど、毎年夏が待ち遠しい。カラスに狙われたり、猫が壁をよじ登ってまで襲ったりするが、けっこうツバメもがんばっているみたいだよん。カラス除けには軒先からテグスを下ろしてその先におもりをつけそれを40センチ間隔に吊るし、猫除けにはタケダ園芸の“のら猫にげる”をまいて庇ってやっているが、一昨年などはおおぜい生れてはみ出て落下したひなを親父が巣に戻したおかげで育児放棄してしまい、みんな死んでしまった。もちろん悪気は無かったにせよ庶民の自然に対する感覚などこんなもんだ。この場合は堕ちたひなは安楽死してもらうのが正解だろうね、可哀想だけど。巣が大きければ新しい軍手に土をまぶしてにおいを消してひなを戻すこともできただろうが人数オーバーでは如何ともし難いな。
 菅平高原〜大月リニア〜勝沼ワイン 2004年5月22日
 少しずつ長男がおとなになっていくのを日々実感する喜び。長野まで1200kmを旅した甲斐があった。ちなみに四阿山のふもとで間近にみたファントムのフリーフライトは圧巻。感動した。やっぱ、俺はいつまでたってもジェットが好きだ。
 夏子の再度のポスター受賞 2004年2月頃だったかな
http://www.pref.miyagi.jp/senkyo/posukon/poscon2.htm
宮城県佳作となった明るい選挙ポスター。下は副賞として頂いた電波時計で、夏子はいたく感動していた。