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The Long and Winding Road


秋田県五城目町、1泊2日−春−

 春になっても秋田は寒い。秋田市内がほぼ除雪されていても五城目から山地にかけては雪が道路に40cmほど平気で積もっている。だから逆にダート走行みたいで面白いって言えばそうかもしれない。――――山形市内の冬もそうだけれど、びっしりと道路に圧雪されてなお30cm重ねられた路面はスピードさえ出し過ぎなければぼくはむしろ楽しいとさえ思っている。四輪ドリフトもお気楽に味わえるし、チョット遊園地感覚がしてくる。――――秋田のみちは春ともなれば、連翹とか、雪柳とかぼくのすきな花で歓迎してくれるし、きっと北海道ももっと素敵な春なのだろうが貧乏人としては手が出ない。でも沖縄やハワイは暑いから望みはしないが‥――――小さかった長男を連れまだ仲の良かったかみさんと一緒に訪れた五城目町は雪解けで薄汚れていた。まだ初々しい母親という風情のあったかみさんは、少し心細そうな感じがしたものだ。あああの頃に帰りたいな‥――――秋田市はいままではとても遠い地方だった。秋田自動車道ができた今、お金のある方には物凄く近くなった。けれどぼくには相変わらずはるかな国である。できれば白神山地を訪れてみたいとは思っている。――――男鹿半島、津軽半島、下北半島も探検してみたい。子供のようなことを言うようだがもっと日本をよく見ておきたい。あと40年もしてぼくが骨になる頃東北も自然がなくなり恥ずかしい姿をさらしているかも知れぬ。――――それは誰の責任か、行政か、首相か、担当の省庁か、誰だ‥それは目を向けなかった我々であり、声を上げなかった我々であり、行動を起こさなかった我々親たちがひとしく責を負うべき罪咎だと考える。――――こんな狭いそして自然の豊富な日本列島をブルで壊しまくって本当にまともな大国になったと思っているのか、真希子の父親よ。こんな国で満足なのか‥けっしてそうは思わず後悔していることを期待したい。性格的には角栄さんはすきだから‥
山梨県勝沼町、2泊3日−春−

 ついこないだ高二の長男と一緒にホンダドマーニを駆って長野〜大月までドライブしてきました。総走行距離はほぼ1200kmでした。メインターゲットはマグレブ:リニアモーター新幹線見学。――――ド貧民により上田菅平までは完全一般国道経由で、早朝四時に岩沼の自宅を発ちました。午後二時にはほぼ予定通り本日の宿:シルキー菅平に到着しました。――――サイトの記述には大きな齟齬はありませんが映像を通した設備や外観に関しては、はっきり言って現物はずい分くたびれているナ、といわざるを得ません。マスはでかいが多少くたびれたビズホテルってな具合です。――――でも焼肉食い放題で朝もバイキングってのがひとり料金6、500円とは非常に安いです。きょうび焼肉食べ放題なんて最低でも2000円、朝食バイキングなど1000円が相場じゃないですか。仮にあわせて2500円としても、宿泊料金4000円はすごくない?――――翌朝4時に百名山にもなっている四阿山山頂に登りました。2354mの標高なんだけど、手応えとしては1500mジャストの仙台の船形山ほどのショートプレイでした。――――長男のナビは非常に的確でオレも感心した。随分成長してきたと思います。なか日は大月と勝沼まで、長野自動車道と中央自動車道を利用して大月まで行き、勝沼まで戻り民宿に泊まりました。――――鈴木園っていうんですがそこの旦那が料理好きでワイン好きのぶどう園のオーナーなので、ぼくらはちょっと得をしました。そこで息子とふたりで飲み明かしたシュールリー甲州はとても美味しかったなー。――――帰り道は羽生まで一般道を行き、あとは東北道で一目散に岩沼まですっ飛んでしまいました。やはり楽です‥朝9時に宿を発ち、帰り着いたのが夕方の4時でした。菅平は10時間、勝沼は7時間、ずいぶん違いますね。
十和田八幡平国立公園、4泊5日−秋−

 ぼくとかみさんが結婚したとき新婚旅行のつもりで青森まで旅をしました。そしたらかみさんの親友が一緒に同乗者となり3人の旅行となったのです。――――十和田八幡平の温泉と国立公園を堪能しつくしましたが、新郎が新婦を堪能しつくしたとは言えない新婚旅行となってしまいました。――――初秋の十和田八幡平はベストかもしれません。紅葉は望めませんがそんなシーズンには人ごみだけにしか出会えません。静けさや落ち着きはこの季節ならではです。――――ぼくは混んだ山道など走りたくはない。彼女のベージュのカローラもエンジンはいちばん元気なときだったらしく快調に回っていました。今でもその音を思い出すことができます。――――後生掛温泉、藤七温泉、酸ヶ湯温泉など楽しみながらのんびり浸かりました。田沢湖も十和田湖も歩きましたし八幡平も歩き、車は青森まで到達しました。帰りのタイミングで盛岡により冷麺を喰ったり、光原社のつまり宮沢賢治フリークのお店の本店やらホームスパンの店などを物色してから帰路につきました。――――変なコブは付いてしまいましたがそれもふくめて結構たのしい旅になりました。1200km〜1500kmほどの走行距離になると思います。なんであんなに仲良しがこんな風になるのかね。ふしぎなもんさ‥――――東北自動車道の安代〜青森間は僕らが結婚した17年前はまだ存在していなかった。このハイウェイは単調と言ったが、盛岡以北はがぜん楽しくなっている。とくに安代から先はまわりの自然、空気の透明感、高低差、ワインディングロード、混み具合、どれをとっても最高の高速道だと思う。――――140km/hで青息吐息の俺を尻目に250km/hを超えてそうな、ポルシェやベンツがヒュンヒュンカッ跳んでいくのも、だから頷ける。せやけど気ィつけや‥
the way to Mt. Cyou_kay
the way to the Isle of Sado
鳥海山登山、日帰り−夏−

 鳥海山にたどり着くためには佐渡に行くと同様、列島を横断しなきゃならない。山形自動車道は対面通行はあるが、景色がまあ良いので合格にしておく。本当は採算を無視する公団に払う銭など持ち合わせていない貧乏人なれど、漂泊の思いなかなか去りがたく、いつしか遠くへ行きたくなってしまうよ、どうしましょ。――――山形自動車道はいま月山付近でまだいちど一般道に戻ってしまうが、仙台から鳥海山までのほぼ95%ほどの部分は繋がった。岩沼からだと早朝を利用すればほぼ3時間で鉾立駐車場まで到着できる。――――要するに、蔵王まで1時間、船形山まで2時間、月山まで2時間、栗駒山まで2時間半、鳥海山まで3時間なのだ。安達太良山も2時間半だったかな。なにせ家を4時に出発できればなんとかぎりぎり日帰りできる山々だ。――――しかし鳥海山はきつかった。次回はとにかくふもとで一泊して4時入山というかたちにはしたいな。宮城県内の多くの山々からは鳥海山や月山は特定できているのだけれど、なぜか蔵王や栗駒、船形を逆指名できていない。――――こんど鳥海山か月山に登るチャンスが来たらかならず特定するつもりだ。あと象潟付近、日本海を望む露天温泉に、肉体労働三昧となっても絶対入りにくるからな、待ってろよ。――――頂上小屋まで家族全員が到達したが、結局頂上の岩場にまで立ったのは長男ひとりだけでした。駐車場まで辿りついた時すでに日没を1時間以上過ぎていました。彼はそこでも我々より先んじて着いていた。――――アクセスがせっかく便利になったのだから年一くらいではチャレンジし続けたい名山です。
 かつて113号線で佐渡に行き着いたが、いまは高速道路もあるから金に余裕のある向きはそうすれば良い。113号線も悪くはない。多少、時間と神経は無駄に使うが費用は往復で11,000円の節約になる。ぼくら庶民はそれ位でいい。贅沢を志向しだすときりがない、それこそ官僚や支配階級の思うつぼ。日本人はそろそろ質素を思い出さないと将来、周りの国に、今以上にいいように利用され尽くすことになる。佐渡は2泊3日‥
茨城県鹿嶋市、2泊3日−夏−

 “NHKジュニアのど自慢”――うちの長男が中学2年生のとき自分で申し込み、鹿嶋アントラーズの本拠地のこの鹿嶋市まで遠征にきた。水戸で一泊とも考えたが、かみさんと折り合いがつかず結局、大洗海岸付近のキャンプ場での宿となった。――――地図で見るぶんには快適な海岸通りに見えなくもないが、じつのところ単調なだけで、スピードもあまり出せない田舎道というのが妥当な評価というものだろう。――――神奈川や静岡、浜松あたりの海辺の道路を思っていたらきっとがっかりすることになる。ただ唯一、道路を間違えようがないという利点もあるにはあるが‥どうでもよい、むしろストレスの溜まる事に過ぎないか――――しかしこの路線(国道6号線)は片側一車線が多く、あきらめて割り切ることができれば意外にのんびり走ることができるかもしれない。どのみちそうするしかないが――――予選で息子は合格となり翌日の本番撮りでもトップバッターで出場し、みごと合格の鐘をもらってしまった。真夏のヒジョーにあつい2日間だった。会場ちかくの鹿嶋神社で不思議なものを見た。――――十何年ぶりかの例大祭が近々に行われるらしく、巫女さんの舞のリハーサルが真っ青な空の下鬱蒼たる鹿嶋の杜の神域で雅楽の音を背に始まった。■■■■■時代とか時間感覚が消し飛んだ。見入っていたと思う。聴き入っていたとも思う。集中していたんだか、呆けてしまっていたんだか、そんな感覚にトリップしていた。いいものを見た――――姉さんとかみさんと僕と息子と娘、5人でなんとか2泊3日をのりきった。突然だったしスケジュールも合わなかったし、アドリブ風のこともたくさんあったので一日がとても濃かった。(一応咳払いして、)ぼくも恥ずかしながらテレビに出てしまいました。

岩手県盛岡観光、3〜5泊−春/秋−

 盛岡はその町並みそのものも趣があって好きなのですが、周辺にとても良質な観光資源が揃っています。何と言ってもアウトドア派には岩手山があります。標高も2000mを超えるし、現に活動している活火山でもあるし、近くに温泉がたくさん湧いているし、この山ひとつでも3日は潰せます。――――田沢湖はさしておおきくはないけれどジョギングするも良し、サイクリングも快適だし、湖畔の洒落たホテルも女子には好みだろうし、ただ空気がかわいて涼しい季節じゃないと少し暑いかもしれません。――――道路について言えば仙台〜盛岡間は新幹線+レンタカー、もしくはマイカー+高速道路の選択しかありません。いたって単調な内陸高速道路ですので、ハイスピードになりがちですが、首都圏とはちがって2車線だけですので、たまに対面通行さえ出現します(仙台盛岡間にはないですが)、じゅうぶんご用心ください。――――さて盛岡から東に目を向けると、ハヤチネウスユキ草でおなじみの早池峰山がありの、天然水が豊富に流れる龍泉洞洞窟がありの、陸中海岸のリアス式の風景と海の幸、そして民話の里遠野、宮沢賢治の花巻・盛岡、わんこそばと冷麺‥――――個人的には海岸の道は飽きてしまうが、全土がほぼ高原の岩手県の山道は悪くないと思います。可能ならば1週間フルにつかって盛岡を基点に遊ぶと良いと思います。――――そういえば小岩井農場もそれなりの楽しみはありますが、三菱自工とふそうトラックの一件以来、麒麟ビールや小岩井製品も含め、三菱グループの商品は何か買うのが正義や倫理に反する気がしてとても嫌です。小岩井農場もおおきく三菱グループにかかわる企業です。とにかくこの元巨大財閥はアメリカにうまく取り入った一点も含め、限りなく不透明でミミズのように嫌いです。そこんとこヨロシクッ‥
ネバダ、ユタ、アリゾナ、3泊4日−晩秋−

 LAでの長期滞在による仕事の中休みに、サンクスギビングデイを利用して、駐在と出張の計4名でユタのモニュメントバレーまでドライブをした。これは17年前のはなし――――左の地図ではたいした距離には見えないがトータル走行で3000キロほどだろう――――。お約束に速度違反でパトカーに停止させられたり、大雪に巻き込まれたり、モニュメントバレーでは砂利道を砂ぼこりをあげレンタカーのアメ車セダンを映画のように疾走させたり、馬鹿みたいにおもしろかった。(馬鹿は可笑しくて笑っているとは思わないが)――――数ヶ月滞在していると何とか英語も通じるようになるもので、誤解を訂正しながらの会話が少しずつハマってきたと感じる瞬間がすこし楽しかった。やどの交渉とか食事のこまかいオーダーなんか、やりとりが次第におもしろくもなっていった。――――さてドライブだが日本のように新車まがいの磨きたてた車ばかり走っているのとは大きく異なり、超豪華なリムジンもあるかわりに廃車して野ざらし12年、みたいな車も平然とフリーウェイを飛ばしている。いちど隣を追い越したら、やたらと燃料らしきものを撒き散らしているメキシカン風の4人組の男女がいて、ガス漏れてるよとボードに書いてやったら、なんと「わかってるよ、ありがとう」だってさ。――――ラスベガス1泊、フーバーダム、グランキャニアン、モニュメントバレー、インディアン居留地1泊、フェニックス1泊のあと、大雪のなか道路外に何台も横たわるコンボイを尻目に、われわれ雪の島国出身の黄色い悪魔はなんなくその渋滞をくぐり抜けて、無事オレンジカウンティーまで帰り着いた。――――日本人観光客は少人数行動を怖がるけれど、悪の溜まり場にさえ近づかなければ危険な目にあうことはないだろう、というのが私の結論。善良な庶民はどこでもだいたい同じなんだろうね。――――それと‥仙台では彼の地のような巨大で考え抜かれた立体交差はいまだにつくられてはいない。地震だとか土地が高いとか言い訳だけはソフィスティケートされていくのだろうけれど‥

煙台、威海、2泊3日−秋−

 中国の道路はアメリカの地方道なみに、おおざっぱに広い。チンタオから先の山東半島は滅多やたらにヒトは多いけどとてもいなか臭い。列島改造が叫ばれた頃の千葉県、というような役どころだと感じた。――――チンタオ空港では軍民共用らしく、民間旅客機の着陸とすれ違いざま、アフターバーナふかしてかっ飛んで行くミグ戦闘機なんかが見られて、ぼくには至福の一瞬だったりして‥――――そこから内陸まわりでイェンタイへの道路は適度に広く、適度に通行車両も少なめで中国人ドライバーは常時120km/h前後でエスティマ(ワイド)をぶっ飛ばし続けた。今から8年ほど前のことだから激しく状況も変化してるだろうが、当時はガソリンスタンドも辺り一面に濃密なガソリン臭が漂っていて、つい一服などとタバコを手にするわけにもいかなかった。――――われわれのようなかっ飛び日本人がいるかと思えば、少しは遠慮がちながらも同じ車線を15km/hにも満たない耕運機荷車が家族2、3人でしごく当たり前に走っている。チョト怖い。――――後でドライバーに聞いた話では、当時歩行者やその他のとろい有象無象どもは、乗用車よりも劣った存在であって轢かれるのは注意しない歩行者などが悪いのであり多少の見舞金で事は片付くようなことを語っていた。――――もちろんそれも少しずつ現実は変化しているのだろうが、たとえば総人口のはなしや、ひとりっこ政策や、年間五千人を処刑することなど考え合わせると「まあそんなもんかな」と納得してしまうのであった。2泊ともいいことしていいもん喰ってなんとか仕事もこなして、芋虫もおいしく食べました。――――帰りの高速道路?ではトラックが横転し、積んでいた大量のブロック石がドンと固まって山になってキチンと道路を塞いでいた。まわりの景色は北海道のように広大な農地もあるにはあったが、大部分平地も山地も禿げ上がっていた。自然現象によるより、どうも人為的な荒廃らしい。農家のつくりもテレビで目にする北朝鮮の民家とさほど変わらない。工場などでも便所は仕切りなどなく、デカイ甕に腰を下ろしてウンコしていた。その横でぼくは彼と濃密な空気の中、おしっこをしていた。――――しかしとにかくウェイハイから海岸沿いにチンタオ空港まで無事に着くことができた。中国人ドライバーさんご苦労さまでした。