燕岳
2002年4月28日 第1日
 穂高→中房温泉→合戦小屋→燕山荘→燕岳

いよいよ2002年も本格的な登山シーズンの幕開けだ。
ようやくGWに入り、燕山荘もOpenとのことでとるものもとりあえず、山へ向かう。
早朝5時集合するが何かすっきりしない天気。
う〜んどうかねえなどと不安と期待に胸を弾ませながら中房温泉へ向かう。
しかし、乗せてもらって言うのもなんだが、ジムニーがこんなにハードな乗り心地とは…
などと思いつつ合戦尾根を登り始めた










雪に埋まった合戦小屋横にて
くつろぐ小澤会長と丸尾氏



2度目の合戦尾根ながら、昨年の6月梅雨前線直撃の大天井敗退のダメージもすっかり癒え、
第1ベンチを過ぎる頃からは昨夜の酒も抜け、小澤会長から去年より雪が少ないなどと御教授
頂きながら、高みを目指していく。
富士見ベンチは雪に埋まり標識の先端だけがかろうじて見えている。
大天井敗退ではきつかった合戦尾根も雪の上は歩きやすく、樹林帯の回廊をぐんぐん高度を稼いでいく。
登山を辛くていやだという人はこの苦しい登りがいやなのだが、苦しいながらも無心のうちに高度を積み上げていく過程が結構快感なのだ。
陸上競技風に言うとランナーズハイという奴かもしれない。

合戦小屋は屋根まで雪に埋まっているが小屋のお兄さんの『ごくろうさまでした!』が心地よい。
話はそれるが、思えば昨年、暴風雨での燕山荘雨宿り時も小屋のお姉さまがさわやかな笑顔で我々をねぎらってくれたことを思い出す。
全くもって燕山荘万歳なのだ。

合戦小屋からは南斜面を合戦の頭までひと登り…
しかしここからは久々の山に一同の興奮はますます盛り上がっていったのである。









合戦の頭から燕岳を望む
天候が回復してきた!!


急登に顔を歪めつつ、登りきった合戦の頭ではガスの切れ始めた燕岳が見える。
南西を仰ぎ見ると稜線から槍が聳えていた…(写真は無いけど)
ここから燕山荘までは展望を楽しみつつ稜線漫歩である。
もっとも漫歩どころか三脚を立てるのに余念が無い一行は、11時をまわる頃ようやく燕山荘にたどり着いたのであった。












燕山荘近くでお出迎えしてくれたつがいの雷鳥
(写真は雄♂だと思う)


燕山荘にて宿泊手続きをしたのち、燕岳へ向かう。
安曇野に移り住んでからはいつも有明山の横に見上げてきた山だがようやくその頂きに登ることが出来た。
この日のツバメは信州側にガスがかかり、幻想的な雰囲気だ。
ツバメ独特の花崗岩の岩峰が美しく、相変わらず一行は三脚立てに余念がないのである












ツバメとわたくし 燕山荘前にて
花崗岩と砂礫と雪のコントラストが美しい








花崗岩によじ登るおじさん達
(左:丸尾氏、右:小澤氏)
楽しいものはいくつになっても楽しい(^^);
もちろん、わたくしも登らせていただきました。。。


信州側はガスの中だったが、西側に広がる立山連峰、裏銀座、槍穂高連峰の眺めがすばらしい。
特に裏銀座は昨年夏、烏帽子〜野口五郎〜水晶〜雲ノ平〜三俣〜双六と高校時代以来13年ぶりに訪れた思い出深い山で、
ここから眺めるとその道程の長さに驚かされる。
出来ればまた訪れたい山のベスト3に入る山域だ。
また槍から伸びる北鎌尾根は高校の頃夢中になって読んだ『孤高の人』の加藤文太郎が亡くなった場所で、何時見てもその迫力ある岩峰は感慨深いものを感じてやまない。

などと思いつつ燕岳を後に小屋へ戻ることにした。この眺めをまた見に来たいものだ。









燕岳への稜線上から燕山荘を望む
しかし今年は雪が少ない


小屋に帰ると小澤会長の御指示のもと、談話室にて早くも宴会スタート!
わたくしはビール500ml缶を持参してきていたが、やはり丸尾氏と小澤会長は一味違う。
それぞれウイスキーを一本ずつ持参してきていた。
小澤会長に至っては瓶のまま持ってきているのである。。。
頼りになる連れを持って幸せを感じてしまった(?)一瞬であった。
途中、栃木から来られたご夫婦、勲2等の会長とその御一行、神奈川の緑さん一行を交え
酒宴はひたすら続き、持参した酒は殆ど終了してしまったのであった。

その夜は晩御飯のメニューすら覚えていない。。。(ナタデココのデザートがあったかも???)
赤沼支配人のアルペンホルンを聞いたところはかすかに記憶にあるのだが。
疲れと興奮と激しい酔いに任せ、この日は就寝。(PM9時)

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