感性認知科学の課題 6月分 土木工学専攻 02M16145 田崎 伸一郎
課題条件:受講者の専門領域で「感性認知科学」関連をもつような文献を他の受講者に紹介する。ただし論文は外国語で書かれた1992年以降の学術論文(審査付き学術雑誌、国際会議proceedings,専門書、Tech.Repも含める)に限ること。
序章
形式的な信頼関係において、信頼される仲間とゆうものは信頼性を持っていて、それは他者にとって将来関係を持続していくことに価値があるということに基づいている。すなわち「私のあなたへの信頼は、信頼をみたすことであなたが得られうる利益に集約される」のである。
このようなことから、信頼関係を築く上で一見重要そうに見える愛情や友情は、実際のところそれほど重要なものではないのである。そして、信頼を守ろうとする道徳的義務感に関しても、必ずしもそれを根底にして信頼がなりたっているわけではないのである。
以上のことは自分が他者をどのように認知し、その上で人を信頼しているかという点において「認知科学」と密接な関係があるのではないかと考えた。そこで本書の内容である社会における信頼について紹介することにした。
信頼される人に性格に依存した信頼というトピック
信頼される人はそれを裏付けるだけの信頼性をもっている。その信頼性とは人それぞれことなった利益を生み出すことから、信頼とは信頼性が生み出す利益の分割問題と言い換えることができる。
さらにその考え方を極端にすると「信頼とは、単に相手に信頼されるか否かの問題であり、それは信頼する者とされる者との関係によらない」ということである。例えば、買い物の後払いなどはまさにそのケースで、購入者は品物をもってどこかに逃げることも可能であるのに、店の人は自分だけリスクを背負うような信頼関係を結ぶ。
しかしこのとき、店の人は自ら進んでリスクを背負っておりこれは逆に相手の信頼を高める効果があることがわかっている。
社会資本としての信頼と信頼性
多くの議論の中で信頼は単に他者に対する認知に関する問題だけでなく、利益そのものとしても取り扱われている。信頼は、私たちが資本を築いたり壊したりできるのと同じように、作ったり壊したり、使ったり使わなかったりできるものであると捉えられてきた。そしてもう一つ、信頼は人やグループや社会が何かと達成するために用いられる社会資本のように捉えられてきた。
しかしこれに対して、そういった社会の基本となっているのは信頼ではなく信頼性であるとゆう主張がある。信頼こそ確かに社会資本を形づくっている要素であるといえるが、その中核をになっているのが社会的協力やそういった協力のネットワークであり、それらはお互いの信頼性を土台として築かれているのである。要するに、信頼性があるから協力がそして信頼がうまれるのである。
心理学的発展
信頼に関する心理学的研究は、信頼の容量や生まれつきの性格、さらにそれらの発達に関して行っているものが多い。そしてこれらは、単純な学習モデルで示される。例えば自分の協力に報いてくれる人に逢えば逢うほど、相互作用による潜在的な利益を認知していくようになる。そして自分の行動をきめる際に他者の利益についても考えるようになり、結果的に自らのもつ信頼性を高めていくことになる。
しかしこういった学習は周囲の状況に大きく左右され、信頼性の高い人が多ければ多いほど人を信頼しやすくなる反面、信頼性の低い人がいれば相手に対する警戒心を学ぶことになってしまう。
結論
裏切りは信頼を失うのではなく信頼性を失うのである。信頼よりも信頼性のほうが議論すべきことがおおいように思われるが、哲学や社会学の学者は信頼性よりも信頼に注目していることもほうがおおいのである。
このような信頼を中心とした考え方の悪影響の一つとして次のような例がある。信頼性が信頼を生み出すという考え方は、信頼が失われたとき、そこでは信頼性が失われたということになる。しかし、信頼の衰退は例えば、地域的な信頼にかんしていえば歴史的に見世界の自然にたいする理解が増したときに付随しておこる現象なのである。あくまでも信頼性の欠如が原因ではないのである。
これは今のアメリカ政府に対する信頼にも当てはまり、政府に対する信頼の衰退は、政府の信頼性が薄れたのではなく市民が政府に対する情報をたくさん手に入れられるようになったからである。
批判
信頼という言葉についての概念的な混乱についての考察
私は信頼という言葉は共通の認識があり,人によってまた住む土地によって変化することはないと当初は考えていた.しかし本書の信頼にかんする概念で非常に面白かったのは信頼関係をパートわけしていて信頼にもレベルが存在するということをしめしている点である.これには意表をつかれた.確かに無意識にせよ意識的にせよ私は信頼を区別していた.ということは信頼,すくなくとも信頼関係については僕の頭の中で無意識的に階層的に整理された状態で保存されていたということになるのである.僕の考える信頼関係を作り上げるコツは「ときとして自分のことはどうでもいいから相手のことだけを考え行動する」ということである.僕は信頼とは初対面の相手に対しては本書にあるとおり過去の経験から帰納的に判断するべきだと思うけれども,年月を重ねるにつれ相手に信頼を得るためには誠実さ,まじめさ,などの本書でいうところの信頼性が重要になるのではないかと考えた.これに関しては一致することとなる.
信頼という言葉にたいする3つの認知方法についての考察
どうも信頼という非常に判断しにくく,またかちとることの難しいこの問題は結局の所信頼性におちつくと思われる.僕も信頼されるためには誠実であろうとこころがけているし,一見マイナスにみえる行動も信頼を得るための行動であれば将来的に利益になるだろうとかんがえている.であるならば信頼は社会にとって必要なことなのである.なぜなら大きな(国家規模)単位でプロジェクトをおこなっていくためには他者の信頼が必ず必要になってくるからである.まということは最終的に本当に大事なことは,信頼性をえることつまり誠実であることだと僕は考える.そうすれば世界中どこにいっても信頼されるための土台(信頼性)があるから,もし本書にあるように信頼という言葉の意味が変化しても土台がしっかりしていれば大きな規模での信頼は勝ち取ることができ最終的に利益に繋がるからである.
総括
ここでは信頼に対する3つの認知方法を私たちにもたらしてくれた。集約された利益という観点から信頼をとらえる方法、信頼は個人のもつ性質によるものだという方法、あるいは、信頼されたことによる厳しい道徳的な義務に基づいた方法である。この本ではこの信頼というキーワードを社会な観点基づいて考察しており、私の専攻である土木工学分野においても公共事業を進めていくにあたって,住民にどのように信頼を得るかという観点からみると非常に有益な事柄を示唆してくれていると思われる。住民から税金を取りそれを基に公共事業をおこなっている政府が、住民に信頼される存在になっていくうえで必ず必要になってくるであろう本文の「信頼性」という言葉を基本的には非常に評価する。 そして私はこれからも不器用に真面目に生き,数多くの信頼を得ていきたいと思う所存である.