社会的知性としての信頼
はじめに
2つのことわざ「人を見たら泥棒と思え」「渡る世間に鬼はない」に対して,前者の「人を見たら泥棒と思え」を信じる人は,賢明で,だまされにくいとみなされるが,一方,後者の「渡る世間に鬼はない」を信じる人は,騙されやすいお人好しとみなされている.ところが,筆者や他の研究者が行った種々の実験により,この常識に反して,後者の「渡る世間に鬼はない」と信じるような高信頼者のほうが,危険か伴うような社会相互関係においては,利口な行動をとることが判明した.
このことから,他人をあまり信頼しない低信頼者というのは,もともと満足な社会的知性を持っていないため,他人を信頼すべきか否かの判断することができず,「人を見たら泥棒と思え.」といった方がいいと考えるのではないか.
信頼と騙されやすさ
ところで,人をよく信頼する人は,騙されやすいお人好しなのだろうか?この認識に対して,アンケート調査を行うと,やはり多くの人は,人をよく信頼する人は騙されやすいお人好しと考えている.また,このことを支持する研究は,これまで多く行われてきた.だが,これらの研究は,一般的に考えられている信頼と騙されやすさが同義であることを直接支持するとは考えられない.なぜなら,これらの研究が用いた被験者の対人信頼尺度をはかるITS(Interpersonal Trust Scale)における信頼と,これらの研究が定義した信頼と異なるからである.
これらの研究では,信頼を「危険な状況における,不確かな状況や伴って起こる支出に関する情報に関する信用」と定義した.一方, ITS開発者のRotterによれば,ITSではかるのは,そのような無差別の信用でなく,一般的信頼をはかっている---すなわち,信頼できるか否かを判断する情報のないとき,その相手を信頼するかどうかの程度をはかるものということである.
不信と社会的知性の欠乏との悪循環
騙されやすい人は,だまされる危険性の高い社会環境の中では,自分を危険から守ることはできない.だから,騙されやすい人は,他人は泥棒だと判断し,そのような危険性の高い社会環境に進んで入っていこうとしなくなる.それに代わり,安心できる仲間内で,コミトッメント関係を形成して,リスクのない環境を作る.しかし,このようなコミットメント関係を作ることにより,リスクはなくなるが,機会コストが自然にかかってしまう.機会コストとは,もし,コミットメント内にいることにより,コミットメント外で得られるはずの利益分を損しているとみなし,この損益を機会コストと考える.一方,だまされにくい人は,進んで危険な社会環境の中に出て,よりよい利益を得て,また,経験を豊かにする.そして社会的知性を身につけていく.それに対し,騙されやすい人は,まず不信になり,そしてその不信は更なる不信を呼び起こし,社会的知性を身につける機会を失っていくと考えられる.
信頼と教育
高信頼者は,低信頼者よりも,信頼性に関する情報に敏感で,正確に信頼性を判断できる.このことは,高信頼者は,低信頼者よりも,賢明で,社会的知性が高いと解釈できる.この情報をもとに,信頼性を判断する能力は,社会的知性の一部に過ぎないが,少なくとも重要な位置を占めると考えられる.
学校教育のレベルと一般的信頼もしくは不信との間の相関があることは,人々の一般的な信条「高信頼者は,ナイーブで騙されやすい」とは相反する.図1は,学校教育を受けた年数と,「他人は信頼できますか?」の問いに対してYESと答える比率の関係を示したものである.

図1 教育年数と人を信頼できるかの問いとの関係
この結果から,育った社会環境の違いが影響するといえる.しかしながら,このことは,大学の偏差値とその大学生の信頼レベルの関係をとると,反証される.
図2は,ある12の大学の偏差値とその大学の学生の信頼レベルの平均と相関関係,図3は,ある12の大学の偏差値とその大学の学生の「Thief Scores」の相関関係である.これらの図では,大学のレベルと一般的信頼との関係に関して言えば,一貫性を示している.しかし,この相関関係は,実は大学1年生には現れない.ということは,大学の教育レベルにより,大学生が,高信頼者になるか低信頼者になるかが決まるといえる.

図2 大学の偏差値と信頼レベルの関係

図3 大学の偏差値と「Thief Scores」の関係
ポジティブな情報とネガティブな情報への反応
高信頼者および低信頼者に対し,ある物語の中で,登場人物について善良さを示すポジティブな情報あるいはその反対のネガティブな情報を与えたときに,その登場人物の評価には,どのような影響の差が生じるのだろうか.図4は,登場人物の信頼性の評価と情報の数の関係を示す.この図から,登場人物に関する情報がない場合には,高信頼者は低信頼者よりもその人物の信頼性を高く見積もる傾向があることがわかる.また,登場人物の善良さを示唆するポジティブな情報が与えられると,高信頼者も低信頼者もその人物の信頼性の評価を上昇させるが,その評定上昇の程度には高信頼者と低信頼者との間にあまり大きな違いが見られない.さらに,登場人物の人間性についてのネガティブな情報が与えられると,低信頼者よりも高信頼者の方がその情報に敏感に反応して,その人物の信頼性の評価をより急速に低下させることがわかった.

図4 登場人物の信頼性の評価と情報の数の関係
信頼性の予測
これまでの実験で,高信頼者は,他人の信頼性に関する情報に対して敏感に反応することは受容できるが,この敏感さにより,他人を信頼できるかの正確な判断を下すことができるのだろうか.そこで,菊池らは,このことを確認するための実験を設計した.それは,「囚人のジレンマ」関係を用いた実験である.「囚人のジレンマ」関係とは,お互いに協力しあったほうが,非協力的な行動をとるより望ましいが,相手の選択の如何にかかわらず,それぞれの人間にとっては非協力を選択したほうが協力を選択するよりも望ましい結果が得られる関係を意味している.
具体的な実験方法は,まず,6人の実験参加者は,ごみ収集問題について討論を行ってもらい,その後,5人のうち2人とそれぞれ囚人のジレンマ関係となり,自分のお金をその相手に渡すか奪うかの決定を下す.ただし,このとき,囚人のジレンマの相手は,知らされていない.つまり,前に行った討論のときの5人の様子から,2人のジレンマ相手が信頼できるか否かを判断する.
この実験の結果,高信頼者は低信頼者よりも相手の行動をより正確に予測している.これは,他人を信頼する人間は騙されやすい「お人好し」だとする「常識」に反する結果であり,高信頼者は相手の信頼性を示唆する情報に対してより敏感な「注意深い」人間であるといえる.
本書で言う所の信頼は人にたいする信頼に重きがおかれていることは疑いようのないことである.この定義に関しては社会の中という限定された地域においての信頼と言い換えることができる.この章で面白いのは偏差値のレベルと信頼レベルのにかんして一定の法則があることをしらべている点であり,私はこれに非常に興味をもった.私の周りに焼き鳥屋でバイトをしている中学の同級生がいるが,彼はたしかに他者にたいする信頼度は明らかに僕より低い.彼はいつも世の中にたいして懐疑的な目で見ており,それが行動力の低下につながっている(「めんどくさいからいいよ」と彼はよく言う).これは本書でいう所の機会コストの負担である.であるから私はこの低学力者が低信頼者になるという仮説に肯定的である.
しかし一体なんで私の友達は低信頼者になったのであろうか?私は情報の違いであるとかんがえる.つまり見えている世界が違うのである.毎日焼き鳥を焼いて生活している人は世界の情報を得る必要性が無いし,どのように日本の社会(政治)が自分の生活に影響を及ぼすのかなどとは考えない(もし考えたとしても原因と結果だけで過程のない思考である,つまり教育がないとつねに短絡的な思考になってしまう)この自分の知らない世界があるということにたいする嫉妬のような感情が他者にたいする懐疑的な態度となって表れていると私は考える.私の考えに基づくと,もし高偏差値の大学を出ていなくても,例えば本を読んでおり非常に高い知識レベルにいる人などは大学レベルなど関係なく高信頼者になるということになる.これは本書の一般的な傾向を示した図2などに反する仮説である.しかし教育とはべつに大学で行わなくても可能である(私は本来勉強などというものは独学が一番よいとおもう).もしこの仮説が認められるならば図2のグラフは縦軸に大学の偏差値ではなく個人の教育レベルにすべきだというのが私の主張である.
総括
一連の実験から,他人を信頼する人間は騙されやすい「お人好し」だとする「常識」に反して,高信頼者は,低信頼者より,信頼性の情報に対して敏感で,他人の信頼性を正確に判断できることが,一貫して現れている.これは学力レベルの問題だと考える.また,最初に提起したように学力レベルの低い人は不信により,社会的知性を発達させる機会を自ら避けてしまうため,一般的に不信がさらに深い不信をもたらすといえる.そして低信頼者は,「人を見たら泥棒と思え」といい,社会から孤立することにより,社会的相互作用の危険性から逃れようとする.そのときに,低信頼者は,機会コストの負担を負うことになる.一方,高信頼者は,社会的知性により支持された一般的信頼により,安全な閉鎖社会の外で機会を探し,機会コストを抑えことができるようになると考えられる.結論としては「自分の為に本を読み学力を高め情報を得ていくことが信頼につながり最終的には機会コストを大きくする」ということとなる.
感性認知科学の課題 7月分 土木工学専攻 02M16145 田崎 伸一郎
課題条件:受講者の専門領域で「感性認知科学」関連をもつような文献を他の受講者に紹介する。ただし論文は外国語で書かれた1992年以降の学術論文(審査付き学術雑誌、国際会議proceedings,専門書、Tech.Repも含める)に限ること。