どーん、どーん――ドンドンドン!
 少女はノック――というより乱暴にドアを叩く。
 ドアの向こうにいる部屋の主は、これぐらいしないと目を覚まさないからだ。
 部屋の主である義理の兄を起こすのが、少女の毎朝の日課となっていた。
「お義兄ちゃん! お義兄ちゃんってば!! もう朝だよ! 起きてないのはお義兄ちゃんだけだよ!!」
 この台詞も毎朝恒例のものだ。
 しかし今日はいつもと様子が違っていた。ドアを何度叩いても部屋の主から返答は無いのだ。
 寝坊の常習犯である義兄ではあったが、以前少女にドアを蹴破られて以来、再び被害が出る前には必ず起きていたというのに、今日は目を覚ますどころか、気配すら感じられない。
「お義兄ちゃん?」
 ドアノブを回してみると、施錠されていない。
 もしかしたら着替えの真っ最中なのかも、あまつさえ裸だったらどうしよう、キャッ(はぁと
 等と考えつつも恐る恐るドアを開けてみると、果たしてそこに部屋の主である義兄の姿は無く、代わりに一枚の紙片がテーブルの上に置いてあった。
『暫く留守にする。イベントの事はすぶちん義兄弟に言い置いたので、彼に言うように』
「またお義兄ちゃんったら、ふざけてないでさっさと朝御飯食べてよっ。片付けられないでしょ!」
 不満を並べながら、少女はクローゼットやカーテン、人が入り込みようも無い机の抽斗や小物入れまでも次々と開け放つが、そこにあったのは隠す気があるのか無いのか、無造作に、しかし人目につきにくく置かれた18禁モノの書籍やゲームやビデオや同人誌等ばかりで、求める義兄の姿は影も形も見当たらなかった。
「お義兄ちゃん……お義兄ちゃんッ!!」
 声を大にして呼びかけつつ、少女は部屋を飛び出した。
 後に残るのは捜索の為に投げ散らかされた、18禁モノの書籍やゲームやビデオや同人誌(もういい)ばかり。

 ――少女の名はまおまお、暗黒スレッドの一員だ。


 暗黒家族計画  ――義兄妹の一番長い日――


 今でも時々思い出す。
 俺たちが義兄妹になったばかりの頃の事を――

 俺はまだ暗黒に来たばかりの作法も知らない新参者で、古くからここにいた少女は既に暗黒の毒気――もとい、雰囲気に完全に侵され……じゃなかった、馴染んでいた。
 俺は元々兄弟がいなかったから、新しく義妹ができた事を心から喜んだ。
 会ったばかりの俺にも物怖じせずに話しかけてくれる事、時には天使の小生意気さで接してくれる事、悪戯心を発揮して幾度となく俺をからかい、こそばゆい困惑へと追い込んで、話の内容よりも俺の戸惑う姿を楽しんでいるような子悪魔的な仕草を見せた事、それら全てを気恥ずかしくも嬉しく思っていたのを憶えている。
 だから義兄として、義妹となった少女を影に日向にずっと見守っていこうと決心した。
 いつか少女が俺以外の、頼って寄りかかれる男を見つけるその日まで……

 そんな義妹が、暗スレのアイドルになると言い出してから、どれぐらい経っただろうか。
 小規模とは言えどファンクラブが結成され、デュエルでは義妹を護ると言う者、義妹を負かした相手を妥当すると言う者などが現れるようになって、それなりに人が集まってきたようだ。
 まだ俺の、そして何より義妹本人の眼鏡にかなう者は現れていないようだが、それも時間の問題だろう。
 もしかしたら既にファンクラブに入会している者や、デュエル関連で名乗りをあげている者の中に、将来的にそうなる者がいるのかもしれない。
 何にせよそうなった時には、悩まされつつも楽しかった義兄妹の、保護者と被保護者の関係も変わるのだと考えると、少々寂しい気もするが、俺も義妹もいつまでも子供ではなく、昔のままではいられないのだ。
 そして、義妹を中心としてイベントが催される事になった今が、義兄離れするいい機会なのかもしれない。

「義妹さんが義兄離れするって言うより、お義兄ちゃんが義妹離れする機会って事かもね?」
 俺の思い出を交えた話を聞き終えて、彼女は微笑みながらそんな感想を漏らした。
「そ、そうかな? そんな事は無いと思うんだけど……」
「ふふふ、そのワリには、随分とうれしそうに話すじゃない。満更でもないんでしょう?」
「……今日はヤケに突っ掛かってきますね」
「そりゃあね。彼氏が目の前で他の女の子の話ばかりするとなれば、彼女としては心中穏やかならざるものがありましてよ?」
「……ゴメンナサイ」
 悪戯っぽい笑みを湛えつつも、僅かな抗議の色を含めた彼女の言葉に、俺は素直に謝った。
「いいのよ。そういう所も好きになった理由の一つだから」
 そう言って、彼女はその柔らかな手を俺の手に重ねてきた。

 それはさておき、俺は今回義妹を離れた所から見守る事にした訳で(「北の国から」風味に
 イベントの進行を手伝えない本当の理由は別にあるのだけれど、義妹が一人で何処までできるのか、興味もあった訳で(同上
 さりとてやはり心配なので、告知だけはしてみたり、すぶちん義兄弟に進行を頼んでみたり、周りの人間にそれとなく探りを入れてみたり、自らコッソリ様子を覗いてみたりする訳で(更同上

(ふむ、何とか上手くやっているようだな……)
 物陰から義妹とすぶちん義兄弟が中心になって行っているイベント準備の様子を見て、俺はホッと胸を撫で下ろした。
 もちろん、サングラスにマスク、トレンチコート姿に変装するのも忘れない。
 いやもう『姫ちゃんのリボン』で言えば姫子のドジっぷりや迂闊っぷりにやきもきしつつも助言できないエリカの気持ちを、イヤと言うほど味わうものだと思っていたのだが、実の姉である七菜子さんも手伝ってくれているらしく、どうやら順調のようだ。
「どうやら、順調みたいね?」
「のわあっ!?」
 不意に背後からかけられた声に、俺は30センチばかり飛び上がって驚いた。見れば、俺と似たような格好に加えて、頭にはスカーフまで、所謂マチコ巻きにして変装した彼女が立っていた。
「物凄い怪しいッスね、そのカッコ……」
「貴方の真似しただけなんだけど?」
「……………………」
 俺は黙って変装を解いた。

 どこかで義兄の声が聞こえたような気がして、少女は辺りを見まわした。
 見つけた。準備の為に人が集まり忙しそうに動き回っている会場からちょっと離れた物陰に、義兄の背中があった。
 今回は手伝えないとか言っていたけれど、やっぱり見に来てくれたのね。こっちには気づいていないようだし、ちょっと驚かせてやるんだから(はぁと
 意を決した少女は、素早く義兄の死角に回りこんで、深く静かな歩みで近づいていった。

 変装を解いた俺と彼女は、さりとてその場から離れる訳でもなく、マッタリと話していた。
「まあ、あんな感じですし、俺の出る幕は無いみたいです」
「そうねぇ。義妹さんはお義兄ちゃんよりしっかりしてるから、あまり心配する必要も無かったかもね?」
「ええ、そうですね……」
「今まで義妹を見守ってきたお義兄ちゃんとしては、寂しい限りって所かしら?」
「寂しい? まさか……」
 即座に否定しようとしたが、否定しきれなかった。
 大事な義妹として可愛がり、頼りない義兄として世話を焼かれつつも、頼りにされてきた関係。それが変化してしまう事を、義妹が一人立ちする事を望みながら、誰よりも恐れているのは、他ならぬ自分自信じゃないのか?
「いや、そんな事は無いですよ。あいつも俺も、いつまでも子供じゃない。あいつはアイドルになって、俺には貴女という相手ができた。だったらそろそろ、それぞれの道を行くべきだ。俺も肩の荷がおりて、楽になった、むしろせいせいしたってもんです」
「! ちょっと――!」
 彼女が何かに気付いて目線で示した先、そこには、怒りとも悲しみともつかない表情で肩を震わせている義妹の姿があった。
「まおまお……」
「お義兄ちゃん、今のはホントの気持ち?」
「いや、その……」
「何よ、お義兄ちゃんなんか! わたしはお義兄ちゃんがいなくても一人でやっていけるし、すぶちんお義兄ちゃんも、ファンクラブのみんなもいるもん! だいいち、一人じゃ何にもできないのはお義兄ちゃんの方でしょ! 朝起こしてあげるのも、御飯作ってあげるのも、ダラダラしてる時に叱ってあげるのも、これからは全部そこの彼女さんにやってもらえばいいんだわ! もう、お義兄ちゃんの事なんか知らないんだから!!」
「ま、待ってくれよ――」
「どうせわたしなんか、いつもキャンキャンバニー五月蝿くて、今日から俺は天使な子生意気なマセガキで、お義兄ちゃんと彼女さんの事情を邪魔するおジャ魔蟲どっかーんですよーだッ!」
「だ、誰もそこまで言ってな――」
「お義兄ちゃんのあほう――――――――――ッ!!」
「ぶべらッ!?」
 言い訳する暇も無く、俺は義妹が何処からとも無く取り出した竹ヤリ(銘:快槍破昏守七菜綱六尺二寸五分)で繰り出した『暗黒姫武神竹槍流奥義・死州多亜不輪瀬巣』によって全身657箇所の経穴をことごとく突かれ、身体の一部が破裂寸前まで膨張したり既に死んだり息を吐く事はできても吸えなくなったり銀河の歴史がまた1ページ追加されたり肩の凝りがほぐれたり腰痛が治ったり花畑の向こうに美女が見えたり『第4のユニット3』が30分足らずで解けたり泣いたり笑ったりスリルとサスペンス溢れたり(もういい
「だ、大丈夫?」
「はぁはぁ、圓明流受け身を習得していなかったら、危ない所でした……」
 因みに俺が圓明流受け身を習得するまでの単行本20冊近くに及ぶ大冒険はコックリさんにでも聞いてくれ。
 とにかく実は無事だった俺が立ち上がった頃には、義妹は夕日に向かってキック&ダッシュして萌えて青春駆け抜けた後だった。
「早く追いかけなくちゃ、『お義兄ちゃん』?」
「でも……」
「前にも言ったでしょう、そういう所も好きだって。それに、折角できた大事な義兄妹じゃない。例えお互いの立場が変わったり、お互いに別の相手ができたからって、その関係まで変えたり消したりする必要は無いと思うけど?」
「……ありがとう。俺も、貴女のそういう所が好きですよ」
 そう言って、俺はすぐに義妹の後を追いかけた。

 まったく、俺は何を意固地になっていたんだろうか?
 別にお互いの立場が変わったって、互いに別の相手ができたって、例え離れ離れになったとしても、俺たちは義兄妹だ。
 それは変わらないし、変えるべきものでも無かったのに。
 俺は走った。義妹を探す為に。義妹が行った先は見当がついている。
 俺とケンカした後は、必ずあの場所に行っていたから。
 二人が義兄妹になった、あの場所に。
「やっぱり、ここに、いたな」
「お義兄ちゃん……」
 日頃の運動不足が祟って、息も絶え絶えにたどり着いたその場所に、やはり義妹はいた。
「よくここが分かったね?」
「分かるさ。俺はお義兄ちゃんだぞ」
「ふふ、そうだよね。やっぱりお義兄ちゃんはお義兄ちゃんだよね」
 こんな時には「すごいや、やっぱりあんちゃんだ!!」と仲本工事ばりに返して欲しかったが、義妹には分かり辛いネタだった。
「ゴメンな。お義兄ちゃんが悪かったよ。おまえの気持ちも考えないで、かえって悲しませる結果になってしまった。一人であたふたしているうちに、何時の間にか自分の事しか考えてなかったんだな」
「そんな事無いよ。お義兄ちゃんは、何時でもわたしの事を心配してくれてるでしょ?」
 義妹がそう言って、俺たちは照れとも苦笑ともつかない表情で笑い合った。
 何はともあれ、義妹はまたしても至らなかった義兄を許してくれたようだ。
「さあ、行こう。今日はお前のイベントだぞ。みんなが待ってる」
「うん!」
 いつもの元気を取り戻した義妹をつれて、俺はイベント会場への道を戻った。

「お義兄ちゃん、彼女さんの所に戻らなくていいの?」
 会場への道すがら、ふと、僅かに寂しげなものを湛えて義妹が訊いてきた。
「戻るよ。後でな」
「わたし、お義兄ちゃんの邪魔しちゃった?」
「そんな事はないよ」
「でも、彼女さんができたんだから、わたしはお義兄ちゃんの一番じゃ無くなっちゃうんだね」
「む、それは……」
 言いよどむ俺を見て、今にも泣き出しそうになる義妹の頭を、俺はそっと撫でてやった。
「お前が一番可愛いよ、まおまお。でも、愛しているのは二番目なんだ」
「……似合わないよ」
 精一杯にキメて言った気障な台詞は、一蹴された。
「しょうがないなぁ、それじゃあお義兄ちゃんが彼女さんに愛想を尽かされないように、今まで以上にビシビシいくからねッ」
「お、お手柔らかにな」
 俺の声が聞こえたのかどうか、既に義妹はいつもの天使とも子悪魔ともつかない笑みを満面に浮かべて、イベントのステージへと駆け登っていた。

 義妹の名はまおまお。
 暗黒スレッドのアイドルだ。




























 このこばなしはフィクションであり、実在の人物/事件/団体/BBSとは全く関係無い(断言
 無いったら無い(更断言




























「なんか、キャラが全然違うよな……」
「それ以前に長いよ、お義兄ちゃん」
「うっ――(滝汗」

 終わる。
戻る