剣聖武蔵二天一流誠心直道の碑
 小説の宮本武蔵は巌流島の決闘で終わる。 NHKドラマはその後を見られる楽しさがある。 9月15日、東京・青梅市の吉川英治記念館を訪れた。 7日英治忌の後で毎週催しがあり、その日は午後1時半より母屋にてお座敷獅子舞を30分ほど鑑賞。 2千坪の宅内には樹齢600年の椎の大木があり、静かな書斎も見学できる。 今回の新発見資料に、昭和12年画家とともに九州へ武蔵の取材旅行に来て、別府温泉に宿泊した絵巻が目にとまった。 学生であった昭和40年頃、小倉で吉川英治展があり、文子夫人と升田将棋名人の講演を聞いた感動を思い起こした。  宇佐神宮広場に剣聖武蔵二天一流誠心直道の碑があり、宗家第10代今井正之(宇佐市)が、流祖秘作の木刀と多数の落款印を受け継いでいる。 武蔵と英治と大分が何かの縁で結ばれている。 帰り際、館報「草思堂だより」を2年分申し込んだ。
2003年10月11日 7時30分05秒
横綱双葉山
全国八幡4万社の総本宮宇佐八幡の里に不滅の69連勝に輝く大横綱双葉山の生家と里の駅が誕生した。大分県宇佐市は平成11年11月末日に双葉山生家を復元。あわせて休憩所(展示コーナー)や駐車場を建設し名称を「双葉の里」とした。宇佐神宮をはじめ多くの観光資源とともに宇佐市を訪れる皆さんの交流の拠点、また人としての双葉山の生き方を学ぶ場として、市内をはじめ県内外から多くの皆さんが訪れている。また、2000年10月10日には大分県の「里の駅」にも認定されました。駐車場は大型4台小型24台計28台。六十九連勝という前人未到の記録を持つ大相撲の名横綱・双葉山に関する新たな資料が、出身地の宇佐市にある記念館「双葉の里」(同市下庄)で公開されている。展示資料を充実するため同市が購入したもので、双葉山の手形、金扇子、1930年代のアサヒグラフ:講談社「相撲画報」などの新聞・雑誌類や、双葉山の博多人形、ポスター類などで往年をしのばせている。300点余りの資料は、宇佐市が記念館開館一周年を記念して東京在住のスポーツ作家景山忠弘さん(55)から一千万円で購入。このうちの約八十点を展示。残りの資料には、当時の星取表や相撲のおもちゃなども含まれる。朝倉文夫作双葉山関像など約百点。双葉の里は、宇佐市が、全国から募った募金と予算で計約一億五千万円をかけて双葉山の生家を復元して開館した。 入場は無料。開館以来、月平均約四千人が入館している。

けんちゃん節
ケンチャン節
1 宇佐に参るならノ−エ-百体さまに さまとケンチャンかけたる 願もある  ア かけたるノ−エ-かけたるさまと さまとケンチャンかけたる願もある ヨイショ(4回くり返す)
2 さても見事なノ−エ−お宇佐のえの木 えの実はケンチャンならいで 葉に茂る ア−ならいでノ−エ−ならいで榎の実や、榎の実はケンチャンならいで葉に茂るア−ヨイショ ア−ヨイショ
3 親が大工すりゃ ノ−エ- 子までも大工、宇佐のケンチャン呉橋や子が建てた ア-呉橋やノ−エ-呉橋や宇佐の、宇佐のケンチャン呉橋や子が建てた ア−ヨイショ ア−ヨイショ
4 宇佐の百段ノ−エ−百とはいえど、百はケンチャンござらぬ九十九段 ア−     ござらの ノ−エ−ござらの百は、百はケンチャンござらぬ九十九段ア−ヨイショ ア−ヨイショ
5 さくら三月ノ−エ−あやめは五月、咲いてケンチャン年とる 梅の花 ア−年とるノ−エ−年とる 咲いて、咲いてケンチャン年とる梅の花ア−ヨイショア−ヨイショ
6 梅とさくらをノ−エ−どっちに持ちて、どっちがケンチャン梅やらさくらやらア−梅やらノ−エ−梅やらどっちが、どっちがケンチャン梅やらさくらやらア−ヨイショ ア−ヨイショ
7 咲いたさくらにノ−エ−なぜ駒つなぐ、駒がケンチャン勇めば花が散るア−勇めばノ−エ−勇めばノ−エ−勇めば駒が、駒がケンチャン勇めば花が散るア−ヨイショ ア−ヨイショ
8 花は散ってもノ−エ-つながにゃならぬ、中津ケンチャンお城の殿の駒ア−お城のノ−エ−お城の中津 中津ケンチャンお城の殿の駒ア−ヨイショ ア−ヨイショ
9 殿の 駒でもノ−エ-つないじゃならぬさまのケンチャン植えたる木じゃもん ア−植えたるさまのさまのケンチャン植えたる木じゃもんア−ヨイショ ア−ヨイショ
10 豊後の湯の嶽ノ−エ-出て見ちゃ八山奥にケンチャン境のいその山ア− 境の ノ−エ-境のおくにおくにケンチャン境の いその山 ハアヨイショハアヨイショ
2002年08月07日 00時20分43秒

桜岡神社
 永録元年(1558) 地頭筑後守渡辺光其ノ重臣ヲシテ旧居城タリシ肥前国松浦郡波多郷鬼子嶽城ニ遣ハシ、祭神ヲ土地繁栄ノ氏神トシテ蛭子宮ヲ当地ニ奉遷セルナリ 永禄元年地頭筑後守渡辺光が、重臣を遣わして旧居城であった肥前国松浦郡波多郷鬼子嶽城から、四日市切寄に蛭子宮を遷座して氏神としたのが当社である。 慶長4年(1599) 四日市は中世以来の市場町であり、町場を形成していた。1,599 慶長4年 四日市は中世以来の市場町であり、町場を形成していた。四日市村年代記始まり 1,608 慶長13年その後、市屋(現渡辺写真館)屋敷に遷座して、地名に因んで毎月4日に祭典を執行し、神前に市を開いた。元禄10年(1697)細川氏の御茶屋であった地域に社殿を造営し、遷座して村中の総氏神として豊斎された。
 桜岡神社の祭神は、天満宮(菅原道真)、蛭子宮(事代主命)稲荷宮(倉稲魂命)である。4月稲荷祭り(子供神輿)9月天神祭り(山車)2日間、12月恵比寿祭り(神楽2日間)が、年間の大祭である。平成13年5月女性による桜花鬼神太鼓が結成された。桜岡神社と鬼のミイラをイメ−ジして名付けられた。近年年越しの夜、神社境内におけるクロ−ズアップ四日市のメンバ−による“ふれあい鍋”は、町民の楽しみとなっている。神社の銀杏は、樹齢400年、町民のこころの憩いとなっている。 近くに渡辺医院(萬屋)、唐原クリ−ニング、尾中パ−マ屋‘すずらん‘本の特急便:金光書店(島津屋)がある。
2002年06月05日 05時49分34秒

ア−バン会議サミット列車
柳ヶ浦駅に着いたのは、まだ午後1時前だった。ワクワクしている、まるでミステリ-列車に乗るような気分だ。我々が乗ろうとしている列車は、勿論JRの時刻表には、記載されていない。大分駅まで往復約3時間の旅だ。参加者は、約90名。
このような列車で旅するのは、始めてだ。切符もカラ−で特別製カラ−の切符。ア−バンの名札を付けていれば、大分駅での出入りはフリ−パス自由。今日一日だけとは言えこのような切符には、夢とロマンとファンタジ−がある。まるで今はやりのJKロ−リングの「ハリ−ポッタ−と賢者の石」9と四分の三番線ホ-ムの世界。乗客でごったがえすプラットホ−ムに大分行き柳ヶ浦サミット列車がゆっくりと滑り込んで来た。
駅長さん市長さん地域住民と都市整備課職員共に一体となって、21世紀の宇佐市づくりを創造するヒントが得られるかもしれない。そう考えている間に列車は定刻の2時46分に出発した。
往路の1時間は、5地区ア−バン代表の弁論大会とデイスカッションがあり、鉄道クイズも出された。 宇佐市の鉄道は、明治30年9月に門司港から柳ヶ浦まで開通。大分までは、乗合馬車であった。 明治の文豪夏目漱石も明治32年1月2日熊本から宇佐駅に着き,宇佐八幡宮に参拝している。 駅の名称も長洲駅、宇佐駅、柳ヶ浦駅と3度変わって現在に至っている。 明治45年豊前善光寺駅から軽便線が、四日市町を経て、豊川両川村の円座まで通じていた。三又川から円座まで通じたのは、大正8年4月のこと。宇佐参宮鉄道も大正になってから開通している。
「長洲駅は、早朝より背中に荷物を担いで、小倉方面へ’いりこや乾物’を売りにいくおばさんで賑わっていた。」 四日市は、豊州線の駅があったが、すでに廃止されて50年近くになる。知らない人が多く、忘れさられようとしている。 「今現在鉄道の駅は、四日市にない。駅は,送る人、送られる人との出会いの場所だが、心の駅として四日市を見つめ直す。」と言う意見も出て、なごやかなサミット列車であった。 まちづくりには、楽しさや夢を持つことが必要と感じた1日でした。(宇佐市 金光書店)
2002年06月04日 19時44分33秒

椎名誠サンジョルデイ講演会
 大分市OASISひろば21(音の泉ホ−ル)で、作家椎名誠氏の文化講演会を開催した。協賛は小学館。NHK大分、OBS放送、TOSTV、朝日放送が後援した。 700名収容のホ−ルは、満席で1時間前から並んだファンも数多くいた。講演のテ−マは、「旅のネルダス」。イミダスと言う本があるが、旅にでて“寝る“そして”出す”という単純な説明に、最初からシ−ナ隊長のユ−モアに、会場は爆笑の渦、出版200点を超すベストセラ−作家のグイグイと豊富な体験話に引き込まれて言った。
 冒頭文春コラムの記事にふれて、ビ−ルに多く含まれるプリン体を摂取すると尿酸値が高くなり、痛風になる。物書きの性分から、短時間で集中的に資料を読む事から得た、尿酸値を高めるプリン体探検隊の話を本日のテ−マと関係なしに披露した。氏は、酒の蒸留酒と醸造酒の違いを説明し、本日は酒の話をしようと切り出した。フランス、イギリス、メキシコ、モンゴル、チベット、韓国等世界の酒にふれ、旅をする椎名誠を会場の聴衆に印象づけた。
 最後は、ドイツのミュンヘンで行われる10月のビ−ル祭りに参加した体験話、結局2000人のための簡易男性トイレの光景話の落ちに、またまた全員大爆笑の内に講演は終了。
 講演後、会場ロビ−で新刊“からいはうまい”を購入した150人の読者へのサイン会も約1時間程行われた。中には、県外からのファンの参加者もあり、女子高生OL青年男女を問わず、日焼けして精悍な作家椎名誠との握手、記念写真取り、言葉を交わす読者もいて、各自満足した笑顔で会場を後にしていた。
2002年06月04日 19時30分05秒

宇佐神宮神輿フェスタ
全国4万余りの八幡社の総本社で、国宝の本殿を持つ大分県宇佐市の宇佐神宮。八幡神を起源とする神仏習合は、アジアのどの国にも見られない独特の宗教システム。明治初年の神仏分離政策で、神と仏が分けられた。宇佐八幡神は、日本のあらゆる神々を率いて、東大寺の大仏造立に協力し、大仏の完成と同時に紫の輿に乗ってはるばる奈良の都まで出かけて参拝した。この神輿が、わが国神輿の第1号として続日本紀にも記されている。東大寺の開眼供養(752年)から1250年の節目の本年10月5日には、宇佐八幡の東大寺参拝をしのぶ行事「転害会」が行われる。内容は、東大寺の境内を宇佐八幡神輿が、道行囃子:文化財愛護少年団などに先導され、勇壮に練り歩き、大仏と手向山八幡宮を参拝する予定。参加人数は、若宮神輿をかつごう会総勢350人が見込まれている。ちなみに、「宇佐神宮史」の編纂がほぼ終わり、最終の第十五巻が来年早々に出版される。本年は、ワ−ルドサッカ−九州会場大分と共に全国に神輿発祥の地大分県をアピ−ルする良い機会となる。
     2002年05月31日 00時15分34秒

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