大学に2回行ったら・・。


一度4年制の大学を卒業しつつ、それなのにもう一度大学に行く人が結構います。大学院ではなくて大学にです。結構という数は、もちろん僕自身の見てきた人の数です。類は友を呼ぶというか何と言うか、似たような奴らが似たような場所に集まるもんなんですね。

http://www.geocities.co.jp/Outdoors-Mountain/8839/

そんなこんなで2回目の大学4年生。

04年7月3日

なんと人間の脳は不可思議かと思います。そう思う点は数あるけれど、最近思ったのは人間の性格です。

知識としてやロジックとしてある種の思考回路(思考方式・パターン)を理解していたとしても、実際にそれを実行するかや、実行できるかは、論理ではないと思います。明らかに誤りと知りながら、人は過ちを繰り返すことがあります。そういう意味では、大脳よりも優先するなにかがあるのでしょうか。何によって人間の性質は決まるのでしょうか。

04年6月5日

今日はかなり天気がいい。今から体動かしてこようと思う。

これから梅雨本番。けど、合間の晴れの日を楽しむことにしましょう。

04年5月30日

しかし、メンタルが弱い。普段「周りのガキどもは・・・だ」なんて偉そうにいうこともあるけれど、基本的にメンタルは弱めですわ。

今は弱い周期です。

こんなことでまともな医者になれるのだろうか?なんて思うね、マジで。

04年4月21日

時間は過ぎていく。当たり前だけど、今の自分はそれを悲しいものだと捉えるような気分です。弟はおっさんになり、父母は老いていき、自分ももちろん老いているのでしょう。このペースでいけば、自分がおっさんになるのは別にいいとしても、身近な人間が死んでいくのはやはり悲しいものです。

普段はそんなこと考えないから平気なんでしょう。BJによろしくで、癌は自分の死を整理することができるという点では、それほど悲惨な病気ではないというような台詞がありました。

でも、やっぱり死ぬんだから悲惨だよね。なんていうのは、自分の死を捉えようとしない健康な若者だから言えるんでしょう。やっぱり、人はいつかは必ず死ぬんですな。

真面目にやるにしろ、スロットするにしろ、後悔のないようにやるのが一番ですわ。

04年4月12日

しっかし、大学四年生にもなると医学生は他の理系学部と同様忙しくなります。朝から晩まで実質拘束で、家帰っても勉強です。春休みのスロ狂い生活からは考えられないほどの生活をしています。

しかし、それが月から金まで続くと、スロットに行くくらいなら寝たいと思ってしまいます。

しかし、先週は相棒に唆されて(メールをもらって)、ラオウを倒しにいってしまいました。もちろん負けました。

でも、たぶんこの生活が続く限りスロットに行く頻度は減りそうです。問題は夏休みだな。

04年4月4日

もうすぐ大学の授業が始まります。朝早くから始まって夕方まで忙しく勉強することになるそうです。そんなことは前々から知っていたわけなので、スロットなんて早く止めて勉強しないと・・と思いながらも狂ったようにスロットしてました。

精神依存です。打たないとそわそわしてきますし。泣 ある意味病気です。

勝てばまた勝ちたくなるし、負ければ負けを取り返したくなるし。結局打ってしまいます。

でも、授業が始まってからそれをすると、致命傷になりかねません。だから、健全な精神を保つ、否、取り返すためにも財布には2千円と小銭。そしてキャッシュカードは家に置いていくつもりです。

ちなみに春休みの収支はおそらく黒字でしょう。いくら儲かったかはわかりません。最初の方計算してなかったので。

スロ狂いの日記のため削除。

04年3月13日

前の日記からひと月が経っています。その間は先祖がえりしたように、パチスロ依存症に罹患していました。今も克服していません。

人間とは変わらないものなのだ、と半ば諦め気味に自分自身を認識しました。

本当に中毒です。いくらお金を失うことになろうとも、短期的に儲かっても結局なくしてしまうことは知っていても、そして、金が増えようが減ろうが畢竟時間の浪費には変わりがないこと知っているくせに、やってしまいます。

人間、やってみないとわからないことが多いけれども、何でもやってみればいいというわけではないということです。知らないほうが幸せなことなんてこの世にいっぱいあるのでしょう。

最近なんて、目的がサービスの享受だけに変質してきています。金が減ろうが、その分楽しめたらイイ。以前はこのような考えはもっていませんでした。楽しいか否かは、あくまで金でした。金が稼げたら楽しかったし、失えばかなり悔しかった。でも、最近は具体的に言えば、ケンシロウが豪掌波をかわせば、それだけで愉快です。(←エンドルフィンか何かモルヒネ様物質が出ているのでしょう。)

そういう意味では、正真正銘の廃人になる日も近いかもしれません。これは自戒でも反省でもなく、ただの観察記録に近い感想です。やれやれ。

04年2月14日 聖バレンタインの日

前回の話の続きの前に、今日はバレンタインですな。昔は憂鬱でした。特に中学生のとき。クラスメイトの中には後輩や同級生からいっぱいもらうモテモテくんがいて、別にそれは仕方がないとはいえ、そことの差を小さいながらにバシッと指摘されてるみたいで、漠とした焦燥感のようなものがありました。

あんまりよくないよね。あれ。

今は、当時と違って一種の「恋愛ブーム」いや「恋愛万歳文化」が蔓延してますから、どんなに普通の中高生でも彼や彼女がいるので、昔ほど僕のようないやな思いをしてる子どもたちは少ないかもしれません。

10年前はもっと保守的だったよな・・・・。やっぱり携帯は良い悪い含めて「偉大」ですよ。ほんと。

さて、前の話の続きですが、学生闘争のときや、226事件のときの若者たちは、一体何を考えていたのか非常に興味があります。この世の中のどうしようもない壁に対してどういうアプローチをしようとしたのか。若者は理想に燃え、そしてエネルギーがあります。その壁を打破しようとする動きが、昭和維新を目指したあの動き(詳しくはないけど)、社会主義への傾倒だったのかななんて思います。

もし、彼らがそういう気持ちをもって、行動を起こしたのなら自分はどういうアプローチがあるんだろうかなって思います。いまさら革命も社会主義もないので、自分は自分の信念に沿って、それ以外の第三の軸に沿って生きていこうかなと考えています。

青年海外協力隊か何かで海外への医療支援に行くっていうのもありやね。そーいう意味では。

04年2月6日 設定6の日

さて、もともとわかりきっていた事ですが、最近特に世の中には生まれついての差があります。それは持つものと持たざるものです。それを思っても詮無いものですが、思えば思うほど悲しくなってきます。悲惨ですな。悲劇でもあります。

例1 新撰組

くだらない大河ドラマの新撰組はどうあれ、現実の新撰組はなんとも悲しい物語です。新撰組と倒幕の志士たちを見れば同じ土俵でがっぷり組み合っていますが、あそこの舞台に新撰組を送った幕府の面々はといえば、彼らこそが本当の勝ち組です。新たな学問など学ばなくても、剣術を身につけなくても彼らは偉いのです。そんな彼らは人を使って自分を支えます。自分の体を使わずに生きていくのが「持つもの」の強みです。若い命を幕末の動乱に散らしていきました。

04年1月26日

今日はスロット6デー。

たしか、設定6がどうとかいうのは一言も書いていないはずです。しかし、行ってみたらすごい人。北斗の拳はもちろん満席。(糞台も含めて)やはり一撃でたらでかいというのがあるんでしょうな。一度引いて、なおかつ色んなイベントを絡めたら爆発というのは、明らかに低設定だと確実に負けます。その分北斗の拳は一回引きさえすれば、もしかしたら10連以上するかもしれないわけだし、それも客付きの良さの理由の一つだと思います。

でも、今日は「吉宗」を打ちに行きました。これはしばらく前からあったはずですが、最近Nにおもしろさを教えてもらいました。他の客もそれに気づいたらしくて、ここも満席。ハイエナしようとスタンバイしてたんですが、なかなか止めない。1000超えが結構ありました。明らかに絞りにきてるのでしょうかね。給料日の後だし。で、結局空いたのは朝からR4回のみの台。1000ハマリを抜けて、死に物狂いで当てたらレギュ。そしてそこから諦めずに、またハマリながらもボーナスを引いたらレギュ。そこでジ・エンド。

可愛そうに。一歩間違えばああなるなと思い、そっと見送りました。

しかし、回転数は220。空いてる台がないのと、右2台が1000超え中だったので、ハイエナ目的もあって打つことにしました。明らかに低設定ぽいですな。演出は子役のみ。俵かリプ。余分な演出は皆無です。あぁ、一度飲み比べがありました。軽く負けました。

そうこうしてると左の台で鷹狩ステージへ。昨日Nから天国確定と聞いていたのでちらちら見ながら打ってたら、なんと「殿、帰りますぞ!」との爺のことば・・・・。

なんだよ!確定じゃないじゃん!!

よかった。俺のときじゃなくて。

右2台は天井まで行くらしくて、台の下皿に千円札の束をおいてました。糞台を道楽でザブザブ打てるほど金も時間もないので帰りました。

ま、でも楽しかった。

04年1月11日

「北斗の拳」でようやく当たりを引きました。おもしろかったです。街中でスロットトークしてるのがいて、その話を小耳に挟んだのですが、北斗の拳で勝ち負けを度外視して打ちに来てる連中が多いと彼らは言ってました。たしかに、昨日の北斗の拳での連荘は中毒性アリです。心の中で台に向かって「ケンシロウ、頑張れ!」と叫んでいます。そしてケンシロウが倒れたら、「頼む、ユリアかリン出てくれ。」と再び願います。

やばいです。昨日の5万勝ちが消えてなくなるまで打ちに行きそうで怖いです。

やられるときは、一瞬でやられると思う。

04年1月10日

少し読み返してみると、愚痴か悪口がメインですな。コレは。

というわけで、フォローを少し。

話は飛びますが、こないだ新聞に中学生が渋谷で取材をして記事を描いてました。意外と普通の子が多かったという結論でしたが、こうも書いていました。『あまり怖そうじゃない人に聞いてまわったかもしれない。』と。

だから、これを書くときに精神状態がかなりのバイアスになっているという事実です。調子よく何の問題もないときなんて日記なんてイチイチ書かないです。あくまで自己消化の手段としての日記なわけですし。

さてさて、医学部の学生のフォローをします。やはり何より真面目です。優秀な学生は本当に多いです。目が綺麗ですし、パチンコやら競馬なんてやってるのは少数派です。

能力としては僕なんかより遥に優秀です。でも、簡単に白旗揚げるわけにはいかないですよね。これから一緒に仕事していくわけだし。

04年1月9日

こないだ弟が帰ってきて僕に言いました。

「いいなぁ、兄貴は。金持ちで。」

弟はまだ学生なので確かにそう見えるのかもしれません。でも、正月に働いてる友人たちと飲んだら当たり前だけど金ナイです。

仲には博士課程のもいましたが、なんと2人ともCOEの予算がついてるから給料(のようなもの)をもらってるらしいです。

いいなぁ・・・。給料もらえる院生なんて最強じゃないか。

さて、他人を羨んでも自分の金は増えないので自分の話です。実は小さな予備校で教えているんですが、どうも給料が下がりそうです。給料は微増しますが授業時間が少し減ります。そうするとトータルでは減ります。

そこで今地味に就職活動中です。別の予備校にも履歴書送ろうと思ってます。

どうせなら奨学金もらってその分勉強すればいいとも思うんですが、借金背負うのっていうのがなんかイヤです。この辺が器の小ささを物語ってますな。

04年1月1日

曙・・。

曙が負けました。しかもあっさり。

予想通りというか、期待を裏切らないのはさすがというか・・・。

かなり曙を応援してました。なぜかって言うと、彼を見てると自分を見ているようだからです。あくまで見た目の印象ですが、彼はかなり精神的に弱そうです。なのに、わざわざしんどいことに足を突っ込んじゃうなんて、自分の境遇と重なります。正直やめときゃいいのにって思ってしまいますね。

だけど止めない。

「どんな理由があるかわからないけど、その道は茨の道だぞ。」そうはっきりと思う自分を他所において、それにもかかわらず進んでいこうとする。曙は今回は負けたけど、死ぬときに後悔しなけりゃ、それは勝ちなわけで・・・少なくとも自分はそう思います。というわけで、今年一年頑張ろうかなと。

変に励まされました。

03年12月30日

今日でやっと仕事納め。学生たちに同じことを教え続けています。学校の先生だったら色々刺激もあるんだろうけど、家庭教師や塾講、予備校の非常勤講師は基本的に単調です。毎年毎年同じことの繰り返し。ルーチン化してきてます。

それはそれで、今日はベクトルがわからないとういう女の子にベクトルを解説してたけど、本当に基本的なことを何もわかってないので大変でした。

なんでそこまで言わなきゃいけないんだ!!

クラスの教え子でもないので、正直そう思ったけど、頑張ってにこやかに教えました。

何もわかってない状態で教授に質問したときって、相手もこう思ってんのかな・・・。相手の心理状態を自分の経験に置き換えて推し量ると、人間関係において慎重、いや臆病になる傾向があると思います。

でも、ヤツらは「教授」だからな・・。そんなことでキレられても仕方ない。来年もガンガンきくぞ!!

03年12月29日

最近「映像の世紀」をNHKでやってます。あれはいい番組だと思います。何度見てもいいです。(以前に録画して保存しています)行間がしっかりあるので、見るときの受けて次第で色々考えることができます。

司馬遼太郎さんがテレビを見るのは想像力を欠落させるから良くないといってますが、映像が伝えてくれる「適度な」リアリティーというものをあれによって我々は知識として仕入れることができます。

引き出しが空っぽな若造には、想像力だけではカヴァーできないものがあることもまた事実ですし。

そして、話は映像の世紀ですが、あの加古隆さんの音楽がなんともいい味を出しています。時代の流れに飲み込まれていく人々の姿をイメージされて作られたのでしょうか。僕にはそんな像が結ばれます。でも、本当のところはよくわかりませんが、流行の白い巨塔の音楽も彼が担当しているそうですし・・・今度CD買ってみることにします。

03年12月21日

魔の季節。12月。

この月は基本的に厳しい月です。これは真理です。そんなことは、とうに学習しているんだけれど、人間てものはなんとも弱いものなのか・・・。

否、個人の体験を人類一般に拡大解釈するのはよろしくない。

いずれにしても、今月だけで合計6万1000円の金をスロットに費やしている。今日などは3万1000円。果てしなく当たらない。『最近の機種は当たりにくくなっているのか??』そんな疑心暗鬼に陥るほど当たらなかった。しかし、そんな被害妄想はすぐ否定される。諦めて離れた台に座った他のお客がおもしろいように当てていく。しかも少額投資。

やってられない。ぶっ殺してやる。皆殺しだ。

そんな思いがふつふつと沸き起こってくるけど、そこは大人。『たかが遊びだ、五万くらいいいじゃないか。」変に余裕を繕おうとする自分がいる。なんとも惨めだ。

しかし、ここまでぼろぼろにやられると、取り返しに行こうという気も起こらなくなる。もう金が尽きかけているのももちろん理由の一つだが、何より、もう当たる気がしないのだ。

今気づいたけど、6万・・・。でかい額だな。苦笑

03年12月13日

僕は司馬遼太郎を尊敬しています。

昔、知り合いに「ただの小説家だろ。」と言われたことがありましたが、おそらく彼は作品を読んだことがなかったのでしょう。あれだけの国民的作家になったのには訳があるはずです。彼の語ること、伝えたいことが素晴らしいから、皆が彼の書を読んだのです。文章や構成が彼より優る作家は他にいるかもしれません。けれど、彼のことばの深さには、やはり並ではないと思います。

また、こうも思います。小説だからこそ、あったこともない人間である僕に、彼の人生哲学を教えてくれるのではないかと。彼の思いを語ってくれるのではないかと。

14歳のときに、漫画「おーい竜馬」に触発されて小説「竜馬がゆく」を読んだが最初です。それから色々読んできましたが、最近読み直してみたくなりました。昔読んだときとはまた違った感想が持てそうだったからです。今は8年前に購入した彼の講演集を読んでいます。以下にその中の彼のことばを引用したいと思います。

『戦争は時々負けなければいけませんね。ヨーロッパの国々は、お互いに買った負けたがあって成立している社会であり、文化なのです。常勝の国はありません。負けるたびに、民族としての思想が深くなったり、政治に対するものの考えが深くなったりする。勝ちっぱなしの国は、やはりおかしくなる。略

非常に民度の高い国、文明の度合いの高い国でしたら、例え勝っても自分自身を解剖するに当たっては冷静です。しかし、日本人はそうではなかった。日露戦争のあとに浮ついてしまって、非常に駄目な国になる。一つの例となる話ですね。略

比較できる相手を隣にもっているから,自然と頭が比較をして,絶対に強いということは思いもよらない。』

同じく司馬遼太郎を尊敬しているという小泉に聞かせてやりたいです。

03年12月9日

こうして戦争へむかう・・。

今回のイラクへの派兵が直接戦争状態へと進んでいくのかはわからない。それはあとからわかることです。

かつての日本より、戦争へ対するアレルギーが弱ってきています。戦争を知る世代がどんどん亡くなり、威勢の良い人間が増えてきてるのでしょう。

威勢の良い人間は、本当に自らの生死という大前提を超越した何かをもっているのでしょうか・・。一部のパラノイア患者はともかく、ある程度正常な脳で考えてそういう結論に達することができるのなら、それは「絶対に自分とその周辺は傷つかない」自信があるからです。

そんな人間に国家の中枢を握られ、そんな国の利益(国益)のために、なんで一度しかない人生を歪められないといけないのか・・・。

ある種茶番ですが、よくできたシナリオです。もし中東・アメリカの報復の連鎖に巻き込まれるようなら、小泉はヒトラーを超えるカリスマだと思います。官僚と政治家の利益優先の現行の政治をなんとかすると訴えて国民の票を集め、そしてせっせと戦争へ道筋だけをつける作業に奔走。詐欺だぜ。こりゃ。JAROに電話しないといけない。

03年12月6日

基本的に一度転職するとほいほい次からもいってしまう。そんな話を聞いたことがありますが、二回目大学生も一度まっとうな道から外れてるわけなので、色んな脇道(自分ではshort cutだと思ってる)に逸れたくなるもんです。

今後の医療界に目をやると、明らかに危険です。

これからは弁護士です。しかも医療訴訟専門。

というわけで、今はやりの法科大学院にも少し興味があります。それで試しに受けてみて、それで受かってしまえばそれはそれでいいかな・・・なんて、子どもみたいなことを考えたりもしました。でも、それはさすがに実行できませんな。あまりにも腰が軽いのはやはりよくないです。医者としてのスキルを身につけて、それから考えればいいでしょう。その時弁護士になりたけりゃなれば良い。そのときは自分の金で。

03年11月26日

病理医はプレパラートを見て病気を診断する医者です。実験はしないけど、患者を直接見るわけでないし。日本では比較的地味で地位の低い医者です。しかし、認定医の資格を取れば仕事には困らないしギャラはかなりいいそうです。

個人的には顕微鏡のぞくのは全く苦にならないし、地味なのもそんなに苦になりません。退官してからも肩書きがしっかりしてれば仕事に困らないとのこと・・。医療訴訟全盛の時期を生き残るにはこういう選択肢もありかも。つうわけで病理学をもっと勉強しないとな。

03年11月1日

そうこうしている間に11月です。二回目大学生になって2年と8ヶ月が経ちました。友人たちは社会人二年目になったり大学院の博士課程の2年になっていたりしてます。早いもんです。最近正常な体の勉強を終わり病態の勉強に移ってきています。

病理学と言うものは昔からやってみたかった分野だったのでかなりおもしろいです。顕微鏡をみているのは昔と変わらないけど、組織が頭の中でだんだんマクロに汲み上げられそうな予感がしてきました

10月24日

今学期から法医学が始まりましたが、これはかなり異端な学問です。これまでの生物学の延長の基礎医学とは違います。何よりグロい。人の死体というのは写真で見ても気持ち良いものではないです。(前にも書きました)

さてさて、もうすぐ実際に検死見学をさせてもらえることになっているのですが、注意書きに守秘義務を守ることとありました。守秘義務とは仕事上知り得たクライアントの情報を他者へ漏らしてはいけないということなのですが、たしかに道理にかなったことです。しかし、この制度のおかげで医学というか医者の世界と外界が断裂してしまっているような気もします。今教えている生徒たちに、未知な世界の話を少し聞かせてあげようかと思うこともありますが、守秘義務やら遺体本人や遺族に悪いと思うので話したことはありません。ネタにする気はさらさらないけど、看護婦になりたいとかいっている子にくらいは話してあげたほうが進路の決定等に役立つと思うんだけどな・・・

10月15日

生徒の成長は早い。

去年中学を出たばかりの生徒に数学を教えていました。二次関数を。そんな彼や彼女がもう微分をやろうとしています。いやぁ、早いなぁ。そういえば顔つきもちょっと変わった気がする。彼らが成長している間に自分もきちんと成長できたんでしょうか?そんなことを思いましたが、でも、成長できるように頑張らないといけないですな。

10月11日

今日はアルバイトで予備校で教えてました。予備校といっても規模は塾。しかも素人の僕が教えるので、クラスは一番下です。丁寧な指導がモットーです。

というかぶっちゃけ、数学嫌いです。むしろ苦手でした。だから難しいのは一時期解けたこともあったかもしれないけど、もうあまり覚えていません。いまさら教えるのは無理ですな。やはり専門でやった生物なら教えられそうですが、生物のリクエストはないんです。これが。

ま、そうは言っても数学の苦手な数学講師ならではの授業もあるんです。苦手だったから苦手な生徒の悩んでるポイントがわかる。しかもそれを自分なりに消化してきてはいるので、それを教えることができます。しかし、一番下のクラスならではの悲哀もあります。

基本的に努力をしない生徒多いということです。もちろん頑張っている生徒もいます。彼女たちはいいんです。しかし、努力しないとなるときついですな。最近は推薦入試のオンパレードでかなり大学全入時代のど真ん中にいるはずなんで、受かろうと思えば簡単なはずなんですがね。しっかり落ちてくれます。今年も約一名かなり危険な香りを出しています。悪いやつじゃないんです。だけど、努力しないんだよな。それを叱りつけてまで教えるほどはねぇ・・・無理かな。(注意!僕は素人。)去年はやさしく注意していた生徒がいました。「ちゃんと勉強しなきゃまずいだろ」みたいな。彼は僕と話すだけで満足して帰っていきました。何かしら成したような錯覚に陥っていました。しかし、何も進歩していません。彼は僕も自分と同じ場所で同じように歩いていると感じてしまったのかもしれません。あまりにも彼に譲歩しすぎていたのかもしれません。いずれにしても、彼は現実にぶつかりました。

一人だという現実です。

そのとき、彼はパニックになりました。そして僕のまで八つ当たりをしました。「先生はオレのことを馬鹿にしている」

答えに窮しました。馬鹿だとは認識してはいる(少なくとも頭はよくはない)けど、馬鹿にはしていない。傷つける気持ちなんて全くない。馬鹿だと思うから一生懸命教えたわけだし。今年の彼はしっかり推薦で受かって欲しいものです。

10月9日

今学期から法医学というものが始まりました。解剖と並んで、医学部ならではの講義です。理学部の人類学では解剖等をやるという話は聞いたことがありますが、分子生物学のように一般的ではないことは確かです。そしてさっそく教科書を見に行きました。

予め断っておきますが、やはり知的好奇心から法医学へ対して何かしら期待がありました。全く知らないことを教えてもらうのは楽しいものです。(逆に知っているはずのことをいちいち確認されるのはしんどいです。)

そして教科書。おそらく大学の生協にあると思うので見てみたら良いと思うのですが、グロテスクです。やはりヒトの怪我や死んだ姿というものは生理的に良い気持ちを催すものではないです。事故で死にたくないなと思うとともに、肉親や知り合いがああいう形で死ぬのもイヤだなと思いました。

「それでも医者を志す人間か」と非難を受けようとも、辛いものは辛いし、甘いものは甘い。グロテスクなものはグロテスクだ。

10月4日

先日バイト先の子から名言集のプリントをもらいました。僕が受験生へのメッセージを頼まれてある名言を引用して紹介したからです。名言好きとでも思ったのでしょうか。

The man who dares to waste one hour of time has not discovered the value of life.

受験生時代にNHKビジネス英会話で紹介されたものです。戒めとして覚えてます。常に時間を有効には使えないですから、あくまで戒め。ストッパーです。それでさっきの名言集ですが、それをざっと見ました。やはり世界の名言集。いいのがありました。

Don't give your advice before you are called upon.

これなんかは立場上おもしろいですな。人にモノを教えるとき、こっちが先回りしてあれこれ教えようとしても、そのことは全く相手に伝わっていないことがよくあるわけで、この言葉は身を持って体験してます。でも、今やってるアルバイトなどは、まさにこの言葉の対極です。聞かれていないことをひたすら与え続ける。繰り返し繰り返し。

近頃は少子化の影響もあってか、学習塾は大手だけが残り、あとは個人指導にシフトしているという話を新聞でも読みました。ウチの予備校も去年から個人指導クラスを開講していますし、近所の学習塾も個人指導全盛のようです。

こんな教育で作られた秀才くんは一体どこへ向かうんでしょうか?何ができるようになるんでしょうか?ま、でもこれまた難しい問題ですな。どこまで与えればいいのか、何でもかんでも自分で考えてやるというのは少し効率が悪い気もしますし。

これもある意味鍍金(メッキ)です。鍍金作業をした者や、その費用を捻出した親たちが鍍金作業をしたから光るんであって、その本体は金ではないんです。本人が気づかないうちにピカピカに仕上げられてしまうので、彼らが自分たちは「金」だなんて思ってしまったら、それは悲劇です。社会にも、本人にも。

10月2日

偉そうに昨日は書きましたが、やはり学問がどうこうなどと語れるほどには全然来てませんな。やはり。

日ごろから慢心、過信、傲慢はイカンと思っておるのに。

だめですな。

こういうのは読み返すと客観的に見られるものです。

10月1日

ここ最近かなり勉強しました。ずっと勉強していたわけではないけれど、勉強以外の時間は極力削りました。寝るか気分転換に体動かすくらいでした。その甲斐あって、知らなかったことを色々知ることができました。統計なんかは大事ですね。一冊読んだだけでは足りないので、やる気があるうちにもう一冊やろうと思います。統計の本を読みながら、実験をしていたときに検量線を作る原理がわからなくて先輩に聞いたことを思い出しました。あと、生理学はやはり奥が深いです。先人の人たちが作り上げた、作り上げたと言うより切り開いたと言う方がイメージに近いかもしれません。そういうものを感じることができました。

今よりもっと若い頃、昔の人間の考えたことを学ぶことに意味はあまりないのじゃないかと思ったことがありましたが、やはりそれは間違いです。大局的に物事を学びすぎる傾向があるので、一人の人間のできることの限界と言うものがイマイチ実感できなかったからです。

ですが、一人一人の力、与えられた時間を含め、はとても小さいからこそ、みんなでそれを集めるのですね。それが学問なんだと最近では思います。

オレの屍を越えていけ・・

格好よく言えばこういうことでしょうか。

9月29日

今日Barry Whiteのアルバムを借りてきました。前々から聞いてみたかったヤツです。アリー・マイラブでも流れていたし、あとブリジットジョーンズの日記(?)でもかかってたんじゃないでしょうか。たぶんかなり有名な方なんでしょう。でも、知らないものは知らないし。

で、聞いてみました。

ジョンがテーマ曲に使うのもわかる・・。

何かパワーが湧いてきます。

9月20日

最近年を感じます。

何故かっていうと、睡眠時間が短い日が数日続いたせいか目の下にクマができていたからです。鏡を見ると、心なしか少し疲れた表情に映ってました。

年齢からするとまだ20台も半ばなわけで、まだまだ若いとは思う一方、それでもやはり忍び寄る衰えというものの足音も聞こえたりしなくもない・・・。笑

お肌の手入れでもしようかな・・・カズのCMの店で。行ったことないけど。

9月16日

医学の勉強はやっぱりおもしろい。将来の仕事に直結してるから、やる気も自然と起こります。でも、それだけじゃなくて、自分が人間である以上、健康や病気の話題には興味が行きます。忙しいけど、なかなか良いです。

03年9月13日

誓いを記してから一週間が過ぎました。

それなりに一生懸命やってます。けど、寝ないで毎日やってるかというと、答えはNOです。ただ、目の下には熊が住むようになりましたし。

さて、この年になっても漫画は立ち読みしています。小さい頃から漫画っ子でしたし。それで、最近モーニングで連載が始まった受験漫画なんですが、軽く読んでます。その中に、「人間の集中力の続く時間は ・・云々」ってのがありました。細かくは覚えてないです。でも、今回の試験勉強ですが、やはり適度に休憩を入れつつやった方が能率は上がります。

小学校の頃から当然のように、授業−休み−授業・・と組んであったのは、理にかなっていたのでしょう。今頃気づくとは、なかなか遅いような気もしますが。

03年8月14日

最近は英語だけは勉強してますが、あまり上達しとりません。向うがわかりやすくしゃべってくれればわかるけど、やっぱり少しでもリエゾンやわからない単語を使われると「Oops!」となります。そんな授業をしてくれる先生はUSAで医学教育を受けたDrで、日本人ではありません。かなり激しい医学教育を受けたらしいですが、でもそれが向うのスタンダードらしいですな。朝の7時半から9時まで講義&試験。それが月から土まで続く。その先生はこう言ってました。

You are very lucky .

確かにそうかもしれないな・・。。

03年8月7日

たとえば、研究の世界を覗く以前には簡単にノーベル賞なんて言葉が出ると思う。たとえば、実際に柔道する前には、技さえうまくかけられれば相手がいくら大きくても投げられるように思う。

これらは見通しの甘さや現実の認識不足からくる傲慢さだ。でも、実際にやってみれば傲慢さは吹き飛ぶ。

でも、この医学部という環境は温室だ。現実から過度に守られている。カンニングしても黙認。落としたら留年するはずの科目を実際に落としても制度自体を変えてOKにしてしまう。そして、勉強しなくても常に家庭教師の時給は高い。みんな自分と同じくらいは偉い。そいつらとの相対的な位置が判断基準となる。他大学の人間との接触がゼロに近い。

限られた現実や嘘の現実にいくらつかっていても、ヒトは成長しない。

素直さや謙虚さがあるうちに彼らの世界観を変えてやらないと大変なことになる。

03年8月2日

今日は石垣島が全島消灯を行う日だ。カレンダーにはしっかり印が入っている。でも、普通に自宅にいる。それもこれも二回目大学生のくせにクラブ活動なんかしちゃったからだ。個人的にはいまさらクラブ活動なんか面倒くさくてやってられないものです。でもなんでやってるかっていうと、この医者の世界は合理的な考えかたでは動いていないと思うからなんです。直感的に。

よくアメリカの医学教育システムは素晴らしいとかいわれるけど、あれはアメリカがどうのこうのじゃなくて、合理的にいい医者を作るシステムというのを追求したらああいうふうになるんだと思う。合理性こそが重要なんです。もちろん全てとは言いません。

でも、日本の医学部は違います。徐々に変わりつつあると言われているけれど、外圧も何もないから変わらない。旧態依然。だから、合理性がそこに存在しているなんて期待しちゃいません。

なんでこんな話をしたかというと、N氏が「全能性」について書いたからです。実は恥ずかしながら、私も昔は全能性を信じておりました。どこまでも飛べると思ってました。それはある意味いい部分もあります。自信を持って何かやるわけですし。ただ、それも一度の目の大学を卒業した辺りから変わってきました。いくら腐った環境でも、ホンモノは生きていけると言います。でも、自分がホンモノだとはとうてい思えない。だから、超然とわが道を行くことはできませんでした。だから、今あるシステムにも適応することは凡人の処世術の一つだと思うわけです。

再受験生の中には、同じクラスの学生との交流を極端に嫌う人がいます。オレはオレの道を行くというわけです。でも、そんなに世の中甘くないと思うわけです。特にこの日本。彼や彼女がホンモノなら話は別ですがね。そうでないなら、この先かなりしんどいことになると思うんです。

ま、慎重な性格なのでこの辺は押さえておこうと思うわけです。でも、慎重じゃない人はあまり気にしないでしょう。何とかなるだろ、って思ってるはずです。

でも、それが全能意識から来てるのだとしたらやばいですな。

でもその「押さえ」のツケによってクラブの仕事に忙殺されて金も時間も消える。おかげで石垣島にも行けなかった。うーん。どうなんでしょうね。後になってみないとわからない。というか、性格だな。この年になりゃ。

03年8月1日

なんともう8月になってしまいました。さて、日記ばかり書くのもいいけれど、万が一お客さんがこれを見てくれるとしたら、二回目大学生の生活についてもっと知りたいのではないかと思いました。

というわけで、少々

医学部というのはやっぱり異常な空間です。

再受験の人と本音で話すとだいたいこう言います。

大学生のレベルの低下が叫ばれてますが、私も十分幼稚な大学生でした。でも、なんだかんだ言っても同級生が色々と違う進路に進んでいる姿を見たり、半分働いてるような院生と接することで現実的になってきます。でも、医学部は違います。教養から学部に進学するように、医者になっていきます。一度医者になってしまえば、医学生と密に接する機会はありません。忙しすぎるので。

18で入学しても24で卒業です。上の学年になってもめちゃめちゃ学生を満喫している人も少なくありません。1,2浪してれば25、26でも普通の学部3年生のようなノリだったりします。こんなヒトが先輩なわけです。しんどくなることもありますが、この先本格的に働くと逃げ場がないなぁ・・・なんて少し憂鬱になったりします。

03年7月29日

朝のNHKのニュースで「急増するフリーター」だったかな?そういう特集が組まれてました。フリーターには興味はないんだけど、見ていて医学部に入ってから思ったことと符合するので少し。

当たり前だけど、人間には吸収できる時間というのがある。これは個人差はあるけど、だいたい30までだと思う。この時期に何を学んだかということが重要であって、まったく違うことをやっても生計が成り立つようなお気楽な商売ならいいけれども、基本的には自分の一番のウリと言うもので勝負していかないといけない。だから、その吸収時期に得たことをウリにするのが一番妥当な生き方でしょう。

人生とかけてスロットと解く。笑

そのこころは、どちらもやってみないとわからないけど、やるだけで金(時間・可能性)が減っていく

医者になるための勉強というのは、職業訓練なわけです。これを若い時期にやらないと、医師免許はあるけれど全然役に立ちません。ということになる可能性が大いにあるわけで、そう考えると、「夢を追うって素晴らしい」的な向こう見ずな生き方は、本人だけでなく、患者、研修を受け持つ医師や看護婦にも多大な迷惑をかけることになります。

結局人生のリセットなんか存在しない。

だから迷うこともあるけれど、みんな自分の行き方を継続しつつ発展させるしかないんでしょう。

03年7月27日

夏休みに入ったというものの、全然勉強していない。今日もホームセンターでカーテンやら何やらを仕入れてきました。しかも余計に部屋がごちゃごちゃしてきたかも。

そうこうしている間に時は流れる。

夏休みは英語をやろうと思って英語の教科書と英語の小説を購入いたしました。しかしながら、まだほとんど読んでません。むむぅ。このままでは駄目医者になってしまう。

03年7月25日

医学部の教育は中⇒高⇒大とよく似てる。一回目の大学にいったとき、その余りの放任ぶりに驚きましたが、それが大学生なんだという風に理解したもんです。

しかし、こないだ自宅に教授から電話がありました。これはかなり驚愕なイベントです。別にそのヒトの研究室に出入りしているわけでもないのに、なのに一生徒に電話をする。

ありえない!!

○○大学医学部とか言ってますが、やっぱり医学部は独立した組織のようです。だからこそ、教授と生徒の距離が変に近い。これを普通だと思って育っている同級生や、育っていった学生たちはどういう末路をたどるのか?義務教育時の至れり尽くせりの教育と同じような教育をさらに6年加えられて、さらに研修2年加えられて出来上がった人間・・。偉そうにモノを教えて欲しくはないもんですな。

でも、ま、少しフォローをしておくと、ある意味英才教育なわけだし、能力的には若いうちからしっかり鍛えた方がいいという考え方ももちろんあります。ということは、魅力的だが無能な医師と、魅力に欠けるが有能な医師のどちらかということだけど、個人的にはやっぱり後者かなって思います。笑

03年7月21日

やる気のない生徒は手に負えない。

今教えている子は優等生ではないです。ただ、勉強をしに来てるわけだからホントに駄目というわけではないわけです。しかし、そういう子にも何種類かあります。やらないといけないなぁと少し思うんだけど、でも実際できないという一般的な生徒。これはまだ色々説教たれるとそれなりにリアクションがある。終わってるのは、逃げてる生徒。別にわからなくてもいいのよ。と開き直っております。こういうタイプには説教たれても馬耳東風。甘やかされて育ったのかな・・・なんて思ってしまいます。

03年7月15日

今日プールではじめてフィンをつけて泳いでみた。とても速く泳げた。1回のキックの推進力が全然違う。足のキックはやっぱり大事だと思った。それにしてもあんなに速くクロールで泳げたことはフィンをつけていたもののそれはそれで気持ちよかった。

話は変わるけど、今日は寒い。もう七月だからということだけで、半袖の服を着ていた。でも今日ウチの親が寒い寒いと言ってたのを聞いて、寒いことをはじめて認識した。だから7月の中旬だというのに春先用の厚めのジャケットを羽織ってジムへ。なんかステレオタイプっていうのは知らない間に自分の中に侵食してきてるみたい。いまは気付いてないだけのがいろいろ他にもありそう。あきませんね。やっぱり寒いときは寒い。

おかしいときはおかしい。

そう思える自分を持っておきたいもんです。

03年7月9日

二回目大学生について少々。二回目大学生は再受験生と一般に言われます。でも、個人的にはこの呼び方はキライです。なぜかっていうと、変な意地というかなんというか、別に好きで二回も大学に行ってるわけではないからです。抽象的な表現なのでもっと具体的に言うと、仮面浪人なんかする人がいますが、彼や彼女らとは明らかに違うという意識を持ってるからです。一緒にしてほしくないです。(50歩100歩じゃんと思われるかもしれませんが)

自分の希望通りの物事の進まないことっていうのは生きてればあります。しかもその数は人によってさまざまでしょう。その量の多さや質なども自分にはどうすることもできないことの一つと言えるかもしれません。

仮面浪人なんていうのは明らかに舐めてるとしか思えません。何のために仮面をかぶるんでしょうか?やりたいことがあるならそんな仮面要らないでしょ。金がもったいない。入学金やら一人暮らしをスタートさせる金やらで結局200万くらい要るんじゃないかって思います。そんな金があるなら素直にもう1回予備校に通えばいいじゃないんでしょうか?落ちたけど、俺は実は大学行けるんだよと友人や親戚に伝えたいのでしょうか?意味がわかりません。その金でミリオンゴッド打ったほうがイイです。絶対。(つまりそれくらいの価値しかないんじゃないかってこと)2回目大学生になるために予備校に行きましたが、そのとき1,2浪の学生が「おれ仮面で頑張りますよ。」ってセンター直後に言ってるのを聞いたことがあったけど、違和感がありました。

あと、司法試験のように一発試験で資格がとれたり、そうでなくても専門学校でことが足りるならわざわざ大学に2回も行かないです。高いし長いし、何より精神衛生上イイ環境とは言えないです、こういうのは。

もともといた世代から外れるわけだから、これはちょっとした

異文化コミュニケーションです。

もともとはone of them (一応そのつもり)だったものが、somebody になっちゃうわけです。マジョリティーからマイノリティーへいつのまにか移ってる。これはしんどい。大学でて働いてるやつらもだんだん同期と接するのが少なくなっってるとか言ってます。それとこれとは微妙に違うような気がするけど、でも会社勤めをしたことがないのではっきりしたことは言えないっす。ま、そんな二回目大学生の大学での位置は当たり前だけど何通りかに分類されます。1、おっさんどおしで固まる。2、若い者の中に混ざる。3、若い者を引きつれる。4、孤独路線。僕自身はどこに入るんだろうか・・・。自分では4かなと思うけど、客観的に見たら1と2の中間なんでしょうか。いや、やっぱり4かな。

でも彼女と家族がいれば、基本的にこと足りますな。

03年7月7日

先週佐々忠で沖縄ポップス工工四集を買っちゃいました。2冊です。いい加減曲に飽きていたところなのでまとめて買ってしまいました。郵送費込みで4800円くらいかな。郵送費710円請求されたのに、届いた封筒に貼ってあった切手は300円。??(-_-;)

ま、いいや。

んで、練習してるけど、弾いてる音と歌う音が違うと難しい。さらにタイミングがずれるとさらに難しい。八の音を多用すると難しい。あと、半音下げたり下げなかったりすると難しい。結局まだまだ先は長いっちゅうこってす。

03年7月5日深夜。

来週からRI実習が始まる。今週は計5時間RI関連の講義があった。しかし、これが何一つ得るものもない講義だった。別に自分が偉いとか思い上がった意見ではなくて、本当に無意味な講義だった。放射線〜と銘打ちながら、内容は遺伝子修復。「RIを実際使ってるオレ達がこれくらい知ってるんだから、しかもそれでこれまで何も問題ないんだから別に頑張って勉強しなくていいんだよ。」そう教官は言ってるようだった。1回目大学生の頃はドームでの日雇いバイトくらいしかしてなかったけど、2回目大学生は講師業なんかやったりするから、(まがりなりにも講師なので)予習はする。そうすると実際に教えるためには結構イメージトレーニングが必要になってくることがわかる。アドリブのきく人もいるだろうけど、個人的な体験ではなかなかうまいこといかない。そういう思いを味わうと、教官がどの程度予習しているかなんかがわかる。(気がする)そういうわけで、今日の彼なんかはとりあえずしってるところをサラッと流そうっていうのがありありと出てたし、びしびし伝わってた。彼らは研究に忙しいから授業は手を抜いていいと思ってるんじゃないのか?2回目大学生からすればたまらない。一人で勉強するのはなにかと効率が悪い。他人から聞くほうが数倍効率がいい。そのための講義だ。勝手にやるなら、大学なんか要らないわけだし、図書館を開放してさえいればいい。

だいたい授業料払ってるんだぞ

03年6月28日。

さっき、バイト(塾のような予備校講師)のプリント作り終わって、まだ隣の部屋で眠ってる弟(19歳、浪人生)を起こすために三線を弾く。もう安里やゆんたはソラで弾ける。弾いてたら歌いたくなって歌った。・・・それでも起きなかった。外を見たら雨が降ってる。

ジムにでも行って汗かいてこよう。

2回目大学生は3年生なのに25歳。体力は意識的につけないといけない。決して、ジムのインストラクターのお姉さんがきれいだからではない。

『そう、ひとつだけ確実にぼくにいえることがある。人は年をとれば、それだけどんどん孤独になっていく。みんなそうだ。でもあるいはそれは間違ったことではないのかもしれない。というのは、ある意味ではぼくらの人生というのは孤独に慣れるための一つの連続した過程にすぎないからだ。だとしたら、なにも不満を言う筋合いはないじゃないか。だいたい不満を言うにしても、誰に向かって言えばいいんだ?』(「辺境・近境」より抜粋)

03年6月27日。

今日レポート提出。 生理学はとても難しい。わかりにくい教科書を一生懸命読んでわからないときは、自分がホントに頭が悪くなった気がする。というか、むしろわからない自分を責めてしまいます。これは精神衛生上非常によくないので、かんたんな教科書にするか、もしくは開き直るかです。

「オレがわかんねぇんだから、他のヤツにわかるわけはねぇ」

遠吠えにも聞こえますが、こう思わないとやってらんないです。


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