沖縄旅行 in 1998 文責 N
いまから遡ること5年前。友人K氏とともに 初めて訪れた沖縄。ある意味、今までで最高に楽しく、もう2度とは味わえない沖縄旅行だろうと思う。ぼちぼち、記憶もあいまいになっていっているので、すべて忘れ去るまえに旅行記として記しておこうと思う。若いってのはいいことだ。
序章
その頃のK氏と私の日常生活はいけてない学生の典型でした。暇なときは 上野か王子でパチスロか 家でパワプロ。こんないけてない2人がなんで沖縄に行ったのか? 5年後の今は本当に思い出せない。多分 上野でスロットを打って 負けたんだと思う。こんなことに時間と金を使うぐらいなら どっか行ったほうがええんちゃうとか なんとかいって 行くならバカンスでしょってなことで 沖縄を選んだんじゃないかな。なんにも計画は立てずに行きました。
1日目
スカイメイトで行くことに決めて 朝早くK氏宅に集合。始発で行こうと決めてたのに K氏が寝坊 始発を逃した。羽田に行くことすら初めてで モノレールでどきどき。海が見える。空港で整理券みたいなのを渡される。出発までしばらく待たないかんらしい。ま ぼーっと待とうと思ってると 横ではなぜか空港というだけではしゃいでるK氏。大荷物を抱えて サングラスを買って すでにバカンス気分。Tシャツはもちろん勝負Tシャツの青。空港内で飛行機も見えないのに 写真を撮った。なんかそんなことをしてるうちに番号呼ばれて 飛行機に乗る。まるっきり旅行にいくことを予定してなかったから 飛行機の中では 締め切りぎりぎりの実験のレポートをせこせこ書いてた。なんか 飛行機でレポートを書くという行為に少しかっこよさを感じてた。若かった。
那覇空港。今と違って ぼろかった。サミット前で改築中やったんじゃないかな。とにかく 沖縄っていう熱気を感じたのは覚えてる。あまりのうれしさに 公衆電話から 友人O氏に電話した。沖縄イコール海と思ってたので すぐ浜にでもいけるのかと思ってたら 泳げそうなところは那覇にはなかった。
空港から レポート提出のため タクシーで郵便局へ。だんどりが悪すぎる。K氏はあいかわらずというかなんというか 着いてそうそう荷物が重いことに気づいたのか 実家に荷物のいくつかを送ってる。初日 しかも 出発から数時間しか経ってないのに・・・・。だいたいなんで スニーカーと革靴とか持ってきてるねん。聞いてみるとハブを恐れてたらしい。奴は虫やら ハブやらを異常に警戒するらしい。くそ暑いのに ジーンズを履いてたし。そういうところがもてない理由なんだろう。新婚旅行が思いやられる。
レポート提出というノルマを終えて 国際通りに出て 情報収集。離島に行こうと決めてたので フェリーの予約やらなんやらをしようとしてたんだと思う。那覇警察の前には シーサーの銅像が建ってた。もちろん サングラスかけて 写真撮った。初日は あんまり何をしてたか 覚えてないけど 国際通り付近をうろちょろ うろちょろして典型的な観光客だった。普通の観光客と違うのは 金に対して シビアなところ。金を使ったら損って考えてた。初日から金を使うわけにはいかんので 安い宿を選ぶ。宿に行ってみると 民宿でもホテルでもなんでもないただのマンション。しかも 襖で仕切った横の部屋にはうさんくさそうな男一人。ちょっとびっくりしつつ 買出し行って オリオンビールとぐるくんのから揚げを買って食べて寝た。隣の奴は夜の国際通りへと消えてった。夜 沖縄は日本で唯一の地上戦が行われたところやから 死者の霊もいっぱいおるんちゃうんとかわけのわからんことをつぶやくK氏。ちょっと家が恋しくなってた。
2日目
離島へ行くフェリーが那覇を出るまでに しばらく時間があることがわかり、とりあえずは沖縄なんだから 海に行くことにする。那覇から海を目指すとなると 自然と北上することに。金はないので バスで行く。結構遠くて 1時間はゆうにかかった。沖縄のバスの座席シートは女子高生が書いたと思われる落書きだらけだったことをなぜか覚えている。
しばらくうとうとしてるうちに それらしき名前のバス停が。バスを降りて ホテルのプライベートビーチを目指す。万座毛の近くにあるよくテレビにもでるホテルである。車で入るようなメインの入り口には 確かビーチ利用者は500円でどうぞとかなんとかの看板があった。もちろん そんな金を払うはずもなく ちょっと離れた丘のようなところを越えて ビーチに行った。目の前に広がる地上の楽園(パラダイス)。若い男女が出会い一晩だけの危険な恋がすぐにでも始まりそうな雰囲気だった。そんな場所にでかい荷物を引っさげたむさい男が2人現れた。あきらかに 場違いで浮いてた。ホテルの客がでかい荷物を持ってるのはおかしいやろ とりあえず隠すかってことで その辺の植え込みに荷物を隠した。まさに いけてない客 望まれもしない客 客というか金は払ってないので侵入者だった。
トイレに海水パンツを持って行って着替えて ホテルのプールに入ったり ロビーでのんびりしたり ホテル内のお土産屋を冷やかしたりしてた。もちろん ホテルのシャワーは使わせてもらった。あげくに K氏は旅行2日目にして 早速洗濯してるし・・・。
ホテルの飯を食うところは異様に高く感じたので 夜飯は外で食うことに。真っ暗闇の中(K氏はハブを恐れてた)国道の脇の道を光に導かれる虫のように とぼとぼ歩いた。かなり歩いたところに蕎麦屋があったので ソーキ蕎麦を食らう。沖縄気分を味わったところで 浜辺に戻って 沖縄初の野宿。砂浜には 野宿の天敵 蚊がいないので 快適に眠れた。空には星がいっぱい 夜中の浜辺では 女の子2人組(宿泊客だと思われる)がきゃっきゃきゃっきゃと遊んでた。なんか すげえ旅行してるなーと感じてた。さすがに疲れてたので ナンパなことはせずに寝ました。ウブでした。
3日目
朝もちろん朝日が昇ると同時に目を覚ます。東京の布団で昼ごろだらだら起きるのとはわけが違う。なんてったって 目の前には朝日に輝く海がある。しばし 感慨にふける。横では 若いおっさんが一人ゴミ袋にくるまっている。どうして 沖縄に来てまで 乞食ごっこがしたいのかよくわからない。
離島へいくまで あと一日本島にて過ごさなければならない。現在いるところはちょうど島の中間点ぐらい。今日はどこに行こうか考えて 自然と北に向かうことになった。持ってたガイドブックに名護の紹介がでてて 魅力的に感じさせるようなことが書いてあったんだろう。バスでさらに北へ向かう。この後 特に魅力的なことは何も起きないうえに ここまでバス代がかかったのに さらに遠くへ行こうとしてることに気づいてはいなかった。
名護市に到着するものの沖縄に来て 2回目の雨が降り始めた。名護市内中心部 いわゆる歓楽街へと歩いていく。どこが中心かわからないぐらいの寂れぶり。沖縄は那覇を中心に出来上がってるとわかった。地元の人が名護に基地を呼べば もっと人が増えると期待する気持ちもわかる。こんなところで商売をしても もうかるはずがない。閑散という言葉がこれほど似合う町もない しとしと降る雨がさらに寂しさを引き立てていた。晴れてれば もっと活気あふれる町なのかもしれない。だって 日ハムがあえてキャンプをはるぐらいだから。まあ 日ハムやけど。
名護にきたはいいけど することがないことに気づく。パチスロを打とうかと 店を見てみるもものすごくでかいレバーのついたパチスロ台があって よくわからないのと客が誰もいないので 出る気がしないのでやめる。店をでたところで500円拾った。街中では時間をつぶせるような娯楽がないので ガイドブックに従いオリオンビール工場へと行く。沖縄に来て 何度かビールを飲んだけど かなりうまいと思う。実は沖縄だけじゃなくて 東京でも手に入る。しかも かなり簡単に。大学の前の酒屋に売ってる。沖縄からかえってからも結構飲んでたけど オリオンビールは沖縄で飲むのが断然うまい。
ビール工場の見学は アサヒビール以来2回目。ビールの製造なんて どこも大して変わらない。ホップが・・・。麦芽を・・・。聞きなれた説明が繰り広げられてるけど 大して興味はわかない。終了時の無料ビール しかも できたてオリオンビールだけが唯一の楽しみ。終了後 たくさんの観光客と同じように テーブルに座って いざビール。オジー自慢のオリオンビール。しかも なんと 飲み放題+つまみ付。近くにあるなら 毎日行ってもいい。かなり満足。名護さいこー。
続いて どこにいってもある民俗資料館に行った。ハブとか 昔の農機具が展示されてあった。まったく面白くない。雨も降ってるし 早く宿に帰って テレビが見たくなり 直帰。ベッドに寝転び テレビを見てるうちに うとうと。そのまま就寝。ちなみに K氏は出会いを求めて 名護の歓楽街へと夜いったそうです。一番の目的である出会いはなかったようですが バーにいった自分に酔ってるらしく 次の朝さんざん自慢されました。
4日目
普通に朝起きて 夜出発のフェリーに乗るために南下する。市バスは国道58号を海岸線を通って進んでく。バス代は1500−2000円の間だったと思う。いざ 降りようとしたときに 小銭がないことに気づく。K氏に貸してくれというと 奴も持ってない。運転手に両替さしてくれといってもできないといわれ 乗客誰も両替できなかった。しかも終点じゃなく 途中のバス停だったので 払わないとバスが進まない。困ってると前のほうにすわってたおばあさんが払ってあげるといってくれた。すごくありがたかったけど 払ってもらうわけにはいかないので バスを一回降りて 目の前の車屋で両替してもらう。かれこれ10分くらいはバスをストップさせてたと思う。かなりの迷惑をかけたのに 運ちゃんも乗客も文句もいわず 平然としてた。沖縄の人達のやさしさ おおらかさには感激した。これがもし東京なら・・・。想像するだけでも恐ろしい。
バスを降りて フェリー乗り場へ。キャンセル待ちをする人達がいっぱいいた。今回はかなり前から予約しておいたので すんなり乗り込めた。乗り込んでそうそうベッドを確保。2等のチケットは 早い者勝ちでベッドが取れる。取れないと雑魚寝をすることになる。学割が効いた上に ベッドも確保できて 結構お得な移動手段だった。フェリーの名前はたしか 飛龍だったと思う。那覇発というわけじゃなく 東京とかから 那覇を経由して 宮古 石垣 さらには 台湾にまで行ってた。船内には 台湾人らしき人 旅行者 地元の人達 がいた。確保したベッドは2階建てになっており 一つの船室には4個ぐらいのベッドがあった。向かいのベッドには 宮古島で工事の仕事があるというおじさんが2人。自然と話が始まり オリオンビールをおごってもらう。ここでもまた沖縄の人のやさしさを味わう。フェリーはずんずん宮古島へと進んでいき 夜 甲板にでると 波の音と 空いっぱいの星。このとき三線が弾けたら 19の春でも弾いてたかな。しんみり 考えことをした後 船室に戻って寝る。甲板でこのとき 何を考えてたのかは今となっては思い出せないが 将来のこととかを考えてたんだと思う。
5日目
早朝フェリーは宮古島に着く。宮古島に着いてから 具体的に何をするかは決めてなかった。向かいのベッドのおじさんが 車で宮古島中心部に連れてってくれるとのことなので 一緒に着いていくことにする。ここが 外国ならかなり警戒して乗らないところなんだが ここはニッポン。おじさんたちはかなりいい人で 喫茶店でモーニングセットをおごってくれた。おじさんたちが朝到着したら行く行きつけのような店だった。おじさんたちは仕事に行くと行って 先に店を出て行った。なぜか 早朝の宮古島の喫茶店に2人がいる。結局9時ごろまでは粘った。そのまま レンタカー屋が開くのを狙って 突撃。車を借りた。結構予約で一杯とのことで 希望の大きさ(一番安いやつ)はなかったが ぼろい車ですこし大きいやつを希望の値段で貸してくれた。
車で宮古島を一周することに。まずは 市街地を出て 島の北端を目指した。途中 サトウキビ畑を横切るウズラを見かけ、そのまま迷っておじいさんに道を聞いたりしながら 宮古島北端にかかる池間大橋を目指した。まじで 真っ青な海に一本すらっとかかる大橋。しかも 車はあまり通ってない。道の真ん中に立って 写真を撮った。那覇とは違う海のきれいさに感動。あとで聞くと 宮古島には川がないので 島の土が海に流れ出ないので透明度が高いらしい。万座の海できれいと思ってたが 宮古の海は半端じゃない。池間島を車で通ってると草が生えてる道に人が通れるような道があった。そこを通ってくと 目の前に広がる海。まさに 今auのコマーシャルで流れてるような浜辺。しかも 人はいない。海の透明度はすごくて 水中眼鏡で見るとかなり遠くまで視界は広がる。
かなり透明な海なので 魚はもちろん珊瑚やらなんやらが良く見える。イカの子どもが泳いでるのを目の前で見た。底のほうに ウミヘビらしきものが見えた。K氏がちょうどモリを持ってたので 「ウミヘビや あれ料理するとかなり高級なもんやから がんばって捕まえろ!!」 と励ますと 彼は果敢にも モリで突こうとしてる。ハブ以上の猛毒があることも知らないで・・・。やっぱ 知識ってのは大事でこういうときになにもしらないと命を落とす危険もあるということです。いろいろ勉強しないといけません。
海で遊んだのはいいけど 塩がべたついて気持ち悪いってことで 地下水のプールに行くことに。先ほど書いたように宮古島には川がないので島民の生活用水は地下水を使っている。んで 地下水を流して作ったプールがあると書いてあったので そこで体を洗おうということに決める。結構立派なプールで 金を払えば 滑り台のようなものまで利用できる。もちろんそんな金はないので 無料のところでざぶざぶ泳ぎつつ 体を洗ってた。ふと 近くのおばあさんを見ると プールで洗濯してる。地下水が生活用水なんはわかるけど プールで洗わんでもええんちゃうか? と思いながらも 気にせず泳ぐ。
島を一周して 市街地に戻る。レンタカーを借りて金がないので 車で寝ることに決める。金をケチってる。街中で車止めて寝てて ヤンキーに絡まれるのもいやなんで どっか人のいないところへ行こうと車を進める。しかし 人間ってのは 面白いもんで 真っ暗闇とか 全く音のないところってのはよけい寝れないもんで そそくさと 市街地に戻る。車ってのは 寝るためにできてはいないわけで 寝にくいことこの上ない。しょうがなく 近くのモスで本を読んだりしながらできるだけ時間をつぶした。そんなことするぐらいなら 宿でゆっくりしたほうがいいのにと 今になってみれば 思うんだが そんときは宿代(数千円)が一番使ってはいけないものと考えてたので 宿に泊るという考えはなかった。沖縄で一番つらい夜だった。
6日目
宮古島2日目。石垣島へ向かう船が明日でるので 本日1日空き日。昨日一日で宮古島は一周してしまってるのと 車をもう一日借りる金はないので 島中心部をうろつくことにする。泳ぎに浜辺に行くと ハブくらげよけのネットみたいなのが貼ってあって その内側で子ども達が泳いでる。そんなとこで泳ぐ気分にもなれずに 町でぶらぶら。一人の旅人がいた。そいつは 横浜で働いてたが 止めて日本を縦断してるといってた。北海道を出発して ようやく沖縄まで来れたと。途中 金が無くなって バイトしながら進んできたとゆってた。すげえ奴もいるもんだ。独りで チャリをこぎ続けるなんて そう簡単にはできん。日本を制覇したら チャリを持って中国大陸に渡ると言ってた。さすがに 今は日本に戻ってきてるだろう。まあ その彼と一緒に昼飯を食った。彼は俺ら以上に金に気を使ってたけど せっかくだからということで トンカツに付き合ってくれた。味は普通だった。一緒に写真を撮ったとおもうんだが なぜか今探してもない。K氏は持ってるかもしれない。
飯を食った後 K氏はオールスターが観たいので 今日は宿に泊まると言い出した。さすがに昨日の車で野宿がいやになったらしい。4千円ぐらいの宿を見つけて 泊まってた。相棒を見捨てて 自分だけクーラーの効いた部屋で寝るらしい。まあええけど。オールスターなら 宮古島のフェリー乗り場のでかいテレビで見れるはず。4千円は払えない。4千円あれば すげえうまいもんが食える。食わないけど。
フェリー乗り場で野球見てたけど なんかむなしくなってきたので 夜の街に繰り出すことに。港のちかくには 怪しげな飲み屋が大量にあったけど 一人で入る勇気もなく すごすご退散。寝床はやっぱり砂浜に落ち着いた。夜中 砂の上は気持ちよく 車で寝るよりよっぽど良い。しかし 宮古島みたいな離島にも暴走族ってのがおった。ブンブンブンブンうるさく走りまわっとる。なにを求めて彼らは走ってるのかはわからないが 離島の砂浜で聞く騒音ってのも まあ一興。夜中寝てると 浜辺にはカップルやら 家族やらが遊びに来てた。沖縄の人は夜おそまでよう遊ぶ。その人達が帰ってって さらに深夜には犬が来た。サンダルをくわえて走り回ってる。青年と犬と砂浜。小説にもなりそうな感じの雰囲気。これぞ 旅って感じ。
7日目
朝宮古島を出発。石垣島へ行く。石垣島には あんまり用はなくて 目的は西表島。日本のジャングルが存在する島。石垣島の離島桟橋からは、竹富やら 黒島やら 周りの離島への高速フェリーが出てる。観光客も一杯。出発までの間に 離島桟橋の近くのお土産物屋やらで時間をつぶし、石垣島の料理屋で郷土料理のようなものを喰らう。すこし観光客気分。
西表島に到着後、もちろん宿に泊まる気もなく テントで寝ることに。一人500円ぐらいだったと思う。星砂ビーチの近くにあったけども 海は大してきれいでなく 藻がぎっしり生えていた。宮古島の海を知ってるだけに あまり泳ぐ気にもなれず、ちょっとへこむ。しょうがなあいので 砂をあさり 星砂を集めるが 一生懸命集めたにもかかわらず あまり量は取れない。K氏はビーチの売店のようなところでビン詰めされた星砂を購入して 満足していた。一体誰にあげるんだろうか? そんなものを買うよりも やっぱ天然ものやと思って ビニール袋にビーチの砂を詰めて 持って帰る。今でも家にあるけど 分別はされてない。夜、テントで寝てるとがさがさいう音や ふくろうの鳴く声などが聞こえてきて あんまりよく寝れなかった。この一日は ひたすら移動に使った一日だった。ジャングルってわけでもなかった。
8日目
西表島2日目。この島が今回の旅のメインといってもいいぐらい期待していたわりに 海がきれいじゃなかったことにショックを受けつつも ジャングルクルーズに期待して 星砂ビーチを後にする。目的地はなんとかの滝。しかし 西表島は交通手段ってのが全然いけてない。島をぐるっと回る道路すら建設されてない。ビーチから 滝までえらい距離を歩くことに。しかも 荷物は重いし 暑い。限界ぎりぎりの強行軍。途中、道端で売ってるパイナップルを買う。