| 幼児教育論 |
| どんな仕事でもそうだろうが、心身ともに疲れるのでしばらくは幼児教育の現場に復帰はしたくない。先日まで勤めていた保育園は4年勤めた。その前にも違う保育園に2年勤めた。その前は幼稚園に4年勤めていた。実は、ワタシは幼稚園の方が職場的にスキなのである。ただ、幼稚園っていうのは新卒しか採用してくれなかったりするので、仕方なく保育園に再就職したりするのだ。 保育園と幼稚園を一緒にされちゃ困る。この2つは全く違う役割を持っているので当然、就職の際に必用とする資格も違う。保育園っていうのは、児童福祉施設のヒトツなのだ。両親が共働きであるとか、なんらかの事情で家庭で保育が出来ない子供を預かる施設なのである。幼稚園というは、学校教育法の規定に基づいて設置される3歳から小学校入学までの幼児を入園させて教育を行う学校なのだ。 最初に就職した幼稚園は、学生の時に教育実習でお世話になった幼稚園がカトリック系のところでその系列の幼稚園だった。入ってすぐに注意されたのが、言葉使いと服装。「こっちにおいで」じゃなくて「いらっしゃい」「お母さん」じゃなくて「お母様」なのだ。「おばあちゃん」にいたっては「おばあちゃま」なのである。どう考えても「じじぃ」としか見えないようなヒトでも「おじいちゃま」と呼ばなくちゃいけない。呼ぶ方も恥ずかしいが、呼ばれた方はもっと恥ずかしいであろう。服装に関しては、基本的には動きやすい服装でオッケイなのだが、子供にとって母親がキレイにお化粧をしていると嬉しいと感じるように、担任がキレイに着飾っていると嬉しいと感じるものらしい。そんな理由でワタシ達の服装なんかも時々注意されたりした。そういう教頭であるシスターは、いっつも同じ修道服でノーメイクなのに。 ある日の幼稚園での1日の流れ 幼稚園を退職した後、せっかく資格をもってるのだから・・・・と保育園に就職してみた。前の仕事の経験があるから、特に不安はなかったけれど入って見て力が抜けた。とにかく「ラクチン」なのだ。指導案なんてあってないようなもんだ。一応、保育所保育指針という教育要領みたいな指導書はあるのだが、置いてあるだけで読んでいるヒトなんていなかった。監査がきた時に困らないように、去年の書類を適当に移し書きをしておけばいい。天気のいい日は散歩か外遊び。雨が降ったら室内遊び。たまに、動物園に遠足に行ったりしたら動物の絵なんかを書いたりする。毎日そんな感じ。残業だって滅多にない。あってもちゃんと手当てがつく。服装はいっつもジャージとエプロン。言葉使いだって、気を使わなくっていい。保母さんという呼ばれ方がなんかイヤで、今までずっと保育園で仕事をすることは考えてなかったのだが、こんなにラクチンだったとは知らなかった。 ある日の保育園での1日の流れ 幼稚園教諭時代、何人かの教育実習生を指導したことがある。教育大学の初等教育科の学生も来るし、その辺の偏差値の低い学校の学生も来る。可愛そうなのは、後者の学生だ。うっかり、教育大生と一緒の実習期間だったりすると最悪だろうな、と思う。なんせ、実習日誌の書き方から指導案の書き方までレベルが違うのである。当然、しっかり細かいところまで考えながら作られている指導案の方が印象がいいので、その辺の学校から来てる学生の立場がない。担任がいいと言っても、主任が見逃さない。ウルサイ主任にあなたもこれを見習って頑張ってね、と冷たく言われる可愛そうな学生を相手に指導をするのはコチラも辛い。保育園にも実習生は来る。看護学生とその辺の偏差値の低い学校の学生である。やっぱり、看護婦さんというのは観察力は鋭いので感心する。その辺の学校から来ている学生の立場はやっぱりない。しまいには、あの短大からの実習生は取らないとまで言われたりしてしまうのである。確かに、あの短大の学生の態度もワルワルでヤル気がないのだけれどね。 客観的に見ると、やっぱり幼稚園に通う子供の方が大人でしっかりしている。保育園に通う子供は、少し幼い。ワタシの勤務時間よりも長い時間保育園で過ごす子供もいるのだから、ちょっと可愛そうである。両親の仕事の都合であるとは言え、一番両親の愛情を必用とする時間に一緒にいられないなんて。犯罪の低年齢化もなんとなくわかるような気もする。子供が事件を起こすと、まず学校が責任を問われるのはどうしてなんだろう。子供のことを一番良く知っているのは母親じゃないのか? 2001.12.5 |
戻る時はブラウザのバックで戻ってね