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始まりは研究室の先輩+先生と第13回昭和新山国際雪合戦の北海道胆振地区予選に遡ります。きっかけは、先輩方とスノーボードに行った帰りの夕食中に雪合戦大会出場の話を持ち出したことでした。今考えるとノリのよい先輩達に感謝です。ろくに練習もしないまま予選大会に臨みました。今考えても明らかに無謀な勝負でした。

その試合でのMVPは,雪球ゼロでセンターの壁にダッシュした先輩です。相手選手に「お前雪玉もってね〜だろっ」と言われ”バシッ””アウト”。大会後、あまりの悔しさに,いままで悩んでいたサークル設立を即決。もう他に考える余裕もありませんでした。その時は雪合戦がやりたいという気持ちが1番だった気がします。まずサークルを立ち上げるためには顧問が必要ということで、先生にも当初は半ば強引に顧問を引き受けていただきました。が、時を重ね今ではその先生も雪合戦に対してかなりの力の入れようです。 分けがわからないまま、室蘭工大雪合戦部の原形、雪合戦サークルはは2001年4月に設立しました。

軍手の雪球

でも”最初はどうやって運営して行くの?””夏の間は何するの?””雪の壁は?雪球は?”と問題が多々ありました。それまで運営というコトバと縁の無かった私はとてもじたばたしていました。
そんなとき、C級雪合戦審判員の資格を取得しに北海道室蘭市の”日鋼バトルライナーズ”の本拠地体育館を訪れました。その際軍手球を使用しており、そのまま知恵を拝借して作成したのが左の写真です。シェルターは木で作られていましたが、さーくるではタバコのダンボール箱を採用しました。大きさがちょうどいい感じでした。それを大学生協&コンビニでもらい、作成したのが写真です。


ダンボールの壁

道具は揃ったがいざ何するの?という状況が続き、次第にみんな顔を出さなくなりました。そして自分も行かなくなりました。やはり2月までの間、いかにモチベーションを維持するかがかなり厳しかった記憶があります。そんな中、一から考え直そうをした矢先、救いの情報が入りました。それが北海道厚沢部町で開催されている真夏の雪合戦inあっさぶでした。 お〜夏に雪合戦ができるのかと、天にもすがる思いでこの大会に出場しました。


その後冬になり雪合戦のシーズンに入ると同時に、部員のやる気も高まりました。その後の大会結果などは、他のレポートをご覧ください。