シグマリオン伝道クラブへようこそ est:2002/7/29(Mon)

  ・私は今日からこのページにおきまして、日々私の感じていることを書き綴ってゆきたいと
   思います。
  ・私は釣りが趣味なので、釣りについてもみなさんとおはなししてゆきたいですし、信仰の
   ことについても触れてゆきたいと思います。
  ・ちなみに私はプロテスタントのクリスチャンです。カトリックのことや信仰宗教のことは
   わかりません。偶像礼拝もやりませんのでそのあたりをご理解ください。

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   2002/7/29(Mon)

  ・迫害を受けると信仰は強くなります。
   受ければ受けるほど、強くなります。これはパウロも語っております。

   そればかりではなく、患難さえも喜んでいます。それは、患難が忍耐を生み出し、忍耐が
   練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと知っているからです。(ロー
   マ5:3〜4)

   聖書にはたくさんの信仰の先人がいます。
   私はその中でも、パウロの信仰とその忍耐に励まされることが多いです。パウロはご存じ
   のようにイエスキリストをもっとも迫害した人であると同時にもっとも愛した人でもあり
   ます。そこには私たちのもつ悪の部分と善の部分を感じずにはいられません。ただし、こ
   こで言う悪とか善ということばは一般常識のそれとは異なります(これは別の機会に解説
   します)。いずれにせよパウロはその言動と行動において180度の変化が起きたのです。
   ここのポイントは、パウロ自身がそうしようと思ってそうなったのではなく主の計画によ
   ってそのようになったということです。そのことは、使途9:15においてこう書かれて
   あります。

   しかし主はこう言われた。「行きなさい。あの人はわたしの名を、異邦人、王たち、イス
   ラエルの子孫の前に運ぶ、わたしの選びの器です。・・・(続く)

   アナニヤを通して主はこのようにパウロのことを召しておられます。パウロは主に選ばれ
   たことよって、その後伝道の旅に出ることになります。またパウロは自分だけでなく、ク
   リスチャン全員が主に召された器であることをローマ1:6において力説しています。
   いかがですか、私たちクリスチャンは特別に主から選ばれていることを堂々と信じ、告白
   していく召しがあるのです。その責任はことばでは語りつくせない重圧ががありますが、
   私はやっと見えてきました。今日からこの場をおかりして隣り人を愛してゆきたいと思い
   ます。