楽しい旅
1998バリ島酔夢譚
バリは穏やかな夢の国である。
特に女性には憧れの島のようだ。何度もこの島に通う
リピーターになったり、そのうちなんとこの島に住みついちゃう
女(ひと)もいる。ぼくが知っているテレビ局の独身のおばさん
はリゾートマンションを買って年に何回か休暇をとっては通って
いる。テレビ局はいいなあ。
このところフラストレーション気味のともちゃんが「どこか行きた
いなあ」としきりに言う。
「そうだバリがいいや」
「どうぞ、ひとりで行ったら。ぼくは忙しいの」
「ひとりじゃ行けないよー」

そんなことがあってまたまたぼくらはバタバタと夏のお盆真っ盛り
にバリに行くことになった。JTBに聞いてみると「今からじゃあ」と
そっけない。旅行会社はどこも経営が厳しいのに、不思議な事に
どこもあんまり商売熱心じゃない。
やっとHISでガルーダの直行便
の航空券がとれ、
8月15日朝、ぼくらは成田を離陸した。
デンパサールの空港。むっとむせ返る熱気が心地よい。ここは熱
帯なのだ。「HIS」のハッピを着た現地ガイドがあふれ返っている。
まるで「HIS」の島のようだ。ぼくらは空港からバスに乗せられ、ほか
のツアー客たちと一緒にホテルに向かう。あっちこっちのホテルに
立ち寄り、うんざりしたころぼくらはやっとジンバランのリッツ・カール
トンに到着した。もう午後8時になっていた。

チェックインをする。
広いロビーはいかにもバリ島風で、ガムランの音楽が流れ、ブーゲ
ンビリアの花が咲き乱れている。しかし、なかなか部屋に案内してくれ
ない。
フロントに言うと「もう少し待ってください」と言う。
ここはバリだ、慌てないで気持ちをゆったり、せっかちのぼくはもう少し
待つ。でも、もう30分もたつよ。
「どうなってんだ」
「もう少し」
どうやら、午後6時までのレイトチェックアウトの客がこの日はいっぱい
いたらしく、ベッドメイクが間に合わないらしい。仕方がないので、ガーデ
ンレストランで熱帯の夜風に吹かれながら、ビールを飲み軽い食事をとる。
ガーデンレストランをはずれ、ホテルの庭をちょっと歩く。見上げると星が
ものすごくきれいだ。きらきらと天空に輝く。手にとる近さというわけにはい
かないが、少し離れた遠くの空に鮮やかな星がある。
八ヶ岳で見た星とも
ボルネオで見た星とも違うが、
これがバリの星なのか。
やっと部屋の用意が出来たようだ。

翌朝、バリの朝が明ける。
朝食をとって、ぼくらはビーチに行くことにする。ここのプライベートビーチは
シャトルバスに乗って下って行く。ちょっと小さなビーチ。クタなどと比べると
がっかりするが、時間が早いせいかまだ誰もいない。
ぼくらだけのプライベートビーチみたいだ。
でも、きょうは天気がいいが、ちょっと波が荒い。サンデッキのところにいる
ホテルの従業員が「泳いじゃだめですよー」と注意する。
ここのビーチは波打ち際からすぐ、ぐっと深くなる。海の底も砂というよりごつ
ごつした石や岩。あんまりいい海岸ではない。
滞在中、ぼくらはフォーシーズンズ・リゾートのビーチに行っていた。
夜、バリ舞踊のレストランに行った。
東南アジアではタイ舞踊とか、カンボジア舞踊がぼくは好きだが、このレスト
ランはケチャ・ダンスが売り物。
上半身裸の男たちが円陣を組み、「チャ、チャ」と叫びながらだんだん盛り上
がっていく。この踊りはもともとバリにあったものでなく、1930年ごろドイツ人
の画家が創作したという。
「チャ、チャ」という掛け声と激しく震える手の動きが独特だ。

バリのラフテイングがおもしろそうだと、ともちゃんが言う。
「ねえ、行こうよ。行こう」
この日も天気がいい。
ホテルからマイクロバスに乗って、ウブド郊外のアユン川にあるラフテイング
コースに行く。そこで水着に着替え、崖の下のボート乗り場に降りていく。
水着にヘルメットをかぶり、オールを手に持つ。周りは清流と瑞々しい緑の
熱帯雨林。なんだか、これから探検に行くような気分だ。
一緒にゴムボートに乗り込むのはぼくらのほか外国人もいる。
最初はゆったりした流れがところどころ急流になる。川の中の大きな岩にぶつ
かりそうになり「きゃあー」という悲鳴があがる。そのたびにぼくら男がオールを
使ってボートを操っていく。
「あっ、あれ」とともちゃん。
見ると岸の大きな樹の枝のところにきれいな熱帯の鳥がいる。頭のところが赤
い冠のような羽、緑の体が美しい。
こどもたちが対岸で水遊びをしている。岩の上からドボンと川に飛び込みキャッ
キャッと歓声をあげる。途端に急な流れに翻弄される。
また、緩やかな流れ。ボートが3隻流れに漂うようにゆったりと流れていく。そのと
き、向こうのボートからオールで一斉に水しぶきの攻撃。ぼくらも大声をあげて応
戦する。小さな滝があって、ガイドがその下に突入する。また、歓声と悲鳴。

そんなことが繰り返されてスリリングな2時間ほどのラフテイングが終わった。
ホテルに戻って、ひと休みのあと、クタのシーフードレストランで夕食をとった。
店先にある水槽の中にいるエビや魚を注文して調理してもらう。うまいなあ。
ビールを飲み、熱帯の暑さを体感し、エビや魚を食う。まさに天国だ。
翌日、タクシーをチャーターしてウブドへ出かけた。朝8時に迎えを頼み、午後1時
ホテルに戻ってくる。5時間の約束で4000円だった。
デンパサールから30キロほど。したたるような緑に囲まれたウブドは
芸術の村で
もある。
バリ独特の絵画が村にあふれ、ところどころに美術館やギャラリー、お土産屋が
ある。運転手が「ここがいい」とネカ美術館に連れていってくれた。ネカは日本で
個展を開いたこともあるバリ一番の画家だという。
こじんまりしているが、しゃれた美術館。バリ絵画を代表する作品が展示されて
いる。ウブドの村はとても落ち着いたいいところだ。アマンダリ、クプ・クプ・バロン
といった高級ホテルもあり「こんどはこっちに来たいなあ」と思った。

モンキー・フォレストに寄る。猿の保護園で200匹以上の猿が自然のまま生息して
いる。赤ちゃん猿を連れた母親もいてかわいらしいが、ちょっと気を
つけないとすぐ
いたずらをする。
園内をはずれ、雑木林を抜けて行くと陽だまりのいい場所があ
った。熱帯の蝶たちがその陽だまりに集まってくる。色とりどり、すごいスピードで
近付いてきては、急旋回して去って行く。
しばらくともちゃんとふたり、蝶たちと戯
れた。
クタのビーチはちょっと騒々しい。
物騒で荷物を浜に置いて水遊びをしているうちに消えてなくなりそうだ。
ぼくらがのんびり泳いだのはフォーシーズン・リゾートのプライベート・ビーチの
よこっちょの海岸だ。穏やかな白砂のビーチが続き、人もあんまりいない。
ときおり、物売りのおばさんが冷たい水や果物を売りに来る。
ぼくらのすぐ近くでトップレスに近い白人の女が甲羅干しをしていたが、
おばさんがのんびり油をつけては黒人の縮れ毛のような三つ編みを
やっていた。だれにも邪魔されず、ただひたすらのんびりするだけだ。
遊んではうまい物を食って、ゆったりホテルのプールやビーチで泳ぐ。

ともちゃんがホテルのエステを楽しんでいる間、ぼくはひとりでジンバランの海岸
沿いの道を歩いて蝶の観察に出かけた。午後の日差しが強く、太陽がかあっと照
りつける。蝶の影は薄かった。
夕方、バリ最後の夕食をホテルのガーデンレストランでとった。
ウエイトレスが夕日
が一番美しい席を取ってくれた。
ビールを飲んでいると、バリの太陽が少しずつ落
ち始め、
やがて雲を赤く染めて落日がぼくらを包むのだった。