楽しい旅
2003北欧の旅(フィヨルドの風に吹かれて)
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第1日目 8月15日(金) |
成田発(11:45)SK−984 |
ヨーロッパは昨年、100年に一度の大洪水だった。ことしは
100年に一度の熱波に見舞われていた。フランスでは5千人
を超す死者が出たり、スイスでは40度を超す酷暑で氷河が
溶けるすさまじさだった。

夏の終わり、北欧の旅に出た。ヨーロッパの熱波もやっと終
息に向かいかけていて、緑豊かな北欧の街並みは早い秋色
が漂っていた。
長い長いフライト。コペンハーゲンまで行って、黒海の一番奥
のヘルシンキへ戻る。ホテルへ着くともう午後11時(日本時間
午前7時)を回っていた。
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第2日目 8月16日(土) |
ヘルシンキ |
ヘルシンキというとなにか甘い思い出がある。
遠い昔、中学生だったころ、ペンパルというのが流行ってい
て、雑誌のペンフレンド募集のコーナーにあったフィンランド
の女性に手紙を出した。一ヶ月くらいすると返事があって、
辞書を引きながら、また手紙を出す。そんなことが5、6回
続いた。
ペンフレンドはヘルシンキの女高生だった。
きのうは長い飛行機の旅で寝たのが午前1時ころだったが、
5時にはもう目が覚めた。荷物を整理して、ホテルの周りの
散策に出た。
ホテルのすぐ裏が植物園になっている。
朝の緑が心地良い。鳩と同じくらいの水鳥(?)が沢山いる。
「森と湖の国」と呼ばれるが、ほんとにその通りだ。

公園を抜けて歩いていくとヘルシンキ中央駅のホームに出た。
何本も列車がホームに止まっている。ぶらぶらしていると犬を
連れた人が列車に乗り込んでいった。犬もちょこんと座席に座
っている。いいなあ。うらやましい光景だ。
中央駅は治安がよくないから近づかない方がいいと言われた
が、朝の駅はそんな不安もなかった。ちょうど掃除が始まった
ところで、ゴミがあふれ返り、ちょっと汚い印象があったが赤御
影石を使った外観と時計台がすばらしい。
駅前の広場から見ると、国立劇場と向かい合ってアテネウム
美術館が重厚なたたずまいで建っている。国立劇場ではシェ
ークスピアの「ファルスタッフ」が上演中だった。ヴェルディの
オペラではなく、どうやら「ウインザーの陽気な女房たち」のこ
とらしい。
国立劇場は1902年に建造されたそうだ。

植物園を通ってホテルへ戻る。途中、木彫りの素敵な彫刻があ
った。誰が作って、誰が置いたのか分からないが、うまく雰囲気
に溶け込んでいる。ざっくりと彫りこんだ男女の像。さすが森の
国と感心した。
この日は午前中、テンペリアウキオ教会、シベリウス公園、大
聖堂など市内観光をして、午後はフリータイムになっている。
駆け足の市内観光は物足りないので、ポルヴォー観光のOP
には行かないで、ゆっくり市内を回った。
ヘルシンキの街はこじんまりとまとまって、歩くのに手ごろな街だ。
ちょうど真ん中に元老院広場とヘルシンキ大聖堂がある。フィン
ランドは85%が福音ルーテル派、1%がフィンランド正教の国だ
が、この大聖堂はルーテル派の総本山。1852年30年の歳月
を費やして完成した。

堂々とした白亜の大聖堂だが、ドームの中はあっさりとしている。
正面の祭壇に死せるキリストの画、反対側にパイプオルガンが
ある。元老院広場から10数段の石段があって、それを上ると大
聖堂に続いている。石段の上からはエテラ港に停泊しているシリ
アラインが見える。ここに座ってのんびり景色を楽しむ。
広場から4ブロックほど中央駅に向かって歩いていくとアテネウム
美術館がある。ムンク、ゴッホ、ゴーギャンなどの画が収蔵されて
いると聞いたのでここを訪ねるのも楽しみだった。
印象派を中心とした絵画は3階の階段を上がったところの一角に
あったが、点数もわずかで見るべき作品も少なかった。フィンランド
の画家の作品は充実しており、印象派などの影響を探るのにはい
いかもしれないが短い滞在時間でここを訪れるのはもったいない。

港の近くにはマーケット広場があって、露店がいっぱい出ている。
ニンジン、カブ、カリフラワー、パプリカなど新鮮な野菜や名残の夏
を謳歌して咲き誇っている花々、それにみやげ物などが売られて
いる。果物も豊富でエンドウのような豆を生のままぽりぽり食べて
いる。ひとつ食べてみたが結構いける。
マーケット広場から赤いレンガのウスペンスキー寺院が見える。

午前中、市内観光のガイドが「きょうは土曜日で見学できない」と
言っていたが、もう一度行ってみるとちょうど結婚式が行われてい
た。1860年建てられたロシア正教の寺院で祭壇にはキリストと
12使徒の華麗な画が描かれている。
高い天蓋にはブルーの星空が描かれ、そこからシャンデリアが
下がっている。豪華な教会だ。

ちょうど花嫁、花婿が両親や親戚に囲まれて入ってきた。賛美歌
が歌われ式が進んでいく。
祭壇にはユリの花。純白のウエディングドレスの花嫁とモーニング
の花婿の後ろに両親、そのそばにブルーのドレスを着た女性が
ユリの花を持って立つ。黒の法衣の上に真っ白な法衣をまとった
神父が何か問い掛けると、花嫁がなにごとか答える。
赤レンガの寺院を出ると雨が落ちてきた。北欧の空は変わり易い。
ちょっと降ってまた、青空が広がる。ヘルシンキの夏はいつもこん
なだという。
きょうは土曜日とあって街は人でにぎわっている。
マーケット広場のすぐ近く、レストラン「Kappeli」は1831年のオー
プンでテラスはビールやコーヒーを楽しむ人であふれていた。
そのテラスの前に特設の舞台が作られ、いろんなパフォーマンス
が披露されている。民族衣装のダンサーたちがフラダンスのよう
に踊り、客席の手拍子に合わせ艶めかしく腰を振る。街の人も観
光客もうれしそうにパフォーマンスに拍手を送っている。

緑の並木が木陰を作る北エスプラナーディ通りでは、大道芸人が
あちこちで芸を見せていた。おしゃれなかっこうをした犬がバレエ
を踊ったり、ねこが丸い筒の中を一気に駆け上がって思わず
驚かされる。

ソフトクリームを2ユーロで買ってぺろぺろなめる。とってもうまい。
午前中シベリウス公園とテンペリアウキオ教会も回った。
テンペリアウキオ教会は「ロックチャーチ」とも呼ばれているそうで、
岩肌をくり抜いて作られている。ドームのてっぺんまで13メートル
あり、そこからやわらかな自然光が射し込んできている。質素な
いい教会だが、ちょうど中国人の団体がどっと入ってきて、写真
を撮り合ったり、大声で話したり、雰囲気がいっぺんに壊れてしま
った。そういえば、日本人の観光客も少し前まで同じだった。
教会を出て、正面を右手に回ると岩山を登る道があった。登って
みるとドームの上に出た。観光客はここまで来ないのでここには
静寂がある。下を見るとさっきの中国人の団体がバスに引き上
げるところだった。少し落ち着いた雰囲気を味わった。
シベリウス公園はフィンランドの作曲家、ヤン・シベリウス(1865
ー1957)を記念して作られた公園。巨大なパイプオルガンのモ
ニュメントやシベリウスの肖像などがある。観光客のかっこうの
記念撮影用になっていて、写真を撮るとさっさと引き上げる。
時間があればちょっと散策すると、緑の森には多くの鳥がいるし、
海岸もすぐ近くで、ここからの眺めもいい。

シベリウスはパリ万博で「フィンランディア」が演奏され、一躍世
界に名をとどろかせたフィンランドの国民的作曲家だ。
菩提樹、西洋カエデ、白樺(フィンランドの国樹)、キシリトール、
マロニエ、ハンノキ、ハルニレ、銀ヤナギなどヘルシンキの街
路樹は実に緑豊かだ。国土の65%は森というが、このうち、
一番多いのは松。湖も18%というからまさに森と湖の国だ。
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シリアライン(Silja Line) |
ことしの旅の大いなる楽しみのひとつはバルト海クルーズだった。
バルト海は南北に細長く伸びた巨大な湖のような海だ。周りを
フィンランド、スウェーデン、デンマーク、ロシア、ポーランド、ドイ
ツ、それに小さなバルト3国などに囲まれている。
そのバルト海を16時間かけて、ヘルシンキからストックホルム
までゆっくりクルーズして行く。

港のオリンピア・ターミナルに着くと豪華な客船「シンフォニー号」
(Silja Symphony)が接岸していた。実に大きい。真っ白な船
体を豪華に横たえている。
岸壁から船に乗るとそこが7階で、吹き抜けのプロムナードになっ
ている。見渡すとヘルシンキの繁華街のようでびっくりする。
ぼくらの泊まる船室は9716号室。9階の16号室と言うことだが、
7は6階からエレベーターで上がるとき7番のエレベーターを使い
なさいという意味だ。
「わあ、すごおい」とともちゃん。
9716号室は海側のキャビンで6畳ほどのスペースだ。ベッドが
ひとつ。「あれれっ」と思ったら、左側の壁にベッドが収納されて
いた。三人部屋は2段ベッドだったという。ドアの左手にシャワー
室とトイレ。きれいなお湯も出る。

窓から外を眺めると、客船が行き交うのが見える。「Nordic
JET Line」と船体に書かれた客船がすぐ目の前を出港して行
く。タリン(エストニア)やリガ(ラトビア)へ行くフェリーだ。
ヘルシンキとストックホルムの間はシリアラインとバイキングライ
ンの2社がお互いに競争するように豪華なクルーズを運行して
いる。「シンフォニー」のツアーデスクには石川裕子さんという若
い日本人女性のツアー・マネージャーが乗っていていろいろ説
明してくれる。

ちなみに「Symphony」のデータ。
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建造 |
1990/1991 |
エンジン出力 |
32000KW |
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全長 |
203m |
乗客定員 |
2852人 |
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最大幅 |
31・5m |
キャビン数 |
985室 |
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喫水 |
7・1m |
ベッド数 |
2980台 |
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最高速度 |
23ノット |
駐車台数 |
乗用車400台 |
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総トン数 |
58400トン |
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(バス60台) |
「タイタニック号よりずっと大きいんです」という石川さんの説明
を聞くと「へえ」と改めて驚く。
7階のプロムナードは長さ143メートル、幅8メートル、高さ18
メートルの吹き抜けのアーケードで両側にレストランや免税店、
インフォメーション・デスクなどがずらりと並んでいる。
レストランといっても「BONVIVANT」(エレガントな雰囲気の
レストランとワインバー)、「EL CAPITAN」(地中海料理のレ
ストラン)、「HAPPY LOBSTER」(シーフード・レストラン)
「ROBER’T COFEE」(ファースト・フード)、「ATLANTIS
PALACE AND CASINO」(ナイトクラブとカジノ)という具
合だからスケールの大きさが違う。

1階下の6階はビュッフェとアルコール、タバコ、菓子などのTAX
FREE MARKET。
12階にサウナとスパ、13階にパノラマ・バーとディスコ、それに
5階には団体用のサウナ、ビューティ・サロンがある。客室は8
階から11階にある。
「浮かぶ豪華ホテル」という表現がぴったりだ。
シリアというのは国の名前ではなく、フィンランドで一番多い女
性の名前だそうだ。日本で言えば花子(?)というわけだ。
出港は午後5時だったが、夕食は午後5時から。港を出てヘル
シンキが徐々に遠ざかっていくいくところをデッキから見ていた
かったが、残念だった。2850人もの乗客があるので何回も
交代で夕食ということになるのだろう。
ブッフェの食事はサーモンなど海の幸が中心のバイキングだが、
これも豪華。アルコールはワイン、ビール、ウィスキー、ソフトド
リンクなどが呑み放題だった。
食事のあと、TAX FREE MARKET でお土産を買った。
「シリアライン」のチョコレートがあり、これが800円ほどだった。
レジで行列している人を見るとみんな缶ビールを何ケースもま
とめて買っている。
「なんでだろう」と不思議な感じがしたが、北欧は物価が日本並
み(以上?)に高く、特にアルコールはとても高い。船の中で安
い免税ビールを大量に買ってスウェーデンに持ち込むらしい。
それにしてもどこの国も消費税が25%ぐらいだから大変だ。
船内をぶらぶらしていたら、酔いが回ってきた。部屋に戻り、そ
のままバタン・キューだった。

朝5時目が覚めた。
12階のデッキに出てバルト海の日の出を見ることにした。
風があってとっても寒いが、だんだん朝焼けが始まった。雲の
へりが赤くなり、やがて真っ赤な太陽が顔をのぞかせた。日の
出は5時15分。
シリアラインはバルト海を進んで行く。ストックホルムが近づい
てくると、たくさんの島々の間をぬって進む。そこにしゃれた家
がある。箱庭みたいな島々だ。
「絵本をめくっているみたい。でもあの家、電気や水道どうする
んだろう」とともちゃんが感心する。
豪華で優雅なバルト海クルーズだった。
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第3日目 8月17日(日) |
ストックホルム〜 オスロ |
ストックホルムはいつまでも心に残るすばらしい街だった。
このすばらしい街をぼくらのツアーは僅か2時間で風のように
通り抜けていった。なんてもったいないことか。阪急交通社は
こうしたツアーのあり方をもっと考えないとダメだと思う。
一晩の快適な船旅が終って、シリアラインは午前9時半、港
に着いた。待ち構えていたバスにさっそく乗り込む。
バスの車窓からの街並みが雰囲気があって、なんともいえな
い。13世紀からの石造りの建物が風格があって、それもど
れも高さが統一されている。5階ないしは6階以上は建築が
規制されているらしい。
王立テニス場、グスタフ2世アドルフがホップを栽培させた
ホップ公園を抜けて、バスはストックホルム市内に向かう。

ストックホルムと言えばやはり田中さん、小柴さんのノーベル
賞の授賞式の祝賀晩餐会を思い浮かべる。
その市庁舎はメーラレン湖に面し、厳粛なたたずまいを見せ
ている。106メートルの塔の上に三つの冠が輝いている。全
体を覆う赤いレンガは500年前の古い城から見つかったも
のを700万個使って、1911−23年まで12年間かけて建
築されたという。

晩餐会が行われる「青の間」(ブルーホール)は中世イタリア・
ヴェニスの宮殿の中庭をイメージして作られたという。天井に
近い高窓から明るい光が射し込んできている。その光が赤い
レンガ全体をやわらかく包み込んでいる。
1階の「青の間」が中世イタリアのイメージなら2階の市議会
の議場はヴァイキングをイメージして無数の木組みの桟(さん)
が天井に組み込まれている。桟を透かして天井画が僅かに
見える。

2階の回廊から見るメーラレン湖もいい。淡いブルーの水を
湛え、その向こうにストックホルムの街並みと木々の緑が広
がっている。「水の都」と呼ばれるストックホルムそのものだ。
きのうは湖の横断水泳大会が開かれ、沢山の市民が30分
かけて泳いだそうだ。

中でも授賞式の舞踏会広間として使われる「黄金の間」は豪
華絢爛だ。1900万枚の金箔を貼り付け、正面にメーラレン
の女王が左手に王冠、右手にノーベル賞の錫を持っている
姿がモザイクで描かれている。

「黄金の間」から「青の間」を見る。「黄金の間」がちょっと暗い
中で金箔のメーラレンの女王が輝きを見せているのに対し、
ここから見る「青の間」は明るく、開放感にあふれている。
スウェーデンは北欧最大の国だ。スカンジナビア半島の東側
を占め、「Kingdom of Sweden」と呼ばれるように「王国」
である。
市庁舎からほど近い旧市街ガムラ・スタン(Gamla Stan)
のはずれに王宮がある。
3階建ての堂々とした建物。1574年に完成し、608室ある。
そのうちの一部は公開されているが、残念ながらどこも見て
いない。王宮を警備している衛兵の写真を撮っていたら、何
やらおかしい。

向こうの方から、迷彩服の兵士2人がポリタンクを持ってやっ
て来た。「あれれっ」と思っていると、衛兵がコップを手に持っ
て水を飲みだした。衛兵は2時間交代だというが、途中で暑さ
のため、参ったらしい。水を飲んだ後、衛兵はまた、ぴしっと
姿勢を伸ばして立っていた。

ストックホルムは7月連日30度を越える暑さで、晴天続きだ
ったという。8月に入ってやっと秋らしくなり、きのうは久しぶ
りに雨だった。それでも衛兵には大変なのだろう。
王宮から大聖堂を通って大広場まで歩く。
大聖堂は1279年に建造されたストックホルム最古の教会。
バッロク様式の美しい教会で、緑の尖塔が印象的だ。
大広場は花が咲き乱れ、観光客であふれているが、1520年
にはデンマークの侵攻で90人の貴族たちがここで処刑された
「ストックホルム血の事件」の舞台だった。
当時を偲ぶ赤い建物が残っていて、そこには窓枠のまわりに
90人の犠牲者の数だけブロックのようなモザイクがはめこま
れている。

血の事件からの広場の噴水で手を洗って、当時を偲んでいる
と「行きますよー」とガイドのジュンコさんから声がかかった。
シリアラインでストックホルムに到着してから僅か2時間の滞
在。「また、ゆっくり来たいねえ」とともちゃんと話しながら、午
後2時発のSK−495でオスロに向かった。
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オスロ |
今日は8月17日、日曜日だ。オスロ着は午後3時。ホテルに
着いたら午後4時半近かった。
ストックホルムからオスロはほんのひとっ飛びだ。

日曜日のオスロを楽しむには中途半端な時間だった。オスロ
ではムンク美術館や国立美術館、大聖堂、国立劇場など見た
いところがいっぱいある。ショッピングするにも日曜日は完全
に休み、美術館や大聖堂はほとんどが午後4時に閉まる。
オスロに早く着いてもまったく意味がない。「これならストックホ
ルムにもう少しゆっくり滞在していればいいのに。阪急交通社
ってまったくだめねえ」とみんなぶつぶつと不満気味だ。
ぼくらはちょっと休んで町に出たが、ムンク美術館が午後6時
まで開いていると分かって、ホテルからタクシーで直行した人
もいたようだ。
北欧の中でオスロはちょっと異質な感じがする。
ホテルのそばの歩道橋の上には物乞いが居たり、薬物中毒と
思われる若者がふらふらと歩っている。黒人系の出稼ぎが多く
治安もあまりよくないようだ。

オスロ大聖堂まで歩く。
大聖堂ではちょうどゴスペルのコンサートが開かれていた。
1697年に創建されたルーテル派の総本山で天井がも美しい
らしい。扉のところにいたおばさんに「ちょっとだけ」と言ったが
「だめ」と断られた。「入場料を払うから」と粘ったが、「あと10
分でおしまいだから、だめ」と断られて結局中には入れなかった。
わずかな隙間から中を見ると、白い法服を着た神父が歌って
踊っていた。午後6時になると着飾った市民たちが教会からど
っと出てきた。大盛会のゴスペル・コンサートだ。
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第4日 8月18日(月) |
オスロ〜ソグネフィヨルド |
きょうはソグネフィヨルド地区へ移動する移動日だ。朝8時ホ
テルを出発、オスロ市内を観光する。
途中立ち寄ったヴィーゲラン公園がとってもよかった。
グスタヴ・ヴィーゲランは国民的な彫刻家だが、ムンクと
はいろいろ葛藤があって仲は悪かったらしい。

公園は正面入口から見ると両側にリンデン(菩提樹)とカスタ
ーニュ(マロニエ)の並木があってずうっと向こうに噴水と彫刻
群の高台がオベリスクのように見える。ヨーロッパの宮殿の
中庭、たとえばヴェルサイユ宮殿とかシェーンブルン宮殿の
中庭のような感じだ。

人造湖にかかる橋の欄干の上にはさまざまな人体の彫刻群が
並んでいる。生まれたばかりの赤ちゃんがいる、怒りんぼうと呼
ばれる男の子が右足を上げて怒っている姿、両手を挙げて万
歳している青年…。さまざまな人間の生き様がブロンズで表現
されている。





花が咲き乱れる花園の向こうには噴水があり、そのまわりには
人間の誕生から死まで輪廻が表現された彫刻がある。

その先の公園のシンボル、オベリスクのような「モノリッテン」は
高さ17メートルの花崗岩の塔だが、実はこれも老若男女121
人もの人間たちで構成されている。そのまわりにはまた、ふくよ
かな男女の像がぐるりと置かれて見るものを圧倒する。


ノルウェーと言えばヴァイキングを連想する。「ヴァイキング船
博物館」(VIKING SHIP MUSEUM)も見逃せないところだ。

しゃれた赤い屋根に白壁の博物館。中に入るとすぐ大きなヴァ
イキング船が目に付く。紀元800年代に使われた女王の船で
女王の死後、遺体とともに埋葬された。1904年に見つかって
発掘されたという。
東京の船の科学館で北朝鮮の不審船が展示されているが、あ
の船を一瞬思い出した。船首が鋭くとがって流線型を描いてい
る。造形上も美しい形をしている。

この船に乗って北欧の男達が遠く海外に出かけ、海賊として恐
れられていたのだ。
それにしてもノルウェーは自然あふれる豊かな国だ。
オスロからバスはひた走った。きょうから三日間のノルウェーの
旅のドライバーはアーノさん。なかなかハンサムな男前だ。

途中フィヨルド沿いの美しい風景が続く。牛がのんびり草を食ん
でいる。野生のヤギが岩の上に立っていたりする。なによりもび
っくりするのは滝の多さだ。岩山の上からとうとうと流れ落ちる。
あちこちに氷河から流れ落ちて、フィヨルドへと注いで行く大き
な滝がある。日光の華厳の滝の何倍ものスケールで、最初は
添乗員が何で「右手の滝は…」と説明しないのかと思ったが、
すぐに理由がわかった。次から次できりがないのだ。
やがて休憩。クローデル湖のレストハウスに止まった。

アイスクリームを買って、下の湖に下りていく。ここの景色がとっ
ても穏やかで気に入った。静かな湖面が周囲の景色を映し出し
ている。斜面には黄色い小さな花が可憐に咲き誇っていた。
ヴァイキング博物館から1時間20分ほど走ったところにあるこ
の湖はクローデル・フィヨルドの一部で面積43平方キロメートル
一番深いところが119メートルあるという。

GOL(ゴール)で昼食をとる。サケのムニエル、ジャガイモ、ニン
ジンだけのシンプルなものだが、これがうまかった。
この近くにノルウェー独特の建築であるスターヴ教会がある。
ノルウェーにカソリックが入ってきたのは紀元1000年ごろのこ
とというが、この教会は1150年ごろ作られた。スターヴという
のは柱のことだが、教会の内部はとてもシンプルなつくりで、
太い柱が何本もがっしりと教会を支えている。
屋根の上には十字架と魔よけの竜頭が空をにらんでいる。
国内に700ぐらいあったが、プロテスタントの宗教改革でほとん
どが焼かれ、いまは当時の面影を残すものは29だけだという。
中でもこのスターヴ教会は当時の原型を最も保っている。

緑の山をバックにロマネスク様式の教会は芸術的な風景だ。
夕方、リンドストローム・ホテルに着く。1840年代に船着場とし
て創業されたホテル。こじんまりとした清潔なホテルだ。
夕食前ちょっと散歩に出る。小さな牧場があって、柵のところで
手を叩くと、遠くにいた馬がぱかぱかやって来た。ともちゃんに
すりよるようにして餌を催促する。可愛い馬だ。
夜はヴァイキング。しゃれた別室でコーヒーを飲み、カラオケ・
バー(無料)に行くと、イタリア人の観光客が歌を歌ったり、ダ
ンスをしたり、楽しそうに騒いでいた。

トリノから来た団体のお年寄たちで「ピアチェーレ」(こんにちは)
ぐらいこちらから話し掛ければよかった。
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第5日 8月19日(火) |
ソグネフィヨルド・クルーズ観光 |
北欧旅行最大の楽しみのフィヨルド・クルーズの日だ。
わくわくとして、天気も気になって朝5時に起きてしまった。
窓から外を見ると、どんより曇っている。ここは1年のうち300
日が雨と言われるほど雨が多いらしいが、ちょっとがっかり。
ホテルの出発は10時なので散歩に出る。少し雲が切れかかっ
て来た。ホテルは昔フィヨルドの船着場だったというが、いまは
フィヨルドは500メートルぐらい離れたところまで後退している。

そこまで行く観光客はいないらしいが、是非行くといい。
ちょっと離れた場所にこんなにきれいなフィヨルドの入江がある
なんて想像もしなかった。白い貨物船が停泊し、水鳥がいっぱ
い浮かんでいる。のどかな美しい朝のフィヨルドの風景だ。
写真を撮っていると、また、雲が怪しくなってきた。ポツリ、ポツ
リ…。あわててホテルへ戻る。ともちゃんと2人で朝のマラソン
をしたが、濡れてしまった。廊下に出したスーツケースを部屋
に入れ、着替えを大急ぎでする。
10時ホテル発、グッドバンゲンに向かう。
途中はトンネルばかりだが、2000年に完成したヨーロッパで
一番長いラルダルトンネルは長さが24.5キロもある。トンネル
の真ん中で止まって写真を撮らせてくれたがさすがに長い。

長いトンネルを抜けると青空が広がっていた。思わず拍手。
「ラッキー」の声が上がる。トンネルまたトンネル。トンネルを抜
ける度に天気が変わる。フィヨルドの天気は女心のように変わ
り易い。
グッドバンゲンに着くころ、また雲が出て来た。

フィヨルドはほんとに穏やかだ。グッドバンゲンの船着場には
上高地の河童橋のような橋がかかり、そのそばでノルウェー
の民族衣装を着た人たちが土産物を売ったり、観光客と一緒
に写真に収まったりしている。長い玩具の剣を持ってヴァイキ
ング並にちゃんばらごっこをしている人もいる。

11時半出発だが、11時10分に並んでデッキのいい席を取る。
クルーズ船はフィヨルドを滑るように進んでいく。氷河によって
作られた侵食された深い入江だから、波もなくとても静かなのだ。
時々、青空がのぞくと、フィヨルドがエメラルド色にきらめく。曇
って雲がかかると、景色が墨絵のようにぼうっと霞む。
フィヨルドはそれこそ千変万化の顔を持っている。




8月だがデッキの吹きさらしは風がちょっと冷たい。ウインドブ
レーカーを着ていたが、中にセーターでも着たいぐらいだ。
右側のデッキにいたひとたちが突然立ち上がった。何かと思っ
て行ってみると、岩の上にアザラシが5匹休んでいた。しばらく
するとまた3匹。

風が吹くとまた、雲が切れて青空がのぞく。ところどころかわい
いおもちゃのような村がある。寒くなると船内のカフェに行き熱
いコーヒーを飲み、またデッキに戻る。

2時間15分のクルーズでフロムに着いた。
ここで昼食を取った。じゃがいも、羊肉とキャベツを煮込んだ
もの、それにチョコレートムース。あまりうまくはない。
フロムからミルダールまでのフロム鉄道も絶景だ。

フロムは海抜2メートル、ミルダールは866メートル、この
標高を一気に登っていく。フロムから行くなら右側の席が絶
対いい。フロム谷の絶景が続き、絶壁、氷河から流れ落ち
る滝が楽しめる。窓の開く座席と開かない座席があるので
窓が開く方が楽しめる。
フロムから6つ目コールダルの駅を過ぎ、長いトンネルを
抜けると、こんどは左手に大きな滝がある。ショスの滝で列
車はここで止まる。
谷間からしぶきをあげてとうとうと滝が流れ落ちている。
列車から降りて記念撮影をする。すると滝の岩の上に赤い
ドレスの女性が現れ、優雅に踊り始めた。

この滝に伝わる伝説の妖精だという。
白い滝のしぶきを浴びて、霧の中から幻想的に(?)現れる
妖精。観光客は大喜びだが、実はこの妖精、地元の体育
大学の男子学生のアルバイトだという。ちょっと遠目なので
大柄で、体格のいい学生が選ばれるそうだ。
ミルダールからは列車を乗り換えヴォスへ。この列車は左
側の方が景色がいい。
ヴォスからさらにバスでハダンゲル・フィヨルドの中にある
ホテル「ウレンスヴァング」に着いた。

ぼくらの部屋は残念ながらフィヨルド側ではなかったが、ホ
テルの雰囲気はなかなかいい。ホテルノアル」ロフトフース
地区はノルウェー屈指の果樹栽培地区で40万本のリンゴ
が植えられている。国内生産の5分の1はここから出荷さ
れるそうだ。
作曲家のグリーグもここの常連だったそうで「ペール・ギュ
ント組曲」を作曲した作曲小屋もホテルの中庭に残っていた。
ヴォスを過ぎた頃から雨が降ってきた。夕方傘をさして近く
を散策してみた。赤いリンゴを失敬して食べてみたが、とっ
ても酸っぱかった。
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第6日 8月20日(水) |
ベルゲン |
ベルゲンはおもちゃのような街である。

ノルウェー第2の都市だが12世紀から13世紀にかけては
ノルウェーの首都でもあった。
この街ぐらい天気がめまぐるしく変わるところも珍しい。
ウインドー・ショッピングをしていてもひとつのお店にいる間
に雨になったり、曇り空になったり、また降ったりと目まぐ
るしい。だから傘は絶対必要だ。

ハンザ同盟時代からの中世の面影を残すカラフルな三角
屋根の街並み。そこから狭い路地を入っていくとまた、いろ
いろなお土産屋さんがあってこちらも楽しい。
ふと入った路地の奥でちゃれたセーター姿のおじいさんが
椅子に座ってのんびり本を読んでいる。ベルゲンの街並み
を描いたスケッチ画のお店だった。

残ったノルウェー・クローネをかき集めて1つ買う。2500
円ほどだった。おじいさんはうれしそうに10クローネ紙幣
をぼくに返すと「アイスクリームでも買いなさい」と片目を
つぶって、微笑んだ。
教会やローセンクランツの塔をまわった。ふと足元を見る
と魚のうろこのような舗道の敷石が美しい。
中世から多くの人たちがこの石畳を歩いてきたのだなと、
思うと、感慨深い気持ちになる。

ベルゲンからSK−869でコペンハーゲンに入る。
ホテルはラディソン・サス・スカンジナビアだった。12階の
部屋からはすばらしい景色が眺められる。目の前に水を
湛えた堀があり、その向こうの緑の中に教会が点在して
いる。疲れが飛んでいくようないい眺めだ。
夕食の後チボリ公園に出かけた。12時の閉園のとき花火
が打ち上げられると聞いたが、閉園は11時で花火もなか
った。それでも1時間、童心に返って遊んだ。
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第7日 8月21日(木) |
コペンハーゲン |
2003北欧の旅も今日で終わり。午後にはコペンハーゲン
を発つ。
なにかいとおしい気がして早々と目が覚めた。朝食前に散
歩をする。ホテルの前の堀を渉って、公園を突き抜ける。
救世主教会は左巻きのラセン階段が特徴的だが、これは
工事を請け負ったランバートが設計図を逆に見た(鏡のよ
うに)というもっともらしい話がある。

朝の散歩は気持ちがいい。
きれいな運河に出てそこからクリスチャンスボー城まで歩く。
ちょうど朝の出勤時間なので自転車の列が続く。車やバイ
クは少ないが、自転車はほんとに多い。

9時半にホテルを出発、朝ぼくらが散策したようなコースを
車窓から見て、免税店に行く。皆さんロイヤル・コペンハー
ゲンなどを片っ端から買っている。お皿を1枚記念に買った
が、値段はとても高く、東京で買うほうが安いくらいだ。
45分ここで時間を過ごすが、もったいないなあと思う。

ここからニューハウンの運河に行く。クリスチャン4世の孫
クリスチャン5世が人工的に作った運河だ。運河沿いにか
わいい家が並んでおり、その中の20番地、赤い家の3階
に童話作家アンデルセンが住んでいた。

運河から北へ行くと王宮があるアメリエンボー宮殿に着く。
デンマークの王室は日本ともなじみが深い。マーグレーテ
2世女王は昭和15年(1940年)生まれの63歳。ホテル
などあちこちに王室の写真が飾られている。
国民は宮殿の衛兵のところにいつでも女王へのプレゼント
を持っていける。皇太子は36歳、第2王子は結婚して郊
外のフレデンスボーにいるそうだ。

コペンハーゲンの一番の人気者は「人魚の像」。港の先の
変哲もないところに置かれている。1913年彫刻家のエド
ワード・エッセンによって作られた。もう90歳になるわけだ
が、これまで何度も受難にあっている。
1960年代には過激派に頭を取られ、85年には酔っ払っ
た高校生が右腕をとられた。5年前にはまた、頭を失った
が、これをスクープしたテレビ局のカメラマンが数日後
自分で頭を見つけ出し、逆に犯人だとばれてしまった。

そんな受難のある人魚姫だが、きょうも記念撮影の観光
客が絶たず、1枚パチリと撮っては「はあい、交代」と記念
撮影が続く。80センチの小さな体はいつもやさしく穏やか
に笑みをたたえてポーズをとっている。
さようなら人魚姫。
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第8日 8月22日(金) |
成田着(9・35) |