2005年6月



白谷雲水峡

屋久島は素晴らしい島だった。上高地や白神山地にも行ったことがあるが、
屋久島が一番だと思った。縄文杉には行けなかったが、白谷雲水峡、屋久
杉ランド、大川(オオコ)の滝、どれも感動の連続だった。真っ暗な浜辺で海
亀の産卵を見ていたとき、ふと見上げた満点の星空の圧倒的な美しさ、流
れ星がいくつも流れて行った。



「屋久島は一月に35日、雨が降る」と言われる。林芙美子が小説を書くた
め屋久島を訪れたとき、来る日も来る日も雨で外出が出来ず、ふと頭に浮
かんだのが、この書き出しだったという。

そんな屋久島らしく、梅雨前線の活動は活発で、前日まで300ミリの豪雨
が降っていた。

「路が川になるんです」とガイドさんが笑っていたが、快晴とはいかなかっ
たが屋久島滞在中の三日間、雨らしい雨に降られなかったのはまさに奇
跡だった。


羽田から鹿児島、そこから小さなJAC3747便に乗り継いで25分ほど。羽田
から三時間足らずで、もう屋久島に着いていた。空港にはエコガイドの岩川さ
んが待っていてくれた。
「よかったですね。きのうだったら中止でした」と岩川さん。

さっそく「白谷雲水峡」へ向かった。空港から車で一時間、海岸沿いの道路か
ら高度を上げていく。ところどころ工事が行われていて、対向車が来ると退避
するのが大変だが、独特の屋久島の深い緑、その緑の空間がぽかっと切れ
て、街並みや海、曇り空だがその向こうに種子島もうっすらと望める。



「白谷雲水峡」の駐車場には名残のつつじが赤い花を
いっぱいつけていた。そこにモンキアゲハやミヤマカラ
スアゲハがゆらゆらと舞っていた。ここは標高620メー
トルだそうだが、ここから1000メートルぐらいにかけ自
然休養林が広がっている。

散策コースは30分、一時間、一時間半と3っつあるが、
樹齢3000年の弥生杉に向かう道が豪雨の土砂崩れ
で通行止めになっていたので、軟弱な30分コースを
歩く。

白谷川はきのうまでの豪雨で水量が豊富だが、それで
いてにごり水でなく清流のような透明度を保っている。
「飲んでもだいじょうぶですよ。屋久島の水は超軟水で
甘いんです」と岩川さん。

コップで掬ってひとくち口に含むと、確かにうまい。



ウラジロガシやタブノキ、などの照葉樹林にまじって屋久杉、ツガ、モミな
どの高木が点在している。雨が多いせいなのか、シダや苔も多く少し歩
くと幽玄な世界に入っていく。

宮崎駿監督が「もののけ姫」を創った時、ここを何度も訪れてイメージを
ふくらませたという。

滝のような「飛流おとし」、飛流橋、さつき吊り橋などの見所があり、やが
て「二代大杉」に着く。

江戸時代に切られた杉の株の上に種が落ち、そこから屋久杉が巨木に
育っている。いわば親子?二代の杉という意味なのだろう。

帰り道、川の巨石のところで一休み。岩川さんが、持ってきたバーナーで
コーヒーを淹れてくれた。渓流沿いに小さな蝶がちらちらと飛んでいる。

「あれはヤクシマルリシジミです」。

インスタントコーヒ−だが、とってもおいしかった。


屋久杉ランド


「仏陀杉」という名前そのもの、荘厳なたたずまいだ。
空気もどこか違って、霊場のような雰囲気だった。


屋久杉ランドというと、なにかテーマパークのような感じがするが、これが
とっても素晴らしい。縄文杉まで行くには往復10時間以上歩く努力が必
要で、それだけに感動が深いのだろうが、ここをのんびり歩くだけで、屋
久島の世界自然遺産を十分堪能することが出来る。

標高1000メートルから1300メートルのところにある屋久杉ランドはやは
り自然の空気がまったくちがう。

マイクロバスで山道を上がってくると、道路脇で屋久猿の群れが戯れてい
た。生まれたばかりの小さな小猿が母親に守られて遊んでいる。

しばらく行くと、屋久鹿が姿を現わした。バスに乗ったぼくらの方をつぶらな
瞳で見つめている。

鹿というともっと大きなものを連想するが、これは小鹿ではなく、屋久鹿そ
のものが小さいらしい。



屋久杉ランドは30分、50分、80分、150分と6つの散策コースがある。
軟弱なぼくは30分のお手軽コース、「ふれあいの径」に挑戦(!)した。淀川の清
流沿いに整備された散策路がある。天気は雨こそ落ちてこないが、あまりよくない。
きのうまでの雨で、原生林がしっとりとぬれている。それが汗ばんだ体にひんやりと
して気持ちがいい。
しばらく行って本道から別れて、ちょっと下ると千年杉がある。原生林の中、ひとり
高々とそびえている。その姿がなんともいえない。「ふれあいの径」にはくぐり杉、
双子杉などもあって、趣がある。
また、本道に戻って今度は50分コースの「ときめきの径」の方に10分ほど行く仏
陀杉に会いに行った。「仏陀」という名前に惹かれたところがあるが、そこはまさに
仏教の聖地のような荘厳とした雰囲気が漂っていた。
高い杉の梢の方から雨滴が落ちてくる。それを浴びながら、ただ、杉を見上げる。誰
も人はいないので、その付近だけが物音ひとつしないでしんと静まり返っている。感
激した。


お手軽コースでこの素晴ら
しさなのだ。もっと奥のコー
スはどんななのだろう。まし
て、縄文杉まで行く道のりは
どれだけ趣があるのだろう。
屋久島の途方もない魅力に
触れた感じがした。


入り口のところに戻ってくると、ブッシュから突然鹿が顔をのぞかせた。
角があり、オス鹿らしい。じっとこちらを見ると、また、ブッシュの中に
消えて行った。

ここから6キロ、車で15分ほどさらに林道を遡ると紀元杉がある。
樹齢3000年を超すという巨樹。先端は枯れて、ちぎれたような姿に
なっているが、杉の上の方はヤマグルマやヒノキがこれも亭々と育っ
ている。紀元杉の高さは19・5メートル、周囲は8メートルを超える。

千年杉や紀元杉をはじめ、こうした巨樹がいまも残っているのは、江
戸時代切り出しのとき、用材として欠陥があったため使用されなかっ
たらしい。

ここの標高は1230メートルあるが、紀元杉は道路脇にあり、車で横
づけできる一番近い屋久杉だ。

杉の周りに出来た歩道をぐるっと回る。首を回して下から見上げる
と、大粒の樹液のような水滴がぽつん、ぽつんと降り注いできた。

手に受けてなめると、甘い味がして甘露のように思えた。



屋久島の滝

「ひと月に35日雨が降る」と言われる屋久島はどこも
水量が豊かだ。

高い山が海岸線に向かって滑り落ちていることもあっ
て、みごとな景観の滝も多い。まして、前日まで300
ミリの大雨だったというから、滝の流れも圧倒的だ。


紀元杉のあと尾之間で食事を取った。

かいがいしく食事の世話をしてくれた少女は「海ちゃん」
という名前だった。屋久島らしいいい名前だと思った。

「海」はフランス語では「ラ・メール」、イタリア語では「ラ・
マーレ」というように女性名詞なのだった。



安房を通って千尋(せんぴろ)の滝に向かう。
山道をどんどん上がっていく。

午後になって、天気はまた悪くなってきた。駐車場で降りて、
滝を眺める展望台へ歩いて行くと、いまにも降り出しそうな
空模様になってきた。

千尋の滝は落差66メートル。400メートル×200メートルの
巨大な一枚岩の花崗岩を削り取るように滝が流れ落ちている。

煙雨にけむって遠望はちょっと残念だが、そのスケールの大
きさはすばらしい。


島の南西部、西部林道の栗生側から入っていったところに雄大な
大川(おおこ)の滝がある。中国語で河のことを「こ」といい、かって
は大河の滝といっていたのが、「おおこの滝」のいわれらしい。

駐車場から林道をちょっと入ると「大川の滝」があり、滝壷近くまで
近づくことができる。すごく雄大だ。飛沫がもうもうと巻きあがり、風
の具合では、びしょぬれになってしまう。

落差は88メートル。日本の滝100選に入っている名滝だ。

滝壷近くの石の上に立って見上げてみる。ごうごうたる水の流れが
頭上から降ってくる。しぶきがあっという間に襲ってきた。

でも、気持ちが良い。ガイドさんが「役所広司がそこの岩に座って、
焼酎の白波のコマーシャルを撮影したんです」と話していた。

大川の滝を眺めていたら、ノルウエーのフィヨルドのクルーズのあと、
フロム鉄道で行ったショースの滝を思い出した。

あの滝もよかったが、この大川の滝もそれに劣らず素晴らしい。


屋久島の自然


愛らしい屋久鹿。時折、古代の杉の樹林を
かき分け、姿を現す。

屋久サルの家族。赤ちゃんがかわいらしい。

ヤクシマルリシジミ
ツマグロヒョウモン
モンキアゲハ


宮之浦から車で30分、永田地区のいなか浜と隣接する前浜はどちらも
日本最大の海亀の産卵地である。さんごが細かく砕けた白い海岸線が
続いている。海亀はここに4月から7月ごろにかけ、産卵に上がって来
る。以前は島民が卵を食料にしていたため、産卵に上がって来る海亀
が激減したという。

保護が始まって20年、ここ数年は年に500頭がやってくるという。
アカウミガメが多く、アオウミガメは比較的少ないという。

夕食の後ホテルを出発、午後8時ごろいなか浜に着いた。観察料700円
を払い、海岸のベンチに座って、海亀が上がってくるのを待つ。薄暗い
海岸に目をこらすが、なかなかそれらしいものは見えない。

午後8時から11時ごろにかけ、海亀が上がってくるのだという。
レンタカーや観光バスでやってくる人が50人ほどになった。

午後8時半過ぎ、隣の前浜で海亀が産卵を始めたのでそちらに移動す
ることになった。海亀は警戒心が強く、せっかく浜に上がってきても、光
や物音がすると、また、海に戻ってしまう。しかし、産卵を始めると、夢中
になって警戒心が薄らぎ、人がそばにいても産卵を続けるのだという。



保護の人に誘導され、海亀のそばに近づく。後ろから覗きこむと、深く掘っ
た砂の穴にピンポン玉のような真っ白な卵が産み落とされて行く。
フラッシュは厳禁。

保護員の懐中電灯の明かりでやっと写真を撮った。前に回ると、海亀が
ふうっ、ふうっと大きな吐息を吐きながら卵を産んでいる。

目からは涙(?)が流れている。

体長は86センチ、甲羅の横幅は68センチあり、かなり大きなメスだとい
う。「タグがついているので、この亀はことし2回か3回目の産卵です」と
説明があった。島の近くの海でオスとメスが交尾をし、オスはまた、別の
メスを求めて漂流していく。メスだけが必死の思いで浜に上がって来る。

産卵は150個〜200個、午後10時頃まで続いた。

卵を産み終わると海亀はしばらくじっと休憩、そして激しく手足を使って、
産卵した卵の上に砂をかけ始めた。砂が十分かかると、今度はアカウミ
ガメは大きな甲羅を上下左右にどしんどしんと揺らして、砂浜を固め始め
た。すごい音…。

「人間が踏んでも卵がつぶれないよう、砂浜を固くかためているんです」。

やがて、海亀はくるりと方向を変え、海に向かって歩き始めた。その歩行
はかなり速い。あっという間に波打ち際から海の中に入って、暗い海に
消えていく。

ふと、空を見上げると、手に取るような近さに無数の星がきらめいている。

流れ星がいくつも、すうっと流れていく。
すごい感動のシーンだった。

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