ハイエース

今までのハイエースの記録を一挙に紹介する。

 

以下、クリックするとジャンプします。

KTA引っ越し
1997.4

HTA引っ越し
1997.8

ハイエース1(北北海道編)
1998.9

MOIWA NIGHT HIKE
1999.5

ハイエース2(南北海道編)
1999.9

ハイエース3(えりも〜札幌編)
1999.9

ハイエース・ボーナス in 沖縄(Yo-1慰安旅行編)
2000.3

ハイエース4(北見編)
2000.4

ハイエース5(夢の奥尻、多田の尻編)
2000.7

オコタンペ湖観楓会
2000.10

金森結婚祝賀会
2000.11

新世紀新年会
2001.1

ハイエース6(静内花見編)
2001.5

ハイエース7(あの時に戻りたい編)
2001.10

ハイエース8(卒業旅行編)
2002.3
 

ハイエース9(横付け卒業式編)
2002.3
 

以下、続く、、、?

 

 

KTA引っ越し
1997年 4月1日

 麻生の申し子KTAが北20に南下。この時がなにを隠そうハイエースのデビュー戦であった。このころはまだ「イチバン」や「ダロウ?」は存在せず、ごく普通の引っ越しだった。

流行語:『内輪差』『冷蔵庫』

HTA引っ越し
1998年 8月1日

 北16西3にHTA引っ越し。皆、忙しい中協力してくれて涙が出る程うれしかったが、KTAが引っ越し直後、足を負傷し病院直行。主役の座をあっさりと奪う。

流行語:『イタイイタイ』『玄咲1番』

ハイエース1(北北海道編)
1998年 9月29、30日

 札幌を夜中に出発。朝方釧路に到着。厚岸でTDA以外は海の幸を満喫し根室に立ち寄った後、納沙布岬でYAMAさん一家に遭遇。夜は網走で食事。その後夜通しオホーツク海岸を駆け抜け、朝は稚内で迎える。さらに留萠、増毛を通過し、夕方札幌にてゴール。

流行語:『スタイニー』『結婚してくれ』

MOIWA NIGHT HIKE
1999年 5月31日

 知るひとぞ知るこの企画。1年のころは自力で登ったが4年となったこの頃は、リッチに車でNIGHT HIKE!朝方、日の出とともにTDAが上半身をぬいで『イチバ〜ン!!』。その後小樽で円陣を組む。

流行語:『イチバ〜ン!!』『ボディボード』

ハイエース2(南北海道編)
1999年 9月3、4日

 札幌を夜中に出発。夜中、泊付近でクイーンエリザベス号を発見。早朝、松前城をみてがっくり。朝は函館料理でイチバン。その後森町でひともめあるも、無事苫小牧で夕食。さらに走って夜中えりも岬にてゴール。

流行語:『松前、ふがいない』『お前が乗るなっつったんだろうが!!』

ハイエース3(えりも〜札幌編)
1999年 9月5日

 えりも岬を出発し、TDA&AYBが日勝峠をこえてゴール。時間はたっぷり余ったが、疲れたのですぐさまハイエースを返却。

流行語:『日勝峠はこえられても他にこえられんものがあるだろう?』

ハイエース・ボーナスin 沖縄
(YO-1慰安旅行編)

2000年 3月13、14、15日

出発前夜
 出発は千歳空港からなので、とりあえずKYBの実家に泊めてもらうことになり、KTAの自家用車で夕方千歳入り。夕食はKTAをトランクにのせて、ロイヤルホストに向かう。その後前夜祭とばかりに恵庭グランプリで熱唱。久々にYo-1の歌声を聴く。次の日の出発が早いため、12時すぎにはKYBの家にもどる。ウイニングイレブンをやっているKYBとYo-1以外はすぐに寝る。TDAもこの日ばかりは参入戦がなかったので、ぐっすりと寝る。
1日目
 千歳空港を10時に出発。TDAはなぜか顔パス。飛行機に揺られること5時間ほどで、沖縄の那覇空港に着いた。レンタカーを借りてまず向かったのは『沖縄水産高校』。もちろん校門の前で記念撮影をした。つぎに『ひめゆりの搭』。この場所はやはり厳かで特別な場所であり、とても『一番』をする気にはならなかった。『平和公園』もそんな雰囲気で、さすがの『チーム・ハイエース』も言葉が少なめ。この沈黙をやぶったのがなんといっても『サボテンパーク』。あのなんともいえない外観にKTAもおもわずイチバン。つづく知念城跡でも考え深げにイチバン。さすがリーダー、やってくれるぜ。やがてホテルに到着し、夕食時には石川市へLet's Go!!市内のUSレストランでターコースを食べる。(タコスではなくターコース。)夜は泡盛を飲み、葉巻きを吸って就寝。TDAは夜中もリモコンをカチカチやり、KTAは手紙を書いた。
2日目
 ホテルを7時に起床。外での食事は最高に気持ちが良く、Yo-1が調子に乗ってコーヒーを何杯もおかわり。食後、時が惜しいとばかりに沖縄を本島をドライブしたがこれも言うこと無しで、KTAも沖縄永住宣言をするほど気持ち良かった。午後は万座ビーチでひと泳ぎ、ホテルのプールでふた泳ぎし、モーターボートにも乗った。夜は国際通りで沖縄料理を食べ、アイスクリームをぺロンぺロンとTDAがなめ、買い物を楽しんだ。
3日目
 最終日は首里城を見学したが、どういうふうに見学したかはどうぞ内密に。昼すぎの飛行機で那覇を発ち、夜千歳に到着。KTAがあの伝説のジャンピングイチバンを披露して沖縄旅行は幕を閉じた。

流行語:『キャップ64』『おまえらプールっ子だ』『海の申し子』『わかった、電話でみれるんだ!』

ハイエース4(北見編)
2000年 4月28、29、30日

 札幌を夜中に出発。層雲挟ではTDAが生まれてはじめて霊体験。朝、北見に着くとどこもかしこも雪景色。HATA邸で一泊し、次の日の朝、北見をはやばやと発つ。カート場、バッティングセンターに立ち寄った後、無事夕方札幌にてゴール。

流行語:『ガムラツイスト』『オバンドー』

ハイエース5
(夢の奥尻、TADAの尻編)

2000年 7月28、29、30日

1日目
 2000.7.21 PM1:00スタート。札幌から定山渓を経由して、中山峠でひと休み。その後、留寿都、長万部を通って、PM6:00に北檜山に到着。そこで買い出しをした後、瀬棚の青少年キャンプ場に到着した。もう陽が沈みかけてる中、急いで夕食の調理。HTAがカレー担当、TDAが焼肉担当、KYBが米担当であった。夕食後は近くの広場で花火大会。爆弾発言『最悪!!』が飛び出す。さらに展望台に登り、瀬棚の夜景を観察。11:00くらいにはテントに戻り、寝る準備をした。TDAの寝袋はビチョビチョで、KTAの寝床はダンボールであった。
2日目
 早朝4:00頃、変な鳥の泣き声で、BIG3が起床。外で朝野球を始めたが、ボールが他のテントの中に入ってしまい、終了。BIG3もニ度寝をし、朝の7:00に全員起床。HTAがカレーうどんを作ろうとしたが失敗。結局、キャンプの後始末をした後、コンビニで朝食。そしてついに9:00すぎにフェリーに乗り込み奥尻へと出発した。一時間半ほどで奥尻に到着し、民宿ほのぼの荘へと向かった。雨がポツポツとふってきたが、12:00、レンタカー屋でスクーターを借り、民家に激突して事故ったYAMA以外は、島一周に出発した。あちこちに寄りながら、およそ4時間程で奥尻制覇。夕食は海の幸を満喫。夜は疲れが祟って、9:00すぎには寝てしまった。夜中、絶好調のYo-1が電話参加してみんなから不満の声があがる。
3日目
 8:00すぎに起床。朝食をとったあと、ほのぼの荘をあとにして海岸へと向かう。天気も良く、泳ぐには最高のコンディション。思わずTDAも、深みにはまって溺れたり、ウニを踏んだりと大暴れをし、KYBは虫にさされた。その後、12:40ころ奥尻をあとにし北海道へと無事生還。千歳、福住を通り、札幌に着いたのは夜の9:00すぎであった。

流行語:『ウイーン!!』『Don't worry.Be Happy.』『ロデオ』

オコタンペ湖観楓会
2000年 10月9日

 北海道三大秘湖のひとつということで、オコタンペ湖へと突撃したが、あまりのふがいなさに、結局支笏湖畔で観楓会。焼そばあたりまでは良かったが、しまいにゃ雨がぽつぽつと降ってきたので、午後4時頃、KYB宅に撤収。終わってみればなんのことはない、ただのドライブだった。

流行語:『起承転結鱒渕友治』

金森結婚祝賀会
2000年 11月26日

 KTA軍団が解散しTDA軍団となった最初のイベント。一次会では大将(TDA)と3ちゃんが夢の共演一気飲み対決。二次会ではKYBがガラス戸をショルダータックルで割ったのを、YAMAが目撃。三次会ではKTAは酔いつぶれ、大将はラクダの目を披露。

流行語:『ラクダの目』『KYB、割ってしまったのはしょうがないだで(ニヤニヤ)』

新世紀新年会
2001年 1月11日

 TDAが有機講演会後の懇親会で飲んでるところを、携帯電話で巧みに拉致。北24条のグランプリにKTAの車で突入したのは夜の9時前であった。当然飲み放題で、「ああ俺が一番酔ってるな」と思ったHTAであったが、なんとトップ賞は意外にもKYBであった。カラオケが終わってKTAの車に乗ったとたん『ああ、吐きそう』、『運転が下手』などの罵声が飛び交う。メガネを外されたりしながらやっとの事で札幌駅北口に辿り着いたKTAであったが、車を降りたとたんKYBがスリップ。顔面直撃、流血した。慌ててトイレに駆け込み止血したが、無論終電に乗れる状態ではなく、結局HTAの家に。その晩は、大いにうなされていたKYBであった。

流行語:『おかあさん、ごめんなさい』『多田じゃないんだから』

ハイエース6(静内花見編)
2001年 5月11、12日

 11日夜8時、HTAとTDAがハイエースをレンタル。ハイエース史上初、TDA先発でスタート。9時にホワイトパレスで、ベロベロのKTAを拾い、10時に例のサンクスでAYBを拾い、千歳のKYBの家に着いたのは夜の11時であった。そこで仮眠をとる予定だったが、そのままの勢いで出発することにした。KYBが運転手のTDAをうまくダマして、苫小牧の波止場に勧誘し、ハイエースでナンパを敢行。AYBが異常に興奮。が、ハイエースをうまく横付けすることができず、KYBがキレる。TDAも『じゃあ、運転変われよ!!』と逆ギレし、早くもモメる。結局女性車が少ないということで、苫小牧はあきらめ、静内に向かう。朝方、夜明前に静内の花見ポイントについたが、暗くて花が良く見えず不安になったが、仮眠をとり朝8時に目がさめると、桜がちょうど見ごろ。時が惜しいと、HTA、TDAは火を起こして場所を取り、KTA、KYB、AYBは買い出しに行った。やがてジンギスカン、焼肉が始まり、一発芸で、TDAが『狂牛病』、KTAが『ワムウ』を披露する。昼の11時頃には皆満腹になり、静内をあとにした。途中、海岸側の空き地で、キャッチボール、ノック、サッカーをする。さらに苫小牧近くのスポーツセンターにサッカーのゴールがあったので、ここでもサッカーをする。休んでいたAYBの後頭部にHTAのセンタリングが直撃したり、KTAの草刈りシュートが決まったりと楽しかった。その後千歳に寄り、KYBの新車のバンパーをハイエースで北広島まで運び、そのまま札幌でゴール。ハイエース返却も夜8時に間に合わないと思われたが、大魔人KTAがしっかりと抑えた。通算4セーブ目。

流行語:『向かうところ、ヤマ無し』『多田、座ってることもできないのか』

ハイエース7
(あの時に戻りたい編)
2001年 10月12、13、14日

 12日夜9時すぎ、5人を乗せたハイエースが出発。今回は『あの時に戻りたい編』ということで、ハイエース1のコースを逆走するルートをとった。まずは先発のTDAが、稚内に向け順調な走りをみせたが、途中の増毛付近の海岸沿いで通行止めをくらう。そこで、とりあえず新十津川へ進路変更して再び留萌へ軌道修正をして乗り越えた。さらに稚内へ行く途中、警察の検問にひっかかり、後部座席に寝ていたメンバーはチェックされるのではと驚いたが、ここで運転手TDAが沖縄以来の顔パスを見せ、堂々と通過する。朝の4時に稚内に着き、運転手はKTAに変わったが、そこでガソリンがほとんど無いことに気づく。ガス欠寸前までなったハイエースだったが、ようやくガソリンスタンドのある町に到着し、ガソリン補給をする。そこから紋別までHTA、紋別から網走まで再びKTA、網走から知床までKYBと、こまめに中次ぎをし、昼の2時頃、知床五湖の近くにあるカムイワッカの滝に到着した。メンバーはKTAに言われた通り、海パン、靴下の格好で、滝を登っていったが、これがけっこう危険。帰りに降りる時は、さらに危ないぞとKTA以外のメンバーは心配し、滝つぼ付近にあった温泉に入っていても気が気じゃない。そして案の上、帰りの滝下りでKTAが2度も転倒。特に1回目の転倒では、見事なウオータースライダーを見せる(アベックにも見られ、笑われる)。これでKTAはひじ、足、腰にすり傷を負い、ヘコむ。車に戻りKTAが治療して、着替えている最中も、さっきのアベックの女はやけにKTAの裸体を見たがっている様子。着替えも終わり改めて出発。AYBが知床横断道路を越え羅臼に着き、羅臼から野付半島経由で厚岸までをKYBがかなりのハイペースで運転し、コンキリエには7時前に着いた。そこでメンバーは海の幸を満喫したが、なぜか煙がKTAの座っている方にだけ流れていき、KTAがヘコむ。夜8時すぎ、厚岸からえりも岬までをHTAが運転。途中、無気味な道道を通りながらも深夜1時、無事えりもに到着した。空は満天の星空だったが、風がとても強く、簡易トイレのドアが開かないほどだった。その後AYB、KTAが、苫小牧、千歳、札幌をしっかりつなぎ、朝6時半、学校前に無事到着した。

流行語:『フラーレンがなんぼのモンじゃい!』『御勇退』『あー、喜多逝った!』

 

ハイエース8
(卒業旅行編)
2002年 3月12、13日

 12日朝10時YAMAさんの家を出発。千歳でKYBを拾い、とりあえず昼飯。その後苫小牧のスケートリンクにて、TDA以外のメンバーはひと滑りしたが、このスケート場の管理人のおやじがとんでもないおやじだった。特にリンク内に演歌をかけるのはやめてほしかった。夕方5時に洞爺湖のホテルに到着。エロビデオが待切れないTDAは、部屋に着いたとたんテレビの上においてあるAV紹介にまっしぐら。旅館の仲居さんのいる前で堂々とAVチェック。夕食は6時に小宴会場でとったが味はなかなかのもので、味にきびしいYAMAも御満悦。その後露天風呂に入り、定番の卓球をしていたらなんと仙人に遭遇。この影響なのか卓球大会はTDAが優勝した。その後酒を飲み再び風呂に入った。その後は疲れたので皆就寝。部屋は2部屋借りていたのでひと部屋はAV部屋としてYAMA、TDA、AYBらが陣取り、もうひと部屋は飲み部屋としてKTA、KYB、HTAが陣取ったがKYBのKTAへの説教は朝方までつづいたという。翌日朝食をとった後、地獄谷、苫小牧、千歳を通ってゴール。なお帰りの札幌でHTA、KTA、YAMAは変な形の虹を見たが、あれは「幻日」という何十年に一度しか見られない自然現象であり、夜のニュースで流れたのをみてHTAは密かに驚いた。

流行語:『ひさしぶりだワー』『また来ればいいんだワー』『おまえらマコマイだべ?』『65歳』『ドンキー』『(笑)』『それはKYBムカつく』『夢』

 

ハイエース9
(横付け卒業式編)
2002年 3月24、25日

 24日夕方、KTA、HTA、TDAの3人で引越し作業をスタート。夜9時くらいに引越しが終了し、HTAのスクーターを積んでYo-1の家に向かう。途中でAYBを拾い、さらにYo-1本人も拉致ってKYBの家にGO!千歳にて朝の4時まで遊んだ(中には徹夜のメンバーもいたらしい)。朝7時KYBの家を出て卒業式へと向かうが、時間的に間に合わないと悟ったリーダーは急遽TDA家訪問案を切り捨てTDAのみをJRで強制送還。。桑園駅で待ち合わせをすることになった。その後一行は車内で卒業式の用意をしながら混んだ国道の中、車をとばす。そして途中の環状通りで奇跡のラジオを聴く。そして桑園駅で再び TDAと合流し見事卒業式会場に横付けした。

流行語:『KYBが来いよ』『メイクミラクル』『この声は…』『ポストマン』