自分の退職について少し書こうと思う。
26歳無職奈良県在住。
これが今の自分の立場。
これ以外のなにものでもない。
あとはヒゲぐらい。
年末に勢い余って辞めた。
なんで?とか、
今何してんの?とかは禁句とする。
人にそんな胸張って言うほどのことはなんにもないからである。
ただ、とにかくあせっていた。
それしか考えなくなってたと言える。
そこまであせる意味があったかどうかは、今となってはよくわからん。
なにがやりたいとか、特にない。
自分の中では、
意味もなく一区切りできていて、
納得もしてるし、後悔もこれっぽちもない。
でも、
人と会うとやっぱりちょっと違うなって思ったりするもんやなあ。
ものすごく疎外感を感じる。
自分一人大人になりきれん違和感を感じる。
なんか正直ちょっと恥ずかしかった。
しばらく引きこもりしてたせいで、
社会の空気に触れるのが恐ろしくなってたのかもしれん。
引きこもるっておそろしいなと思う。
すべてが自分のなかで完結してて、
生きることになんの努力も必要とせえへん。
ずっと会社に不満を持ちながら働き続けることが、
一方ですごく楽なことやと思ってて、
少なからず、
その楽な生活を捨てて、
難しい選択をした気になっていた。
どうやらそれは違う。
引きこもることの方がずっと楽で、
一度楽な場所を見つけると、
そこにしがみついてますます逃げ出せそうにない自分がここにいる。
怖くて震えた。
久しぶりの東京のまぶしさに足がすくんだ。
時間をつぶしに入った漫画喫茶で、なんだか涙が出た。
ここ1年ぐらい特に、
いろんなことで取り返しのつかんことばかりたくさんしてて、
後悔と諦めと反省の気持ちが頭の中を錯綜してる。
そういう気持ちを打ち払いたくてとる行動のすべてが、
悪いほうにしか向かってないのが、うすうすわかってたのに、
結局いろんなことから逃げたくて、
今ここにいるんやと思う。
直らん逃げ癖で、すべてを失いつつある。
ついこの間、じじいが亡くなった。
なんていうか、特に孝行とかしたこともなく、
ちゅうかはっきり言ってしまえば孝行など意識すらしたこともない。
頭ではわかってることやけど、
人は死ぬ。
それはわかっとる。
わかっとることやのに、
いざそのときが来てから、
孝行しなかったこととかを後悔するなんて、
単なる偽善にすぎないと強く思う。
そしてまた、それでもそんな後悔を考える自分の偽善者ぶりに、
ほとほとあきれる。
そしてそして、
そんな自分にほとほとあきれつつも、
それでもきっと自分が偽善者であり続けるというのは、逃れることのできん事実なんやなあ。
いかなるときでも、腹は減るし眠くなる。
おかしい時に、急に泣きそうになる時だってあるし、
その逆もある。
当たり前のことなんやけど、
自分の中にいろんな矛盾がある。
そのほとんどがねじれの位置にあって解決することは決してない。
解決できない矛盾が確かに存在することを、
自分の頭がどうにも納得できなかったりして、
なんとなく適当な理由をつけて自分を納得させようとするんやなと思う。
いまみたく引きこもることは、
死ぬまで引きこもり続けることが現実的に不可能なこととか、
仮に可能やったとしても、自分の気持ちがそれをよしとしない時点で、
矛盾を抱えてる。
解決できる矛盾と、そうでない矛盾があって、
そうでない矛盾は、表面上解消することができたようでも、
実際は形を変えて、確実に存在し続ける。
そんなこともわかってる。
問題点もわかってる。
そのなかに取り返しのつかんことがあるのもわかってる。
それでもまだそういう矛盾を解決したがったりする自分が気持ち悪い。
限りなく、しつこい芸風であるがゆえに、
淡白を装ったりする自分が気持ち悪い。
基本的には自分だけの時間を生きてるから、
その間に周りの人もそれぞれの時間を生きてるってことを、たまに忘れることがある。
自分の1分と、人の1分は違う。
当たり前のこと。
でもすぐ忘れる。
自分の26年と、人の26年とがずいぶん違うような気がして、
つか当たり前に違うんだが、
不安に襲われる。
不安に襲われるから、
変えてみたりするんだけど、
変えてみたところで結局不安が変わるわけじゃない。
吐きそうになる。
さぶい奴はずっとさぶいし、
すげー奴はずっとすげー奴だと基本的に思ってるんだけど、
さぶい奴もちょっとすげー奴になっていったりするし、
すげー奴でもちょっとさぶくなっていったりするんやなと今ちょっと思う。
自分の1分と、人の1分は違う。
すぐ忘れるけど、当たり前のこと。
自分が気持ち悪い。
東京はいろんな人の1分があって、まぶしいなあ。
2004/03/02
負け犬1号
いままでで一番ひどい文章だなこれ。
ただ暗いだけの。
まいったまいった。