地獄である。
世の中、マゾのやつが想像以上に多い。
合宿前に富士山に登ったりとか、
山中湖まで歩いていったりとか、
旅行は発展途上国にしか興味がなかったりとか、
自分でも自分をマゾだとは思っていたが、
いくらなんでもそりゃないだろというところまで、
追い込まれている。
追い込まれて追い込まれて、
むちゃくちゃ忙しい状態になると、
なぜか忙しさ自慢を始めている自分がいて、
死ぬほど不愉快な気分になる。
それでも、
やっぱり忙しさ自慢はとまらない。
別に忙しいのがえらいわけでもなんでもない。
んなことわかってるんだけど、
なんでそうなっちゃうのかね。
自分でも不思議だ。
この1週間は、
リーマンはじまって以来のまさにくそ1週間で、
変な意味で、記録は更新されるためにあるみたいな感じだった。
水曜にいたっては、寮に帰らなかった。
しかも仮眠時間も一切なし。
必死に仕事こなしてたら、
7時ぐらいから早起きのおじいちゃん社員とかが出社し始めて、
激萎えした。
おじいちゃん社員は、早く来ても別にすることもないので、
ひたすらぼーっとしていたが、
そんなおじいちゃんを尻目に、
ぶっ通しで木曜日に突入し、
木曜日はさくっと帰れるかと思ったら、
結局会社を出たのは、金曜の朝3時だった。
金曜日こそは早く帰れるのかと思っても、
そんなはずもなく、
土曜日の朝7時にようやく工場を出ることができただけ。
ね?
さすがにやばいでしょ?
と、
他人にその悲惨さを伝えることで、
なんか俺がいかにがんばっているかということを、
アピールして満足しているわけですよ。
おそらく。
30代半ばの、マゾ最高峰のおっさんどもは、
「俺は、3完徹したことあるよ」
とか
「1週間、家帰ってないぜ」
などと、
ほざいている。
なんでちょっと誇らしげなのかね?
まあ、本当につらいことを、
本当につらい様子で語っても、
語るほうも語られるほうもへこむだけな気がするから、
そういう意味ではまあわからんでもないんだけどね。
人間いけるところまではいけるもので、
なんとか地獄を乗り切り、
今こうして、3連休(といっても土曜は朝まで仕事してたし、日曜も会社に行っていたわけだけど)
を過ごしている。
それにしても、
我慢っていったいどこまでいけるものなんでしょうか?
あるラインを超えると死ぬ、
とすると、
自分はそこまで行ってしまうんではないかと思うんですよ。
どうも。
そんなわけで、
とんだ我慢大会にエントリーしてしまったわけですが、
誰かにエントリーを取り消す方法を教えてもらわないと、
意味不明な競争意識でがんばってしまいそうです。
恐ろしいですね。
そうそう、
恐ろしいといえば、
東京温泉。
東京駅の地下にあるサウナなんですが、
知ってる人いますかね?
徹夜した日に、いくらなんでも風呂ぐらい入りたいってことで、
得意先に行く途中で、行ってみたんですが、
すごいんですけど。
人が服脱いでんのに、
ずかずかロッカーまで進入してきて、
「お洗濯いかがですか?」
って、この世のものとも思えないばばあが寄ってくるわけですよ。
しかもありえないことに、
ロッカー以外の部分が総鏡張りで、
どの方向向いて脱いでも、
ばばあに裸を見られてしまうわけですよ。
「ズボンのプレスはいかがですか?」
「450円です。スグできます」
・・・って死ね。
しねーよプレスなんか。
さんざん見られた後、
風呂場に行ってさらにビックリ。
ばばあの数、30人は下りません。
大して需要があるとも思えない、
マッサージ&あかすり要員のようですが、
なんで俺の入浴姿を、ずっと監視されなければならんのでしょうか。
マッサージ台の数よりはるかにばばあの数のほうが多い気がするんですが、
っていうか確実にばばあのほうが多いんですが、
なんのために突っ立ってるんでしょうか。
ちなみに、
そのばばあたちに敬意を払ってかなんだか知りませんが、
入浴には、意味不明なダボダボパンツをはかなければ、入浴はできません。
着替えのときに、
すでに洗濯ばばあにすべてを見られているという事実はまったく無視で、
とにかくステテコを短くしたようなパンツをはかなくてはいけません。
ばばあといっても女性ですから、
一応モラルを守らなくてはなりません。
風呂場は、
隅々までばばあの監視の目にさらされ、
おそろしく居心地の悪い入浴をすませ、
そそくさとあがることにしました。
ていうか当たり前です。
入浴しながら、
「なんだこれ?」
「意味わかんねえ」
というせりふを何回言ったかわかりません。
風呂場の出口には、
当然ばばあがわんさか。
出口付近でも15人はいるでしょう。
で、
さっさとロッカーに逃げ帰ろうと思ったら、
ばばあであふれかえる出口に、
「パンツ」
と書かれたランドリーボックス(?)があるのを発見。
何?
どういう意味?
正常な頭で考えれば、
「パンツ」といえば、自分がはいているまさにそれのこと以外にないんですが、
「パンツ」ボックスを取り囲むばばあたちの姿を見て、
すっかり動転してしまい、
本当にここで「パンツ」を脱ぐのか、
まったく寝ていない機能停止状態の頭で必死に考えました。
結局、
ここで当たり前のようにパンツを脱ぎ捨てるつわもののおっさんが現れるまで、
俺は風呂上りはのんびりパンツを脱ぐんだぞ芸風を装い、
ねばってはみたんですが、
つわもののおっさんどもは、
そもそもばばあの監視にさらされてもまったくなんてことないからなのか、
どいつもこいつものんびり入浴しやがったので、
その場で脱ぐ光景を目の当たりにすることもなく、
かといって俺がその場で脱げるわけもなく、
ロッカーまで逃げ帰りました。
泣きそうになりながら逃げ帰る背中のほうで、
「あら?パンツぬがないの?」
という殺人的な発言が聞こえたので、
やはりその場で脱ぐルールだったのは、間違いないようです。
その場でパンツ脱ぐんだったら、
そもそもばばあに敬意を払ってパンツはく必要ないじゃんという話が、
今までに東京温泉で議論されたことはないんでしょうか。
帰りにロッカーで着替えているときも、
洗濯ばばあは始終うろうろしていました。
ちなみにお値段は2,300円
今の僕の生活は、
どこに逃げたって地獄である。
2002/10/14