ひさびさになんか書こうかなと思うわけで。
気がつけば、USオープンが終わっていて、
決勝は、いわば僕らの時代の人、サンプラス対アガシだった。
大体ミーハーな人はアガシを応援して、
ちょっと本格的にテニスを好き風なやつはサンプラスを応援する。
僕は、もちろんアガシを応援する側の人間だ。
高校の時はアガシのはいてる靴をいつも履いていたし、
振動止めだって、本当に効くのかどうかわからない輪ゴムみたいな振動止めを
わざわざ探して買って、つけていた。
ハゲてはいなかったので、バンダナとかはしてなかったけど。
バンダナまで買ってるやつは、ハゲる気満々なのかと思っていた。
んなことはともかく
この対戦のときは、お互いすさまじいプレーの応酬で、
いつ見ても、鳥肌がたつくらい面白い。
僕が記憶している限りでは、
大一番で対戦したときは、
必ずものすごい試合にはなるものの、
あと1歩のところでサンプラスのありえないプレーの前に、
屈することが多かったような気がする。
その対戦が、また今回のUSオープンで実現した。
彼らの年齢を考えれば、
決勝でこの二人が対戦することなんて、
もうほとんどないかもしれない。
ましてや、
その対戦自体、
そうそう見ることはできないだろう。
そういう対戦だった。
でも、
僕はその対戦を見なかった。
決勝のカードがその二人であることは、
人から聞いて知っていたけれど、
僕は見なかった。
理由は、
それが「月曜日の朝」の試合だからだ。
わかりやすく言うならば、
「月曜日の仕事に差し支える」からだ。
なんだ?俺は。
いつからそんな人間になってしまったのかと。
中途半端に十分な睡眠で迎えた月曜日にいったいなにがあるのかと。
昔、ビックリマンとかめんことかすげー本気で集めてたけど、
なんか急にそんなことどうでもよくなるあの感覚っていったいどこから来るんだろうか。
そういえば、ノックしないで部屋に入られるのを、
信じられないくらい嫌がっていたけれども、
いまとなっては、そんな感覚すっかり忘れてしまっている。
あれほど大嫌いだった八宝菜が、普通に食えるようになっている事実とか、
そういう不思議さにも似ている。
よく言えば、
なんかしがらみみたいなもんから開放されているというか、
自由になっているってことになるんだが、
別の言い方をすれば 、
あらゆるものが、「なんでもいい」っていう状態になっている。
だんだん世の中にかわいい子が増えてる気がするのも、
そういうことか。
昔なら腹を立てていたようなことが、なぜか許せるようになっていることとかも、
そういうことか。
「自由になること」と「なんでもいいこと」は、
たぶん共存していて、
どちらかを一方的に選ぶことは、
そうそうできそうにない。
かといって、どちらも選ばず、今のままを続けることがいいのかというと、
別にそうではない。
結局いろいろ考えて、
「自由になる」もとい「なんでもいい」ことを、
選ぶ自分がいるんだと思う。
僕は、
2002年の僕は、
サンプラス対アガシを見なかった。
「自由になった」わけではない。
「なんでもよくなった」わけですらない。
ただそれが悔しい。
久々に更新しようと思ったら、
さっぱりさぶくなってしまいました。
ポテンシャル1号
2002/09/16