LOSに着いて


 

1989年9月2日ロスアンジェルスについた。

あてなんてなかったけどとりあえずカリフォルニアの日本人新聞を見て住む所がついているレストラン、ロングビーチにある「須磨」と言う日本食レストランに雇ってもらいました。

アメリカとはいえ、麻薬関係には縁のない人のほうが圧倒的の多いので、何のルートもない僕はしばらく様子を見ていた。


しかしすぐそばでルートを確保、なんとここ須磨で寿司を握っていた通称「キノ」と言う日本人がクサを売ってくれた。

クォーター(4分の1オンス、7g)で30ドルだったと思う。

このキノって言う男がレゲイ、ラスタマンかぶれで、菜食主義で、寿司バーでも自分で持ってきたラジカセで頼んでもないのに客にレゲイを聞かせる、変わった寿司職人でした。

ラスタマンから買っただけあってなかなかナイス跳びで、他に何のルートもナイ僕は彼からは何度も買いました。

須磨の従業員寮、通称須磨ホテルでは最初回りの人間に毛嫌いされたが、僕の人間性でカバー、アメリカとゆうこともあり黙認状態となった。

知り合いもかなり増えて2ヶ月ほどで須磨をやめ須磨の社長の別の会社のトラックの運転手に転職、同時にロングビーチからトーレンスに引越し。

そして近所にあるビリアード屋MR・LUCKYに毎日行くようになる、ここでルートが変わっていく。

このビリアード屋から泥沼ドラッグライフが始まるく。

トラック運転手も長くは続かずやはり夜の仕事に変わって行く。

ドラッグライフに昼間の肉体労働は無理がある・・・