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母の日を目前にした、5月3日の早朝
昭和、平成と生き抜いた私の母が他界しました。
体を壊して検査の為入院してたのですが、
連休前ということで一度にたくさんの検査をして
それが原因かどうかはわかりませんが
夜中に不整脈が出て、そのまま帰らぬ人となってしまいました。
前日も、私たち家族が見舞いに行って話をしていただけに
ショックは大きかったです。
しんどい・・・検査は痛い・・そういっていた母に
「頑張って」と、声をかけて帰ったばかりの夜中でした。
病院から、「至急来てくれ」の電話があって
眠ったばかりの私は、一人で病院に向かいました。
病室に入った私が見たものは、心臓マッサージを受けている母の姿でした。
「20分前からやっているんですが・・・」と、医者の言葉。
心電図は、横一直線で、「多分もうだめでしょう・・・」
その一言で、私は、何をしたらいいのか解らず
ただ、うろうろするばかりでした。
ベッドに横たわる母は、まるで眠っているようなのに
何をしても目を覚ましません。
不思議なもんで、人間いつかは死んでしまうのに
自分の親だけはいつまでも元気でいるもんだ・・・
そう思ってました。
母は、腸の検査の為入院していたので
数日間、何も食べていませんでした。
検査が終わったら、ちゃんと食事が出来るんだ。
それを励みに頑張っていた母に、最後におなかいっぱい
ご飯を食べさせてやりたかったです。
5月17日で、73歳になる母。
幸せな人生だったんでしょうか?
いつも、母の日と誕生日を一緒に済ませてしまっていた息子が、
最期をみとっていましたよ。
今ごろ、ゆっくりしていますか?
私たち家族を見守ってやってください。
平成 12年 5月 義孝・千恵子・克翔人・真実愛 より
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