マッターホルン登頂記

 1999.7.23−31

日本アルプスを一通り登り終えた人なら誰もが、「スイスアルプスに行きたい!」と思う。近代アルピニズム発祥の地スイスアルプスの旅は、目にする物すべて感動の連続でした。最後まで登頂できると思わず、スイスでアルプスを一望できれば幸いと、またツアーメイトの応援もあって行く決心をしました。

はじめに

登頂記


はじめに

 

 マッターホルンってどこにあるのですか?

アルプスは南はイタリアのニース北方、ゼクラン山群ハンアーズ山群に始まり、フランス領モンブラン山群から東へスイス・イタリア領に入り、東はイタリア・ドロミテ山群とオーストリア・チロルに終わる。スイスアルプスはフランス領シャモニーを中心とするモンブラン山群(モンブラン、グランジョラス)、グリンデルワルトを中心とするベルナーオーバーランド(ユングフラウ、メンヒ、アイガー)、ツェルマットを中心とするバリスアルプス(マッターホルン、モンテローザ)、サンモリスを中心とするベルニナ山群があり、マッターホルンはバリスアルプスにある。マッターホルン山頂はスイス領とイタリア領にまたがる。

 

ツェルマットへは、ジュネーブ(スイス西端、フランス領との国境近く、レマン湖のほとりにある)よりローヌの谷を東へ鉄道または自動車でさかのぼり、フィスプより右へマッタータールを南下する。自動車の場合はツェルマットに侵入できないのですぐ手前のティッシュの駐車場に車を置き電気自動車または鉄道ではいる。

 

 気候とクライミング適期

ツェルマットの気候はほぼ日本の上高地程度と思われる。五月のツェルマットは雪の中、スキーシーズン真っ最中である。クライミング適期は七月下旬〜八月下旬。登攀の難易は雪の量に大きく左右されるため、七月上旬では残雪が多すぎる。又、鋭利な山頂は上昇気流を生じ、八月を過ぎると昼過ぎから夕立や雷が毎日起きる。

 

服装は七月〜八月のツェルマット市街では半袖に長袖ジャケットでよい。登攀には四月〜五月の日本アルプス程度で、ゴアテックス雨具上下、長袖シャツ、フリース、オーバー手袋、長スパッツ、目出帽がいる。

 

 ルートと危険

主な危険は岩場での滑落と落石である。八月を過ぎると夕方雷が起きやすいので午前中〜3時ころまでに下山する。

 

ルートはヘルンリ小屋から登るヘルンリ稜(北東稜)が一般ルートで、他にイタリア側のフルッグ稜、ツムット稜、リオン稜、三大北壁のマッターホルン北壁へはヘルンリ稜下部から入り上部で合流する。ヘルンリ稜は山頂までほぼ全行程が23級の岩登りである。詳しいルート解説を以下に示す。

 

1. Hornli hut

2. Im Steinschlag(悪いルートをとると落石の危険)

3. Eseltritte(アッシュのステップ)

4. Alte Hutte(旧ヒュッテ)

5. Gebiss

6. Unterer Moseley Platte(アメリカの登山家モスレー氏(1879)による。逆層の岩で凍ると登りにくい)

7. Solvay Hut at 4003m(避難小屋)

8. Oberer Mosely Platte

9. Unterer Roter Turm(このへんでアイゼンをつける)

10. The Shoulder

11. Oberer Roter Turm

12. Fixed ropes on north face

13. Fixed ropes on ridge leading to summit snow slope

14. Swiss summit 4477,5m

15. Italian summit 4476,4m

ソルベー小屋まで2.5時間、山頂まで2.5時間、下降5〜6時間、計10〜11時間(Woodgate Press, “Matterhorn Vision”by BrianBonner)

 

地図はいろいろありますがオフィス・ド・ツーリズムの「ツェルマット」には主要なトレッキング道と時間がありよかったことと、インターネットの参考文献書籍にある程度のルート解説があり(すこし古い)、また山頂付近の銅像やイタリア山頂十字架の近辺、写真入のホームページもあり重宝しました。友人から借りた山行記本も大変参考になりました。

 

 必要技術

通常のアルパイン技術、アイゼンワークが必要。またアルパインルートの登攀と積雪期アルパインの経験が必要。私は蓬莱峡の全ルートをアイゼンおよび登山靴で登れることと、スラブを手無しで上下できること(スラブ、階段状共)を練習した。山頂からは長い下りが続く。登りだけでなく下りも歩くので、階段状の2級ルートは手なしで危険なく歩いて下りられること。

 

ヘルンリ小屋で3260mの高度であり、そこから4478mの山頂まで快適にクライミングが出来る体力が居る。陸上の高所トレーニングを考えれば判る様に、高度があればそれだけしんどく、心肺機能が要求される。4003mのソルベー小屋で1回、山頂で1回の休憩で、ソルベー小屋まで2〜3時間以内、山頂まで4時間以内くらいで登ること(普通のゲレンデをスピーディーに連続して登る感じで、4000mの高度でも連続して45時間の岩登りが出来ること)。私は春のハーフマラソン、夏の12時間山岳マラソンに向けて、10〜20kmのジョギングを続けていた。

 

 確保の仕方

ヘルンリ稜は一般ルートなので、一定の間隔で確保支点がある。ザイルはコンテで2人で組む。確保支点は直径3〜5cm程、長さ0.5〜1mの太い垂直に打ち込まれた鉄棒|、またはブタの尻尾で、要所でガイドが登る時はそこにザイルを23回巻くことで確保する。ガイドは登り終えると上で同様にザイルを巻き付けて確保体制を取り、登山者を登らせる。下山も同様。

 

 マッターホルンの初登頂は?

18657月に、イギリス人登山家ウィンパー以下7人がヘルンリ稜より初登頂を果たす。隊員のうちガイドを含む4名が下降途中で墜落、ザイルが切れて死に至った(現在下部フィクスロープ付近)。

 

 山小屋の生活

ヘルンリ小屋の中は1階が食堂、2階以上がベッド室となっている。登攀を目的とする人々と、観光を目的とする人々とが混在している。登攀を目的とした人々は翌日早朝に備えているので、ベッド室内での私話、荷物も外に置くこと、自分の荷物が他人の物とごっちゃになりなくならない様に管理することを注意された。また登攀前日の宴会は禁物。手際よく必要な準備を行い、祝杯は登頂後に下山してからする。水は売っているが高価なのでツェルマットから持ち上げるのがよい。食事は夕、朝ともおいしい。朝はドイツ式のパンと冷朝食が、時間がかからなくて良い。

 

 ガイド申し込み

トレッキングルートではないアルパインルートの登攀にはガイド申し込みが必要。アルパインセンターで受け付けている。私はツアー会社でやってもらった。

 

 渡航準備

スイス入国のためには滞在日数以上の残存有効期間のあるパスポートが必要。ビザは入らない。

航空路は日本からチューリッヒ直行便約12時間、ジュネーブへはフランクフルトまたはチューリッヒ経由で約13時間プラス乗り換え時間。

 

預ける荷物の重量は、航空券がビジネスかエコノミーかによって異なり、エコノミーで20kg以内である。アイゼン、ピッケル、登山ナイフはリュックに入れたほうがいいというが手荷物でもOK.。食料や水は現地スーパーで日本と同様に十分手に入るが、プリムスガスはなくキャンピングガスかコールマンなのでガスヘッドに注意する。ガスは機内に持ち込めず現地購入となるからである。登山用品は現地スポーツ店で貸出しもあるが高価なので持ち込みが原則。預ける荷物は、スーツケースでなくリュックの時は、抜き荷防止のためガムテープなどでふたを補強し、必ず南京錠をつける。

 

時差は3〜9月が7時間、その他は8時間、生活時間はたとえば山岳博物館10:00〜12:00、16:00〜18:00。通貨はスイスフラン、1SFr=82円(1999年7月)。言語はジュネーブはフランス語、ツェルマット以東はドイツ語だが英語が良く通じる。

 

 費用

往復航空券、ホテル滞在費、ツェルマットまでの鉄道費、ロープウェー代、食費、ガイド費用など


登頂記

 

1日目

関西国際空港を9:40出発し、フランクフルト経由で17:05ジュネーブにつく。飛行機より見えるヨーロッパ北欧のフィヨルド、ドイツのおとぎばなしのような街並み、一直線に伸びる高速道路、一面に広がる田園風景が、一つ一つ感動的だった。ジュネーブ空港で待ち時間中に、シャモニーにむかうガイドと話す機会を得る。マッターホルンの落石の話を聞かされる。これまでの落石に関する知見を頭の中でまとめる。「なにぼけぼけしてるんや、早く登ってしまわんかい!」「こっちで待ったらあかん、落石の通り道や、そっちで待っとけ」「そっちいったらあかん、落石おちる」とかいわれたことが思い出される。ガイド自身が危険を感じたら登れない。少しでも注意を怠らず、ガイドが私の安全を気遣う以上に、安全に留意し、少なくともガイドを危険な目に合わせることの無い様気をつけようと思う。彼の友人に「ぜひ登頂成功してください」とはげまされる。

2日目

チャーターバスでジュネーブよりローヌ川をさかのぼりツェルマットに向かう。シオン城、ひまわり畑、岩頭に建つ寺院と城、リルケの里シェール(ワイン「シェール」の産地でもある)、一面のブドウ畑、レッツェンタール、ホテルの送迎電気自動車に乗り換え昼前にツェルマットに着く。昼から時間があって、スネガにトレッキングに行った。お花畑の合間からマッターホルンが美しい。のんびりしたトレッキング道に古い木の家が昔ながらのスイスの雰囲気を残している。休日なのであちこちに西洋人がこうらぼしをしている。夜はべガで買ったルート図でツアーメートと登攀ルートの話になる。

3日目

朝から8:00AMロープウェーでクラインマッターホルンに登り、そこからブライトホルンに登る。各々3〜4人が一パーティでガイドを先頭にザイルをつけた。氷河を渡り終え少し登ったところでアイゼンをつけるために休憩、あとは一気に山頂に登る。その無駄の無く完全にコントロールされた行程にスイス・アルピニズムを感じました。ブライトホルンが充分登れることが必要と山行記にあったのでがんばって登り降りの姿勢にも気を付けのぼり、”You are a good climber"といってもらい大変うれしく思いました。自分でも楽に登れたと思います。山頂ではぎざぎざのアレチホルン、モンテローザ、遠くにモンブランと山の名前を紹介してもらう。斜面を背にしない、休憩もビレイを離さない、写真とか足場を一歩一歩たしかめて、行動食はすぐ食べれる形にしておくなどの注意を受けた。昼前に山行は終了しツェルマットに下りて昼食を取る。

4日目

昼からヘルンリ小屋に向かう。それまではホテルで時間があり、登山家の主人の備えていただいた望遠鏡でずっと登る人を見ていた。7:00にはほとんどのパーティーがソルベー小屋を越えている、8:00には下山にかかっている。ルートが非常に良く分かり、ルート本も手伝って、説明会で口頭で教わったルートに付き実際のルートを、通過時間、停滞個所、雪の状況などについて、非常に詳しく頭に叩き込むことが出来た。ヘルンリ小屋へはロープウェイ終点のシュワルツゼーからトレッキング道を2時間ほど歩く。取り付きから上部に見るマッターホルンはすごい迫力でした。ルートを確かめに登っている人が居たので目で追って取り付き付近のルートを確認する。小屋でザイルを組むガイドを紹介される。英語を良く話す若い方で、もって行く荷物と入れる場所(使う順、脱いだセーターを入れる場所、雨ブタには何を入れる、など)の話をした。バスケットに並べて完全に把握して、無駄無くすぐ取り出せるようになった。当日は朝食後3:45出発できる様にとのこと。

 

5日目

朝早くツアーメート達と朝食を済ませ用意をして外に出る。外はまだ満天の星空。登り口はヘルンリ小屋を左に抜けたところ、少しハング気味の岩棚で上り口数箇所に各々ロープが下がっている。遭難碑がいくつかある。昨日見ておいたので暗がりでも大体判る。ここを登り越した後左へ道を歩き、次に少し雪の残る右の大岩へぬけ、その岩の裏の岩壁を直上する。私のパーティーは少し出発が遅かったが、ガイドはいくつものルートを熟知している様子で遅いパーティーを次々と追い越して行く。すごいなーと思いながらついていく。登り口で暗がりの中のボルトを見落とし少しザイルにテンションがかかるがslipping situationとかなり言われたので決してテンションをかけない様かなり注意して登る。したがって少しでも登りに困難を感じるところでは登り方を聞いた。登りにくく感じるところは全行程で3ヶ所だった。少し行くと微妙なトラバース。少し上に、左へ回ってすぐ少しハングしたところが渋滞していた(確保支点あり)。ガレ場と数箇所の残雪があったがアイゼンなしで行く。ガレ場は落石の危険もあり早い時間にすばやく抜ける必要があるようだ。モスリープレートの少し下で夜が明ける。「どうだい」ときくから「It's wonderful.」と答えしばし景色を眺めた。モスリープレートは長い逆層の岩場で途中2個所ほど登りにくいところがある(確保支点あり)がソルベー避難小屋までは比較的簡単。小屋で5分ほど休憩する6:30AM

小屋の上部には2ヶ所フィックスロープがあり、ロープ間(肩のところ)は高度感のある細い稜線を歩く。「How do you feel? Feel nice?」というから「I feel nice.」と言った。下部フィックスロープも混雑していたので左のトラバースルートを行く。下部フィックスロープ付近は上記英語本にも落石事故が載っている場所で、混雑を避けたのであろう。左のトラバースルートはクラックとカンテをレイバックとふりを使って登るようなすこしムーブの要るルートで5.9か5.10aくらいあるように思えた。しかしフリークライミングのたしなみもあり登り方を良く見てといわれわりと簡単に越せた。ここがマッターホルンのクライミングの核心部であろう。少し上の雪田でアイゼンをつけた。上部フィックスロープは数段ある人の高さ〜倍の高さの小ハングの連続でガバが多い。フィックスロープを越すと雪田に出る。アイゼンワークはよく出来ているようにいわれた。頂上直下の雪田には銅像があり目印になる。このへんで登頂を果たし下りてきたツアーメートに合い「Congratulation!」と感動に浸った。「頂上まではすぐだよ、下で待っている」。ここでガイドに登頂するかどうかを聞かれたが、よろしくお願いしますと言った。友人があんなに喜んでくれている。雪の斜面を1時間ほど登り8:00AM頃スイス山頂に着く。イタリア山頂には行かず写真を撮ってすぐ下る。

下りは確保してもらってザイルにテンションをかけて懸垂に近い形でかなり下まで降り、避難小屋からは大体歩いて降りた。モスリープレートもかなり歩いて降りられる。降りにくい1個所は懸垂した。全体を通じてマッターホルンの核心部はモスリープレートよりもフィックスロープ付近と落石だと思う。下りは階段を見てトントン降りるようにいわれた。あまり南側に回りすぎると岩がもろく落石するのでルート上を行かなければならない。下降は延々と続き、嫌になったころヘルンリ小屋の上に来た。1:00PM過ぎに終了。取り付きで待つツアーメートに会い、また登頂を祝いあった。登頂できたのは7人中3人であった。一緒に登ってくれたガイドに「有り難うございました」とお礼をいい「一緒に登ったマッターホルンの一つ一つの情景を私は一生忘れないでしょう。この山行は私の人生で最高の思い出の一つです。」と言うと「君ががんばって登ったんだよ。」と言いながら登頂証明書を書いてくれた。ツアーメイトとツェルマットに降りてから遅い昼食を取り団欒した。

6日目

予備日。あいにくの雨のなか、ゴルナグラートに行く人と別れ、ツェルマット観光をする。夕方フォンデュを食べながらスイスワインで登頂を祝った。

7日目

鉄道でジュネーブへ。半日ジュネーブ観光をする。カルバンやルソーの足跡を訪ねる。国連を見に行く。

8−9日目

飛行機で大阪に帰る。

 


 

終わりに

  1. スイスの山々の写真を幼いころに見てあこがれていた。万年雪を頂きそそり立つ岩峰、そこから落ち出る氷河、岩と雪の世界が目の前に連なっていた。その氷河を渡り、岩と雪の巨大な岩山の登頂を果たしたんだ、と思った。私はマッターホルンの一つ一つの情景を一生忘れない、この山行は私の人生で最高の思い出の一つであろう。・・・日本の山は小鳥のさえずりを聞き花の歌を歌う。外国の山は岩と雪の世界。この地球は小鳥のさえずりや花の歌で出来てはいない。岩と雪の練習は外国を夢見ることにある。
  2. スイスに行ったのはユーゴ内戦の停戦協定が結ばれた直後で、ツェルマットから帰る途中でも戦車の乗った車両を沢山見かけた。平和であるからこそ安心して外国の山に行けることを痛感した。
  3. 私はクライミング練習中よく怒られたし、さとされたり教わったり大変でした。「何やっとんや、ボケ!」「何ボヤボヤしてんねん!」と怒られながら学んだことが、一つ一つの場面で思い出され、これがとても重要であったと思う。

 

 

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