三重県民の森〜湯ノ山〜沓掛 (2005年10月23日更新)

日  時 9月22日(木)夜行〜25日(日) 夜行2泊3日(車利用)  天気 23日うす曇 24日晴 25日曇

参加者  旦那 鯛造 安ベー 庵

コース 22日 庵宅10:30―(車)―23日3:00三重県民の森(仮眠)

23日 県民の森7:40朝明渓谷8:19―風越峠9:10―希望荘10:00―蒼滝11:30―12:00御在所ロープウエイ駅(ロープウエイで御在所岳頂上へ登山?) (湯ノ山温泉から丸山林道分岐までの間が、土砂崩れで通行止めのため、迂回路を歩行)―湯の山温泉駅2:00―3:30宮妻口(車)―鳥居道山キャンプ場(泊) ※(旦那 庵は宮妻口に車を置き、逆コースを歩き、ご在所ロープウェイ駅で合流) ◎キャンプ場近くの「希望荘」で温泉入浴と夕食  歩行時間6時間20分 歩行距離17.7Km

24日 キャンプ場(車)―宮妻口8:35―9:10山蛭の気配を感じ、スパッツや「山蛭バスター」撒布等の対策を取る―10:00椿大神社10:10―14:10石水渓キャンプ場で打ちきり、サポートの庵さんと合流して車で買物を済ませ、鳥居道山キャンプ場に到着後、「希望荘」で入浴。夕食はバンガローで取る サポートの庵さんを含め、全員が山蛭の洗礼を受ける 歩行時間5時間10分 歩行距離15.4Km

25日 キャンプ場(車)―石水渓キャンプ場8:20―9:30安楽越9:05―9:55かもしか高原(555m)―10:25山女原(アケビ)―昼食11:00―沓掛から逆コースを辿るサポートの庵さんとすれ違い、鈴鹿峠を目指す―12:10鈴鹿峠12:30―13:30沓掛(庵サンが置いた、車で坂下の庵さんを迎えに行き、次回の仮眠場所の坂下少年研修センターを確認)―帰途につく 歩行時間4時間30分 歩行距離15Km

費 用 \25,ooo/1名(高速代 ガソリン代 バンガロー代 入浴料 飲食費 ロープウエイ乗車券)

山行記
今回は出かける22日、会社で会議が在り、終わった後飲み会に誘われる。断り切れずつい1杯、2杯、3杯、8時頃家に帰り大急ぎでシャワーを浴び、着替えを済ませ旦那さんの迎えを待つと云うあわただしい出発でした。酒気帯びなので、運転は旦那さんと庵さんに任せて明日のため、英気を養うため、ひたすら後ろの座席でこっくりこっくり。

23日3時頃、三重県民の森着。おあつらえむきの公園の屋根の下で寝袋泊。初日は旦那、庵さんが車でサポート、中間地点で合流する事に。

私と安ベー氏で県民の森から歩き始め、しばらくアスファルトの登り坂、30分ほどして朝明渓谷から川を渡り、山道に入る。川を渡ったところで右に立派な階段、躊躇なくのぼるが途中の看板で、すでに歩き終わったはずの地名の標識に出くわす。しばし地図とにらめっこ、どうやら川を渡ってから荒れた沢沿いの道を直進のようであった。しばらく沢沿いの道を登って何気なく足元を見ると、前回からお馴染みになったあの憎き山ビルが,登山靴を這い上がってくる、この日に限って,用意して来た山ビルファイターも,車に忘れてくるし後悔しきりでした。この日の山ビルの数は今まで最高で,靴にもズボンにもTシャツにも,やたらとくっついている。長居は無用と風越峠、ほとんど休憩無しで逃げる様にハイスピードで登り下る。

麓、希望荘のそばの神社でホット腰を下ろし靴を脱ぎ、靴下を脱ぎ、山ビル検査。やはり靴の中に一匹、すねの上はすでに食われズボンは血だらけ(少しオーバー)

お昼頃、御在所岳ロープウエイ駅前で旦那、庵氏と合流、缶ビールで一杯。伊勢うどんで一息(名物うどん?おつゆは無く溜まり醤油を掛けたような感じ。やはり少し汁が欲しい様な)
 

            御在所岳ロープウエイ

御在所岳頂上は自然歩道のコースではないので、登山道を横目に見て涙を飲んでロープウェイで登山。鉄塔と鉄塔の間が非常に長いので霧の中を揺られて行くと、ゴンドラの箱自体が雲の中を登って行くような不思議な体験。

    通行止め標識 

24日も藪を通ったあと、やはりズボンに山ヒルが、この日は山ビルファイターをしっかり持参したので靴にたっぷりかける。

    宮妻口    第二名神橋脚

    
    十月桜   

25日は、いよいよ鈴鹿峠越え、でも思ったより呆気なく越えられた。旧東海道、遺跡を見学しながら今回の最終地点へ向かう。今回は天気には恵まれラッキーだったが2日目は気温が高くかなりきつかった。 鯛造記

   鈴鹿峠 万人講常夜灯

コメント
 

9月の山行は暑さとの戦いです。東海自然歩道を歩き始めて、年々暑さがこたえるようになりました。
庵さんとのサポートは、かなり体力を温存できました。鯛造さん、安さんお疲れ様です。三重県もあっという間に通過してしまいました。今回は、希望荘のお風呂がとても良かったと思います。次回の信楽越えが楽しみです。 旦 那

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