馬旅人の日記

放牧場の馬達に会い White Stone R.C. へ

 8/04(Sun) はふつうの営業や東京障害者乗馬協会(TADER)の乗馬会もあったのだが、僕はボケ〜っとして一日を過した。覚えているのは、ビアサーバーからいれた生ビールが最高に旨かった事。とても暑い日に、馬を見ながらベランダでビールを飲める幸せ。働いていた皆様ゴメンナサイ。TADER の乗馬会後にバケツに浸してあった西瓜を切る。夏を存分に楽しんだなぁ〜って気持ちになる。もちろん馬達も西瓜が食えて夏を感じたと思うよ。(^^;
 翌朝の8/05(Mon)、アパルーサと道産子の半血馬を蔵王の White Stone R.C.へ運ぶために小型馬運車に乗せて菊地さんと出かけた。戸隠の放牧場にいる馬に会いたいと言っていたら、菊地さんが搬送する馬を連れて都内を抜けずに、戸隠に寄ってから新潟経由で行こうと言うことになった。わ〜い。(⌒_⌒)
 戸隠では、紅葉台の馬達がノンビリのびのび暮らしていた。見たいと思っていた対州馬も馬達の群れに溶け込んでいた。人の好きな馬達の群れに入っているからだろう、対州馬も僕達の周り集まって来て離れようとしない。横からの馬の写真を撮るのに難儀した。カメラを構えていると、こっちに寄って来るからね。あ、僕はここで初めて馬に蹴られた。と言っても紅葉台の馬にではない。他所からきた馬も同じ場所に放牧されているから、お土産の人参につられてやって来た Pony だ。ひざ下に当り、そんなに痛くはなかったけれど、数日後あざになっていた。コノヤロ〜。広い放牧地じゃなければ捕まえて人とのルールをボコボコになるまで教えてあげたのだが、僕の代わりに菊地さんがすぐに手を下したのでよしとしよう。帰り際に馬達の群れから離れたその pony が僕達をずっと睨みつけているのが笑えた。
 菊地さんに戸隠蕎麦をご馳走になってから、蔵王に向けて車を走らせる。White Stone R.C. は紅葉台木曽馬牧場東北支部という看板を掲げている。牧場主の西田さんと菊地さんが親しいからね。確かに紅葉台の馬達も随分行っている。山梨から北海道を旅した「踏破」、牧場で草競馬に出かけると必ず入賞して帰ってきた「富士姫」もいる。東北自動車道の白石I.C. を降りてすぐの場所にあるけれど、牧場の場所は山の中にある隠れ里のような所で、外乗は色々なコースが楽しめそうだった。久々の西田さんにお会いして、またまた馬話に花が咲く。おいしい食事と温泉、ありがとうございました。今度は行くときは、今回運んだ
アパ・ドサンに乗れますね。彼女の前脚はすごく軽くてぜひ一度乗ってみたいと思っています。着付けの先生なのに、旦那様に代わって馬方をこなす奥様にもまたお会いしたいですね。(⌒_⌒)
 こんな感じで、午年の僕のウマウマ・ウイークは終了しました。一緒に遊んでくれた皆さん、ありがとうございました。

2002年08月06日
「サマーフェスティバル・イン小淵沢」

 今年のフェスティバルのポスターは影絵のように加工されているが、「蘭丸」と staff 千恵が Main で掲げられている。「巴組」が初めて参加した1998年のフェスタでも新聞紙上にカラー写真が掲げられた。それも「巴組」のパレードのものだったから、和種馬が正装していれば、着物を着ている美しい女性に目を奪われるのと同じことなのかもしれない。(^^; 馬だって大きさだけじゃ語れない。運動能力や立ち振る舞いの美しさが一目を引くのだろう。
 馬8頭、Staff2人、巴組を含む常連のほとんどが昨日から小淵沢へ行っていたから、牧場は菊地さんと Staff ウルシ の数人だけ。でもイベントの裏側でも本来の牧場の営業は細々と行われていたから、僕は午前中に三湖台までの営業を手伝ってから知人に乗せてもらって小淵沢へ。知人とは、この Site でも所々に写真使わせてもらっている林さんだ。Movie は毎年、徳永パパが記録に残してくれているから、それらは現在牧場でも見る事ができる。しかし、静止画像で品質が良いものがなかった。というわけで今年の写真は期待できると思うのでお楽しみに〜。
東京障害者乗馬協会もパレードへ参加 午後からのパレードでは、「巴組」に加えて東京障害者乗馬協会の友人たちも参加した。先週末のホースショウに参加した克 (Masaru) & 細川君が騎乗してTADERボランティアと一緒に参加。ボランティアで手助けしていただいた渡辺さん、許可を下さった実行委員会の方々、大変ありがとうございました。_o_
 夕刻のイベントが始まり、僕も4年ぶりに生で各種演技を楽しませてもらった。キュア、レイニング、カドリールと色々なモノが同時に楽しめるので、馬好きはどうぞ。ハリケンジャー・ショウ(僕達の世代ならゴレンジャーとかキカイダーだな)や花火もあるので子供達も楽しめるでしょう。そして「巴組」の武演が始まった。ポツポツと降った雨に少し濡れたほろも綺麗になびいていた。暑さにへたばっているだろうに、それらを感じさせない馬と乗り手だった。後ろ向きに矢を射るのは難しいのに、流石「巴組」の乗り手はきっちり的に当てて、観客から大きな拍手をたくさん貰っていた。流石に正装した和種馬8頭の演技は見ごたえがあるね。

【写真提供:Y.Hayashi 氏】
 使役で手伝いに来てくれた「らんこ」さんから見た Horse Festival 2002 もどうぞ。使役といえ、彼女もパレードでは種馬「蘭丸」に乗っています。それだけじゃなく、文章だってなかなか笑わせてくれます。(^^;
 巴組の演技終了後すぐに、迎えに来てくれたStaff ウルシと馬を4頭乗っけて馬運車に乗り込む。花火が始まる前に馬を競技場から出して渋滞する前に小淵沢を抜けるためだ。一旦牧場に戻った後、残り4頭を菊地さんが迎えに馬運車を走らせたが、残りの馬達が牧場に戻ったのは日付が変わった時刻だった。馬も人もホントお疲れ様。(⌒_⌒)
2002年08月03日
暑い夏の日差しの中、牧場でのんびり

 結局、8/03(Sat)まで、牧場でのんびり過した。ホースショウ翌日の7/29(Mon) は僕も宝春も疲れてて何も出来なかった。お客さんが少し来ているみたいだったけれど、僕は「宝春」の背中と脚をマッサージした程度。ホースショウで和種馬サイズではない「月影」の下乗りをして、全然リズムを合わせる事が出来なかったので腰が痛い。自分がヘタクソだと言うことは認識しているけれど、慣れないリズムとブリティシュ鞍で、僕の身体も自信もボロボロです。(T_T) 既に和種馬しか乗れない身体になっちゃったみたい。(^^;
 今年のフェスティバルで「巴組」がほろ引きをやると聞いていた。鯉のぼりの一番上についている吹流しのようなものを馬に乗った人間が背中に付けてたなびかせ、馬の歩様を見たりするものだ。これを常連コバちゃんが途中まで作ってくれたので続きを作る。和鞍から、流鏑馬の的、そしてこんな小物まで用意してフェスティバルに臨む。小淵沢のイベントだから、直接牧場の利益になるわけではないのだけれど、馬好きの人達に和種馬のカッコイイところを見てもらえると思えばこそ。まあ、一番大変なのは巴組の乗り手と馬達なんだけどね。
 翌々日は営業を兼ねて、久々に三湖台に登った。関西からわざわざ和種馬に乗りたいと訪れた女性と一緒だ。紅葉台・木曽馬の父「岳風」に初めてゆっくり乗せてもらった。暑い日差しが続いていたけれど、一歩木陰に入ればそこは木々に守られた別世界。自然のクーラーだ。風がとても気持ち良かった。
三湖台から望む富士山はガスで見えなかったけれど、西湖から吹きあがってくる風があまりにも気持ち良くて牧場に戻りたくなかったほど。「今年はお客さんが少なくて。」と嘆く菊地さんをよそに、僕は馬達のそばで久々にのんびりさせてもらった。(⌒_⌒)

2002年08月02日
「八ヶ岳ホースショウ」 2日目

 そう言えば、ホースショウに来るの何年ぶりだろう。たぶん旅に出た前年、1998年に「ホライズン」でビギナーズジャンプに参加させてもらって以来だな。そんな懐かしさを感じながら、TADER の皆と泊まった宿から朝餌に競技場に向かった。昨日、菊地さんに連れられて、紅葉台から「宝春」「月影」がやって来ていた。今日は TADER から数人がジムカーナ競技に参加するのだ。僕は競技者ではないので、お気楽観戦者+馬付き+記録係だったのだけれど、初めて接する「月影」をみる必要があったから少しキンチョー。と言っても彼女、競技場初めてくせに全然落ち着いてた。障害のバーの物見もしないし、よその馬を見ても興奮したりしない。きっと馬を馴らすための競技会参加だろうが、もしかしたら入賞できるかもね。それより「宝春」の後脚の方が気になっていた。先日、馬房で寝転んだとき脚をぶつけたみたいだったから。とりあえず朝見たときは、痛みも和らいだようで安心した。今回は TADER から 木内君、細川君がジムカーナに、夏樹ちゃんと田島ママがジムカーナL級に参加した。
木曽馬の名馬「宝春」 屋内馬場に仮設された馬房は一般的な馬の大きさに作られていたから、ポニーサイズの「宝春」には壁が高すぎて、頭を出すには少し辛そうだ。炎天下が続いていた上に、風が抜けない馬房はとても暑かった。人も馬もヘトヘトなはずなのに、16時頃から始まった競技時には、馬達も競技者もすっごく元気だった。アンタらの何処が障害者なんぢゃって思わせる位にね。「宝春」もすごく頑張ってくれた。後に競技の Video を見て、ある「宝春」の動きを菊地さんが指摘したのだが、これまた感動モノで、やっぱり「宝春」は名馬だという話しで盛り上がった。
 【壁が少し高いよね>宝春】 
【写真提供:「らんこランチ」 らんこさん】

 とりあえず競技会を無事終えた TADER の皆と別れて、僕は迎えに来てくれたコバちゃんの運転する馬運車に「宝春」「月影」を乗せて牧場に戻った。TADER の競技者、ボランティアのみんな、そして馬達、お疲れさま。とても楽しかったです。(⌒_⌒)
 牧場に着いて、まず最初に見たモノ。「北海道流鏑馬競技会」 Video 。配布版が出来上がっていた。北海道へ行けなかった僕も十分楽しませてもらったのだ。関係者には送付されるとの事だったので、お楽しみに〜。あ、牧場でも見られますよ。

2002年07月28日
ウマウマ・ウイークのはじまり

 表題は大層だが何のことはない。個人的なもの。たっぷり馬と関わりを持つってだけなんだ。毎年、この時期は水遊びを兼ねて九州へ遊びに行くのだけれど、午年の本年は馬と一緒に遊ぼうと決めた。7/27(Sat),28(Sun) 「第12回八ヶ岳ホースショー」、8/03(Sat) 「サマーフェスティバル・イン小渕沢」が開催されるからだ。
 7/27(Sat) 朝、僕は東京障害者乗馬協会 (TADER) の友人、知人達と車で小淵沢の山梨県馬術競技場へ向かった。中央道は混んでいたが、昼前に何とか到着。午後から行われるドレッサージュの試合観戦のためだ。この競技にTADER副会長・水野眞澄ネエと紅葉台でも良く会う田島ママが出場した。僕は真面目にドレッサージュ競技の観戦をした事が無かったので、一度じっくり観てみたいと思っていた。どうぜ観るなら知人が出ている試合をと思って一緒に連れて行ってもらったのだ。
 馬との関わりは色々な Style がある。僕は馬術なんて縁の無い世界で馬と接しているけど、やっぱりきちんと作られている馬は凄いなと思った。障害飛越競技に出てくる馬達より、もっと年齢が上の馬達が競技に参加しているようだ。収縮、伸長と乗り手の意向に従って動く馬。思いどうりに制御できるなら、乗っていて随分気分良いんじゃないかな。競技参加者は経路を覚えたり、競技会ということで緊張したりして、中々楽しむ余裕はないみたいだけれど。(^^;
 中には馬も自ら、気持ち良さそうに動いている場面も見えたりしてなかなか良かった。鞍の上で身体が踊ったり、拍車が振動のたびに馬に入っている人がいたりするんだけれど、馬達は皆我慢して頑張っていた。いや〜乗用馬って大変だね。でも、彼らを見ていると使われなくなった馬達より幸せなんじゃないかと思う。それは競技が始まって馬場に入ったときの馬達の姿でわかる。そこには乗用馬としての誇りみたいなものが感じられるからだ。まだ競技会を見たことがない人は一度覗いてみてください、馬と人の晴れ舞台ですから。(^^) あ、田島ママ入賞おめでとう。(⌒_⌒)

2002年07月27日
世田谷公園で馬に逢う

 暑い日でしたね。(;^^;) 二つ前の日記にあるように世田谷公園で行われた東京障害者乗馬協会(TADER) の乗馬会を覗きに行きました。僕は昨日の遊び疲れで昼過ぎから(^^; 途中で馬へのお土産(人参)を買ってね(^^)
 本日、紅葉台からStaff ウルシに連れられてやって来たのは、「宝春」「小鹿毛」「豊玉」「大吉」の木曽馬軍団四頭。7/07に牧場で会ったときよりも皆元気そうでした。とは言え、人間より高い体温を持つ馬達には今日の気温は大変でしたね。彼らの足の運び方がだるくて、そりゃそうだよって思いました。僕なんて日陰に入ってずっと座りこんでいたもの。毎度の事ながら、ボランティアの皆様ご苦労様でした。_o_ 今日は軽乗で馬に乗っているという中学生ボランティアも参加してくれてたみたい。若いPowerには圧倒されますが、皆女の子で元気な野郎がいないのが寂しい限り。
 そして前回、牧場に忘れて来たものをウルシが持ってきてくれたので、別ページで紹介します。なかなかいいでしょう〜?それに加えて、下記の北海道流鏑馬に使役で参加してくださった偽宝塚・甲州組、「富澤」「金田」「遠藤」女史達に乗馬会ボランティアの合間に流鏑馬競技の様子を聞かせていただきました。金田さんには Photo Album を見せていただき、Homepageでの公開許可と2枚の写真を頂いて帰ってきました。こちらはNewsへ記載しておきます。是非、ごらんあれ。

2002年07月22日
北海道での流鏑馬競技大会

 紅葉台木曽馬牧場主の菊地さんが最近特に力を注いでいるのが、和種馬作りと流鏑馬競技だ。そして今回、北海道和種馬(道産子)の生産地で、道内初の流鏑馬競技会が7/07(Sun)開催された。場所は僕も三日月と訪れたことがある川原さんの「剣山どさんこ牧場」。帯広空港から車で40分くらいにある芽室町の山の中。初めて行った時は周囲に民家などないので、電柱をたどって行くとたどり着けると教えられた。川原さんによると馬と共に熊も共存しているらしい。
 山梨の牧場からStaff、四頭の木曽馬達、そして巴組を含むいつもの常連達が皆北海道へ向かった。僕は気の知れた知人達と紅葉台で留守番だ。7/04(thu)夜から牧場入り7/07(Sun)深夜に自宅に戻るまで、ほとんど雨など降らなかったから、北海道の競技会時の天候もいいだろうと思っていた。帰ってきた人達に話しを聞くと土砂降りだったみたい。でも競技会はしっかり行われた様で安心した。馬達は菊地さんの運転する馬運車で数日前から北海道へ向かったし、Staffは7/06(Sat)の5:30に起きて餌やりとその晩の餌を作ってから羽田空港へ向かった。その上7/07(Sun)の競技会後、最終便で都内に戻り日付が変わる頃に牧場に戻ったはず。馬も人もホント、お疲れ様。_o_
 この競技会をきっかけにして、乗用和種馬の生産が本格化して欲しいと思う。馬と人が遊べるほど完成された和種馬が生産されて行くことを願う。そして、それらが和種馬を活用、保存して行く新たな道になればと思うのだ。
 internet上でも競技会の報告が2,3上がり始めたのでLinkしておきます。興味のある方は覗いてみてください。今回の競技会は専門の記録係にお願いしたらしいので、映像を牧場で見ることも出来るでしょう。
   津別ホーストレッキング研究会 第1回流鏑馬競技大会
   中札内乗馬Clubからの参加者 北海道初の流鏑馬競技
 留守番していた牧場でも7/07(Sun)は東京障害者乗馬協会(TADER)の乗馬会が行われたので、久々に見せてもらいました。やっぱり障害を持った人でも安心して見ていられる、紅葉台の馬達とTADERのボランティアはイイね〜。皆楽しそうでした。やっぱり馬に乗るのなら、楽しくなくっちゃね〜。(⌒_⌒)
 (7/22、写真を入手したので「馬旅人の小さな世界の大きなNEWS」へ写真を加えて追記しました。

2002年07月08日
都内で紅葉台の馬に逢う

 最近は別の遊びが忙しくて、なかなか牧場まで遊びに行けない。でも、馬達には逢いたい。そんな時には、都内に紅葉台の馬達が出張してきている場所へ出かければいい。そこには馬達だけでなく、馬が好きな知人も集まってくる。「やあ、おひさしぶり。」 元気な顔がみれて嬉しい。今はちょうど柔らかい青草が噴出し、馬にとっても暑すぎない天候だ。人も馬も気持ち良く過せる。そして、そこに訪れる小さな子供や障害者が楽しい馬との時間を過す。最初は声をあげて泣いていた小さな子供も、パパかママと一緒に馬に乗れば怖さも和らぐ。小さな即席馬場の引き馬が終わる頃、彼らは言葉に出来ないほどいい顔をしている。中にはキャッキャとはしゃぎ声が洩れる子供もいるくらいだ。手伝いに来てくれていた若いボランティアの女の子も、そんな彼らの顔を見ていると自分も嬉しくなると言っていた。そう、馬にはそんな不思議な力があるんだよね。(⌒_⌒)
 7/21 (Sun) 「東京障害者乗馬協会」 世田谷乗馬会 世田谷公園
 8/25 (Sun) 「東京障害者乗馬協会」 世田谷乗馬会 世田谷公園
 9/15(Sun) 「ナナの家」 キャラバン多摩川乗馬会 多摩川河川敷
 そして菊地さんに最近の牧場の様子を聞く。「今度来た対州馬は凄いぜ。戦国時代の侍が跨っていた和種馬はあんな動きをしたのだろう。」 わくわく、どんな動きをするんだろう。今は長野の放牧場へ移したとの事だった。でもこいつは、あくまで乗用馬を作るための素材だ。僕が安心して乗れる馬は、2,3世代先になるだろう。馬方・菊地幸雄のつくる新しい血の入った和種馬に跨れる日を楽しみに待ちたい。対州馬、7月に入ったら自分の目で確めに行かなければ!

2002年06月16日
おかえり・岳風

 2000kmの移動、疲れた〜。でも一番疲れたのは「岳風」だろうな。(^^;
 3/10(Sun)夕刻、僕は菊地さんにお供して、小さな馬運車「ふ〜てん3号」で山口県に向かった。目的は、木曽馬の種牡馬「岳風」を迎えに行くためだ。彼は約10年前に、紅葉台から山口県にある牧場へ移り、そこで御気楽な種馬生活を送っていた。そう、現在の紅葉台の種牡馬「蘭丸」のじいちゃんにあたる馬になる。既に高齢になってしまった「岳風」も、初心者や障害者の乗馬にはまだまだ現役。10年ぶりに、勝手知ったる我が家に戻ってきたわけ。種馬からせん馬になってしまったが、彼の新たな生活がこの春から始まる。僕が想像するに、岳風は最高に幸せだと思うことがある。それは彼の血を継ぐ馬が紅葉台に4世代揃ったことだ。数少ない和種馬が、乗用馬として同じ牧場にそろうなんて、そうあることじゃないと思う。きっと馬達がよくやる、鼻を突き合わせて息を掛け合う挨拶で、彼らは同じ血を継ぐものとして認識するだろう。これは馬達だけじゃなく、僕にとっても嬉しいことだ。僕もいつかは相棒「三日月」とその血を継ぐ馬と暮らせたらいいなぁと思っているから。
 詳しい系統図等のDataは、勝手に藤森さんのHomepageにお任せすることにして、関係をざっと記載しておく。FilmはCameraの中なので、写真はもう少し後になるのでお許しあれ。
 紅葉台・木曽馬の父「岳風」。その子「力」。岳風を祖父に持つ現在の種馬「蘭丸」。蘭丸の子「吉丸」となる。吉丸はまだ1歳のガキんちょだけれど、次期種牡馬として将来を期待されている。こうして人にフレンドリーな木曽馬の血が繋がって行く。わくわく(^^)
 岳風、営業がんばってね。乗馬を初体験する人達に、リラックス出来る楽しい体験をさせてあげてください。君ならどんな人でも安心して任せられるもの。(⌒_⌒)

2002年03月19日
ひっさびさの牧場にて

 体調を崩して、年末年始の紅葉台での馬との生活が出来なかった欲求不満の僕は、約1.5ヶ月ぶりに牧場に行ってきました。丁度、馬旅中に三日月とお世話になった北海道の桝澤さんと、遠野の佐々木さんの超強力ペアがいらしていたのでお会しました。お二人とも元気ですね〜。馬方が揃うと、馬の話しばかりかと思いきや、おねえちゃんの話しだったりするわけだ。ナハハ (^^)
 01/17に新宿で菊地さんの車に同乗して、江戸川区にある「篠崎ポニーランド」に立ち寄った。馬がいることは知っていたが、河川敷のすごく広い馬場と想像以上の馬の多さにびっくりした。む〜ん、新宿区にも和種馬のいる公園とかできないだろうか、特に高田馬場に。(^^;
 同日に牧場に戻った。僕は、この時期、全くお客のいないヒマヒマな牧場でまったりと過した。結局01/20まで滞在したが、前回乗れなかった北海道和種の「大黒」に乗せてもらった。随分調教も進んでいて、動きの良い面白い馬だった。たった15分程度の事だったけれど、やっぱり新馬に乗るのって楽しいよなぁ。自分の体が乗り方を憶えているようで嬉しかった。がしかし、ハッとして鞭を振るおうとしたけれど、僕の身体は動かなかった。馬乗りとして反射能力が落ちているのは致命的だ。う〜新馬君、僕を鍛えなおしてくださいって感じ。次回は僕が新馬に調教されそうだな。(^^;
 そして久々に和鞍を組む。最近は巴組も出張イベントが多いし、和鞍を使った遊びが本格化する前に、少し馬具の整備をしなきゃね。夏に新しい技術で新規に制作してもらった鞍の組み立てをやっと始めた。既に和鞍を製作できる職人も材料もないけれど、無ければ自分達で作るしかない。それが出来そうな方に、僕がお願いして作っていただいた。その鞍の試用は次回ご報告予定。

2002年01月20日
全日本!?騎射競技会開催

 12/08(Sat)秋晴れ、牧場は臨時休業にして5頭の和種馬と車数台で数十人の馬乗りが小淵沢の県営馬術競技場に向かった。流鏑馬に似た馬上から的を和弓で射抜く競技会を開催するためだ。出走馬は「小鹿毛」「雲竜」「紅鹿毛」「宝春」の木曽馬と北海道和種のF1「銀鈴」の5頭だ。競技用にいつもより少し地味な紅白の三がいを、和鞍とともに馬装する。乗り手も皆、騎者袴を身にまとって和弓を手にしている。これぞ「和式」って感じだ。和種馬が戦国時代に駆けていたであろう姿を彷彿とさせる。
 参加者は女性の和鞍乗りのチーム「巴組」をメインにしているが、牧場Staffうるしや常連モーリーの男性参加もあった。いつも「巴組」の女性達に圧倒されているので、個人的には元気な野郎の参加を望みたいところだ。
 もちろん初めて開催される競技会だったため、走路の設営から記録まで牧場常連達が動く。観客も兼ねているので、競技者には少し物足りなかったかも。でも観ていた僕は、馬の駆ける足音、矢が的に突き刺さる音、ゲーム性の高い馬乗りの遊びを見学させていただいた。何とも刺激的で素晴らしい時間だった。手が悴む寒い中、東京障害者乗馬協会 (TADER) の水野会長や TADER の乗馬
指導してくださる黒沼さんも見学に来て下さった。また馬術場に馬を眺めに散歩にくるというご婦人も数名、この密かに開催された競技会を楽しまれたようだった。今後もこの競技会は開催される予定との事だから、今回の参加者は練習に励んで、次回はもっと PowerUp した競技会を見せてくれるだろう。新たな競技参加者の募集や次回競技会開催告知も、牧場で行われるだろうから、興味のある方は菊地さんに問い合わせてみるといいでしょう。英国のPoloに似て、この国特有の馬との遊びになると面白いね。(⌒_⌒)

2001年12月08日
紅葉台の秋

 紅葉が美しい秋晴れの11/13、友人の林さんと紅葉台を訪れた。菊地さんとあちこちで記録してきた和種馬の写真を見て話す。生きた馬のいる場所で、写真を見ながら馬の話しをするのもおかしなものだ。でもそこに写っている馬達は、今後の和種馬の可能性の一部だ。ここ数年、仔馬の時からどのように馬が変化するか見せてもらった。そのおかげで、どんな馬が面白い乗用馬になるのか想像できるようだ。彼ら若駒の調教が始まる日が待ち遠しい。
 いよいよ、元御崎馬「岬陽」君の騎乗調教が始まった。調馬柵で菊地さんが馬を回した後、一番若くて軽いStaff真衣が騎乗。「こずみ」と呼ばれる筋肉痛みたいな状態が残るが、良いリズムでの速歩を見せてくれた。
 
僕が乗せてもらったのは「お局」の妹にあたる新馬君だった。前足の軽い気持ちいい歩様の和種馬だ。面白い馬がまたまたやって来た。今回騎乗できなかった新馬もいるから、僕はまた近いうちに牧場に行きたいと思う。
 
仔馬の産まれる春も好きだが、やっぱり新馬に出会える秋がいい。

2001年11月15日
巴組、清里へ

 夏に宮崎で跨った元御崎馬がl紅葉台にやって来た.。知ってはいたが、なかなか会いに行けなかった。ちょうど10/14に清里で開催されるポールラッシュ祭に、巴組が参加する事になっていた。巴組は、毎夏、山梨県小淵沢の県営馬術場で開催される Horse Festival に参加したり、乗馬ライフ誌に取り上げられた事もあるから、ご存知の方もいらっしゃるだろう。女性ばかりの和鞍乗りの集まりだ。きらびやかな和装を羽織り、馬も和式馬装を施して流鏑馬の様に弓を引いたり、薙刀を馬上で振り回す。普段見慣れた小さな和種馬が大きく見える、なかなか面白いShowだ。機会があったらごらんあれ。
 みんなが出かけるので、いつもお世話になっている僕は、牧場の留守番にでもなればと出かけた。もちろん元御崎馬に会うためでもある。宮崎では「空」という名前だったが、紅葉台では「岬陽」(こうよう)と命名された。今はまだ騎乗できる状況にないが、春には一般のお客さんも騎乗できるようになるかもしれない。下肢がすばらしく軽い歩様を見せてくれた。今後がすごく楽しみな一頭だ。

2001年10月14日
小田原にあるSaddleBack牧場へ

 久しぶりにSaddleBack牧場に立ち寄らせていただいた。僕は、ここに馬達に会う目的だけでくるわけじゃない。いつも笑顔で迎えてくれるOwnerの高橋さんや牧場長のよっちゃんこと吉川氏に会いに来るのだ。前日の日曜日も、祝日の月曜日も高橋さんは馬達を連れて出張に忙しい中、空いている時間を会話で楽しませてくれた。よっちゃんとは、彼が紅葉台木曽馬牧場で働いている頃からの付き合いで、最初から僕と馬がうまく付き合えるように随分手助けしてもらった。旅に出る前に、彼に馬2頭と一緒に Private 外乗に連れて行ってもらったこともある。僕が最初に見た和種馬に魂を奪われてしまった若者(その当時(^^;)だった。
 前日までの疲れで、僕は働いている彼らを見ながら、いつのまにかグウグウ寝てしまった。新しく入った木曽馬2頭の写真は撮ったから、現像が出来たら別件と合わせて報告したい。

2001年10月08日
河川敷での乗馬会

 約2ヶ月ぶりに牧場に行く。馬も人も相変わらず元気に働いていた。僕はただただ馬達に会いたかった。そして馬のもとに集う人たちにも。
 9/16は狛江近くの多摩川河川敷で、キャラバン乗馬会が開催された。望月町から跨げるくらい大きなわら馬が来ていて、僕は一人で喜んだ。だってしっかり玉がついてる種馬なんだもん。この乗馬会に紅葉台木曽馬牧場から3頭の馬達が参加。菊地さんに宮崎から研修に来ている秋田君と一緒に僕も連れて行ってもらった。この河川敷に来たのは初めてだけれど、とても気持ちの良い場所だった。馬達にとってもうれしい青草もたくさんあったしね。このキャラバン乗馬会では、子供たちの乗馬体験や障害者乗馬が行われた。年齢や障害の有無に関係なく、馬を自分で制御して乗っている感覚を味わった人々の顔は、何度見てもいいものだ。馬が与えてくれる素晴らしい時間を、そばで見ていた僕にも共有させてくれた。リンクの紹介にも「ナナの家」を掲げてしておくので、お近くの方は是非遊びにいらしてください。馬達に会うだけでなく、ボランティアで参加して直接馬と接する事も可能ですよ。

2001年09月16日
御崎馬に跨る

 三日月との旅で、ふた夏Bikeに乗らずに過ごした。もう十数年続けていた「Bikeに乗った浮浪者」に3年ぶりに戻って、四国、九州を訪れた。これがまた馬に関係する個所をめぐる旅になってしまったのは言うまでもない。とにかく色々ありすぎて、僕にはすぐに文章に出来ないほどだ。その中でも一番うまうまな話題を選ぶならば、御崎馬に跨った体験をしたということだろう。宮崎県都井岬に生息する在来和種馬・御崎馬に魅入られた一人の男と会った。井上さんは馬に興味を持つ人なら誰でも、喜んで都井岬を案内してくれる。彼は「無料押し付けガイド」と言って笑っていたが、僕が数年前一人で馬を見たときよりはるかに多くの馬に会わせてくれた。それも解説付きだ。もし宮崎を訪れるなら「御崎通信」というHomepageを開設している彼に連絡してみると、密度の濃い馬との時間が過ごせるだろう。

2001年08月09日