
以前から書きたいと思っていて書けなかった事など、牧場での出来事を後から書く事の出来る場所が欲しかったのです。そして今回も何の前触れも無くいきなりの登場です。こんな事が牧場であったんだよっていう話になると思います。
小さな子ども達が馬と初めて接するときに見せるいろいろな表情は、随分僕らを楽しませてくれた。そのときの小道具は人参が面白い。人参を馬に与える方法もいろいろあるけれど、僕が一番好きなのは、輪切りにした人参を手のひらから与える方法だ。乗馬クラブ等で人参をスティック状に切ったものを使っているのを見かける。僕はものぐさだから、スティック状にカットするのは面倒だった。人参とナイフさえあれば、輪切りにするのは簡単だ。馬のそばに立ったまま、人参を切って子ども達に配れる。そして馬と子ども達のゲームが始まる。 自分の体より大きい馬と向かったとき、大型動物に恐れを抱くのは普通のことだろう。身長120cm未満の子供が歩いて近づくとき、比較的小柄な和種馬でさえ、自分の頭の上にでっかい口、白い歯が見え、その向こうに大きな目が自分を見下ろしているのだから。子ども達は、その恐怖に打ち勝って馬に近づき、自分の掌から人参を直接馬に与える。旅の相棒だった三日月は、人間は些細なことで痛いと感じるって知っているから、歯は出来るだけ使わないようにしてるみたいだった。ようするに唇で挟み込むようにして、掌からカットされた人参を取る。そんなこと子ども達は知らないから、人参を食べようと口を人参に近づけたとたん、手を引っ込めてしまい人参は足元に転がってしまう。子どもにも馬にも残念な結果なのだけれど、僕はつい笑ってしまう。僕にもガキの頃は怖いものがたくさんあったことを思い出させてくれるからだ。勇気ある子であれば、数回の挑戦でうまく人参を与えられる。そのとき自分の与えた人参を、目の前の大きな馬がおいしそうに食べているのを見て、新たな感情が涌きあがってくるようだ。旅の間、何人もそんな子ども達の輝く目を見た。そして僕が輪切りの人参を好む理由がもう一つある。一センチ厚程度の薄切りにしてやると、必ず馬の口が掌に触れるのだ。これが気持ちいい。子ども達にも馬の口の柔らかさを知ってもらいたい。こんな場面が見れるから人参を媒介にした初馬接触は僕にとっての楽しみなのだろう。三日月だって人参が食べれるだけじゃなく、唇でパフパフ音をたててみたり前掻きして子どもたちを呼んでいる。彼女にとっても楽しい時間なんじゃないかな?
人参を奥歯ですりつぶす音を子ども達が聞いて、「おいしそう〜、サラダ食べたくなった。」って言ったのには笑ったな。さて、次回牧場へ行くときは久しぶりに人参のお土産でも持参するか。
渡辺廣人さんシドニー・パラリンピック出場おめでとうございます。日本人の障害者乗馬が世界のどの位置にいるのか自らの身を呈して教えてくれるでしょう。意地悪な言い方かもしれないけれど、僕は彼らの可能性を期待しながら眺めているところです。もちろん応援もしていますが、世界の壁は厚い事もわかっています。だからやりがいがあるのでしょう。僕は世界Levelで戦える人が好きです。彼らは一番広い枠の中で戦う選ばれた人達ですからね〜。(^^)
渡辺さんは普段2本の松葉杖で歩き、馬を押さえていれば自分の上腕の力だけで騎乗してしまう、とても50歳を過ぎた人とは思えない
Poweful な人なのです。もし興味があったら、東京障害者乗馬協会の乗馬会に参加してくだされば彼と会えますよ。障害があるなら乗馬体験で、障害の無い人はボランティアで参加してみてください。渡辺さんに会えるだけでなく、新たな馬の世界を目にする事になるでしょう。
さて、本題です。
実は僕が三日月と旅をすることが出来たのも渡辺さんがいたからなのです。1995年、縁があって東京障害者乗馬協会の乗馬会に参加する事が出来て、初めて馬に乗り続けられる環境に入り、渡辺会長(当時)を知ることとなりました。僕にとって馬に乗るようになった最初の一年は結構辛いものだったのです。今では笑い話なのだけれど、当時は真剣に馬に乗る事を諦めるべきかもしれないと考えた事もあったのです。
その問題とは、尻にできる鞍ずれです。ただ皮がめくれて出血する程度なら我慢も出来たのですが、リンパ線が腫れて下肢の至る所に膿が出てしまう腫れ物ができるのです。そして風呂で傷口を洗うと、その腐った部分が落ちてクレーターが出来るわけ。めったに病院に行かない僕も、この時は何度か病院のお世話になりました。雑菌が尻のキズから入って膿んでしまうとのこと。それでも消毒して薬を塗る事しか出来ませんでした。そして乗馬会で渡辺さんに話した所、自分も尻にキズができたし、出血なんて当たり前の事だったと話してくれました。「最初はいつも馬から降りたらズボンとサドルが血だらけだったねー」なんて涼しい顔で言われちゃいました。そして過去の彼の対処方法も聞くことができたのです。彼は相談できる人がいたわけでもなく、彼の子供時代からの夢、馬に乗りたいという情熱だけで肉体的な苦痛を乗り越え解決策を見つけたのです。その話を聞いた時、僕はスゲー人だなと思いました。そして自分の問題なんて無に等しい事に気づいたのです。(最後まで、やったろーやんけ)とその時の僕は考えたのでした。
そんな事があって、今僕は三日月と旅する事が出来ているわけです。Powerのある人との関わりっていいよね、こちらも感化されて元気が出てきます。ありがとう、馬を愛する渡辺さん。あなたが先に馬に乗っていたから、僕は馬と旅する事が出来たのです。出来るだけ長い間、馬のそばに居てください。きっとあなたに続く情熱を持った人が現れるでしょう。彼らはたとえ身体に障害を持っていたとしても、あなたのように本当に夢を現実にするでしょうね。
僕のいいかげんで曖昧な記憶では2000年1月だったと思うんだけれど、この写真を見て何だかわかるだろうか?いつもの「蘭丸」じゃないかと思う方もいるだろう。そうじゃないんだな、わかりにくいけれど左下に見える白っぽいものに気づいて欲しい。
まだ雪が少し残っていたが、背中に当たる太陽光が暖かい日だった。僕は一人つながれた蘭丸にグルーミングをしようと近づいていった。彼の身体に触れていると、口の端に白いものが見えた。何くわえてんだよって手で触れようとしたら、少しびくんとして後退りしようとした。そう口から見えていたのは歯だったのだ。口を開いて見るとすでにグラグラしていて、触れると痛そうだった。こんなんで硬いヘイキューブの朝飯くったのか、本当に馬って我慢強いなぁ。こんな状態で夕飼も食えって言われたら、僕なら夕飯を食うのをためらってしまうだろう。
とりあえず抜歯して楽にしてやりたかった。菊地さんに話すと昨晩TVで見た抜歯方法を試してみようと言う事になった。歯に糸を結びその糸を弓で引き、弓のしなりを利用して抜いてしまおうというのだ。おいおい昨日TVで見た画だけで、ほんとに真似して大丈夫かぁ?(^^; でも何でも実践してみるのが、この牧場の面白いところだ。
馬具の修理等に使う蝋引きの麻紐を用意したが、簡単に切れてしまった。結局、流鏑馬遊びに使う和弓とその弦を用いることになった。矢をつがえる近辺に、蘭丸の抜くべき歯に結び付けられた弦用の紐を結ぶ。そして弓を引き、離すと歯が抜け落ちるって具合だ。うまく行けばね。(^^;;
弓を手にした歯医者に化けたのは、蘭丸担当のStaff千恵だ。そう、ご想像どおりになった。歯に結んだ紐の弛ませ方が少なくて、絞り込んだ弓を離しても歯は蘭丸の口の中に残ったのだ。蘭丸は痛い思いをしただけ。彼は何が起きたんだろうってな感じで痛かったぞーって顔してた。けれど2回目にはうまく歯が抜けて、蘭丸も僕もすっきりた。しかし歯に肉片がひっついて、抜いた部分に穴が開いていたから、2,3日は食事の度に痛んだんじゃないかな。
この時抜いた歯は、今でも偽馬歯医者の千恵の手元にあると思う。興味のある人は見せてもらうといい。見ることで自分の歯が痛み出しても知らないよ。(^^;;;
馬の乗っている馬運車を見ていた。僕にはずっと気になっていた事があったからだ。牧場に出入りするようになって、競技会や馬の受け渡しに連れて行ってもらえるようになった頃の話。そして僕の最初の馬「遊歩」(あそぶ)との最初の出会いの時だったな。
彼が北海道からやって来た。待ちに待った「僕の馬」と呼べる最初の自馬。そして長い旅の相棒になるかもしれない馬だったから、当然の事ながら僕は興奮していた。受け渡しに向かう菊地さんの運転する馬運車に、僕は薄でのJacketを持って飛び乗った。
その時は、遊歩ともう1頭の馬がやって来た。どちらも道産子のセン馬で、まだ少し寒い10月の夕方だった。車内は快適で受け渡し場所に向かって高速道を走る。僕には馬が来たと言う事と以前から気になっていた事、この2点のみが僕の頭を占領していた。馬達は馬運車の側面に頭をそろえて並ぶ。ロープで分離させられるが、車外から馬の顔が並んでいるのを見るのは、なかなか楽しい。馬だって数頭連なって車に乗せられ風を受ければ、何処に連れて行かれるんだろうなって考えるんじゃないかな。でも顔を撫でて行く風が、ただ気持ちいいなって思ってるだけかもしれない。僕は移動中の馬運車の中で馬はどうしているのか、ずっと見てみたいと考えていた。
そして受け渡しの終わった馬運車に2頭の道産子とJacketを手にした人間を乗せ、菊地さんは車をスタートさせた。僕達は車の一番奥に積まれた。奥から僕、畳による分離をして、遊歩、もう1頭の馬という順だ。いくら馬の無口をロープで繋ぎ頭を固定して、馬の側面にロープを張って中で揺られても大丈夫なようにしても車は揺れる。馬が乗った馬運車を運転するのは、それなりに神経を使う仕事だ。そこに人間も積んだもんだから、菊地さんは普段よりもより一層慎重に車を動かさないといけなくなってしまった。Jacketを着ても寒かったけれど、僕にとって初めてのこの経験はとても楽しいものだった。高速道の段差で僕達は少し浮き足立ち、登り下りのある道ではカーブ毎に馬たちは前足を踏ん張ったり、お尻を馬運車の側面に押し付けたりしている。遊歩は吊ってある乾草を余裕でムシャムシャ食ってた。馬たちは4本脚でバランスをとってる以外は、ピクニックにでも行く車内の子供と同じ感覚なんだなとその時思った。明るく外が眺められるDriveなら、馬達のまた違った面が見えたかもしれない。
途中何度か、菊地さんは運転席から声をかけてくれた。新しい体験と相棒がやって来たという興奮とが、僕に寒さを忘れさせた。車内での馬の体重移動、2頭の乾草争奪戦を興味深く眺めている間に馬運車は牧場に戻ってきた。菊地さんは僕の身体のことばかり気にしてくれたが、馬運車から降りた時の僕は、寒さで身体が思うように動かなくなっている自分に初めて気づいた状態だったと思う。そして菊地さん自ら沸かしてくれた熱い湯船に身体を沈め、僕の身体はホンワカと解凍された。菊地さんには随分手間をかけさせてしまったのだけれど、こうして僕の中の謎が一つ消え、遊歩との出会いが記憶深く残されたのだった。
