西に京橋黒頭巾なる怪人あり。今日も繁華街を闊歩す(唯の酔っ払いやん)。





6月18日(土)
 なぜか、今のレイドに乗り出して以来、ひょんなきっかけでオフロード繋がりが出来るのだ。

 先般もマンションのエレベータ内で「おたく、オフ車に乗っていませんか?」声を掛けられびっくりしたのものだ。同じマンションの駐輪場にスズキの2スト車が停めてあって、時々朝の通勤帯が同じなのか、エンジン音をなびかせ走り去っていく姿を気にはしていたが、まさかそのご本人から声を掛けられるとは。。。
 
 聞くところによると、氷ノ山あたりが縄張りらしく、「林道でまたお会いしましょう」と言って分れたが、今の実生活の忙しさに躊躇して、とても安易にツーリングに誘えない立場が悔しい。

 そんな忙しい毎日、最近私の職場に中途採用で入社した社員。休憩時間にお茶を飲みながら、「僕、オフが好きで、スギ○さんとこに出入りしてますねん。」と聞き、オフ仲間の同僚(但し、現在はスクーターに浮気中)と世間は狭いと顔を見合わせる。

 さてさて、私と言えば、1ヶ月ぶりにブーツを履きエンジンを始動。ホームグラウンド林道を一人で走る。新緑の香りに酔いしれながら、やっぱり自分はオフ車乗りで良かったと実感する一時を過ごす。
 
 年齢的に今が一番しんどい時かもしれないが、そんな時だからこそ常に遊び心は忘れてはいけないなとふと思うのであった。

 それにしても私のレイド。前オーナーのオーラが未だに残っているのか?。粗末に扱えないな。




5月17日(火)
 先日テレビニュースを見ていると、山岳地帯の観光有料道路で二輪の周回族が縦横無尽に走り回り事故が多発しているとの事。怖がりの私にはとても出来ない真似事だし、命知らずがよくやるよなぁ。あれで転倒などして他の車を巻きこむ事故などされたら、それこそバイク=暴走族と益々レッテルを貼られて、真面目に乗っているライダーには非常に迷惑な話である。
 
 これはオンロードの話であるが、オフ乗りだって偉そうに言えた義理ではないライダーもいるのは事実だ。いわゆる林道暴走族である。

 私のような未熟な者が言うのは非常に心苦しいが、どうも彼らは自然の中で遊んでいる割には、自然に対して謙虚な意識は芽生えないらしく、例えば春には眩いばかりの新緑も、秋には燃えるような落葉にも全く目を向けることなくひたすら土煙と爆音を撒き散らしながらスピードに興ずるようだ。

 一度スピード狂の人に話を聞いたところ、走った林道の状態は熟知しても、その道に広がる風景、背景は殆ど覚えていないらしい。もったいない話だし、第一「林道に行って来ました。」「速く走る事が出来ました。」だけでは十九、二十歳の若造ならいざ知らず、いい年した大人の会話とは思えない。

 嗜好が違うと言ってしまえばそれまでなのだが。
5月14日(土)
 趣味のサイトをネットサーフィンし、同じ趣味を持つ者同士が集う掲示板でもっともタチが悪いジャンルはカメラ系のサイトだ。登山系にしろオフロード系にしろ私が知る限り、時には議論もするがあまり板が荒れる事が無い。極めて紳士的である。

 しかしカメラ系に至ってはちょっとした考え方や嗜好の違いで、かなりもめる時が多い。例えば自分が愛用するメーカーのライバルの悪評を平気で流す。自分が得た知識をあからさまに自慢し初心者を罵倒する。やたらレンズやボディの解説や能書きが好きな評論家も多い。その書き込みを読み私は非常に気分が悪くなる。つまり幼稚なネクラが多いのだ。それもいい年をして。

 このような輩達に共通して言えるのは、つまり彼らは写真が好きではなくカメラが好きなのだ。
 
 それが証拠に良い写真が撮れないのは自分の腕よりもカメラの性能のせいにしたがる傾向が強い。ピントが合わないのはオートフォーカス性能の低さ。露出が悪いのはAE性能の低さ等など。

 いくらカメラの性能が上がっても写真の出き不出来が決まるのはシャッターを押した瞬間であり、それは長年培われた修練によって成り立つ。決してパソコンでのレタッチによるものではない。

 特に最近はデジタルカメラが主流となり、以前よりも増してカメラ性能に依存する傾向や、またパソコンのレタッチ依存症も増えてきたが、それは基本的な考えが間違っている。考えてみればよい。撮影者がピントと露出を合わせて撮影していた時代を。

 私はデジタル化や電子化が悪いと言っているのではない。カメラに任せてよいところはドンドン任せるべきだが、決してそれだけに頼り切ってはいけないと言う事だ。

 掲示板で罵り合う前に一度自分達が撮影した写真を公開すべき。議論はそれからだ。
 




4月30日(土)
 この度の福知山線電車脱線事故でお亡くなりになられた方々に、同じ沿線に住む者として心よりご冥福をお祈り申し上げます。

 私も普段何気なく公私の足として、ほんの2、3日前に私も同様な時間帯に利用していた路線が、あのような残酷な事故を起こすとは今でも信じられませんし、また私が住む地域でも犠牲になられた方がいらっしゃる現実に対して本当にショックを受けています。今は悔しさ、怒りが頭の中をむなしくぐるぐる回るだけで、この程度の言葉しか思い浮かびません。
 どうか安らかにお眠り下さい。
4月16日(土)
 インターネットの世界で私がもっとも忌み嫌う行為は、自分の顔が見えない、匿名性が高い性質を悪用し他人に対する中傷誹謗や、ちょっとした書き損じに揚げ足を取ってみたり自分の知識を必要以上に自慢し相手を見下すことにある。客観的な議論と相手を罵るのとは全く別次元であり後者は言葉の暴力に過ぎない。
 このような輩に出会うと、正直言って気分が非常に悪くなると同時にむなしさや悲しみさえ覚えるし、いずれ誰からも相手にされなくなる。友人も去ってゆく。

 どうも最近目に余る行為が目立つのは、それだけこの日本が良からぬ方向に向かってきているのか、人の心が荒んでいる証拠なのか。所詮ネットの世界はバーチャルなのだが、それを操るのはその人自身のモラルであって、毒にも薬にもなる危うい通信手段なのである。
4月8日(金)
 新しいレンズを購入してもいきなり本番で使うのではなく、何本か試し撮り、テスト撮影を繰り返し、そのレンズのクセを把握するのはとても大切な仕事だ。あいにく新レンズを購入してから私の休日に限ってお天気が悪く、添付の写真程度のもので未だ本格的なテストが出来ていない。
 この写真からも判る通り、開放絞り付近での画面左端に生じる周辺光量低下とイトマキ型収差は確認出来た。だが画像は極めてクリアーでシャープ。大変満足している。手ブレ補正機能も素晴らしい出来だ。通常手持ち撮影の限界シャッタースピードは、焦点距離分の1秒(例えば200mmレンズだと1/200秒)が目安だが、それを下回るスピードでも手ブレは無い。ファインダーに映る像がピタリと止まる。
 今後は巷で問題となっているこのレンズが抱える弱点、周辺光量低下のテストを引き続き行う予定。

 それよりも、なによりも問題なのはこのレンズをどのように安全に撮影地まで持ち運ぶかだ。ソフトケースが比較的しっかりした作りなので、山行きの場合はザックに入れておけば少々のショックにも耐えれそうなのだが、バイクで移動するとなればザックに無造作にと言う訳にはいかない。バニアケースと言う手もあるが、市販品は高いし、ホームセンターで売っているプラスティック製コンテナの改造もちょっと格好悪い。まるで夜釣りに出かけるおじさんみたいだ。第一あんなデカいケースをキャリアに積んで林道など走る気もしない。
 
 で結局背負子で担ぐのが一番のようだが、ひと工夫も、ふた工夫も必要。しかし今まで転倒対策に無頓着だった自分がいけなかったのだが・・・。

 *)添付画像はクリックで、オリジナルスキャンデータへリンク。絞りf4、シャッターAE、手持ち撮影(VR on)、フジクロームフォルティアSP、画像サイズ2.8M




3月30日(水)
 3月にヤマハから新しいオフ車が出る噂がネット上で広がった時には、TTRのオーナー達が「ついに後継車発売か?」と興奮したのもつかの間、ふたを開ければセローの方で一同ガッカリした様子。

 もう一方、ニコンのデジカメ一眼レフD100の後継機はニコン側から期待するような発言が飛び出してくるが一向に発売される様子も無く、ファンは今か今かと待たされ続けている。

 ヤマハにしろ、ニコンにしろ、なぜだか私が好きなメーカーはユーザーを焦らすのが得意なようだ。ヤマハのライバルであるホンダが、またニコンのライバルであるキヤノンが資本力にものを言わせ矢継ぎ早に新製品を投入する現状を目の当たりにして、業界は違えども同じような環境だ。面白いと言えば面白い。だかそれだけにストレスも溜まる。私も含めて今更浮気する気は毛頭無いと言うのがヤマハファン、ニコンファンの身上だけれど、ひょっとしたらそんな気持ちはメーカーとして織込済みで、わざと焦らしているんじゃないの?




2月26日(土)
 あっと言う間にもう2月も終わり。油断していると、このコンテンツも更新が滞るから要注意だ。
 ところで、長年の夢だった大口径レンズを購入。一生涯持つ事は無いだろうと諦めかけていただけに嬉しい。昨年四十雀トライアルで撮影を頼まれた時に、つくづく性能の高いレンズがあればと地団駄を踏んでいたのだが、今回購入したレンズは手ぶれ補正機能付きなので手持ちで安心してシャッターが切れる。あとは性能を如何なく発揮出来る腕なのだが、これはまぁ今後の課題とする。それにしてもえらいもん買うてしもうたものだ。ニコン中毒とは恐ろしい魔力である。

 レンズ購入の為、バイクにまわす資金は一切無くなった。またコツコツと小銭を貯めるのみ。




1月23日(日)
 涙が溢れんばかりの感動を受けた写真がかつてあっただろうか。

 末期ガン患者と恐らく恋人であろう作者が過ごした僅かな日々を撮影したスナップ写真
とやさしさあふれるエッセイ。

 細かい話はしないので本屋の立ち読みでよいから、一度ご覧頂きたい作品である。
アサヒカメラ 2月号より 岩崎 那美作 「二人ですごしたとき」  

 もう一作は写真展の紹介欄でしか知らないが、作者の夫人の母が亡くなる2日前に撮影された、夫人と母親がモデル。機会があれば是非観てみたい。

 いずれの2作品は死を迎えようとする人とその家族や友人がテーマである。
キヤノン写真新世紀より 滝口 浩史作 「狭間」
1月8日(土)
 今年で厄が明けるので、お札を返しに父と妻を伴い厄神さんへ出かける。その帰り道丁度昼時だったので蕎麦でも食おうとお気に入りの蕎麦屋へ入った。

 関西はうどん文化なのでなかなか美味い蕎麦を食べさせる店が少なくガッカリさせられる方が多いが、この店は信州を名乗る田舎蕎麦を出してくれるので、とても気に入っているのである。蕎麦に関してのウンチク話については、また日を改めて。

 蕎麦には日本酒がよく合うので、熱燗を頼み東京なら焼き海苔や卵焼き等が酒の肴として定番だが、ここでは野沢菜を頼み酒を飲みつつ親父の話に付き合う。

 母を亡くして以来、親父に関してはかなり気を使ってきたつもりだが、最近では元気も取り戻してきて、文化活動とか趣味に勤しんでいる様子。夫婦二人で少し安心して見守っている。
それでもやはり一人暮しがさびしいせいか、よく喋る父だ。話し相手になるだけでも少しは寂しさを紛らわすだろうと思い、グチ話に黙ってウンウンと頷く。

 昼間の酒は酔いが早い。蕎麦湯で仕上げて店を出る頃には3人ともそこそこ出来あがってきて冷たい北風の中、心の中は暖かい気持ちに包まれる。

 こんな小さくささやかな幸せを感じながら帰路につけることに感謝。
1月4日(火)
 新年明けましておめでとうございます。皆様、今年のお正月はどのように過ごされましたか。私はのんびりマッタリとした毎日を過ごしていました。まぁこんな極々当たり前の休みを取れるのは幸せだと思うのですが、如何せん体重が増えていけませんな。

 おかげさまで、このサイトも5年目に突入します。よくぞここまで続いたものだと我ながら感心するやら、浮気ばかりして写真の方はちっとも撮影が捗らないやら。

 このように、あっちウロウロ、こっちチョロチョロと脱線ばかりしておりますが、どうか「相変わらず馬鹿な事ばかりやっとるわ。」と暖かい目で見守って下さいませ。

 それでは今年も宜しくお願い致します。