日記系

Nichts, was sich jemals ereignet hat, ist fuer die Geschichte verloren zu geben.
2003年〜2012年index.html

20140405土
 ニコ生でタイムシフト録画しておいた番組「東浩紀による東浩紀―『存在論的、郵便的』を読む」の(1)と(2)を、何回かに分けて見た。タイトル通り、東浩紀が現在の視点から自作解説を行う企画だ。とても面白くて、1回823円の価値は十分ある。前にニコ動で國分さんとの対談を見たときにも、東さんは噛み砕いて説明する才能がすごいなと思ったものだけど、それが存分に発揮されている。ただ、現代思想や批評について語るときは文句無しなのだが、それを一歩外れたところの、もっと理論的な哲学の解説に関しては、何と言うか、微妙に感じる部分もしばしばある。これは、ひとつには私が現代思想や批評は全く知らないが分析哲学はわずかながら知っているという事情があって、もうひとつには、東さんが現代思想や批評は専門だが分析哲学は専門ではない、という事情があるだろう。前に、中島義道さんの講義を聞いた時にも、西田哲学や分析哲学の話はまあこんなもんかという感じだったが、カントまわりの話になった途端めちゃくちゃ面白くなったことがあって、だから結局自分の専門じゃないと面白く話すのは難しいというだけのことなのかもしれない。
 ところで、ニコ生の東さんの話ですごく興味深い箇所があった。東さんが子供の頃書いた日記で、13歳の自分が日記を書いてそれに17歳の自分がコメントする、というものがあって、13歳の自分が「将来これを読むお前は俺を馬鹿だと思うだろうし、同じ自分である以上俺はお前に反論できないわけだが、しかしお前は何も分かってない」みたいなことを書いてて、それに対して17歳の自分が「そういうことを言うことによって俺に勝ってると思ってるお前こそ何も分かってない」みたいなコメントをしてる、という。そして東さんは、昔からこういうことばかり考えてきた、と話していた。「こういうこと」というのがどういうことなのか、私には上手く一言で言えないのだが、この問題は私にとってもものすごく興味深いものだ。私の捉える限りでのこの問題は、永井均さんが90年代に書いた素晴らしい論文「解釈学・系譜学・考古学」の扱う問題に接続される。この論文は、「青い鳥は青くなったのではなくもともと青かった、ということになった、ということは語りえない」みたいな話で、10代の私はたいへん興味深く読んだのだけど、この論文から次にどこに進めばいいのか分からなかった。今回、東浩紀からこういう話を聞くことになるとは思わなかったので、興味深さとともに驚きを感じた次第である。ただ、もしもこの話を、東浩紀やデリダやフッサール(や彼らについての研究論文)を理解する力の無い当時の私が聞いていたとしても、別段、私とこの問題との関わりが進展することもなかっただろうというのは、悲しいことではある。


20140114火
 私が執筆に参加した某辞典は、昨年末に無事発売された。amazonにあったのでとりあえず購入。「執筆者一覧」のページにちゃんと名前が載ってるのを確認。それから3日くらいしたら、出版社からも献本が送られてきた。執筆者は全員貰えるとのこと。2冊持ってても仕方ないので、マケプレで売ってしまおうと思ったのだが、amazonはそのまま送り返せば全額返金してもらえると気づいて、返品した。送料600円はかかったけど。


20140101水
 起きたら右肩を寝違えていて、痛い。



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s1473