大いなる巨匠との対面  シーナが来た!!

 去る1990年10月26日、ヤリ隊のウチダ隊長及びウエノ現場監督の二名が、あの東ケト会
(「東日本何でもケトばす会」)隊長の
椎名 誠氏と会見した。そんなわしらの熱い緊急
レポートをここで発表したい。

 


巨匠との緊張の対面!
最初、間近で見た時は思わず圧倒され、椎名氏の
姿が飛行船ヒンデンブルグ号より巨大に見えた。

(ウチダ隊長からの報告)

 電話の向こうのウエノの声は妙にうわずっていた。
 「小便でも我慢してるのか?」
 と私、ウチダは聞いてみた。
 「ち、ち、ち、違うのだ!違うのだ!」
 彼が落ち着くのを待って話を聞いてみると、どうやらあの椎名誠氏の講演会チケットを入手したらしい。
 「うむ、よくやった。」
 椎名誠の講演会チケットといえば、その頃、ローリングストーズやプリプリ(懐かしい!)などのコンサートチケット同様、最も手に入りにくいプラチナペ
パーと言われていた。
 私がナマの椎名氏に接するのはこれで二回目。ウエノも二度目らしい。何事も二度目というのは余裕が出るものである。
 そこで今回は、ただ講演を聞くだけでなく、楽屋を襲い、椎名氏に直接われわれの熱い気持ちを伝えようではないか、という作戦を立てた。

 講演開始30分前に会場に着いたわれわれは、最前列中央のかぶりつきの位置に席を取り、さっそく楽屋の探索にかかった。しかし、会場には控え室らしき部屋がない。どうも隣接しているビルが怪しい、ということで入ってみたら、案の定「講演会控え室」と書かれた部屋があった。
 おそるおそる近づいてみたが、まだ人の気配がない。
 まだ椎名氏は来ていないようなので、ひとまず会場に戻って作戦を練り直すことにした。

 その時である。
 すうっとやってきたタクシーから、一人の大男が降りてきた。
 それが椎名 誠だった。
 
何だか怒ったような顔をしている。
 連れらしい人もおらず、まったくの一人である。
 彼は圧倒的な迫力で、おじけづいたわれわれの横をずんずんと大股で歩いて行き、ビルの中に消えた。
 われわれは、この不意打ちにしばし呆然としてしまった。
 ウエノの股間からは湯気が立ち上っていた。どうやらショックで失禁してしまったらしい。

(ここからウエノ現場監督の報告)

 「…見たか?」
 「
見た!」
 さっそく行動開始である。われわれは気を取り直し、ドカドカと乗り込んで行くと、はたして巨匠はそこに
いた!
 「あ、あ、おのう
ボ、ボ、ボクたちはね、ね、熱烈歓迎!じゃなかった。熱烈なファンでして。」
 「
はぁ。」
 そこで、まず隊長は昨夜二時間かかって書き下ろしたという渾身のファンレターを渡し、現場監督の私はわが隊の機関誌「たきびすと」を進展した。
 さらにその場で直筆のサインをしていただこうと、われわれがそれぞれ持ってきた本(ウチダは「風にコロがる映画もあった」、ウエノは「怪しい探検隊 北へ」)を差し出すと、氏は一瞬ニヤリと笑い、イラスト入りでサインしてくれた。そしてとどめはツーショットの記念撮影だ!
 われわれはお礼を言い終わると、ハァハァと荒い息をつきながら、すばやく講演会場の最前列リングサイドアリーナ席に舞い戻った。

 さて、いよいよ講演開始である。平日の昼間というわけで、ほとんどが30〜50代の主婦、いわゆる椎名ファンのオババたちだ。そんな中、仕事をさぼってやってきたわれわれはちょっと異質な存在である。
 今回のテーマは「辺境の食卓」
 今や全世界をマタにかけ、東奔西走北上南下する氏の軌跡はとどまるところを知らない。シベリア、パタゴニア、モンゴル、アフリカ、オーストラリア、ニューギニアなどなど
。そういった秘境、辺境、未開の奥地における食生活について語ろうというわけだ。
 しかし、本題に入る前に、氏はわれわれ聴衆に対して釘を刺すことを忘れなかった。
 「はじめに断っておきますが、ボクの話は決してタメにはなりません!」
タメにしようと思っていた回りのオババたちは一気に虚をつかれたようだった。
 さらに二本目の釘が突き刺さる。
 「よくメモなどとっている人を見かけますが、そんなものは必要ないです!」
とたんに、必死の形相でペンを持っていた回りのオババたちは一斉にポトリとペンを床に落とすのだった。

 

シーナ氏直筆のサイン。
ファンにとっては、垂涎もののお宝だ!

 その日、シーナ氏はまず最近の海外における日本人観光客の惨状、すなわち空港ロビーで一様にブランドもののバッグをぶら下げているオババ軍団、オースラリアのエアーズ・ロックのてっぺんでダミ声関西弁をまくし立てる中年団体ツアー客、そして、顔面を露骨に弛緩させ、完全ペアルック24時間密着体勢の新婚カップルの連中を痛烈かつ徹底的に批判した。

もしかしたら、その日のシーナ氏は少し酒が入っていたのかもしれない。というのも、実は先ほどの楽屋乱入の際、ウチダが厳かにちょっとばかり温くなってしまった缶ビールを進呈したからだ。
 その後、話はどんどんエスカレートし、糞尿にまつわる話も飛び出し、すでにオババたちは顔をしかめ、最前列にいたわれわれだけが腹をよじらせ、笑っていたのだった。

 講演が終わり、われわれは近くの食堂でラーメンを食べながらビールでささやかな祝杯をあげた。そして、その後どちらからともなく映画を見よう、ということになった。椎名誠原作の「白い手」がちょうど上映されているのだ。

 その日、結局われわれは朝から晩までどっぷりと「シーナワールド」につかり、至福の一日を過ごしたのであった。

※なお、このレポートの掲載にあたっては、事前に椎名誠氏の事務所に連絡し、承諾を得ておりますので、あしからず。