隊の沿革―わしらはいかにして野外で酒を飲み戦ってきたか― 

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第1回旗揚げ合宿 1989.9
 
神奈川県・宮ケ瀬「虹の大橋下キャンプ場」

 当日は、あいにくの雨模様だったが、それにもめげず傘を差しながら焚き火を囲み、周りの連中の誰よりも遅くまで騒ぎ続け、隊としての意気込みが感じられた合宿。
 ちなみにこの記念すべき第1回目の野営地は今は宮ケ瀬湖の底に眠っている。

第2回強化合宿 1989.11
 
神奈川県平塚・湘南海岸

サブテーマは「晩秋の寂しい海を見よう」合宿。夜になると確かに誰もいなくなり、われわれの焚き火が暗い砂浜に燃え上がり、湘南の夜空を焦がした。深夜、突然の暴風に襲われ、一人逃げ遅れたセキ隊員が翌日つぶれたテントの中で発見された。

第3回ファミリー合宿 1990.7
 
神奈川県・中津川「塩川滝キャンプ場」

夏期合宿に備え、近場で行われたプレ合宿。
 陰気なヤマカワが新妻を連れてきたが、次回からは新妻のみの参加とするよう隊幹部から厳命が下される。また、後に名誉ヒラ隊員として台頭するタカミザワもこの合宿でデビュー。夜、打ち上げ花火をして周りのテントから苦情が殺到した苦い思いでの合宿。

第4回洞窟探検合宿 1990.8
 
静岡県・富士山麓「人穴」

初めての県外遠征合宿。隊長ウエノが2時間の遅刻をし、それをきっかけにクーデターが起こり、隊長職を更迭される。
 謎の洞窟「人穴」に潜入し、初めて探検隊らしいことをする。翌日は「白糸の滝」へ行き、多くの観光客の中で隊旗をひるがえし、ひんしゅくを買う。

第5回橋の下合宿  1991.3
 
神奈川県・相模川中流「東名高速道路の橋の下」

隊長がウエノからウチダへ政権交代して初めての合宿。
 台風並みの激しい雨が近づく中、ウチダ隊長は合宿を強行したが、一部の隊員からは非難の声が寄せられ、「冬の時代の始まり」などと囁かれたりした。最も過酷だった合宿の一つ。

 

第6回遠征合宿 1991.8
 
千葉県・真珠島

 総勢10人が集まり、隊創立以来初めての大規模部隊による遠征合宿。
 内房海岸に浮かぶ真珠島という小島を占拠し、東京湾に狼煙を上げる。翌朝は近くを通った巡視艇に向かって若手隊員たちが爆竹で挑発するという不祥事が起きた。隊の黄金期を象徴する合宿。

第7回ライブ合宿 1992.8
 
神奈川県・相模川上流「小倉橋」付近

 第2回、第5回と続き、この合宿で「相模川」の上・中・下流の三部作を完成。タカミザワのギターにのせて、正調ヤリ隊歌のほか、ブルース調のものや哀歌まで次から次へと飛び出した熱狂の野外ライブ合宿。
 この合宿で燃え尽きてしまったのか、以後3年間は「冬の時代」となり、メンバーはそれぞれソロ活動に入る。

第8回遠征合宿 1995.7
 
伊豆大島「トウシキ・キャンプ場」

 三年間の空白を埋めるため、ウチダ隊長が新たに策定した計画、それが「伊豆七島南下政策」である。その第1弾となったこの合宿では、レンタカーを借り島内を一周。さらにリス村や火山博物館見学など強化合宿というよりはどちらかというと観光合宿といった色彩が強かった。これもひとえに隊員たちが急速にオジサン化したためと思われる。

第9回遠征合宿 1996.5
 
伊豆・式根島「大浦キャンプ場」

 島に着く直前、船酔いしたタカミザワによる「無差別ゲロ」事件が勃発。第1日目は島内のあちこちに点在する温泉をくまなく制覇する。GWのせいかキャンプ場は満員御礼状態で、なぜか外人男と日本人ギャルの組み合わせが多く、男だけの正統派(?)集団であるわしらを逆上させた。
 2日目は島の最高峰「カンビキ山」(標高99m)に登頂。

第10回アニバーサリー合宿 1997.10
 
伊豆・八丈島「底土野営場」 

 伊豆七島シリーズ第3弾。ついに念願の八丈島へ!
 嬉しさのあまり、八丈の牛たちと戯れ、島の名勝「玉石垣」を愛撫するわしら。しかし、そんなわしらに八丈島はあまりに厳しかった。前回に引き続き、釣りに挑戦するが、その釣果はむなしく、怒りに震えたタカミザワは愛用の竿をテントの中で寝返り打って折ってしまう。また、帰りの船では船酔い地獄を味うが、ウチダ隊長だけは旺盛な食欲で周囲を驚かせた。

わしらの戦いはまだまだ続く…