デンバーからオースティンまでの里帰りドライブおせち付??

 正月くらいは身内といっしょに過ごしたい!!」 というわけで,この旅はスタートした。テキサス州の州都でもあり、元ブッシュ大統領が住んでいた街でもあり、私の兄貴夫婦が今生活を送っている地でもあり,さらに私のもとホームステイのホストが住む街でもあるオースティンは、ダラスとヒューストンの丁度真中ぐらいに位置し,まさにテキサス州のど真ん中にある。私自身もそこで3ヶ月過ごした経験があり,その街には特別の思いがある。今住んでいるデンバーから距離にして片道約900マイルくらいである。私のルームメイトはすでに日本の里帰りしているわけで,今回は、孤独な旅となる。
 も押し迫る1999年12月26日,この旅は始まった。デンバーは冬の真っ只中。しかし出発の朝はとても天気が良く,快晴。気持ちがいい。といっても早朝は氷点下まで冷え込む。一応テキサスの天気が気になり,天気予報をチェックしてみる。25度くらいはあるらしい・・・・・・・、デンバーでは夏の気温。ちょっと体をこわさないか心配。とにかく荷物を車に詰め込み,近くのマクドナルドで朝食を取る。朝食セットは思ったよりうまかった。さらにビタミン剤をたらふく飲んでおく。
 ンバーからコロラドスプリング,プエブロとインターステイトを利用して南下し、ニューメキシコ州にはいりそのままテキサス州の北にあるアマリロまで今日は行くことにする。ニューメキシコ州に入るまでは、I-25(インターステイト)を利用するのでとても速かった。制限速度はほとんど75マイル。車はみんな80マイルで走っている。しかし,ニューメキシコ州に入ってからはインターステイトを降り,ただのハイウェイを走る事となる。ものすごい田舎道である。なにもない。ひたすらアマリロを目指す。気づけばテキサス州に入っていた。テキサス州に入るとさらになにもなくなる。途中のど田舎町でガソリン補給して,お店の中に入ることにする。なにも買わないのは悪い気がしたので何かを探していると,その街で作っている(らしい?)クッキーを見つけた。1つ50セント程度のものである。種類はプレーン,チョコチップ,レモン,チョコレートなどである。レモンという言葉にひかれそれを二つ買ってみることにした。お店の人はとても人柄が良く,とても気持ち良かった。ついでにトイレを貸してもらうために鍵を借りようとしたが、そこは田舎らしく,いつもオープンらしい。(大抵ガソリンスタンドのトイレはそとにあり、鍵がかかっている。もちろん安全面のため)トイレを済まし,出発。後80マイルくらいでアマリロに到着する。運転をしながら,さっきのクッキーをかぶりつく。アメリカのクッキーは甘いのだがこのクッキーはほんのりレモンの香りがして、甘さは控えめでとてもおいしかった。あたりが暗くなってきて,ヘッドライトを点けるころアマリロに到着。適当にモーテルを探し一泊する事にする。
 日目,暑くなってきた。既にティーシャツでもいいのではないであろうかという気温である。服をいちまいいちまい脱いでいく。今日はひたすらテキサスを走る。このままハイウェイを使いフォートワースまで行きそこからインターステイトを使い,オースティンに着く予定である。ハイウェイは相変わらず田舎道でなにもない。片道一車線でトラックを追い抜く時どきどきする。たまに家をそのままはこんでいるトレイラーが道を塞いでいるがそのまま追い抜く。まさにアメリカ!家をそのまま運ぶとは。制限速度70マイル,快調に走る。。日本では考えられない制限速度であるがこちらではさほど驚く事はない。。昼を過ぎてフォートワースに到着。久しぶりに街を見たという感じである。今日は無理をせずここで一泊してもよかったのだが早くオースティンに着きたい気持ちが勝った。遅い昼食をとり,I-35にはいる。一気に車の量が増える。ここからオースティンまで約200マイルといったところだろうか。ここもなんの変哲もない道が永遠と続く。途中で暗くなり疲れが出てきた。視点が徐々に定まらなくなってきた。ようやくオースティンに着いたのは夜の8時くらい。インターステイトを降り、近くのガソリンスタンドでにいちゃんに電話をかける。10分ほどでにいちゃんがそのスタンドに車で迎えにきてくれて無事到着。今日のドライブは終了。
 晦日はにいちゃんのアパートでおせちを作って気分は日本。実家からこちらでは揃わない物などは事前に送ってもらっていたらしく,手際がよい。テレビはどこもミレニアムのカウントダウンで盛り上がっていた。ここオースティンもカウントダウンがダウンタウンで行われるらしい。しかし,私は、アパートでゆっくり正月を迎えたいので,テレビでそれを見るだけにした。オースティンの友達にも会い、もとホームステイのホストにも会い,気分が落ち着いた。デンバーではコートを着ていた私もここではティーシャツいちまい。体がおかしくなってしまいそうだった。(実際おかしくなった)
 1月の4日にはルームメイトがデンバーに帰ってくるので,空港まで迎えに行かなければならない。それゆえに2日にはオースティンを出なければ行けない。何だかんだ用意をしていると、昼を越えてしまい出発したのが,1時を越えていた。きた時と同じ道のりで今日は,フォートワースまで行く予定であったが,余裕があったので、100マイルほど先にあるウィチタフォールスという町まで行く事にした。
 の日,道をなぜか間違えてしまって,オクラホマ州に入ってしまった。そこから、もとの道に戻ろうと車を走らせていると,警察につかまってしまった。パトカーがサイレンを鳴らして近づいてくるのがバックミラーから見える。このまま逃げたら確実に撃たれるのですんなり車を止める。日本であれば「すいません」といいながら車を出て行くのだが、ここアメリカは決して車から出ては行けない。(逃げると思われ本当に撃たれる)そのままじっとしているとバックミラーに警官が見えた。もちろん片手は拳銃のところ。なにやら出て来いと手招きをしているらしい。おそろおそろ出て行くと,「免許書と車の保険を出せ」といわれた。制限速度65マイルのところを73マイルで走っていたらしく,警告カードだけで済んだ。いい警官でよかった。しかし,初めてパトカーに乗った。珍しい経験をしたけどもう二度と乗りたくない・・・・・
 ロラド州に入ったのは,既に夜の10時を越えていた。後約200マイルはある。。このまま帰らなくてもよいのだが,気分的に帰ってしまいたいので,デンバーまで帰る事にする。走行距離を見れば700マイルを越えていた。コロラド州は雪が降っていて冬に逆戻り,しばらく体の調子がよくなかった。

1999年12月26日から2000年1月3日

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