瀋陽で日本語を教える

瀋陽工業大学(中国名:瀋陽工業大学/英語名:Shenyang University of Technology)
 瀋陽工業大学は瀋陽市の南西部、鉄西区内の瀋陽経済技術開発区に位置する国立総合大学。終戦とともに消滅した、旧満州国立奉天工業大学の跡地に設立された。その後、新たに南キャンパスを拡大、現在は遼陽市にも分校を設けている。キャンパスの総面積は98万平方米。学生総数は1万9000人。そのうち全日制学生が1万7500人、大学院生が1500人となっている。電気、化学、建築など、理工学系を始め、情報、法律、芸術、外国語学部(英・露語)など、計35の専門を有している。
 また、国際教育文化センターでは中国語を学ぶ語学留学生も受け入れている。2002年現在、韓国木浦市の草堂大学からの交換留学生約50名が中国語を学んでいる。

東北育才中学校、東北育才高校 (中国名:東北育才学校/英語名:Northeast Yucai School)
 「東北育才学校」は中国に何校かある重点校のひとつとして秀才の子供達ばかりを集め人材を育てている六年制公立学校である。
 東北育才中学校のクラスは全部で8クラスあり、英語、日本語、コンピュータ、数学の4クラスが特別班、残り4クラスが普通班と呼ばれている。
 40人いる日本語クラスの全員が中2の時点で日本語能力検定試験3級に全員合格。中3の時点でほぼ全員が2級に合格する。
 これら生徒のうち、東北育才高校に進学できるのが30人弱。この生徒達は100%日本に留学し、その多くが東大を初めとする国立大学へ進学する。残りは「分流(落第)」され、東北育才外国語学校や、瀋陽市内の他の高校(高級中学)へ進学することになる。

東北育才外国語高校 (中国名:東北育才外国語学校/英語名:Northeast Yucai Foreign Language Highschool)
 「東北育才高校外国語学校」(旧称:東北育才学校中日友好分校)は1998年に日本の「ピアノ技術専門学校付属関西語言学院」によって新設された外資系私立高校である。現在の校舎は1999年8月に完成したもので、市内から車で約三十分ほどの「渾南高新区」に位置している。
 この学校へは全ての生徒が将来日本を始め、外国の大学へ留学することを前提に入学してくる。1学年全6クラス、現在3学年、約1000人の生徒が学んでいる。そのうち各学年1クラス(6組)は本校から「分流(落第)」された生徒を受け入れている。授業料及び寮費は本校の約2倍(3万元=約40万円)、自然と生徒には富裕層の子弟が多数を占める。 現在、学制、その他の教育システムは東北育才学校本校のそれに倣っている。

中国で日本語を教える『海外で日本語を教える』アルク地球人ムック (2001年8月発行) p. 113 掲載
 私が2001年7月まで勤務していた東北育才外国語学校は京都の日本語学校が1998年に設立した私立高校である。5人の日本人教師が教えており、そのうち私を含めた4人が日本語学校からの派遣、1人は現地のコネで採用されている。全て大学や大学院を出て間もない若い教師ばかりなので、生徒達もむしろ友人のような親しみを持って我々に接してくれる。

 さて、この学校の生徒は全員が卒業後日本の大学に進学することを前提に入学してくるため日本語は必修科目となっている。我々は「日本語会話」を担当しているが、1クラス50人以上いるため「会話」の授業はかなり厳しい。生徒数が多い分、授業についてはいかに生徒の年齢に適合した話題へ誘導するかが最大のネックと言えるだろう。そのためにも授業中は生徒の目線に立ち、和やかなクラスムードを作るよう常に心がけている。

 私たち高校で教える日本語教師にとって「日本語を教える」という仕事以前に生徒達の生活上の指導から始めなければならないことも少なくない。一年生の頃はみな目を輝かせて授業に参加しているのだが、二年生に上がる頃から「反抗期」に入る生徒が目立ってくる。特に新任の日本人の先生が赴任してくると、以前の先生と比較するためか、生徒達が新しい先生になかなかなつかない。あるクラスでは、先生が変わったとたんに授業態度が急変、授業中に私語はもちろん、内職や昼寝、ウォークマンを聞いている者、お菓子を食べ始める者まで出てきた。なるほど、中国にも学級崩壊はあったのだ。その先生は「そのクラスは大嫌いだ」と泣いてばかりいたが、ひょっとすると生徒達も先生の心の中を覗き見ていたのかもしれない。

 しかし中国だということで特別に構えることもないだろう。基本的に高校生は日本も中国も同じだということは二年間中国で教えて実感したことである。生徒達の中には日本同様イジメの問題もあれば、恋愛の悩みもある。将来に対する不安からノイローゼになる生徒もいる。ただ、他の生徒や先生にはけして相談できないことでも、外国人の先生にだけは心を開いて相談してくれる生徒も少なくない。

 私たちは「日本語」教師であると同時に「日本人」教師である。これから日本と関係を持って行く中国の子供達に、日本人の先生を通して日本に関心を持つきっかけが提供できるなら、日本人教師として何よりの冥利と言えるのではないだろうか。もし何かで行き詰まった時はあまり悩み過ぎず、「状況を楽しむ」くらいの心のゆとりを持った方がいいのかもしれない。

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