めおと岩

佐渡七浦海岸 めおと岩

解説

佐渡の冬の風物詩、しまへぎ(岩海苔)採りの写真だが、大きな二つの岩をよく見てもらえば分かるだろう。向かって右が男性で左が女性であり、周りの岩が子供である。尚、男女は、大胆にも野外と言う公衆の目前で、これからセックスを・・・と言う決定的な画像である。誰かに見られないと、燃えないのか、佐渡でありながらマゾ的な男女である。
 二人の年齢を推測するに、男性はフレミングの手の法則ではないが、男性器の5本指の法則によると、10代後半から20代という事が分かり、女性のほうは、アソコの色形からして、相当使い込んでいるようで、また左横の子供が結構大きいことから、だいたい40代と思われる。男20歳、女40歳、「めおと岩」と言うことで当然夫婦(ふうふ)なんだろうが、年の差からして、馴初め話に興味の沸くところである。(逆バージョンは身をもってよく分かる。)

存する日本最古の歴史書「古事記」をひも解くと、伊弉諾尊(イザナギノミコト)と伊弉冉尊(イザナミノミコト)が国土や神を生む行(クダリ)で、淡路島→四国→隠岐島→九州→伊伎島→津島→佐渡ヶ島→本州→児島→小豆島→大島 など14の島々と35人の神々を順番に誕生(出産)させたとあるが、
 異説によると、高天原(タカマノハラ)の天つ神(アマツカミ)の命令により14島35神を生むノルマを与えられた夫・イザナギノミコトと妻・イザナミノミコトではあるが、妻・イザナミノミコトが七番目の佐渡ヶ島を産み終えた頃、疲れ果てた妻の姿を夫・イザナギノミコトは不憫(フビン)に思い、妻・イザナミノミコトから毛髪と唾液を貰い、自身の血潮と混ぜ合わせ、自分らの分身(めおと岩)を創り、高天原から目の届きにくい佐渡ヶ島の西側に隠し、残りの島々と神々を分身より誕生させ、妻・イザナミノミコトをいたわったのである。しかし、安息もつかの間、分身の「めおと岩」が火之夜芸速男神(ヒノヤギハヤヲノカミ)を誕生させようとしたとき、この事が高天原の天つ神に見つかり、逆鱗に触れ、それを知り恐れおののいたヒノヤギハヤヲノカミは、脱兎のごとく光熱を発しイザナミノミコトの女陰に戻り、再びイザナミノミコトの体内より誕生し、体裁を繕ったのであった。しかし不運にも、ヒノヤギハヤヲノカミの発した光熱により分身も赤茶色にただれ、またイザナミノミコトの女陰も例外ではなく、この事が原因でイザナミノミコトは病み臥せり黄泉の国(ヨミノクニ)へと退くのである。

 このことを踏まえ、改めて「めおと岩」を見てみると事実、女岩の割れ目の周りだけが赤茶色くなっており、神話の世界も現実味を帯びてくるのである。
 この二つの大きな岩のある地名を「高瀬」と書いて「タコセ」と読むが、地元の或る老人が語る遠い昔の言い伝えでは、高は、高天原の高で、この地は高天原と結ぶ場所であり、高天原へとつづく瀬がある場所なんだと。いっぽう、読み方の[タコセ」のタコは蛸であり、蛸は海の忍者とも言われるように、体の形と色を自在に変えることができ、蛸のように景色が変わる場所なのだと。では、何のために景色を変えなければいけなかったのか?老人が語る言い伝えでは、高天原の天つ神に見つからぬようにとのことらしい。
 また、二つの大きな岩の付近は、弥生時代の遺跡(
浜端洞穴遺跡)があり、この二つの大きな岩にある穴からも、当時の貝殻や骨が出土している。いつの頃からか、二つの大きな岩は縁結びと安産の神様と崇められ、「めおと岩」と呼ばれるようになり現在に至るが、いにしえ人が経験した「大潮の日に、めおと岩にある洞窟で愛を交じわると子宝に恵まれる」などという言い伝えは、今では語り継ぐ者もなく、ただの景勝地として、観光客の目を楽しませているだけである。

 

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