| 個 性 豊 か な 方 々 で 〜 す | |||||
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1)美濃囲いの名称の由来は? 資料提供 : はいなさん
若葉の会会員の「はいなさん」より、貴重な情報を頂きましたのでここにご紹介します。
尚、はいなさんのHPはこちらですので、是非皆様ご訪問お願いしま〜す。
美濃囲いですが、あまり文献としてはないようです。
2)将棋の駒は何故五角形?
個人的には、「蓑囲い」が本筋で、「美濃囲い」は後から付いてきたのでは?
と思っています。
大山康晴著「四間飛車戦法」筑摩書房によれば、
「今に伝わる最古の棋譜、
慶長12年(1607)の一世名人・
初代大橋宗桂と本因坊算砂の対戦は四間飛車
ですが、美濃囲いが
出現したのは、ずっと後のことでした。
参考図1は、明和2年(
1765)の御城将棋の左香車落戦、大橋印寿(後の九代宗桂)
と五代伊藤宗印の対戦に現れたもので、上手の五代伊藤宗印が、
初めて
美濃囲いを採用しました。
参考図2(※)は、それから60年が
過ぎた文政4年(1821)の御城将棋の平手戦で、
初めて大橋
英俊(後の柳雪)が伊藤看理に対して用いました。
一つの形が出
来上がるまでには、こうした長い歴史の経過があったわけです。
(※ はいなさんのHP参照)
私のHP-「居飛車な駒」の右上に、豆があるんですが、クリック してみて下さい
1600年が関が原の合戦ですから、「美濃囲い」はそれ以降の成立です。
「美濃」の地名はもっと古いわけですが、戦国期には「美濃兵は強い」と評判でした が、
岐阜の金華山岐阜城が特別難攻不落であった訳でもないので、
「美濃」=「強固」
とはならないように思います。
升田・大山時代に、振り飛車が注目された訳で、それまでの振り飛車は「捌かない、
攻めない」ださい戦法であったとのことです。
江戸中期、美濃はdo田舎でしたし、政治的にも目立たない地域ですので、
将棋との関連も薄いようです。「蓑」という文字より、「美濃」の方が美的ですし、
「mino」も音と共に定着したのではと勝手に思っています。
ちょっと現実的過ぎますかね・・・。
とは、いうものの美濃の住人としては、関心事なんですが・・・。
もし他に情報をお持ちの方がいらっしゃいましたら是非ご連絡頂ければ幸いです。
奥深い、日本独特の五角形駒
これは、世界的にも非常に珍しい形をしております。
実は、若葉の会のIshino Makotoさんより貴重なご返事を頂いたのですが、若葉の
会の伝言板に置いたまま、閉鎖されてしまって・・・・
再度、機会がありましたら是非掲載させて頂きます。
そこで、たまたま、読売新聞の1月31日(木)の夕刊に大内延介九段による面白い
説明が載っていたのでここにご紹介致します。
将棋の駒は何故五角形か?
この駒形を我々は自然に受け入れているけれど、かなり特異な形をしていると思う。
駒形でほかに何かを思い浮かべてみようとしても、なかなか出てこないに違いない。
昔、関所を通る時の通行手形とか、絵馬とか、神社仏閣の案内板とか、槍の穂先、
舟形、家の形に思い当たるぐらいのものだろう。
将棋の歴史を調べていると、必ず駒形の謎につきあたる。
いつ、どういう理由で駒が五角形になったのだろう。
世界の将棋を見ても、こんな形はひとつもない。
ほとんどがインターナショナル”チェス”のような立体駒だし、平面駒でも中国将棋は
円形、朝鮮将棋は正八角形をしている。
これまで国内各地の遺跡から、いくつもの昔の将棋の駒が発掘されている。
その中で最も古いのは奈良時代末期と推定される興福寺出土の駒である。
その次は平安時代末期と推定される。山形県酒田市郊外の「城輪
柵跡」から出土されたもので、表が「兵」裏が「と」と記されている。他で出
土された駒全てが五角形の駒形だから、いつからこの形になったのかは
皆目わからない。わかることは、とにかく日本だけのものということだ。
古墳に思いを走らせると、応神天皇陵や仁徳天皇陵の前方後円墳。回りに塀
が巡らされているが、これが実は駒形なのだ。
将棋と結びつける何の材料もないが、これはなかなか面白い発見だった。
五角形の「駒形」は将棋とは直接つながらないとしても、五、六世紀の頃から
日本にあった。いやもっと前かもしれない。
たとえ将棋の駒形ひとつをテーマにしただけでも、歴史を知ろうとすると、行け
ば行くほど奥が深くなって、さながら底なし沼に足をつっこんだ態になる。
ともあれ、将棋の駒の五角形は男性的であり、闘争的であって、そのため歴史
的にもかなりの女性ファンを逃したに違いない。なかなか罪な形ではある。
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3)将棋盤の足の形は何の形?
これは、私の記憶によると、将棋盤の足は「くちなし」の実の形と聞いている。
将棋を観戦するマナーとして、横から口を出さないことという素晴らしい約束事
がある。
「岡目八目」というように、はたから見ていると自分が対局している時よりずっと良く
局面が見えるものだ。そして、つい口を出したくなってしまう。
これは慎みましょうね。そして感想戦で意見を言おう。 将棋は楽しく平和に!
4)金の裏だけなんで真っ白?
回り将棋をするため、というのはどうも・・・・・ これは難しい。
只今調査中のため後日。皆様の中でお解りの方は是非ご一報ください。
出典を明記の上掲載させていただきまあす。