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いつまでも子供のように自然と遊びたい! 子供の頃、父に連れられていった山や海。 当時と道具は違っても遊びの楽しさは今も同じ。 テレビゲームは楽しいけれど、山や海はそれ以上に楽しませてくれるはず。 この楽しさを子供たちにも伝えたい! ![]() |
昭和39年夏 「ひび」にて
小学校高学年になると、近くの漁港や「ひび」でよく釣をするようになります。当時、自分のリールや竿などシャレた物はなく、空き缶(果物)に糸を巻き鉛のついたハリを手で回転させ、タイミングよく沖へ投げると言うような道具仕立てでした。それでもハゼやキスそしてぬべたれゴチ(ねずみゴチ)が釣れました。
この頃の夏休みだったと思います。叔父さんが友人2人とゴムボートを持って1週間程の夏休みをとって帰ってきました。初めてのボート釣りです。毎日釣りに出かけ、沢山のキスを釣りました。
中学生の頃になると、自分の投げ竿とリールを持って、釣り仲間と遠くの埋め立て地まで釣りに行くようになります。父もよくハゼ釣りやコイ釣りに私を連れて行ってくれました。
昭和53年夏
昭和53年秋
一時中断した釣りも20代後半から再び始まります。
通い慣れた宇島港から始まり、
苅田港や中津港へ足を伸ばすようになります。
山口県の油谷湾でのイカダ釣りにも熱中しました。
国東、大分鶴崎、シーバスへ、
そして坂ノ市との出会い。
また、大物を求めて鶴見、米水津、深島へと
磯にも挑戦しました。
それが、十数年ほど続きます。
そして今、波止釣りに落ち着きました。子供のころ、近くの海岸には、自然の定置網ともいえる立派な「ひび」がまだ残ってました。浅瀬から沖向きに逆V字に1メートル四方に石が積まれ、その突出部は水口となっていました。
満潮時に水没し、引き潮とともに現れ、堰きとめられた水は水口に集まる仕掛です。ここに網を仕掛ければ引き潮とともに魚は一網打尽となるのです。満干の差が大きいこの地ならではの漁法だったのでしょう。
当時、小学校低学年の私は、上級生に交じって魚取りに夢中なっていきました。ヒラ(サッパ)やチビラ(ヒイラギ)を100匹近くすくったこともありました。それに40cm近いボラも取れることがありました。水口近くに網を入れているだけで、魚の方から網に入って来るのです。魚が網に入ると手元にブルブルと伝わってきました。魚が釣れた時のアノ感覚です。潮が引いて魚波が立ち出すと海に入り魚を追い掛け回すのです。最初に魚と出会った思い出の一コマです。
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昭和50年夏
高校生の頃、父がゴムボートを購入し、一緒によく釣行しました。7、8月はキス、9月はメイタ釣り、10、11月はカレイ釣りと続きました。早朝3時間程度の釣りでしたがよく釣れました。ボーズなんてありません。「釣りとは、こういうもんだ」と思い込んでしまいました。
メイタは特定のポイントがあり、いつまでも、誰にも荒らされない穴場でした。短竿に直接伝わってくるメイタの引きは強烈で、私を虜にしました。
その後、メイタやメバルの浮き釣りを覚えます。ウキ釣りは、池や川でするものと思ってたもので、初めて見たときは、ちょっとカルチャーショックでした。
当時、マキエなどなく、釣れるのは当歳魚が精一杯です。ボーズはいつものことでした。それでも面白くてたまりません。投げ釣りやボート釣りとは、また、違った楽しさがありました。
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油谷湾のイカダにて

波止釣りについて
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