□1993年夏 ……東六甲縦走
山歩きは昨年末に行ったきりである。年が明けてからは職場が変わったり、結婚したりで忙しく、足が山へ向かなかった。山歩きが習慣になるとしばらく山に入らないとすっきりしない。
半年振りに山歩きを思い立ったとき、真っ先に思いついたのは縦走路であった。六甲山を歩くとき色々な歩き方があろうが、やはり尾根の縦走はダイナミックであり、歩き通したときの感慨もひとしおだ。とは言っても今回は西から東までの全山縦走ではなく半分縦走である。
この六甲山は連山の縦走が有名であり、西はJR塩屋駅付近から東は宝塚まで約56kmを10時間以上かけて歩きとおすというものがある。私の購入したマップにはこれを二分した西六甲縦走と東六甲縦走が載っているのである。実は昨年トライした西六甲縦走は出発が遅れたため終盤夜になってしまい、完走を断念し、暗闇の中をほうほうの体で下山したのである。そこで昨年の敵討ちはともかくとして、やはり再スタートは縦走路なのである。
宝塚駅→塩尾寺
朝、8時45分阪急宝塚駅到着。駅前は再開発されこざっぱりしている。建物の裏にでると宝来橋は工事中のため、仮設の橋を渡り左前方の道から山へ取り付く。六甲の山はどこもそうであるが、坂はこの取り付きが一番厳しい。しかもこの急坂に張り付くように住宅が建っているのは驚きだ。 塩尾寺は“えんぺいじ”と読む、非常に難読であるがここは六甲全山縦走の終点であり、宝塚からは約2km、結果的に言えばこの2kmが一番きつかったように思う。道はアスファルト舗装だし、ルートは標識で明示されているので迷うことはないが、先が見えないのと暑さで閉口だ。考えてみればお盆の直前である。30分ほどで到着した塩尾寺には「便所はない」とか「食事をするな」など看板が溢れている、ハイカーの襲撃がすさまじいのであろうが興ざめである。
塩尾寺→大平山
塩尾寺から山道に入るが、ここから六甲山最高峰へ向けて山が連なる訳である。実際これらの山はほとんどその名前も知られていないのではないだろうか。地図上で見れば、東から岩倉山・譲葉山・岩原山・大平山・水無山・後鉢巻山を経て最高峰ということになり、もう少し細かく言うとそれらの間には大谷乗越や船坂峠といったギャップを越えなければならない。六甲山の場合、登山ルートはほとんどが森の中、薮の中であり、特に東側の場合「ここが山頂!」といった感激がないせいもあろうし、このルートはまさしくハイキングコースのメインルートだから山の名前まで気にする人はいないのであろう。その様な中で六甲の数多い登山会が手書きの板に「譲葉山山頂馥」などとぶら下げていてくれるのを見るとほっと一息つけるのである。
さて塩尾寺から大谷乗越までは一気に高度を稼ぐのでやはり登りは厳しい。しかも昨日までの雨で足元も悪い、夏で草も伸びて視界も悪く、やはりこのようなとき単独行は心細い。草の中を40分も歩いたろうか、大平山山頂直下に着いた。山頂には無線の中継基地があるため舗装道路が敷かれている、ここを歩けば頂上だ、しかし目の前には頂上に向かって伸びる一本の道が見える。私は頂上までの距離が短いということや近くに道路があるという安心感からこの道を選んだのであるが、これが最大の失敗であった。途中で道は完全に失われていた、しかも急勾配の連続、頂上に出たはいいがそこは無線局の裏側で表へ回る道もない。薮をかき分け、側溝に足を突っ込みながら泥だらけになって、表に出た途端思わずその場に座り込んでしまった。
大平山→船坂峠→六甲山頂
大平山からはしばらく尾根を歩くことになるためやや楽な上り下りである。気分的にも行程的にも船坂峠が文字通り峠である。
大平山や船坂峠はこのコースの中でもメインルートの交差点的な位置付けであり、大平山は蓬莱峡からの、船坂峠は船坂谷からのいずれも北側からのコースと交差して最高峰に向かうのである。六甲山のハイキングは縦走を除けば大体朝9時に出発というのが平均的なスケジュールらしく、時間さえ合えばこの付近はハイカーの姿が絶えることはない。
船坂峠を越えて1時間、自動車道に出れば六甲山頂の下にある一軒茶屋までわずかである。六甲山頂はこの一軒茶屋から5分程登ったところにある。かつて山頂に米軍の通信基地があったことから山頂のほとんどはこれによって占められ、いわゆる山頂という気分ではなかった。今では基地も取り払われ、北の方を見れば北攝の山々が見渡せ、六甲山の高さがひときわ感じられる。
一軒茶屋
六甲山山頂の下に“一軒茶屋”という茶屋がある。六甲山頂は六甲連山の中では比較的東よりに位置しているのだが、この周辺で本当に茶屋として機能しているのはこの一軒茶屋と芦屋の大谷茶屋と滝の茶屋くらいだろう、ましてや山頂というところでビールが飲め、まともな食事ができるのは一軒茶屋だけであり、これはありがたい。勿論、西の六甲山カンツリーハウスや凌雲台迄行けば車での観光客のための施設は充実しているが、やはり“茶屋”の雰囲気は独特である。
一軒茶屋は中年の痩せたおじさん1人と奥さんらしき人で経営している。店内は広く、大振りの木の机が10ぐらい、登山関連の貼り紙や土産物が山の茶屋を感じさせるが、これに加え、主人の淡々とした、それでいてぞんざいではない客あしらいや、汗を拭うハイカー達が好印象である。 息せき切って登り詰めた山頂で冷えたビールを飲み、カレーライスやうどんをすすると、このために登ってきたんだよなと思わず声をあげてしまい、次の行程への意気込みも出るというものだ。
六甲山頂→有馬温泉
六甲山付近から有馬温泉へ下りる道は多く、海側から山を越えての道のりは遠いようで意外と近く、いかに阪神間が狭い帯状の地形を形成しているかが分かる。一軒茶屋の脇の道は見つけやすい。ここから有馬までは六甲山のメインストリート、歩き慣れた道を他のハイカー達と下る。この道は住吉道と言い、別名「魚屋道(ととやみち)」と呼ばれる、昔、有馬の温泉客に海の幸を運んだ道だそうだ。道はだらだらと下り一方ではあるが、思いっきり縦走した後だけにこれもまた楽しい。(1993年8月11日)