2000年、シーボーイを買って石狩湾新港に通うようになって、合うまでにはそれほど時間はかからなかったはず。釣り日誌を見ると2000年7月29日には車&ボートを並べてあるので、すでに知っていたように思う。印象的だったのはは、釣りキチ集合第1回釣り大会の事。この時ハリバットさん、今野さんがそろってミンコタをゲットしたことであった。ハリバットさんは前夜みんなが寝てからも飲み続けるほどの酒好き、酒豪です。それでも大会では優勝してしまうのです。さすが元漁師?(遊漁船の船長)。釣り方、ポイントも詳しいです。この年は釣りに夢中?数釣りに関心があり、釣り以外のつきあいは少なかった。帰ってきて話すことはあったが、昼飯を食いながら話し込み、夕方になることは無かった。
2001年になるとボートの方も多少余裕がでてき、釣り範囲も広がってきた。この年、ハリバットさんシーズンになっても石狩に顔を出さなかった。どうしたのか気になっていたら、エンジンが盗まれたり、ウィンチローラーが盗まれたりと海に出られなかったとのこと。とっても淋しく感じた時期だった。7月29日の釣りキチ集合第2回釣り大会では、またもハリバットさんがミンコタをゲット。欲しそうにしている大島にくれたのです。ハリバットさんありがとう。今、シーボーイについていますよ!このころから、釣りが終わった後、ハリバットさんに誘われて?村上さん、水谷さんと食事する事が多くなってきた。また、金曜日の夜にハリバットさんが泊まっている事も多く、ぶらっと石狩湾新港に顔を出すこともあった。天気が良ければいつもハリバットさんがいると思っていた。だから行ってみようかという気にもなったいた。
飲んでのいていろいろ話していると全く話が合う。ハリバットさんが「27年?」と聞いてくる。ズバリその通り!ハリバットさんとは同じ年生まれだというのがわかった。車、音楽、オートバイやってきていることは同じ。なおさら親近感がわいてきた時期だった。空手の師範。ハリバットさん。ソイには生きたドジョウが最高に良いこと、ポイントなどを教えてくれたハリバットさん。岸壁にボートを着けるときのフェンダーの付け方、アンカーの打ち方、ロープの縛る位置を教えてくれたハリバットさん。
そういえば埋まったボートを引っ張りあげたお礼にもらったケムカジカを調理して食べたカジカ鍋は美味しかったなー。出来たところに佐々木さんがやってきたっけ。そして食べ終わった後に○オルさんがやってきたっけ。浜で料理して食べることの楽しさを教えてくれたハリバットさん。
2002年は初めて夜釣りに連れて行ってもらった。ソイ釣りに行き、烏賊も釣れたっけ。佐々木さんのボートが華麗な夜間航行仕様になっていたときだった。釣りたてのイカ刺し、沖付けうまかった。アブラコの唐揚げもやったっけ。これもうまかった。魚のさばき方も上手だった。釣りの後のひとときが楽しくて食材も道具もいっぱい持っていくようになった。楽しかったよ、ハリバットさん!
オートバイで石狩に行ったとき、みんなで乗ったっけ。ハリバットさんはスタート時にエンジンを吹かしてウィリーをやろうとしていた。でも砂でタイヤが滑るのでダメ、次は土手に向かって行く。これは登るのか?とおもったけど、さすがに引き返してきた。運転のちょっと荒かったハリバットさん。車もデコボコ道でトレーラを引いているのに前の車を追い越しそうな感じの運転。ボートでもNEO450試運転の時はバウをぐーっと空に突きあげていたっけ。まあさんのボートでの運転でも全速前進−後進。これで光号はエンジン不調となり、第1回目の曳航事件に繋がった。豪快な性格だった。
ハリバット艇に乗せてもらい、カレイ釣り。今野さんと3人で釣ったけど、一人だけ餌だけとられる大島を見かねて、感度の鋭い仕掛けを作ってくれた。それが最後の釣り行になろうとは…
6月29日のボート倶楽部の取材の日にはボートなしでやってきてくれた。いつものように酒を飲み、話をしていたが、まさかこれが最後になろうとは…。親の調子が悪いのでしばらく釣りに来れないといっていたのが、永遠の別れになってしまった。
まだまだいろんな事があった。本当にかけがえのない時を過ごせてもらった2年間。
同じ年で、あんなに元気だったハリバットさんが亡くなった(2002年7月7日)のは本当に信じられなかった。まあさんに初めて聞いたときは冗談だと思い、村上さんから聞いても信じられなかった。新聞のお悔やみ欄を探したけど載っていないし、間違いだと思いたかった。しかし、今野さんのメールでやっとこれは本当の事なんだ!思わなければならなかった。
7月20,21日には、ユウジさん、渡辺さん、まあさん、トオルさん、佐々木さん、村上さん、水谷さん、高鳥さん、たつみさんと奥さん、comさん、マサさん、TOMさん、岡本さん、橋本さん、タカさん、堀井さん、BKNさん、(わすれているかたがいたらごめんなさい)が集まってくださり、追悼会が行われました。お酒が好きなハリバットさんにはしんみりしたものは似合わない、いつもの酒豪でいこうということになった。途中で、ハリバットさんの写真を前にお花とお線香を上げて、ハリバットさんを偲びました。遠く旭川からきてその夜に帰ったユウジさん、岩内からマサさん、一度も会ったことがないタカさん、堀井さん。
21日はみんなでハリバットさんが好んだポイントでお花を捧げた。大島はビールとお酒も一緒に捧げてきた。堀井さんは朝来てすぐに帰って仕事。本当に忙しい時間を都合して参加してくれた皆様、ありがとうございます。ハリバットさんもきっと我々忘れずにいてくれるだろう。
それにしても残念でならない。ハリバットさん! 心からご冥福をお祈りします。天国から我々を見守ってください。
これを書いているうちに思い出して涙があふれてきた。
![]() |
ハリバットさんと今野さん、まだボートには「ハリバットU」のステッカーが貼っていない頃。 |
![]() |
大島の車の前で朝の様子。 何をしているのでしょうか? |
![]() |
何かの用意をしてくれているようです。 |
![]() |
釣りキチ集合第1回釣り大会で優勝したハリバットさん。 やっぱり釣りはうまい! 写真が悪くてごめんなさい。 |
![]() |
2002年釣果を見せてくれるハリバットさん。 |
![]() |
夕方佐々木さんと3人で外防で釣った。係留の仕方などいろいろ教えてもらった。 |
![]() |
上の写真の同じ時、夕陽を背に何か雰囲気がある。 |
![]() |
|
![]() |
釣りの後は2001年後半からこんな感じで食事をして、のんびりした時を過ごしていた。釣りよりこっちの方が楽しみという感じになってしまった。 |
![]() |
光号曳航事件の出発の風景。腕組みしてどっしり構えている。この後に起こる時間など知る由もない。 唯一人浜に残った大島が、この後光号を迎えに行く。 |