04.1.10
七里の渡し船着場跡
江戸時代、東海道の宿駅であった熱田は「宮」とも呼ばれ、桑名までの海路「七里の渡し」の船着場としても栄えていた。 寛永2年(1625)に建てられた常夜灯は航行する舟の貴重な目標であったが、現在は復元されて往時の名残を留めている。熱田湊常夜灯
常夜灯は寛永2年藩の家老犬山城主成瀬正房(正虎)が、父正成の遺命を受けて熱田須賀浦太子堂(聖徳寺)の隣地に常夜灯を建立した。 その後、風害で破損したため、承応3年(1654)に現位置に移り、神戸町の宝勝院に管理がゆだねられて。 寛政3年(1791)付近の民家からの出火で焼失、同年、成瀬正典によって再建された。その後荒廃していたが、昭和30年(1955)復元された。案内標識より

この後堀川沿いに進み、国道1号線にでたら左折して白鳥橋を渡り、右折して今度は堀川の左側を行けば、すぐ左に白鳥庭園があります。 今日は入園料200円のところ160円ではいれましたが、先が長いため素通りして先を急ぎました。
その先の御陵橋で再び堀川を越えて左折し、すぐ右折国道19号にぶつかって左折、歩道橋を渡った少し先で右折、 信号を越えた先で左折し熱田の森に沿って県道256号を進みます。神宮東門の信号の手前で右折して

宝物館では1月27日まで新春特別展「仮面の美」をやってます。今日は拝観料800円のところ500円ではいれました。 なお、拝観料は常時は300円だそうです。内部はそんなに広くなく、一回りしたら終りです。 興味を持ってじっくり回れば半日位はつぶれそうですが、ちょっと高いなあと思いました。
熱田神宮を出て神宮東門の信号の向こうに
信号とところに戻って右折します、JRと名鉄の線路の下をくぐり、少し先で右折して進み、新開橋で新堀川を渡って右折、 次左折し、堀田小学校の前で右折、信号で左折、feelのところで右折、名鉄の線路を越えて天使保育園のむこうで左折、 次右折して進めば妙音通2の信号ですからここで左折、妙音通3の信号で右折、山崎川にぶつかって左折、 師長橋のところで右折して山崎川を渡って進めば右手に

安泰寺を出て名鉄の線路を連絡橋で越えてた先に
祭神
伊邪那岐伊邪美尊・事解之男神・熊野速玉命
永禄年間山崎城主佐久間信盛が城中の守護神として祀り信仰ことのほか厚く寛永4年(1627)山崎村 ならびに付近一帯の住民の守神として現在地に再建せられ今日にいたるも御神徳は年々高まっている。案内標識より

熊野三社の先やや広い道に出て左折、信号で右折、次の信号との中間あたりで左折すれば右手に白亳寺が見えます。
白亳寺の先で左折、二つ目の信号で県道をわたった先で左折、右手にある

呼続公園でお弁当にしました。ここでトイレにゆこうと思ったのですが、どこにも見当たりません、 結局隣の富部神社ですましました。
富部神社
祭神は須佐之男命・田心姫命・菊理姫命・瑞津姫命・菊理姫命です。
当社はもと「戸部天王」ともいわれ、松平忠吉が病気平癒を祈願・回復した報恩のため、慶長11年(1606)本殿、祭文殿、 回廊、拝殿を建てたと伝えられる。本殿は慶長当時の形態を今に伝え、とくに正面の蟇股、屋根の懸魚、桁隠などに よく桃山時代の特徴をそなえており、国の重要文化財に指定されている。祭文殿と回廊は名古屋市指定の文化財となっている。
境内の山車蔵には享保12年(1727)作といわれる高砂車山車が納められている。これも名古屋市指定の文化財となっている。案内標識より
富部神社の先に桜神明社があります。これは古墳の墳頂に祀られているそうですが、今日は素通りしました。
この先名鉄の踏切を渡り、県道を歩道橋で渡って進み、突き当たって右折して進み、信号で左折続いて右折して笠寺公園に入って行きます。
ここには見晴台考古資料館があります。1月25日まで「なごや新出土品展」をやってます。
笠寺公園のもう少し先に

笠寺観音の先、県道を渡った左記がゴールの本笠寺駅です。
笠寺観音には一昨年のウインターハイキングでも来てました。