04.4.3


庄内緑地公園水鳥池
桜は見事ですが、あちこちに青いシートが敷いてあって興味半減です。写真を撮ろうとすると特に目障りになります。
公園を出てしばらくは庄内川を左に見て歩きます。新名西橋の手前で右折し、すぐ左折して、国道22号の下を通ります、 少し先で右折すれば、右手に
寶国寺由緒
草創は明らかではないが、天台・真言・三論・浄土の四宗兼学の寺で、古くは中小田井の地にあったといわれる。
織田氏の武運長久を祈願して長享2年(1488)に再建された。小田井城築城に際し現在地に移築され浄土宗西山派に属した。 弘治元年(1555)光空玖円上人によって開基された。
江戸時代、徳川家が浄土宗に帰依していたこともあり、藩祖義直以来歴代藩主が鷹狩をする時の休息所・膳所に使われた。
明治11年(1878)から明治17年(1884)まで「(西)春日井郡役所」が置かれた。
宗派は浄土宗西山禅林派、本尊は木造の阿弥陀如来座像である。案内碑より

前の道に出て突き当たって左折、もう少し行って右折し、名鉄小田井駅のすぐ左を通り左折、しばらくは線路の右側を行きます。 突き当たって(すぐ左にも道はありますが)右折、西枇杷島小学校の手前で左折、しばらく行って突き当たって右折、 次左折して名鉄西枇杷島の左を通りすぎて右折、JR高架の左を行きます、途中小さなトンネルが二つほどありますが、 広い道にぶつかったところで右折しやや大きいトンネルをくぐって行けば右手に高照寺、もう少し先右手に
問屋記念館からずっと進み、十字路で右折名鉄二ツ入駅のすぐ右を通りすぎて左折、新川にぶつかったところで右折、 左手の新川小橋を渡って右折、少し先で左折し、東須ヶ口信号で左折、次の信号の少し先で右折、新川中学校の左を通り、 信号で左折、片町公園の先で右折、天王公園の先で右折、次左折、左折、右折して進めば右手に問屋記念館
旧山田九左衛門住宅は、住居部分とともに商用部分を持った併用住宅で間口が狭く、通り庭に沿って部屋が並ぶ中二階建てで、 座敷は奥に配されるという典型的な問屋構造をなしている。
言い伝えによれば、山田家の先祖の九左衛門は慶長19年(1614)の大阪冬の陣のおり、徳川家康が当地の庄内川を渡河した際、 市兵衛と共にその世話をして功を成し、問屋業を始めたといわれている。後にそこに橋が架かると、 元和8年(1622)九左衛門は市兵衛と共に「御橋守掃除給」として、1反4畝(1388u)余りの「永代除地」を賜っている。
ここに復元された旧山田家住宅は、明治の早い時期に建てられ当地の美濃路を形成してきた町屋の中でも、 江戸期の様式を伝える価値の高い建造物である。
また、本町は明治24年(1891)の濃尾地震で家屋の大半が倒壊するという被害を受けたが、 当旧山田家住居はその被害を免れた数少ない家屋の一つである。
なお、この家屋は平成4年(1992)5月に本町橋詰町51から現在地に移築復元された。案内標識より
日吉神社
神の使いが猿という世にも珍しい神社で、拝殿前の青銅製の猿2体をはじめ、各所に今年の干支である申が配されている。
また、清洲城下町の氏神としてあがめられ、埋蔵金伝説のあることでも知られている。
案内パンフレットより

なお、本殿前には狛犬もいたようです。
日吉神社の先で突き当たって左折、県道127号に出て右折、JR高架の先で左折、次左折すれば

丁度昼時で、どこもかしこも人が一杯で場所取りに苦労しますが、空き地を見つけておにぎりにしました。
正門を出て五条川を大手橋(平成元年9月竣工)で渡った先が


五条川の鯉のぼりと清洲公園のひがん桜
五条川を左に見て進み名鉄線路の手前で右折して行けばゴールの新清洲駅に着きます。
今日は絶好の行楽日和で、桜も満開で楽しい一日でした。(11.5kmはちょっと疲れますけどふっとんでしまいます)