04.05.15
宝珠山医王寺塔頭の一つであったが、僧舜盛が再興した。(年代不詳)
本堂は明治41年(1908)に改築、本尊に知多四国唯一の弁財天を安置する。 別堂は昭和56年(1981)に再建、御手引大師をまつる。昭和55年(1980)に等身大の弁財天を勧請した。知多四国霊場会・編 知多四国八十八所遍路より
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| 朱色の山門 | 本堂 |
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| 弁財尊天 | 別堂 |
遍照寺から師崎港までは800mほど歩きます。港でもまたまた並んでやっと船に乗れたと思ったら10分ほどで日間賀島西港に着きます。 ここから島を半周して
宝珠山医王寺塔頭の一つであったが、建暦2年(1212)医王寺全焼後現地に再興した。開山は秀養、中興は政雄となっている。
その後は無住のため詳細は不明であるが、若山剛生師が復興を進め、仮に弘法堂を建築、本堂の屋根も直したが、 昭和48年(1973)の伊勢湾台風で被害を受けた。その後再び復興を進め、昭和50年(1975)本堂を落慶した。
本堂に大日如来座像を安置、客仏に薬師如来、不動明王、金毘羅大権現、弘法大師を合祀している。知多四国霊場会・編 知多四国八十八所遍路より
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| 日間賀漁港 | 日間賀資料館のタコみこし |
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| 大光院 | |
途中に日間賀資料館があります。入場無料だったのでちょっと覗いてきました。
もう少し先に日間賀島東港があります。ここから船で次の篠島に渡ります。
船を降りて南に進みます。新港橋の横、道路の下をくぐって暫く進めば右手に土産物屋があります、その前を通り過ぎ、
途中少し左にふれる道がありますからそちらに行きます。(そのまま真っ直ぐゆくと海に落ちますからその前に引返して下さい、
そうそう右に行っても海です。)その先また左の道に入り、73段ぐらいの石段を登れば
医徳院もまた建暦2年(1212)医王寺の塔頭を移転、再興して当初は神宮寺と称した。
本尊の薬師如来は一説に寛正元年(1460)付近の海中に光るものがあり、漁師が網を入れて引き上げた、 俗に「八十八(やそはち)薬師」という。
本堂は延享元年(1744)伊勢神宮西方殿の用材を下賜されて改築、島内最古の木造建築である。 別堂に金毘羅堂、大師堂、洗心庵がある。仏像は本尊のほか、毘沙門天、十一面観音菩薩、不動明王、地蔵菩薩、 金毘羅大権現、恵比寿天、七福神、白山大権現、弘法大師などが合祀されている。知多四国霊場会・編 知多四国八十八所遍路より
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| 医徳院 | |
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| 帝井と隣の祠 | |
境内に狛犬がいました。ええっと思ったのですが、写真撮るのを忘れてました。島内の別の神社にあったものを移したのだそうです。
医徳院からは今来た石段を降りずに、右方の道を行くと右手に帝井があります。
町指定史跡 帝井
南北朝時代の延元3年(1338)後醍醐天皇の皇子、義良親王(後の後村上天皇)が東征の途中暴風雨の遭い、篠島に逗留されたおり、 飲料水として使用された井泉です。上屋はたびたび改築されていますが、井泉の岩畳はかっての遺構をそのままにとどめています。 水量は常に1m余の水を湛え美しく澄んでいます。
間口2.5m、奥行2.0m、深さ2.0m 平成元年10月1日史跡指定案内標識より
もう少し先に
永正13年(1516)11月19日安誉上人の草創と伝えられている。この日に伊勢大廟が火災となり、京都御所で談義の結果、 皇太神宮の鬼門にあたる篠島に建立して、善光寺如来の分身を安置するよう命じた。
西方寺の善光寺如来像は金仏で説に慈覚大師作、武田信玄の念持仏とも言われ、勝頼もたびたび訪れたとか。
本像が被る真綿帽子は「安産のお守り」と言われ、それ故本尊は「安産弥陀」と称する。
寺宝は名古屋円臨輪寺住職蒼典上人より寄進を受けた仏画「二十五菩薩」。知多四国霊場会・編 知多四国八十八所遍路より
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| 西方寺 | |
そのまた先が
南北朝時代正平2年(1347)創建、また寺伝によれば貞治元年(1362)説宗讃大和尚が創建したとある。
本堂内には秋葉堂、観音堂がある、本尊は釈迦牟尼仏、観音堂には三世諸仏を安置するが、中央の魚藍観音は異国の像容を色濃くして、 説に漁師の網にかかったという。別堂として大師堂があり、弘法大師を中心にして、左右に荒神と庚申像を合祀する。知多四国霊場会・編 知多四国八十八所遍路より
町指定 梵鐘・雲版
梵鐘には「正保2年(1645)」「伊勢度會郡山田庄次橋郷篠嶋村龍門山正法寺」の銘が、また、庫裏にある雲版には 「勢州篠嶋龍門山正法寺」の銘がそれぞれ刻まれており、江戸時代初期の優れた仏具であるとともに、 当時篠島が伊勢神宮領の管轄下にあったことを証明する貴重な資料です。
梵鐘 高さ97.0cm、口径45.1cm
雲版 高さ49.0cm、幅 47.0cm、重さ10.9kg
平成元年10月1日指定案内標識より
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| 正法禅寺 | |
これで日間賀島・篠島の知多四国巡りはおしまいで再び篠島港に戻ります。ここがゴールになります。
帰りの船はそんなに並ばなくてもすみました。ヤレヤレ
後は師崎港まで行って、そこからスタート地点まで歩き、シャトルバスで河和駅まで戻ります。
今日はどこに行っても行列また行列でうんざりです、こんなコースは二度とくるもんじゃないと思いました。