ダバオ(DAVAO)
ここではフィリピン・ミンダナオ島にあるフィリピン第二の都市ダバオについて紹介します。
若い方には「小野田少尉」といっても分からない人が多いでしょうが、戦後数十年も経ってからミンダナオ島で日本人
が発見され帰還したことは私のような年代(昭和20年代生まれ)には未だ記憶に新しいことです。わたしは、
2000年4月から1年間ダバオの日系人会にて日本へ就労する日系人を対象に、日本語の初歩を教えてきました。
ここダバオは、先の大戦が始まる前から主に沖縄を中心に移住がさかんに行われたところで、「マニラ麻」の原料であ
るアバカというバナナに良く似た植物を栽培するプランテーションが為されたところで知られています。最盛期には
2万〜3万人とも言われるほどの日本人が入植して「リトル東京」なる街ができたほどで、現在のダバオ市内の道路
などはそのときにつくられたものが多いそうです。(※ダバオ日系人に関する書物では「ダバオ国(クオ)の末裔たち」
という本が風媒社から、「フィリピン残留日系人」が草の根出版から出されています。)
したがって当然日本人を父親にもつ日系人が多くいるのも分かっていただけると思います。しかし、彼ら日系人2世
の多くは戦争中は日本軍に協力させられ、また日本軍が撤退を余儀なくさせられると、彼らは日本軍への協力者であっ
たっことにより迫害や場合によっては殺害されたりしました。そのため彼ら日系人の多くは、日系人であるすべての
証拠を自ら焼却したりして分からないようにしてしまい、結果彼らの戸籍が未だに見つからず、あるいは見つかった
としても戦後数十年という時の流れが、不幸にも彼らの認知を阻むような事態も起こっています。
ダバオ在住の日本人は、約200人ほどだということですが、烏山という方が奥様と共に孤児院「House of Joy」
を経営なさっています。わたしも何度かご自宅に伺い、お話をうかがいました。孤児院はサンイシドロという所
(ダバオ湾の東側)にあり、ここもきれいな所で、さんご礁も豊富にあります。詳しくはホームページで見れば分か
ると思います。「house of joy」で検索できます。ここではダバオのことやフィリピンのことなどが詳しく紹介され
ていますので、是非一度訪れてみてください。
わたしは、週末になると
「ジャイラ」という孤児院に訪れましたので、
ここは写真で紹介しておきます。是非見てください。
ダバオは100万から120万(はっきりとしないようです)の人口ですが、東京23区より少し広いという世界
では一番大きいCITY(市)だということです。観光の名所というのはほとんどありませんが、大きなモールが数箇所
あり、日常の生活に困ることはありません。言葉は、この地方のビサイヤ語、共通語のタガログ語、そして英語です。
孤児院があるのサマール島にはパール・ファームというリゾートやサマール島の南に位置するさらに小さいタリクッド
という島にはイスラレッタというリゾートがあります。ここは正に沖縄のようなところで綺麗な珊瑚礁が見られ、
比較的ダイビング客も多いところです。日本食レストランでは「高木屋」さんがお勧めです。日本人のご夫婦が経営
なさっており、在留の日本人もよく訪れるレストランです。ラーメンと餃子を食べたいのならダバオ空港のすぐ近く
に「ラーメン亭」があります。空港を降りてから2分程度歩けばあります。

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