一人で悩んでいませんか?? 「どうして、うちの子だけが・・・・。」 「育てるのが怖い!」
わたしは20年余り、公立中学校で教鞭をとってきました。少し早めに退職して、 現在は定職とはいえない日本語教師をしていますが、ここに来られた皆さんと同様、 教育に疲れた?一人です。2000年4月から1年間ですが、フィリピンのダバオと いう所で縁あって日本語教師をすることになり、少しだけ元気をもらって帰国する ことができました。
今、「日本の教育の現場はそれこそ大変です。子育ても大変です。」などといっ てみたところで何も解決はしません。 どうですか、みなさん。ここで たくさんの 友人をつくってみては?「わたしだけが・・・」と囚われたときが、一番危険なんですね。 ここでは、わたしがダバオで経験したことや教育の現場で体験したことを題材に、 いくつかのお話を載せておきます。
ダバオの子どもたちは、とにかく明るい。
どうしてこんなにも明るいのだろうか。そんな疑問を抱かせてくれたのは孤児院の 子どもたちでした。みんな何らかの理由で引き取られた孤児院の子どもたちですが、 逆に時折訪問する私たちが元気になります。どうしてでしょうか?
孤児院のハウスマザーや周囲の人たちは、特別なことをしているわけではありません。 むしろ、叱るときなどは日本より激しいときがあります。
わたしは自分の子どものころのことを思い出します。近所の子どもたちが何処からと もなく集まってきて、メンコやビー球遊びに興じ、日が沈むまで遊んでいたころです。 ここの子どもたちも、身近な木切れや道具をつかって遊んでいます。小さい子どもは それを見て、また自分でおもちゃを作ります。
誰かが激しくけんかすれば、ちゃんと止めに入り、殴り合いをしても、相手の急所 をはずしています。だから大した怪我にはなりません。そんな子ども社会がきちんと 出来上がっているんです。誰が教えたのでもなく、子どもたちが自然に築いたものなんです。
子どもの力を奪ってはいないでしょうか
日本の大人たちは、自分たちが過ごしてきた「子ども時代」を忘れてしまったようです。 「育てる」といいながら、実は子ども本来が持つ「生きる力」を奪ってきたのかもしれ ません。何時しか教育という言葉が「よく出来る子ども」「頭のいい子ども」という意味 にすりかえられてきたように思います。
わたしの妻はよくこんな話をします。
昔は大道(わたしの所ではこう言います)といって、村の人が総出で道の草を刈ったこと があります。もう都会ではないですね。そんなとき、「いくら頭がよくても草刈もできん ではの〜」と、「頭がよい」と馬鹿にされたもんだと??ただ勉強が出来るというのは 「知恵」ではないのです。知恵とは、生きていく上で必要な知識と技でしょう。そんな 「知恵」こそが子育て、大きく言えば教育なんだと思えてきます。
同年代の教師たちが(わたしもその一人ですが)よく言います。若い先生たちの中には、 生徒と交われない人たちが増えたと。子どもたちと交わる「知恵」がないのです。偉そう にいう自分自身も、今の子どもたちが理解できなくなって止めたんですが・・・。
「人間」にこそ目を向けて。
教員時代に3年間ですが障害児学級を立ち上げたことがあります。そのときに出会った 子どものことで、私はいつもその子のお母さんに質問していました。「今日は、こんなこと があったんですが、どうしてですか?」と。そうすると、そのお母さんは詳しく彼の気持ち を語ってくれたのです。その子は、自分の気持ちをいい表すことはできないのにです。
ところが、半年もすればお母さんが言っていたことを少し理解できるようになりました。 子どもをきちんと見つめていれば、今何を考え、何を訴えているかがわかるようになるん ですね。ちょうど、乳飲み子の泣き声や様子を見て、母親がオムツを代えたり、熱がないか を確かめたりするようなものです。
母親には、ちゃんとそんな力が備わっています。だから母親はいつになっても恐いのです。 けんかをすればすぐにでも壊れそうな小さな体なのに、自分の中の何もかもが見透かされて しまっているんですね。
あなたの中の「オフクロ」 の力を信じてください。
若いお母さんが子育てに悩んでいるのは、たぶん自分に自信がないからです。いろんな知識 はもっていても、それをつかう「知恵」がないのです。いや、ないのじゃなくて本当はあるん ですが、それを目覚めさせる努力が必要です。
難しいと思われるかもしれませんが、まずご自分の子どものときを思い出してみればいいん だと思います。いろんな経験がよみがえってきますし、それが子どもの心を読み解くカギになる はずです。たとえば、あなたの子どもがなかなか学校へ行こうとしないとします。
いろんな状況が考えられますが、日頃の子どもを観察しているお母さんなら問題の根を絞り 込むことが出来るはずです。ごくごく単純になまけということもあります。小さい子どもには よくあることで、居心地のよい我が家を離れて他の世界に足を踏み入れるのはおっくうなもの です。大人でも、新しい環境に移るときには、ちょっと二の足を踏むことがあるでしょう。
こういう私も母親を困らせたものです。一歩外に出たら何でもないようになる子は多いものです。 「子供をあやす」ことで簡単に解決することもあります。あやし方が分からなければ、ご自分の 子供のころを思い出してください。注意を他に向けてしまって心地よくしてあげればいいのです。
子供の訴えをまじめに聞いて、結局子供の「言いなり」になるのは甘やかしです。子供は甘や かせればどんどん甘えてきます。人間として大切なことを失ってしまいます。もちろん真剣に 聞いてあげるときも必要です。それは、「いじめ」などのような深刻な問題を抱えていると 考えられるときなどは、そうです。場合によっては「今日は行かなくてもいいよ。」なんてことも 大切です。