大月駅からトヅラ峠、セーメーバン山、サクラ沢峠、金山峠、奈良子林道


2000年12月28日
 輪行峠行。目標は大月駅から金山峠。
 武蔵溝ノ口駅(5:23)=高尾駅(6:28)=大月駅(7:05)−トズラ峠(8:30)−サクラ沢峠(9:15)−セイメイバン(10:00)−金山峠(11:05)−姥子山西峰−真木小金沢林道合流(13:30)−大月駅(14:50〜15:23)=津田山駅(17:05)。
 走行距離58km。積算走行距離1840km。
 今日は妙なところで大を催したりしなかった。順調に高尾駅から大月行きに乗る。私の乗った車両に、私を含めて乗客は3人しかいなかった。オレンジ色の201系、駅の時刻標には「E電」の名称がいまだ残る。115系と区別しているらしい。
 大月駅で下車、自転車を組み立てて、甲州街道交差点のデイリーヤマザキでおにぎりや菓子パンを買う。
 まずはトズラ峠を目指す。どうやって行こうかなぁと思うが、岩殿山の東側ではなく、浅利川沿いに行くことにする。岩殿山東側の道は交通量が結構多い(世間は平日なのだから、当たり前か)。
 寒い。ノースフェイスの防寒具(ゴアテックスだが、購入から3年、すでに防水性は失われている)のフードで顔を包み、緩い坂道をひたすら進む。大月駅から金山鉱泉方面へは、これまで2回歩いたことがある。これが油断だった。勝手知ったると思ったのが間違いで、いつのまにか西奥山のバス停を過ぎた。こんなバス停あったっけ?不思議に思いつつ、インナーローでゆるゆる進む。そして、押して歩くことになった。一昨日の疲れが取れていないのか?そういう事にしておこう。
 と、道が未舗装になり、しかもゴロゴロとした石が転がった林道になった。あれ、確かに金山鉱泉の手前は未舗装にはなっていた記憶があるが、いくらなんでもトズラ峠への分岐に気がつかないはずが無い。
 地図を見て考えてみた。あっという間に結論は出た。中村のほうへ進んでいたのだ。西奥山バス停を見た時点で気がつくべきだった。そう言えば、遅能戸のY字路で温泉の看板がかかっているのが気になったのだ。がっかりして来た道を引き返す。下り一方なので寒い。
 遅能戸で左に曲がり、インナーローでゆるゆる登る。金山で林道に入る。インナーローで登りつづけると、来た道が下へ見えるようになって行く。西奥山のほうも見えてくる。峠の少し手前では富士山が綺麗だ。
 トズラ峠に着いた。眺めはない。作業場らしい駐車場があるだけ。先ほどの富士山が綺麗だっただけに残念だ。


トズラ峠を東側から見る。この先に、富士山の眺めの良いところがある。


 さて、サクラ沢峠へ行くか、それとも日影に下るかと思ったが、今回を逃すとサクラ沢峠には行かないだろう。自転車を担いで送電線巡視路を登る。
 すでに寒さは無くなっていた。風も無く、標高の割に暖かい。二つのコブの辺りは乗車可能。タイヤが霜柱を壊す。コブの北側は急な坂道で、ここは担いで下るしかない。
 思ったより早くサクラ沢峠に着いた。「峠を訪れる会」なる人の木札が、ここがサクラ沢峠であることを示している。金山へ下る道はしっかりしていそう。昭文社の山と高原地図「大菩薩連嶺」には奥山のほうへ下る道が二つ載っている。赤い線のほうは、残念ながらどこから下るのかよくわからない。で、送電線巡視路のほうから下ろうと思い自転車を担ぐが、この道も明瞭なのは鉄塔まで。そこから尾根筋に下る道がありそうだが、獣道と判別が難しく、まして自転車を担いでいる身、薮漕ぎは避けたい。


サクラ沢峠を南側から見る。明瞭な下り道は金山方面のもののみ。


 で、縦走することにした(いまさら金山に下る気はしない)。セーメーバン山を目標にする。峠へ戻り、自転車を担いで縦走路を進む。すぐに赤い小さな社がある。昭和62年くらいに収められたようだ。
 踏み跡はしっかりしている。ところどころ乗車可能なところもある。落ち葉で道が隠れているところもあるが、それも趣があってよい。山に登り始めたころはこういうところばかり歩いていたのだ。セーメーバン山手前、西側は杉が植林されており、枝に自転車が引っかかる。
 セーメーバン山(木札には「セイメイバン」とある)は静かなところだった。鉄塔と木々の間に富士山が見える。ここでおにぎりと菓子パンで補給とする。風が無いので、全然寒くない。


セーメーバン山頂。写真を写している私の背後には送電線の鉄塔がある。


 セーメーバンから北側も踏み跡は明瞭だ。ゆるゆるとした登り道。途中、道に小さなザックがふたつ転がっていた。こんな日にここにハイカーが来ているのかなと思ったら、しばらく行ったところで枯れ木を切り払う作業が行われていた。
 大岱山はどこがピークだかよくわからないまま、道は北側になる。さすがにショウジ峠へ寄ろうとは思わない。
 霜柱を壊しながら乗車して下る。金山鉱泉からの道と合流する辺りは切り返しがきつく、乗車できない。
 久しぶりの金山峠。沢沿いの道はなかなかよい雰囲気だったのだが、残念ながら工事のために通行禁止。ちょっと眺めてみたが、草が伸びていそうだった。


金山峠。沢沿いの道は、大きな看板で閉鎖が告げられていた。


 百間干場へ下る。沢を治山工事中だ。林道へ下りて、ようやく自転車に乗る。ガラガラと道を下る。簡易舗装というか、網目のセメントのところもあるがだいたい地道。で、奈良子川沿いの林道に出るとそこは舗装されている。
 ここからは登りになる。しばらくは舗装路でそこは乗車して行くが、未舗装になり石ころが多くなるとスリップして疲れる。とうとう、押して歩くことになった。誰もいない林道を一人歩くと言うのも、また良し。
 オジョウガ沢が合流するところには、トラックが谷に落ちて放置されていた。昔、事故ったのだろうか。ここら辺りから林道は本格的に登りになり、上のほうにガードレールを見上げることになる。時々思い出したかのように舗装路が現れてそこだけ乗車したりする。
 歩いていればいつのまにか標高が高くなっている。百蔵山や権現山も見える。ヨウグラ尾根を経て楢ノ木尾根の懐に入り、沢で喉を潤す。送電線の下をくぐるころには勾配も小さくなり、乗車しやすくなる。
 代わりに、日陰には雪が目だった。1センチか2センチほど残っているだけだが、そういうところを走ると後輪が不安定になるのがわかる。ハンドルも微妙に効きが悪くなり、運転が慎重になる。奈良子川の橋を渡って押したり乗ったりを繰り返し、ようやく姥子山分岐にたどり着いた。


日陰には雪が残る。


 菓子パンを食べて補給する。地図では白樺平から姥子山への道は廃道になっているが、林道からは立派な階段が上へ続いている。さて、姥子山の山頂へ行くかどうしようか。別に登らなくても未練はないが、ま、ここまで来てなんだから、登って見る事にする。
 笹の中の踏み跡には雪が残っていて、靴の踏み跡もある。靴跡に往きと帰りがあるから、やはり林道から往復したのだろう。ちょっと登れば西峰だが、標識も何も無い。東峰に行こうかと思ったが(靴跡は東峰も往復していた)、鞍部まで標高差がありそうなので止めた。西峰に登るだけで足がつらかったのだ。一昨日の筋肉痛が再発している。
 林道のピークはこの姥子山入口のところのようだ。ここからは比較的下り気味になる。登り尾根のところ(百間干場からの登山道のところ)で軽トラックが向こうからやってきて、姥子山方面へ走っていった。菅沢のあたりではトラックがやはり同じ方向へ走っていった。作業のためだろうか。
 雪があったりして慎重に、それでも未舗装路を楽しみつつ、ほぼ乗車して進む。野脇ノ峰のカーブあたりから道は舗装路になる。ここからは下りだけなので飛ばせるが、道路を横切る水路の網の蓋が、道の真中(車のタイヤが通らないところ)は無かったりするので要注意である。ヒカゲジャクシの辺りで道は未舗装になりちょっと登ると、真木小金沢林道と合流する。なお、私が通った林道はしっかり通行止めのゲートが閉まっていた(自転車は、横から乗車したまま進入可能)。


前方は吹切峰から南西に派生する尾根。あの林道を下りてきた。


 さて、大峠までゆくか、それとも帰るか。すでに足は疲れているし、ちょっと早い気もするが、帰る事にした。寒さに備えて上着を着てフードもかぶり、道を下る。日陰には表決しているところもあり、そこではスピードを落とす。ビンディングははめない(砂が入ったのか、一度はめるとはずしづらくなってしまった)。日が当たっているとそれほど寒くも無い。しかし結構な勾配の連続で、これを登ってくるには相当な苦労があると思う。いずれ大峠も行ってみたいが(というか、時間があれば今日、行くつもりだったのだけど)、この勾配があることを知ってしまってはちょっとやる気が失せてしまう。桑西橋手前にゲートがあり、ここも通行止めで閉まっていたが、自転車やバイクは大きく開いたゲートの下を通すことができる。
 桑西も、勾配がある。間明野のあたりには馬立峠やキリメ峠といった名前が地図に載っているが、そんなもの確認する暇も無くスピードに乗って下って行く。気をつけないと、ブレーキを握る指が寒さで固まってしまう。
 真木の手前で振りかえってみれば、雁ヶ腹摺山など今日見てきた山はすでに見えなくなっていた。あそこの林道を走ってきたなんて、嘘みたいだ。
 甲州街道に下りて大月駅まで走り、輪行して帰宅した。20世紀最後の、私の山歩きかつ自転車パスハンティングというとろこか。


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