2001年2月11日
 ロングディスタンスパスハンティング。
 自宅(7:30)−多摩川サイクリングロード−浅川沿い−北野街道−高尾−中沢峠(11:00)−西沢峠−三沢峠−草場峠−町田街道−相原七国峠−野猿街道−多摩川サイクリングロード−自宅(16:30)。走行距離100km。

 朝は雲があり、太陽が昇っても雲に隠れてしまって気温が上がらなかった。ザックを背負っている胴体はどうと言うこと無いが、腕、特に前腕が寒い。
 我慢しつつ走る。浅川沿いに出たところで、またクランクのフィキシングボルトが緩んだようなので体重をかけて締めなおす。これまでこんなこと経験したこと無かったが、、、8セレーション嵌合のクランクセット/BBはこの新車が初めてだが、これまでとなにか違うのだろうか。
 つらつらと走る。北野街道に出るとき、ロードレーサー集団が高尾方面へ走り去っていった。彼らも大垂水峠辺りを攻めるのであろう。私はゆっくり走る。
 館町にある写真屋の前にはいつも丸石エンペラーのランドナーが止まっている。なんか気になる。
 甲州街道に出る。「北方領土返還は民族の願い」と書かれた右翼の白い車が通りすぎる。民族って、どこの民族だ?大和民族か?ならば奈良や京都あたりで運動しなければなるまい。東日本の人間は、少なくとも祖先は、大和民族ではない。そもそも、万が一北方領土返還がされたら彼らは何をネタにするのだろうか?返還されないほうが彼らのためである。でないと、自らの存在意義を求める先が無くなってしまう。
 高尾駅を過ぎて、JRのガード下をくぐった最初のセブンイレブンに立ち寄る。おにぎりや菓子パンを求める。全体的にエラク商品が少なく、食品以外の棚はがら空きに見えた。もうすぐ閉店かと思われかねない。
 セブンイレブン前で、肉まんを食べる。小仏行きのバスが通るが、ハイカーで満員である。
 甲州街道を進むが、自転車野郎がいない。もう少し暖かくならなければならないのだろうか。中沢峠へ向かう。ホテル高尾とやらの看板のある道で左に曲がる。看板のノリからしておそらくラブホテルか?この先にはちょっと高級っぽい料亭?がある。うまいもの食ってホテルへ直行ってか?アホラシイことを考えながら登れば、最後の民家から先は除雪がされていない。ここから林道中沢線なのである。
 10センチほども積もったままだが、明瞭な踏み跡がありまた乾いた積雪なので靴は濡れはしない。自転車を担いで歩く。林道終点手前から鉄塔巡視路の道を利用して稜線への道がある。たいした距離ではない。登ったところが中沢峠。



中沢峠。現在は津久井側の道がなく、単に稜線と林道を結ぶ場所にしか見えない。
中沢山の観音像。


 自転車を置いて一休みしていると、一人また一人とハイカーが通りすぎる。思ったより人が多い。
 東へ進む。乗ったり、担いだり。道は中沢山の頂上を巻いている。ベンチに自転車を置いて山頂へ登ってみる。1分と立たずに山頂で、観音像が立っている。残念ながら眺望は無い。
 ベンチに戻り、おにぎりと菓子パンで補給する。その間にもハイカーが通りすぎる。自転車を見て、「マウンテンバイクか、いいね〜」とか「雪が残っているから、マウンテンバイクは重いでしょう」とか、話し掛けてくる人もいる。私個人としてはこれはMTBではなく、あえて言えばパスハンターなのだが。
 ここから津久井へ道が降りていて標識にもそれが書かれているが、「悪路、不明瞭」といったことがマジックで書かれている。ここに限らずどこの標識にも、バス停までの時間とかマジックで書き足されている。同じ人が書いたのだろうか。
 道はしばらく下り勝ちになる。中沢山の東側の鞍部は浅川峠という峠なのだが、残念ながら峠への道がすでに廃道になっておりどこが峠なのか分からない。


浅川峠?
中沢山からしばらく歩いたところに、津久井方面の良く見える場所もある。


 道はまた登りになる。階段状になっているので、自転車を担いで登る。道はずっとそんなかんじで、ときどき雪も残っている。どちらかというと担いで歩き、ときどき乗車して徒歩より時間を稼ぐような進み方である。高尾側、津久井側どちらとも眺めの良いところは無い。中沢山からしばらくいったところに津久井側の眺めの良いところが一箇所あるだけだ。
 ベンチが見えてちょっと下がると、そこが西山峠。高尾側、津久井側の道が登ってきている。


西山峠。


 ここからまた道は登り。泰光寺山に登る。ベンチはあるが、眺めは今一つ。誰もいない。東側の道は急坂。
 西山峠を過ぎてからは雪が無くなった。乗車率も高くなる。階段のところ以外はだいたい乗車する。途中、巻き道があるが何を巻いているのか、特にピークらしいものも無くまた道は合流する。
 三沢峠に着く。標識がやたらとある。もともとの指導標に、ふれあいの道とか何かが出来たらまた標識を増やしているからだ。こう言っては何だが、俗っぽい雰囲気。標識には「新三沢峠」とマジックである。峰の薬師の道をちょっと行けばアンテナ設備の工事が行われていて、工事車両が入ってくることが出来るような道が出来ている。ここが「旧三沢峠」らしい。


三沢峠。
旧三沢峠。アンテナ塔建設中。


 三沢峠に戻り、草戸山へ向かう。ここから先は小さなアップダウンが多く、そのたびに階段が表れる。東屋のある休憩所を過ぎて階段を降り、また登ればそこが草戸山。城山湖をふもとに、町田方面を望む風景が見える。小さな展望台があるが、その前に松が伸びていて反って展望はよろしくない。
 ここは神奈川県と東京と、町田市がそれぞれに標識を立てていてうるさい。町田市最高地というのはおまけ。移設された山の神を囲む石が真新しい。この辺りに来ると、歩いている人も変わる。三沢峠まではハイカーが多いのだが、このあたりは近所の人が散歩に来たような格好である。犬を連れてきている人もいる。ハイカーに吠えたりして、犬が飼い主に怒られていた。
 草戸峠へ行く。乗車率は半々。草戸峠は、鞍部の峠ではなく、ピークではないかと思うような場所。ベンチがあって高尾山のほうの眺めが開けているが、まぁ感嘆するような眺めではない。


草戸山から町田方面の展望。
草戸峠。この反対側に高尾山が見える。


 大地沢青少年センターのほうへ下る。町田市と八王子市の市境尾根の道もあるようだが、さっさと下へ下る。無理やり乗車して降りるが、ツーリング車ではちょっと厳しい。石が多く、こんなところでパンクしたらたまらんなぁと思う。
 降りたところは林道のようなところで、雪が融けず残っていた。境川の源流があるとのことで行ってみる。雪は厚さ10センチほどもあり、乗車不可能。境川の源流は林道終点から1分ほど歩いたところに会った。小さな沢が合流しているところに標識は立っていた。源流から海まで歩くと15時間だと言う。


境川の源流。


 道を下る。積雪の上もちょっと乗ってみるが、後輪がふらついて、無理やりである。
 青少年センターとは、キャンプ場のことらしい。保育園児らしい子供たちが遊んでいた。
 七国峠へ向かう。町田街道を走って、家政婦大学の通りから真米へ抜けて小さな道に入る。鎌倉古道の標識がある。はてはて、そういう風に整備されているのだろうか。民家の前を抜けると道は未舗装になる。MTBが走った跡がぬかるみに残っている。
 登ったところが、相原七国峠。2万5千図「八王子」に書いてあるとおり。「大日さま」と書かれているほうへ登ってみると、三等三角点があり、一段下がったところに大日如来が祭られていた。なぜ大日如来?しかも、ちょっとしょぼい(失礼!)。


相原七国峠。鎌倉古道の一部。湯殿山の碑がある。


 峠に戻り、稜線を走ってみる。途中、犬の散歩をしている人とすれ違う。草の伸びているところを抜け、そのまま下って住宅街に入る。どこに来たのか良く分からなかったが、適当に下っていると町田街道に出た。
 町田街道から16号線沿いに出て、鑓水へ向かい野猿街道に出て聖蹟桜ヶ丘から多摩川サイクリングロードに出、自宅に戻った。



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