巴里日記
この日記は、1999年の夏に我がRS達が巴里留学しているRSに逢いに行った時の報告書です。
1週間の滞在記録ですが、彼らはとんでもない事をやらかしてくれました。興味のある方は読んで下さいね。
(^^ゞ※この日記は、管理者に直接届いたものを記載者の承諾を得て掲載しています。
日記1:九月六日 (火) 曇り
イヤー、いきなり波乱のスタートです。
朝6時前に、うちの親と、隆行、正剛を乗せた飛行機が着いた訳なんですが、僕が空港に着いたのは7時過ぎ。
そして、出会えたのは、なんと、8時過ぎ! うーん、、、2時間以上も待たせてしまいましたー。
言い訳をしますと、僕が空港に着くのが遅れたのは、朝の通勤ラッシュによる渋滞のせいであり、決して寝坊のせいではありません!!!
そして、なかなか会えなかったのは、彼らは、JALで来るとばかり思っていたのに、キャセイで来て、全く別の場所に、僕を待たせていたためであります。
これは、僕に対する彼らの情報供給不足の結果であり、決して僕の勘違いやど忘れなどではありません!!!
まあ、あまり彼らを責めても可哀想なのでこれ位にしておきましょう。
きっと、ほんの少ーーーしは、僕のせいもあったでしょうから、、、。
とにかく、彼らと会うことが出来たので、僕は無事に今週号のジャンプを読めた訳ですから良しとしましょう。
うちで昼食を取り、散歩へ。
石造りの街並みは新鮮だったようで、母親は感動して、あちこちでシャッターを切っていました。
隆行や正剛も、フランス人の運転マナーの悪さに、いささか興奮気味でした。
帰りに食料の買い出し。
4人分の食料をスーパーで買い込みまして、なかなかの量でした。
どれくらいかというと、「おいおい、日本人4人で、力自慢大会かっ?」と、道行く人に突っ込まれるくらいでした、、、。
まあ、僕としては、「人手と金の居るうちに買い置きだな!」と思っていたので良かったです。
夕食は学校の友達も連れだって、近くのレストランへ。
僕の部屋は完全に「禁酒禁煙」なので、正剛と隆行は、ここぞとばかりにワインを飲んでいました。
そして、今、横で3人とも、よく寝ています。
アルコールのせいなんだか、時差ボケのせいだかは、はっきりしませんが、まあお疲れのようです、、、。
と、いうことで今日はそろそろ、終わりかな。
まあ、賑やかな1週間が過ごせそうなことは確かです。
鈴木智徳(記)
日記2:九月七日 (水) 晴れ
今朝はなかなか起きられなかった。
うーん、、、僕も時差ボケなのだろうか? それとも、昨日のレストランで食べた、ワインビネガー入りのタルタルステーキで酔ってしまったせいなのか?←情けなー、、、
今日は、エッフェル塔に行って来ました。 パリにいるというのに僕は初めて登ったのですが、ほんと、想像以上でした!
パリを一望できるすばらしい眺めでした。セーヌ川に映る、塔の影を見たときには、隆行と正剛と一緒に、「おおおーーーー!!!」 と叫んでしまいました。
それに塔自体の造りも、どことなく、無骨だけど、あたたかい感じで良かったです。でも、上はとにかく高かったです、怖かったです。
100年前の人たちが「化け物!」と呼んだのが分かる気がしました。
それからシャイヨー宮に行き、木陰の芝生でごろ寝。
イヤー、気持ち良かった、これぞパリの醍醐味ですな!
セーヌ川を一時間ほど、周遊する、船に乗り、川の上から、オルセーやノートルダムなどの建物を、見ました。
一緒に乗り合わせたのが、幸運にもちびっ子の遠足集団。イヤー、賑やかなこと賑やかなこと、、、えー、おかげで退屈しないですみました。、、、、、あー、しんどかった、、、
家に帰って夕食後。
イヤー、若いってすばらしいね。何を言うかと思ったら、「エッフェル塔まで歩いて行こう!」って言って、正剛と隆行が出ていきましたよ。
家からのエッフェルの眺めはなかなかなのに、どうやら、それだけでは足りなかったようで、、、
ウン、すごいよ、君たち!おじちゃんには真似できないね!
鈴木智徳(記)
日記3:九月九日 (木) 晴れ
うーん、どうやら昨日までの日記の日付が一日ずれていたようだ、、、
今日は、ちょっと足をのばして、[RER]なる「高速地下鉄」と、呼ばれるものに乗って、ベルサイユ宮殿まで行って来ました。
乗ってる間、疑問だったのですが、この電車、ほぼ各駅停車、地上をガンガン走っていました。
いったい、どこが高速で、どこが地下鉄なんでしょうか?名前は二段落ちのギャグなのでしょうか?
まー、そんなことはどうでも良いんですが、、、。
家から約40分ほどでベルサイユ宮殿に到着。宮殿を見た瞬間、「っおい!!!」と建物に向かって、つっこみを入れたくなるほど、でかくて豪華でした。
「そりゃ、革命も起きるわ、、、。」と一同、納得。ところが、恐ろしいのは正面ではなかった!
建物の裏に回った瞬間、「、、、!」なんだ、この広さと、豪華な庭園は!!もう、何って、とにかく広い!敷地内に山あり森あり運河あり、、、。
「そりゃ、革命も起きるわ、、、。」と一同、再度納得。
建物の中の見学コースは混んでいたので、地球の歩き方に乗っていた、ルイ十四世、お気に入りの庭園散歩コースを歩くことに。
お花畑や泉、森の中、などを通り自然を満喫。丸に時間歩いて、ようやく行程の半分、、、。庭を散歩という域を遙かに超えて、[訓練]の域に達していました。
結局、中途半端な時間の食事をレストランでとり、戻ることに、、、。
買い出しをして部屋に戻って一休み、、、。そのまま、みんな寝入ってしまいました。
お疲れっ!!
鈴木智徳(記)
日記4:九月十日 (金) 晴れ
この日は、昼から凱旋門へ。なぜ昼からって?そりゃ、案内役の智徳君が学校へ行ったり銀行へ行ったりだからです。そんなわけでお昼から行動開始。
連日の疲れからかみんな寝坊気味。中には夕方6時台から朝の7時くらいまで爆睡こいてるひと(正剛)などもいました。
観光ルートは
凱旋門
↓
適当な大通り
↓
近所のスーパー
といったところです。
観光地よりもスーパーや普通の通りの方がおもしろかったと思います。
その後、帰宅して夕ご飯を食べてからはマドレーヌの住人たちと楽しく語らい、そしてそのマドレーヌの住人の家にまで行ってゲームをやっているひと(正剛)などもいました。
それでも12時くらいにはいつものように消灯です。(と、思います。)僕は一人でパソコンに向かいドラクエなどやる始末です。
その日最後の記憶は、2:34を示す時計を見たことでしょうか?
そんなこんなで昨日出さなかったこのメールをいま、こうして書いている次第です。
以上、担当は鈴木隆行でした。(記)
日記5:九月十一日 (土) 晴れ
今日は朝10時にルーブル美術館に行った。
モナリザには予想どうり人がたかっていました。その後、智徳君のお友達の子の家に行き
それから家電屋に行きました。
その間の地下鉄のメトロに乗っている間に食べたサンドウィッチとチョコパン。
夜にはワインをマドレーヌの住民達と飲みました。ワイン3本はさすがにきつかった。
その後、夜の凱旋門に散歩に行って、帰ってからまたワイン1本飲んで朝方の4時頃まで起きていました。
秋元正剛(記)
日記6:九月十二日 (日) 晴れ時々曇り
パリでの最終日、郊外へ足をのばした。
サンラザール駅より、急行列車に乗るはずが、特急列車に乗ってしまい、目的地は通過してしまった。
下車した駅は”ルーアン”。
戻る列車までの2時間ほど、街を散策した。市庁舎の横にあった”サントゥアン教会”は、見事なゴシック様式の建物でした。
街の中にそびえる”ジャンヌダルクの塔”はその重厚な石造りが、長い年月をものがたっていました。
乗り過ごし、この街を訪れたことにより、期せずして、すばらしい、感動の時間を過ごせました。
当初の目的地であった”ジヴェルニー”に戻り、6キロほどの道のりを、1時間半歩き、画家”モネ”の生家のある村へ行きました。
美しい自然の中で綺麗な花々や野イチゴ、りんごなどに出会えました。
7時ごろ家に戻り、万歩計は3万歩を越えていました。
思い出に残る一日が過ごせました。明日はいよいよ帰国です。
鈴木千鶴子(記)
日記7〜エピローグ〜 :九月十三日 (月) 曇って晴れて雨降って、、、
イヤー、一週間、早かったですな。昼前くらいに、3人を空港まで送っていきました。
今回みんなが来てくれたおかげで、パリに住んでるくせに、エッフェル塔すら登ったことのない僕が、いろいろと市内観光できた。
なんと、郊外まで観光に行けた。おかげで家から出なかった僕が日焼けした、、、。
家に日本の食料があふれた。一週間分の食費が浮いた。外食できた。おかげで少々太った、、、。
部屋での完全禁酒禁煙を破られた。おかげで、酔った勢いでTくんが家のいすを壊した。、、、っつーかおまえら、危ないから、酔っぱらって夜中に散歩なんか出るな!!
。。。etc。。。
と、数々のメリットを得られたことに感謝します。
まー、いろいろとありましたが、日本にいるのと変わらず、にぎやかな一週間でした。
これにて、期間限定連続ドキュメンタリー「巴里日記」は終了させていただきます。
短い間のご購読ありがとうごさいました。
鈴木智徳(記)