船で廻れば 出羽島一里 島にゃ大池蛇の枕 (雨情)

出羽島港内をみる。
出羽島連絡船 大池丸発着場
出羽島漁港
向かう出羽島なつかしところ

船にゃ蝶々もついていく
 

現在、春先には2羽の燕がついていきます

海の駅手前に
野口雨情碑が有ります
阿波の牟岐町南に向いて、春を待たずに豆が咲く  
小張岬より見渡す。




 出羽島小学校北側(休止中)避難道を昇ると碑
があります。

劫初よりつくりいとなむ殿堂にわれも黄金の釘 ひとつ打つ
ー与謝野晶子ー

宇宙全体が、”いのち”に通徹された大殿堂ならば未来に向かう我々の務めとして
いのち”に満たされた黄金の釘をわれも宇宙の殿堂に打つ。
 ー玉城康四郎ー
出羽島発 6.307.25・9.00・12.2015.00・ 16.35 料金 220円
牟岐港発 7.00・8.20・11.00・13.30・16.00・17.20 7.8月 230円

世界で4箇所の内
日本で1箇所しかない
シラタマモ自生地。
大池 遊歩道から10分程


シラタマモは、1億4千万年前に繁殖した植物で、シシャジクモ科の海藻、生物が海から陸へ移行し進化する途上の形質として、きわめて貴重な学術資源と言われている。
昭和48年国指定
天然記念物。





海潮音子守歌

出羽島東側笹藪を出ると防潮堤です。一晩中さざ波の音が聞こえてきます。




ハイピスカス咲いています。
公 共 W C

タニワタリ
出羽島に優れたものが2つある。
自生植物タニワタリ
今は無く、
鉢植えでみられる。
左側

ハマユウより上。
2002年6月、今年は、雛が1羽です。

連絡船お池丸デッキの上

   もどる INDEXに戻る

出羽島、大島歴史
1645年宗門改め(切支丹の禁制)の為、出羽島、大島を徳島藩より与えられ島番等6軒移住。
昭和始め人口1000人に達するが、現在人口二百名内外。
 昭和40年頃亜熱帯植物植生するが、当時の水状況等で残余の植生は少ない。
出羽島防潮堤上でテングサを干す。
00.07 01.06.10燕の雛3羽無事飛び立ちました。
デッキ甲板上に巣を作り6羽の雛を育てる
つばめ
牟岐港と出羽島間3.7km往復6航海、海上にも餌となる虫がいて飛来して15分間
連絡船の後を追います
 
牟岐町内港 台風6号を向かえて避難
 2002年7月9日
タゴールのギタンギャリ(ささげる歌)を写そうと思いましたが、長いので百年後にしました。
ラビンドラナート・タゴール 初期詩集 森本達雄訳
        
百年後
   
 いまから百年後に
わたしの詩の葉を 心をこめて読んでくれる人
    
君はだれかー 
   
いまから百年後に?
早春の今朝の喜びの
     
仄かな香りを、
今日のあの花々を、鳥たちのあの唄を、
    
今日のあの深紅の輝きを、わたしは
心の愛をみなぎらせ 君のもとに

    
届けることができるだろうかー
    
いまから百年後に。

それでもひととき 君は南の扉を開いて
    
窓辺に座り、 
遙か地平の彼方を見つめ、物思いにふけりながら
    
心に思いうかべようとするー
  
百年前の とある日に    
ときめく歓喜のひろがりが、天のいずこよりか漂い来て
     
世界の心臓(こころ)にふれた日のことをー
いっさいの束縛から解き放たれた 奔放で うきうきした
     
若やいだ早春(ファルグン)の日のことをー 
羽ばたく翼に 花粉の香りをいっぱいのせた
     
南の風が
にわかに 吹き寄せ 青春の色調で
     
大地を紅く染めたのをー
   
昔の時代(とき)から百年前に。
その日、生命たぎらせ、心に歌をみなぎらせて
   
なんと詩人は目覚めていたことか、
どんなにか愛をこめ どんなにか多くの言葉を
     
花のように咲かせたがっていたことか!
  
百年前の とある日に 

  
いまから百年後に
君の家(うち)で
           
歌って聞かせる新しい詩人は誰か?
今日の春の歓喜(よろこび)の挨拶を
     
わたしは その人に送る。
わたしの春の歌が しばし
     
君の春の日に こだましますように。
君の心臓(こころ)の鼓動のなかに、若い蜂たちのうなりのなかに、そして
     
木の葉のざわめきのなかにも、こだましますように。
  
いまから百年後に。
ー1986年 ファルグン月