
| 氏名 | 長屋 年則 |
| 住所 | 静岡県浜松市(いいとこです) |
| 年齢 | 1961年生まれの40歳(まだまだ生きるぞ!胃潰瘍がなんだ!痔がなんだ!) |
| 職業 |
婦人服小売業。 このページを見ているあなたのお母さんたちに着て頂くお店です。 サカエ屋洋装店と申します。宜しくお願いします。 |
| 家族構成 |
妻 一人(当たり前)、娘中1(すぐおこる)、息子小4(我が家では彼をゲームボーイ と呼んでいる。) |
| 趣味 | 釣り・バンド |
| 座右の銘 | TAKE IT EASY |
| 私の右腕 | Fujitu ME3/507---パソコンの部屋 |
| あたしってこんな人 | 「釣り好きのあなたに100の質問」 〜汐凪丸のmaruさんより |
第1号 | 貴方にとって 釣り とは 何ですか?(青年の主張風に) |
第2号 | 釣り具についての私的一考察 |
第3号 | キャッチアンドリリース |
第4号 | 釣り人のマナー |
第5号 | 風に吹かれて(Blowing in the wind) |
第6号 | 思い出の渚 |
第7号 | IMAGIN |
第8号 | あなたに魚の悲しさがわかりますか? |
第9号 | あなたに魚の悲しさがわかりますか? その2 |
第10号 | 釣り人の悲しい性 |
だから バレないで」と祈っています。)そして、釣り上げた魚の 美味さ。ああ、釣りって 本当に素晴らしいものですね。 しかし、思い起こせば 大物を針に乗せながらも 自分の針結びが悪くて、姿も見えないうちにバラシてしまった時のくやしさ。 大物を釣り上げた時よりも 鮮明にその状況を 覚えています。 また、釣友達と 釣行し、他の仲間が ガンガン釣り上げているのに 自分だけ 一匹も釣れず、密かに悔しさに耐えている時に 一言。「釣れてないのお前だけじゃん。良いだろー、ほれほれ」 この悔しさだけは 金輪際味わいたくないですね。 Good oneを釣って、記念に写真を撮ってもらい、翌日慌てて現像に出したのにも関わらず、その写真だけが 取れていな かった事。など… 思えば 良い事よりも 悔しい思い出の方が少ない筈なのに、妙に印象深いんです。 私にとって 釣りとは その悔しさを 癒す事なんでしょうね。 以上 コラムでした。
「釣り具は 高ければ高いほど良い と相場は決まっている」と私の友人が以前語っていました。私も その意見には同感です。 では良い釣り具が 何故高額なのでしょう。素材が高い。国産品である。手作りである。長持ちである。色々な要素はありますが、 私的には 釣り具は高ければ高いほど 釣り味に違いがあると思うのです。安物の釣竿を使っていると 釣りが雑になりがちです。 高価な竿と言うものは 魚が針に乗った時、竿に伝わる感触で 魚の動きが手に取るようにわかります。安物のリールは しばらく 使っているとガタがきたり 変な音がし始めます。もちろん 高価な釣り具は 大事に扱うので、より長持ちはします。行き付けの 管理釣り場のオーナーは、20年前のダイワトーナメントを何度もオーバーホールして未だ現役で使用しています。曰く「これを 使ったら 他のは使えないね。」 ものすごいこだわりです。ですから、小使いが許す限り 良いものを買った方が良いと私は思い ます。しかし、私の場合 友人と遊びに行きたいし、パチンコもやる。商売仲間との付き合いもあるしバンドもやる。子供も2人 居るし カーちゃんは恐い。とまあ 色々な理由で 良いものはなかなか購入できません。それより 釣行回数を 優先しています。 では、廉価な道具と 高級高性能な道具では、どれほど釣果に差があるのでしょうか。。とかく魚は 竿やリールに食いつくので はなく、えさ(又はルアー)に食いつくのです。竿先が柔軟な方が食い込みが良いとか、胴が強い方が寄せが良いとか…。 しかし、恐らくその差は、「廉価版の道具で10匹釣れたが、高級高性能の道具では11匹つれた。」程度のことではないで しょうか。でも、その釣りそびれた一匹が、60cmのイワナだったら?1mのスズキだったら?年無しの黒鯛だったら? そんな事を考えると、やっぱり良い道具がほしいのです。 以上 コラムでした。第3号 キャッチアンドリリースこのコラムも とうとうキャッチアンドリリースという禁断のテーマへと足を踏み込んでしまいました。 昨今のルアーブームは、欧米諸国からの輸入によるものであります。(ご多分に漏れず私も ブームに乗って楽しんでます。) 勿論”キャッチアンドリリース”という文化もいっしょに輸入されました。 魚釣りをゲームとして楽しむ事は、ある種、動物虐待行為であると思っている方がいました。(釣りをして 釣れた魚を食べるの であれば 虐待にはならないのかなあ。)その方は、おそらく釣りをしたことがない、又は魚嫌いな方なのでしょう。 釣り人口の増加による 渓流の魚の数が著しく減少しているとの事。これは、深刻な問題です。自然界には食物連鎖という 神様 が 与えて下さった 決まり事があります。その食物連鎖の頂点にいる 人間が魚の乱獲をしてしまったら・・・。その魚の食べてい た虫や小魚が増え過ぎてしまい、それによって、自らの食べ物が 減ってしまって いずれ全てが死に絶えてしまうのでしょう。 自然は 守らなければなりません。釣り人全てが キャッチアンドリリースを遂行したとしても、自然の河川に足を 踏み入れるだけ で 自然破壊になってしまいます。出来ることなら行政の権力で、立ち入り禁止、または 5年間の釣り禁止などの横暴な条例を 全国に広めていけないものか と思う今日この頃。 私は管理釣り場が大好きです。そこには自然がありません。不自然です。魚はたくさん居ますし 良く釣れます。こんな素晴らし い空間は 他にありません。まさにパラダイス!キャスティングの練習にもなりますし、ルアーの泳ぎや 曳き方の練習にもなり ます。でも 傷だらけの魚を釣った時 心が痛みます。もう少し上手にリリースできないものだろうかとか、お前ももう少し利口に なれとか・・・。 さて、実は私は 渓流釣りなどしたことがありません。ですからマスや岩魚は 管理釣り場でしか見た事がありませんし、自然保 護に関しても さほど感心があるわけでは御座いません。(これは 人間のモラルの問題です。)しかし、ある雑誌を読んでいて、 頭に血が上った事があります。 その釣り師は、ルアー釣りを得意とする釣り師で、キャッチアンドリリースを提唱する、自然を 愛する人のようです。自分が見つけた良い釣り場があったようで、2年連続で良い釣果をあげていました。 今年も例年同様 良く釣れたそうなのですが、「えさ釣り師の乱入により、魚が減ってしまった。」としてありました。おいおいチョッ と変じゃないか?私は えさ釣り師に肩入れするつもりではないですが、乱入してきたのはルアー釣り師の方であり、しかも 禁猟期に釣りをしている訳ではないのです。皆 魚を釣りたくて 遊びにきているのです。そのルアー釣り師ですら 釣った魚を手に 持ち、なんカットも写真をとっています。渓流の魚というのは人間の手に触れてしまうと、リリースしたとしても 生き残っていく確立 は極端に減ってしまうそうです。ただの傲慢です。「魚にやさしく」とか言う前に 釣り場に行かなければ これぞ「魚にやさしい」こ とです。(これは極論) 私は、「自然を大切にしてます。」と胸を張って言うつもりは毛頭ありませんが、私なりに自然を大切にしています。でも 私が渓流 に釣行すれば、釣れた魚の幾つかは 必ず持ってきてしまうでしょう。 去年 後輩の料理屋で 天然の岩魚の塩焼きを初めて食べ る機会に恵まれました。20cmそこそこの魚だったのですが、その美味しさにノックアウトされました。今まで食べたどの塩焼き より美味しいのです。 私はこんな美味しい魚をリリースする自信がありません。だから「自然にやさしく」と胸を張れません。 私は”キャッチアンドリリース”を否定するつもりも肯定する自信もありませんが、最後に一言。 世の中、全て”程度”の問題です。食べきれない魚はリリースしましょう。 以上 コラムでした。第4号 釣り人のマナーこの頃 釣り人のマナーについて 触れているホームページをよく見かけます。その殆んどが マナーの低下を 嘆いている内容です。 名指しはしないにせよ 明らかに その人 と分ってしまうように記載しているページもありました。(これは よくない!) しかし マナーと言うよりも 人間のモラルの問題なんです。最近”モラルハザード”という言葉が取りざたされておりますが、まさに 危険信号です。釣り人の出すゴミや 河川からの家庭排水などで 海が汚れていることは 確かです。なにゆえ 私がこんなに熱が 入っているかと申しますと、釣った魚が 食べれなくなってしまうと言う恐れがあるからに ほかなりません。 先日 釣ったキビレは 腹を裂いたところ 臭くて茶色がかった色をしていました。その次に釣った キビレは 生簀の中まで臭くなっていました。キビレが 黒鯛やへダイと比較して 多少臭みがあるのは 知っていましたが、こんなに臭いとは。特に 潮の動きが悪い場所で釣れた魚に そうゆう傾向が 強いようです。私の好物の セイゴにはまだその傾向は出ていないようですが・・・。(あーよかった) このような事を 踏まえまして 釣りのマナーについて再検証してみましょう 1.ゴミは持ってかえる。 堤防がゴミだらけで 中には バーベキュウをしてそのままで 帰ってしまう輩が いる。その釣り場はとうとう 立ち入り禁止になって しまった。そこはチンタや黒鯛やセイゴ時にはマダカがよく釣れてお気に入りだったのに・・・。(腹立つー。) 2.撒きえで 堤防を汚さない。 子供を連れて 釣公園へ サビキ釣りに 行ったところ、堤防がマキ餌のオキアミで汚れ、しかも悪臭を放っていました。そこらに しゃがむ事も出来ないぐらいの汚さでした。(気持ちよく釣りてー。) 3.割り込みをしない。 3人が入れば いっぱいになってしまうような釣り場に 2人組の おっさんが割り込んできました。その二人は結構気さくなおじさん 達だったのですが、やはりこちらが少し遠慮をして竿と竿の間隔が狭くなり 自らオマツリしてしまいました。(人は良くても 台無し) 4.むやみに騒がない。(特に夜釣り) 夏休みになると 学生たちが一斉に帰省して 釣り場は大騒ぎになります。特に彼らの習性として 一人で釣りに行くことはありませ ん。必ず群れを作って 釣り場に現れます。一喜一憂し大盛り上がり大会を繰り広げ 最高に楽しい時間を過ごしています。本当に うらやましくも楽しそう。バット!夜釣りで隣で釣りをしている人の形相を見ると 尋常ではありません。舌打ちしたり、咳払いしたり ため息をついたり・・・。見ているこちらが気の毒になるほど あからさまに嫌がっています。騒いでいる若者が釣れ盛っていて、その 釣り人は 釣れていなかったので なお更です。(実は 私にもその経験があって 気持ちはよく分ります。)楽しいのは よーく分りま すが 真剣に釣りをしている方もいらっしゃるので 夜釣りに限っては もう少しおとなしく釣りをしましょう。 5.場所取りは程ほどに 何年か前の冬、 浜名湖の1番鉄橋の脇にカレイ釣行したときのことでした。釣り場に着いた時 人気のある釣り場なので車が泊め る事ができるかどうかと思っていましたが 僅かに一台が駐車しているのみでした。これなら一級ポイントにはいれます。しかし その ポイントには すでに三脚竿立てが 5つほど並んでいました。にもかかわらず釣り人の姿は一人として見当たりません。場所取りです。 仕方なくその横で竿を出した訳ですが 9時を過ぎた頃に3台の車がぞろぞろやってきて がやがやと仕掛けの準備 をしたかと思うと やおらそのポイントで釣りを始めました。いつ頃から場所取りをしていたかは知りませんが、腹が立たずにはいれませんでした。 (これが許されるなら 堤防に私の表札でも貼っとこうかー!) 6.仕掛けの投点あたりを横切らない ボートつりをしていると 自分が仕掛けを投げ入れた辺りを他のボートが平気で横切って行くことが たまにあります。「おいおい」 と聞こえる程度の声で言うのですが 時すでに遅く通過していってしまいます。私が そういう事を気を付けているだけに 結構やられ ると 腹立ちますね。(おまえもやられてみろよー) 7.むやみにサーチライトを照らさない これも ボート釣りで感じることですが、むやみやたらとサーチライトを照らしまくっている人。(魚が逃げちゃうっつーの)私のように ボートの操舵がへたな人間でも他船に対して ライトを照らしまくって 走り去って行く事はしません。無灯火で しかもフルスロットルで 走る ボートを見かけることがあり ます。そこまでになれたら最高ですなー。 8.釣り人同志 仲良くしましょう。 以前 私が一人で堤防つりに行った時のことです。先客の釣り人に いつものように「釣れてますか?」と一声掛けました。しかし 返事はありません。聞こえなかったのかと思い「釣れてますか?」ともう一度聞き返したところ、こちらがぎりぎり視界に入る程度 振り向き、また竿先に顔を向けました。完全無視!私も大人気なく頭に血が登りなんとしてでも答えさせてやると思い、「釣れてま すかって言ってるじゃん!」と少し強めの口調で 問うたところ やっと煩わしそうに 「全然。」と一言。私も帰りしなに 「どうも。」 と一声掛けましたが なんとも気分が悪い釣行となりました。今思えば 単独釣行する人というのは 複数でつりに行くのが 煩わしい と考える人が 結構いるのではないかと思います。私の一言で 彼も相当 気分が悪くなったかもしれません。私とて 単独釣行の 気楽さはわかるつもりですが、無視は無いんじゃないか?もしかして 情報を交換することによって新たな釣り場を開拓できるかも しれません。 という訳で御座いまして なにやら立腹大会になってしまいましたが、上記の事程度のマナーを守れば かなり自分も気持ちよく釣りが 出来るに違いありません。我ながら かなり偽善者風でいやらしいコラムになってしまいましたが、当たり前の事ばかりなんですよね。 以上 コラムでした。第5号 風に吹かれて(Blowing in the wind)私は 風が嫌いです。(皆そうだよね) 風の日に 竿を良く折るんです。穂先に道糸がすぐからまってしまって、うっかりカーボン竿を持っていくと 60%の確立で折りますね。 穂先ならまだ良いんですが、陸っぱりで釣りをしていて倒れた竿を踏んでしまって元竿がはぜた事が 2度程あります。 一番腹立たしかった事は、釣りの準備万端で仕掛けもセットしたまま浜名湖に着いたら 風が強くて出船できず あきらめて帰宅し 竿から仕掛けを外す時に 折ってしまった事です。 それもこれも 風の仕業です。 ボート釣りをしている時も 風は嫌な奴です。潮が緩い場所や時間帯に風が吹けば 潮の強さより風の強さが勝ってしまい、ボートが あっち向いたり こっち向いたり。うねりが出てきて 竿が上向いたり下向いたり。尿気を感じ立小便をすれば ボートから落ちそうにな るし(ボートから落ちたら本気でヤバイ)。ボートを走らせれば 全身びしょぬれ。 ルアーフィッシングにおいても 同じです。穂先にラインはすぐからまりますし、ルアーを投げても戻ってきちゃう。挙句に ライントラブル 道糸グジャグジャ。糸がらみを直そうと思って 穂先を池の反対側に向けて直していると、穂先に神経がいって 気付けばリールが池 に浸かっていたとか。帽子は吹っ飛ばされ 池に落とす、隣の人とお祭りする。良いことなんて 一つもありません。キーボードを打っていて だんだん腹が立ってきました。 漁師にとっても 同じことです。出漁ができないんです。おまんまの食い上げです。「まんまといっぱい食わされた」ならいいのですが 「まんまをいっぱいも食えない」です。 でも 風の日を喜んでいる奴もいます。それはお魚サンです。餌で誘う釣り人は いないし、網でそれこそ一網打尽、手も足も出せない 漁師もいません。風の日は魚にとっては 安息日なんです。海の上は強風でも 水の中では 意外にくつろいでいるのかもしれません。 魚もたまには のんびりさせてあげなければいけません。風の日もたまには仕方ないか…。 以上コラムでした。第6号 思い出の渚今から26年前の出来事です。その日、当時中学生だった私は 釣友を誘って 弁天島にキス釣りに出かけました。キス釣りと言っても あえてキスを狙ったわけではなく、釣れて来る魚にキスが多かったと言うだけの事なんです。3段積の重箱程度のクーラーボックスを 袈裟懸けにし、右手にオリンピックの竿を裸で持ち ポケットに仕掛け入れを突っ込んで 東海道線に飛び乗りました。 車窓から降り注ぐ日差しは 残暑と言うよりも既に秋の気配が感じられました。私が 良く通った釣り場は サクラマルのあたりだったと 記憶しています。 15分で弁天島駅に到着し 餌を購入して 釣り場に着くと既に5〜6人の友人が竿を出していました。遅れをとったあたしは焦って 出来合いの仕掛けを竿にセットして、釣りを始めました。竿立ての三脚など持っている者は無く、皆 手持ちか 堤防に竿をそのまま 置いて アタリを待っていました。と書くと格好が良いのですが、しばらくアタリが無いと 飽きてしまって 竿をほったらかしで 当時大流行 した「燃えよドラゴン」の芝居を全員で始めるテイタラク。皆で ストーリーを思い出しながら「アチョー!ウァター!」。たまに ブルースリー が同時に3人も出演しています。釣友の一人に柔道の市の大会で3位になったM君がいて 彼がミスターハンの島で開かれる武道大会 のムキムキ中国人役になります。彼の対戦相手は映画ではブルースリーではないのですが そんな事はお構い無しでブルースリーが 誰彼構わずなぎ倒していきます。当時 ガリガリ栄養失調風の私が 栄養過多のM君を倒すのが なんとも気持ちがよろしい。 そんな中にも誰かが 餌のチェックをすると 「俺も 俺も」と次々にリールを巻き始めます。餌を取られている者、見事キスを釣り上げた者 (釣れていたとも言う)、フグやヒイラギが掛かっていた者。 自分だけ釣れていないと悔しいの悔しくないのって…。「やーい やーい。 お前だけボーズ。」なんて言われようものなら ブルースリーよろしく 掴み掛かっていかんばかりの悔しがりようです。 子供というのは 残酷な生き物で、釣れたキスはクーラーボックスにしまいますが、ヒイラギなどは 堤防にほおって 皆でまたいで「猫 また〜」。フグに至っては 友達に投げつけたり 即席サッカーボールになったり 大変です。今思えば お魚さんに大変申し訳ない事をした と思いますが、そうやって魚で遊んだり 殺したりする事で 子供達は少しずつ命の大切さと言うものを 学んでいくのです。 3時を過ぎ、そろそろ皆 帰宅時間を気にし始める頃に 事件は起こりました。2本針の仕掛けに蛇虫をつけた M君が 一本背負いの如く 力任せに竿を振りました。 「うぎゃー!」 ブルースリーではありません。たまたまM君のすぐ後ろをへらへら通りかかったT君の声です。皆が一応に振り向きますが、何ゆえ T君 が騒いでいるのかよく理解できません。遠巻きに見て 心なしかT君の唇が 美川健一を真似たコロッケの唇の形に良く似ていたような 気がします。慌てて駆け寄ってみると ご想像の通りM君の釣り針はT君の唇にガッチリ刺さっていました。しかも ばっちりカンヌキに 掛かっています。蛇虫と共に…。中学生のT君の目から大粒の涙がポロポロと流れていました。なにせ 柔道市内大会3位の巨漢の 思い切り振った仕掛けが 唇に刺さったのですから 仕方ありません。何と言う不運。何と言う偶然。そこに居た 誰もが 自分じゃなくて 良かったと思ったでしょう。 T君はM君に付き添われて 駅の近くの「正田医院」に駆け込み 釣り針を抜いてもらったそうです。釣り針と言うものは 魚を釣るために 存在するわけで 簡単に抜けないように"返し"と言うものが付いています。病院の先生もかなり苦労したようで 処置にずいぶん時間が かかりました。ところが さすがの先生も針を取る事ができず 最後には強引に針先のみ唇に残し 針を抜きとって処置を終えました。 処置の最中、T君がずーっと泣き叫んでいたそうです。 今も T君とは良く遊びますが その話をすると必ず「俺の唇には あの時の針がまだ残っている。」と自慢げに語り始めます。 あの日以来 T君が釣りに 行かなくなったのは 言うまでもありません。第7号 IMAGIN午前3時、浜名湖、ボートで一人きり、無風状態、満月、べた凪、静寂・・・。 この条件が揃った時、あたしの中で釣りのイメージが 一番膨らみます。 釣りと言うものは イメージのゲームです。自分の思い描いたイメージ通りの釣果を得られる者のみが 名人と呼ばれます。皆が名人と呼 ばれたいが為 勉強を重ね 釣行回数が増えていきます。この潮のこんな夜は 魚があそこに群れている、とか、この時期のこの時間帯は 魚はあの場所で餌を食べている筈だ、とか ・ ・ ・。ピタリと読みが当たった、と名人でもおっしゃります。水中カメラで覗いている訳でもな く ましてや魚とお話できる訳でもありません。やっぱりイメージしているんです。 あたしも 上の条件が揃った時、穂先のリチウム電気をぼんやり眺めながら想像するのです。・ ・ ・ ・ ・ 魚が 弁天蛇虫の周りを 警戒しながら 回っています。 「うーん 良い香り。」 魚は 目の前のご馳走欲しさに警戒心が 徐々に緩んできます。 「ちょっと味見してみようかな?」 魚は 蛇虫の先っぽをちょこんと舐めてみます。 「コレ コレ この味!本物の弁天蛇虫だ!いつも偽物で仲間が 釣り上げられてるけど、この味なら大丈夫!」 魚は もう我慢ができません。蛇虫をいっきに吸い込み サッと反転してからゆっくり蛇虫を味わいます。 「あれ?この蛇虫、妙に引っ張るなぁ。蛇虫にしては 力が強すぎる。もしかして 釣り針に 引っかかったの?騙された〜!」 魚は 自分の置かれた状況に気付きます。 痛覚と言うものが無い魚は全身全霊の力を込め 釣り糸を引っ張ります。 「負けるもんか!――――段々疲れてきたよ。――――もうだめ 諦めた…。」 魚が とうとう浮いてきました。玉網に入った魚は もう手も足もでません。(手も足も無いが) あたしは 一人で静かにガッツポーズを決めて しばらく魚を眺めています。はっと 思い出したように メージャーをタックルボックスより取り 出し 長寸を計ります。50cm。先ほどよりも大袈裟なガッツポーズで喜びを表します。我に帰ったあたしは 慌てて道具入れの中から随分 前に購入した一眼レフのカメラを取り出し 魚の横にたばこを置いて 証拠写真を続けて3枚撮ります。その後は ちらほら小魚が釣れますが そんなものは餌の消化試合となってしまいます。明るくなるのを待って 慌てて桟橋へボートを走らせます。―――――家に帰って早速 カメラ屋に まだ12枚も撮れるフイルムを現像に出しに行きます。 あたしのイメージと言うものは 名人のそれとは 方向性の異なる想像なんです。こんな事を想像しながら 孤独を楽しんでしまうあたしは いつまで経っても 名人にはなれないんでしょう。それでも釣りは面白い。 しかし、ボートの上でここまで 想像しているのに どうして満月の夜は魚が釣れないの? 以上 コラムでした。 魚は 人間よりも遥か昔から地球に住んでいました。言わば地球の先住者です。オーストラリア大陸に幽閉された 罪深き白人の流 人達それが人間。もともとオーストラリア大陸で豊かな生活をしていたアボリジニが魚。メイフラワー号に乗ってアメリカ大陸に上陸し たイギリス人が 人間。もともとアメリカ大陸で穏やかに暮らしていたインディオが 魚です。 今では オーストラリア人と言えば 髪の 毛にパンチパーマをあてたような黒人(いわゆる土人)を想像する事はありませんし、アメリカ人と言えば 東洋人系の顔つきで 赤ん 坊に蒙古斑のある人種を想像する事は ありません。それと同じように、いつのまにか 人間は先住者の魚より大きな顔をしていま す。 人はいつから 魚を捕るようになったのでしょうか? ライオンは 腹が減っていなければ 楽しみで狩りをする事はありません。(小学生の頃「巨人の星」で信じ込んでいた話、獅子は我が 子を千尋の谷へ突き落とし〜は 作り話のようである)私たちの祖先は 自分ないし自分の家族が食べる量だけの魚を捕っていまし た。当時の海(川)は 恐らく魚の楽園であったにも関わらず、釣方・漁方が 発達していなかった為 大きな釣果は上がらなかったとは 思います。しかし いつの頃からか 人間は魚を飢えをしのぐ為に獲る事から レクリエーションに変え、「魚釣り」と言う楽しみを見つけ ました。挙げ句、更なる大物を追い求め 誇りに酔いしれるまでになりました。無論 魚とて 簡単に釣り針に 食いつかなくなります。 魚にも学習能力という物があるからです。とりわけ 沖の何十メートルもの底に沈む漁礁にいる魚より 常に人的プレッシャーにさらさ れている 堤防の魚の方が 警戒心が強いのです。ここに 人間対魚の互いの頭脳を駆使した 駆け引きが 生じます。 人間対魚。これは 決して対等ではありません。脳みその大きさ意外にも魚には 相当のハンディキャップがあります。人間と魚がロ ープで綱引きをすれば 非力な女性でも必ず人間が勝つでしょう。なぜなら 人間には手足があります。魚は手足が無い為 岩やテト ラポットにしがみ付く事は できません。その点 人間は 両足を大地へ ふんばる事ができます。しかも 人間には地球の重力と言う 味方があり、魚には浮き袋と言う負荷がかかります。ひいき目に見ても アンフェアな 勝負です。 そこで 登場するのが 釣り竿です。人間が釣り竿を使う事で 魚との綱引きが 対等に近づいた と言えるんじゃないでしょうか。ハリス が切れたり 竿が折れれば 魚の勝ち。魚の取れる最低限の太さのハリス、または魚の取れる最低限の剛性の竿で 釣り上げる事が できれば 人間の勝ち。むやみに太いハリスを使う事は 魚と対等では無くなります。(しかし 釣れなきゃ悔しいじゃん!) 人間は 竿 を使う事で 魚にハンデを与え、細い糸を使う事で スリルを楽しみます。できればこれ以上 釣り具(ラインやハリスも含め)が 発達し ない事を 魚は望んでいることでしょう。 私は 釣りが好きです。釣った魚を食べる事も 釣りの楽しみの一つです。釣り上げた魚は 生け簀に入れ ボートを桟橋に付けると 真っ先に流しで 生き締めにして エラとハラワタを穿りだします。 生き締めにして血抜きをした方が 身に血が行かず 臭みがありま せん。 また エラやワタを出した方が身が痛みにくいからです。 今、まさに生きていた魚のエラの後ろに ナイフを入れます。その時 魚と目と目が合った事があるんです。 一瞬 躊躇しますが 一 気に殺してあげた方が 魚を痛みや苦しみ(魚には痛覚が無いのですが)から 早く開放してあげる事ができると 思い切ってナイフ を貫通させました。 そんな時 私は思うんです。 釣った魚に恨みはありません。しかし 釣られた魚は 私を恨んでいるんだろうなぁ。 あなたに 魚の悲しさがわかりますか? 以上 コラムでした。第9号 あなたに魚の悲しさがわかりますか? その2このコラムのコーナーを読んでいる皆さんの中に 今まで金魚すくいをやった事が無い方は おそらく一人もいないでしょう。それほど 金魚 すくいと言うものは 市民権を得た 娯楽であると あたしは思います。あたしは 今でも 金魚すくいで子供と遊ぶ事があります。たとえ 10匹 以上すくえたとしても 家には水槽が無いので持ち帰る事はいたしません。以前は いつも持って帰ってバケツに入れておきました。子供 達が 金魚に名前を付けて 「大事に育てなさい」と教えていたのですが、3〜4日後には 必ず 死んでしまうか 断りも無くお袋が 捨ててし まいました。(なんちゅう祖母じゃ!) 金魚が 日本に登場したのは 一体いつの時代の事でしょう。中国から輸入されたのかもしれません。当時は 金の魚→金魚として一世を 風靡し、さぞや持て囃されたことでしょう。その後 養殖技術が発展し、金魚があまりにも繁殖が容易であった為、バブル経済の崩壊の如く その商品価値は 地に落ち、今では消耗品としての扱いを受けています。 金魚すくい用の 金魚は、餌を与えられる事もありません。金魚すくいで貰ってきた金魚は 子供にいじめられ、または 猫に食べられる運命 にあります。うっかりすれば 20cmぐらいまで育った金魚を見た事がありますが、その一生を 狭い水槽の中で過ごす事になります。それ ならまだしも 彼らは ブラックバスの餌として池に放流され、はたまた 狭い水槽の中にワニガメの餌として入れられています。 一部の運の 無い金魚にいたっては 大道芸の人間ポンプの見世物として 入りたくもないおじさんの胃の中を 出たり入ったり・・。おそらく 金魚すくい用の 金魚の中で 天寿を全うできた魚は いないのではないでしょうか? 輪廻転生と言うものが あるとしても決して 金魚すくい用の金魚にだけは 生まれ変わりたくありません。 金魚すくい用の金魚達とて 受精された以上 生まれたくて生まれてきたのです。 生まれたばかりの彼らは 広い池や川で泳ぎまわる事を 望 んでいたかもしれません。2〜3日の間 子供達にいたぶられ また 他のフィッシュイーターの餌にされた彼らは 志半ばで倒れた金王の志士 であると 言えます。 あなたに金魚すくいの悲しさがわかりますか? 以上 コラムでした。第10号 釣り人の悲しい性このコラムを読んでいただいている方々の中で 他人に自分の釣果を告げる時、実際の釣果より多少大袈裟に報告した事は ありませんか? 以前 知り合いのAさんに 最近の釣果を伺ったところ、 「チンタが2人で30匹 釣れたよ。」 あたしは 感心して 場所や餌を聞いて 次の釣行に思いを馳せました。 ところが 翌日 Aさんと同行したBさんに 「先日は 沢山釣れたんですってね?」 と伺えば、 「2人でチンタが50匹釣れたよ!いや〜、楽しかった。」 おやおや?少し大袈裟になっているぞ。ところがです。それから一週間程したある日、別の知人のCさんと話しをする機会がありました。そこ で Cさん曰く。 「先週 AとBが チンタを2人で100匹 釣ったんだって!」 と。 一体 どこまで話が大きくなってしまったのでしょう。 伝言ゲームじゃあるまいし、釣果が 日を増すごとに増えていき、この分ですと 一ヶ月 も経てば 400匹釣れた事になってしまいます。ここまで話が大きくなってくると 最初のAさんの30匹も疑わしくなります。 他にも 「50cmのセイゴが釣れた!」と広げた両手の幅は、どう見ても80cmの大マダカ! いっそのこと 手を縛ってから 話を聞かなければ 正確に伝わらなくなってしまいます。 釣り人は 大袈裟です。皆さんも 釣り人の釣果を聞く時は、話半分で聞きましょう。 かく言う あたしも皆さんに 負けず劣らず 大袈裟なんですが・・。 以上 コラムでした。