エネルギッシュな古代ロマン  筑紫国の古墳



竹原古墳・石棺に描かれた装飾

 
史跡・
竹原古墳前で            志賀の島・紀元1世紀の金印が発見された地  

                        
                       「
漢委奴国王」金印(レプリカ)

 
筑紫国造磐井の墳墓・岩戸山古墳


筑紫国(筑前・筑後)は、古代史上たいへん重要な場所である。
魏志倭人伝」に書かれた邪馬台国への道のりに関しても、
ここ筑前あたりでぷっつりと行程の消息が途絶え、
また、かの有名な金印『漢(かん)の委(わ)の奴(な)の国王』も、
筑前国・志賀の島で発見されている。
大和朝廷に反抗した、最大の戦いと言われる磐井の本拠地は筑後。
チブサン古墳・竹原古墳のような、縄文の色彩の強い装飾古墳も、筑後に点在する。

ここ筑紫は、かつてふたつの民族
ダイナミックに移動し、反発し、融合した地点であった。

例えて言うなら、人類が南アフリカあたりから発祥したように、
日本人はここ筑紫から発祥したと言っても、過言ではない。

紀元前2〜3世紀ころ、それまで日本列島に住んでいた原日本人(縄文人)の中に、
突如として、半島や大陸からやってきた異人種が、割ってはいりこんだ。
弥生人である。
縄文人と弥生人は、ここ筑紫で初めての出会い、やがて彼らはすこしづつ融合しながら、
弥生系の民族は、西へ、筑前〜関西方面にのびてゆき、
一方縄文系民族は、南へ、筑後〜熊本・鹿児島・沖縄に根強く残った。
縄文人と弥生人は、このように筑紫を分岐として、
南と西へはっきり民族が分割された痕跡がうかがえる。

こうして、今の日本人ができあがった。
つまり、日本人とは、大雑把に言ってしまえば、
縄文人と弥生人の比率が何%ずつ混ざっているか、それによって、顔形が決まる。
そういう意味で、私は、日本人はみな縄文と弥生のハーフだと思っている。

筑紫は、このように非常におもしろい場所である。

岩戸山古墳=歴史上有名な、筑紫国造磐井の墳墓で、
大量の石人、石馬などが出土している。
(アクセス:JR南久留米駅下車。駅前からバスで数分、
一丁田で乗り換え、福島高校前下車すぐ。)

志賀島=「漢委奴国王」の金印が発見された地。
現物はいま福岡市博物館の所蔵で、
志賀島には金印公園が作られ、碑が立っている。
ここではきれいな海で海水浴も楽しめる。
(アクセス:天神駅よりバスで数分、博多埠頭下車。
市営渡船場より志賀島航路で約40分)

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