
| じつは夢の中でもAB-TAP'Sの活動をしています。 夢の中のAB-TAP'S活動記録初公開です! (ハチャメチャな内容ですが、なにぶん夢なんで・・・ご勘弁を。) 2004年8月17日(月) 今日の夜、大きなイベントホールでマンガを描いてからタップダンスをソロで踊る ことになったが、そんな急に言われても準備ができない。ビデオに録画した自分を 見てみると、スケッチブックにドラえもんを描いていた。そしてタップダンスを 踊り始めた。ビデオでは自分はスマートに映っていた。最終の打ち合わせが始まったが、 アーネスト・ホーストが来ていないので、一人のスタッフは怒って帰ってしまった。 2004年8月15日(日) AB-TAP'Sのメンバー達が、それぞれ屋台の店を出している。わっきー&さくらの店で 買物をした。僕は子供がいっぱい乗ってる遊園地行きの電車(モノレール?)に乗って 帰途についた。 2004年7月23日(金) AB-TAP'SのKAORIさんと空手の試合で対戦した。KAORIさんは相当、練習を積んでいるようだが、 僕は空手をやったことがない。リハーサルで審判から「投げ技は禁止」と言われた。あとは 本番を待つばかりだ。 2004年7月4日(日) タップダンサー風○弘子先生のレッスンを受けた。 2004年7月3日(土) なっち(安倍なつみ)と結婚することになった。 2004年6月27日(日) 健康センターでタップダンサー松○陽子さんと会った。 「さっき、ホームページで、まっちゃんの写真を見たばかりなんだよ。偶然だね。」と話した。 2004年5月25日(火) ダンスライブの打ち合わせで、うまく意見がまとまらないので、「ではAB-TAP'Sは 参加しません」と言うと、ライブの主催者が「それじゃあライブができないなあ」と 困っているので「じゃあ僕以外のメンバー達に出演してもらいます」と妥協案を 出した。次にライブ会場の下見に行くことになった。会場は大学の中にある古ぼけた 教室だった。この教室を設営するとカッコいいライブ会場になるらしい。 2004年4月28日(水) 野球の試合をやっていたら暴走族が乱入してきた。守備についているAB-TAP'Sの 女の子達は大丈夫だろうか?あるタップダンサーは包丁を持って暴走族と戦っている。 僕はチンピラと戦っていたが、やがてプロレス対ボクシングの対抗戦が始まった。 2004年4月23日(金) 西友の1FにあるマクドナルドでAB-TAP'Sの佐藤未佳たちと食事をしている。 佐藤未佳は癒し系だなあと思った。 2004年4月17日(土) 飲み屋にAB-TAP'Sのメンバーが集まることになった。ゲストの江○祥子さんも やってきてAB-TAP'Sの写真を見ている。他のメンバー達も少しずつ集まり始めた。 僕がちょっと席を外して戻ってくると、親父も寝ころんでいた。死んだ親父も元気 そうで、なによりだと思った。 2004年4月16日(金) 鶯谷駅近くの路上でAB-TAP'Sのメンバー達とたむろっている。僕の昔の写真が 入ったアルバムをわっきーに見せている。「髪の毛がいっぱいあった頃の僕は 可愛いでしょ」というと、わっきーは「???」という顔をしていた。他にも、わっきー が浮かんでる写真や仮面ライダーの姿をした早坂さんの写真などを見せた。 明日は鶯谷の東京キネマ倶楽部でAB-TAP'S飲み会なので、お店を予約しようと したが、まだ開店してなかった。えのきさんに「明日は池袋でディナーですか?」と 聞くと「いやっ、明日は大丈夫です」と言っていた。みんなで地下道を通って帰途に 着いたが、駅はどっちなのか分からず迷った。 2004年4月13日(火) 体育館にHxx'z Fxxlのライブを観に来ているが、生徒達がキチンと整列しないため なかなかライブが始まらない。やがて姿を見せたNOZOMIさんは相変わらず美しく、 僕は魅了された。 2004年2月18日(水) 昔の仲間のダンスライブがあるので、僕はライブ会場である武蔵野スイングホールに 向かおうとしている。でも着るものがない。僕はやむを得ず、ジーンズの上からよれよれの Yシャツを着て、カジュアルジャケットを身につけた。雨が降ってきたが、タクシー代もない。 一人の親切な友人が車でライブ会場に運んでくれた。しかしライブは少ししか観ることが 出来なかった。 2004年1月26日(月) 照井さんとAB-TAP'Sライブの打ち合わせをしていると、脇山尚美もやってきた。夜空を 見あげると、曇り空の中に一ヵ所だけ丸く晴れているところがあって星が見えた。 「あの星がワッキーの星か」と思った。 2003年12月24日(水) 食事会の後にライブが始まる。食事のテーブルには小泉首相と大臣も到着した。僕は自分の 踊る曲をもう1回聞くために席を外した。控え室には「世田谷ジャクソン」のメンバー達が いる。僕の踊る曲のタイトルはM-BEATだ。でもM-BEATなんて曲あっただろうか?だいいち 振付も考えてない。AS○KIさんと一緒に踊ってもらえれば、なんとか踊れるかもしれない。 2003年12月19日(金) AB-TAP'Sライブの全員で踊るナンバーに僕も出演することになった。江○祥子さん振付の この曲なら僕も踊れるはずだ。でも僕が持ってきたタップシューズは愛用のK360ではなく コッポラだった。このシューズではヒールの音が出しづらい。僕はメンバーの佐藤未佳さんと 一緒に踊った。観客席にはお客さんが入り始めた。しかし今日は土曜日だけど公演予定は あっただろうか?公開リハーサルになったのだろうか?舞台ではAB-TAP'Sのメンバー達が 長渕剛の歌に合わせてジャズダンスを踊っている。 2003年12月14日(日) タップダンサーの金○りずむさんが僕の実家にやってくる。僕はりずむさんを 喜ばせるため、りずむさんの似顔絵の下に「歓迎りずむさん!」と書いて玄関に 貼ることにしたが、紙を貼ってる最中にりずむさんが来てしまった。AB-TAP'S ライブを成功させるためのアドバイスをもらおうと思っていたが、僕の家に来たのは マネージャーさんだけで、りずむさん本人はなかなか自動車から降りてこなかった。 2003年12月13日(土) AB-TAP'Sの自主練。今日は僕も一緒に練習してるが振付を知らないので、一人だけ 違うステップを踏んで練習した。 2003年12月8日(月) AB-TAP'Sライブ本番。 僕はインプロ(=即興)で完璧なソロを踊った(註:えび丸は夢の中でのみインプロができる)。 楽屋に戻ると、慌ててメイクをしないで踊ったことに気付いた。白○博之先生が「そのくらい 一生懸命やったほうがいいんだよ」と言った。舞台では赤帽のお爺さんがゲームをしている。 このゲームは面白いけど時間が長いので、次の回からは大幅にカットしなくてはと思った。 次に茨城の友人・薄井さんがコミカルなステップのダンスを踊りはじめた。薄井さんのステップで 最後に敷いてあったコンパネがひっくり返って、お客さんは爆笑していた。しかし舞台が暗転しない。 「暗転して!」と僕が言うと、照井さんが「ここは暗転しなくていいんです。」と言った。 2003年11月8日(土) AB-TAP'Sライブの2ヶ月くらい前のリハーサル。だがダンスがまったく揃わない。 出演者は初心者ばかりで、このままではライブには間に合わない。 目が覚めてから出演者全員が熱心に練習しているメンバーである現実を思い出して ホッとした。 2003年9月23日(火) 勉強のため舞台で芝居をやることになった。僕は周囲の人に芝居や舞台について教えて もらった。芝居は脚本なしのアドリブだから、うまく出来ない。タップダンスも踊った。 観客は出演者でもあるので、自分の出番が来ると舞台に上がってきてしまう。観客席が 盛り上がらないのも無理はない。 2003年8月16日(土) 朝起きたらAB-TAP'Sライブの本番当日だった。まだ全然、準備が出来ていない。僕のソロは どうすればいいんだ?もうミッキーマウスマーチを踊るのは嫌だ。そもそも今日は何時から 本番が始まるのだろう?昼の部は午後1時からにしようと思っていたけど、もう午後1時すぎだ。 2時からにしようと思い、照井さんの携帯にかけるとスタッフの女の子が電話に出た。「なんで 照井さんの電話に君が出るの?」と聞くと、女の子は「ヘヘヘ」と笑っていた。 2003年5月20日(火) ク○ッシ○ンドのミュージカルでメグちゃん振付のタップを踊っている。しかし、久しぶりなので ステップが思い出せない。観客は少ししかない。しかも足場が崩れはじめた。これでは踊れない ので僕は出演をやめることにした。でもメグちゃんは出演すると言って残った。少し寂しい気分に なった。公演が終わる頃に自転車で様子を見に行くと、照井さんたちが公園にたむろしていた。 前山さんが来るのを待っていると言う。照井さんには八王子のおいしくて安い店を教えた。劇場に 行くと、前山さんが一人で片付けをしていた。西八王子駅には明石オヤジ達がいた。僕は高木君に 「高木君、俺さあ、髪の毛なくなっちゃったよ」と声をかけた。 2003年5月16日(水) ホテルの庭でパーティーをしている。前回のライブで傷ついた出演者がいると野坂さんが言った。 「それは誰ですか?」と聞いたら2人の名前をあげたが、僕はその2人を知らなかった。 2003年4月18日(金) AB-TAP'Sライブが始まった。僕はソロを踊るために舞台に立ったが、そこは客席の後側にある 舞台なのでお客さんは僕がどこで踊っているか分からないようだ。「茶色の小瓶」を踊った。振付 なしのインプロだけど我ながら上手く踊ることが出来た。舞台は観客席の前の城のような高い建物 (銅雀台?)の上に設置されている。これではタップを踊っても足元が見えない。誰がこのような設営 を考えたのだろうか? 2003年4月9日(水) 江○祥子さんが家にやって来たので丁重にもてなした。僕はドイツやヨーロッパの人たちに 「エビ理論」を講演しに出かけた。 2003年3月30日(土) 街で江○祥子さんに会って話した。江○さんが「また来年会いましょう」と言うので、「いやっ、 今年中にあと2回は会いたいです。」と答えた。 2003年3月25日(火) 久しぶりに冨○かおるタップダンスカンパニーにレッスンに行くと。5年ほど前によくレッスンに 通っていた頃の風景があった。その頃、一緒にレッスンしていた今本さんもいた。 中学の同窓会が始まった7〜8人のメンバーが集まってきた。僕たちはみすぼらしい飲み屋が密集 してる場所の一角にあるラーメン屋の座敷で飲むことになった。翌日も中学の同窓会が始まった。 昨日来れなかったメンバーが、やはり7〜8人集まって来た。月日は人を変えるものだが、クラスで 一番成績の良かったKさんという女の子は、身長180cmくらいある男性になっていた。また昨日と同じ 店で同窓会を行った。 2003年2月27日(木) ファーストフード店を覗いたらシピエがいたので、僕も一緒に食事させてもらった。 2003年2月18日(火) 地元の公民館のイベントに母が「平和の森」を呼んだらしい。僕は公民館をストリートっぽい雰囲気の 座席設定にするように指示した。 2003年2月17日(月) 音楽の授業。先生の前で一人ずつ縦笛を吹くテストをしている。でも上手く笛を吹ける人はいない。 一人の生徒が「この笛を吹くのは無理です」と抗議していた。僕は文化会館の前にいたが、笛のテストを 受ける順番がきたので音楽室に行った。僕がタップを踏みながら笛を吹くと先生(女性)は、とても 喜んで「人生で一番大事なのはリズムなのよ」と言った。僕は「金○りずむ」というタップダンサーが いることを先生に教えた。 2003年2月14日(金) 美しい女性ジャズシンガーと共演することになった。僕にとっては一世一代の晴れ舞台だ。僕は タップを踏んだりベースを弾いたりして練習に励んだ。帰り道、短い距離だが僕は空を飛べることを 皆に告白した。とりあえず100mくらいの田んぼを飛び越してみせた。えのきさんが驚いていた。 2003年1月8日(水) AB-TAP'Sライブが始まる。開演前に出演者たちを集めて、入場料金をいくらにしようか話し合っている。 僕は入場無料にしたかったが多数決で入場料金は¥1000に決まった。お客さんが入ってきた。 500人以上は入れるホールがあっという間に満員になった。僕も後部座席で公演を観ることにした。 しかし後部座席周辺は若者たちが騒いでいる。僕は静かにするように注意をした。オープニングが始まった。 照井さんがサドゥたちと踊っている。しかし振付が違う。ここは照井ソロが入るはずだった。照井さんは いつの間に鈴○厚子さんの振付レッスンを受けたんだろう?その他の出演者たちも僕の知ってるのとは 違う振付を踊っている。みんな影で練習していたのだ。僕は公演終了後の作業をいまのうちに準備しなくては ならない。照井さんに「終わったらすぐに立ち食いそば屋の手伝いに行ってくれ」と伝えたが、断られた。 2003年1月1日(水) 昔タップの舞台をやった仲間と学校の廊下で騒いでいたら、後ろから先生(女性)がやってきたので 慌てて教室に入った。教室では違う先生(女性)が授業をしていた。後ろから来た先生が 「授業に遅刻してきて謝りもしないの?」と僕を責めたが、授業をしていた先生は 「ふ〜ん、遅刻しちゃったの」と言いながら、僕の頬をなでてくれた。授業はすぐ終わったので 僕は先生についていった。 2002年12月27日(金) Hxx'z Fxxlのライブを観に来ている。会場の和室に僕は腰をおろした。江○さんが出てきたら 「Shokoおおおおお!!!」と掛け声をかけよう思っていたが、江○さんはスタッフとして 働いているようだ。How'z Feelのプロモーションビデオが流れ始めた。ビデオには白髪のおじさんが 映っていた。Hxx'z Fxxlの新メンバーらしい。僕は、そのおじさんを知っている。舞台に出演者たちが 登場した。新メンバーのおじさんも舞台に現れた。しかし、おじさんだと思っていた人は女戦士だった。 カッコいい演出だと思った。 2002年11月9日(土) 小梅が選挙活動にやってきた。 2002年11月5日(火) AB-TAP'Sの練習の後、Mちゃんに「メシ食いに行こう」と言ったが、先約がいるからと 断られてしまった。 家でくつろいでいると数年ぶりにヤマヒコが帰ってきた。外の寒さに耐え切れなくなって 戻ってきたらしい。 2002年11月4日(月) AB-TAP'Sライブ、流れてきたのは99年のライブで僕が一人で踊った曲。僕は、いまだに この振付を完璧に踊ることはできない。だから舞台に出ていくことはできない。誰もいない ステージに、ただ曲だけが流れていたが,やがてフェードアウトしていった。 2002年10月15日(火) 役者として舞台に立っていた。伝説の勇者を探す王様の役だ。共演者たちはアドリブを連発 しているので、僕もアドリブでギャグをいれたら観客席にウケていた。しかし、その直後に 共演者が言ったギャグに僕は素に帰って笑ってしまった。次の出番は勇者の役を演じなければ ならない。僕は舞台袖で必死に王様の衣装を勇者向けのものに改造していた。 2002年10月3日(木) タップダンス・インストラクターのSさん(Uさん?)と舞台でタップを踊っている。でもSさんと僕の 振付が違う。本番中であるにも関わらずダンスは中断してしまった。関係者たちが舞台に上がって きて対策を練っている。誰かが僕を見ながら「あの人また失敗したよ」と言っている。僕は逃げるように ライブ会場を出ていった。 2002年10月1日(火) AB-TAP'Sライブが始まっている。鈴○厚子さんとシピエがハンドベルを演奏している。出演者である モー娘の保田がやってきた。僕は本人の前で自分が保田ファンであることを言うのは恥ずかしいので 「友人に保田の大ファンがいるんですよ」と話した。 「ライブの打上げはどこでやるの?」と出演者に聞いたところ「ここでやります」と言われた。今回の 打上げは劇場内の座敷でやるらしい。ライブが終わるまで、あと2、3日はある。僕はやることがないので どうやって時間をつぶそうかと考えていた。 2002年9月23日(月祝) 今度の舞台で踊るソロ曲の振付を女性タップダンサーのK先生に習っている。しかし本番の日の朝、 目を覚ますと、僕はK先生になっていた。そしてK先生は僕になっていた。だから僕達は結婚する ことになった。 2002年9月22日(日) また舞台でミッキーマウスマーチを踊ることになった。何回目だろう?でも流れてきた音楽は ディズニーの違う曲だ。これでは踊れない。 次回のAB-TAP'Sライブに向けての打ち合わせが終わった。僕はメグちゃんと帰ろうとしたが、 電車の切符を買うのに手間取っているうちに、みんな先に行ってしまった。僕は走って追いかけた。 みんなに追いついた途端に激しくスッ転んだ。「いまのはウケを狙って転んだんだよ」と 僕は皆に弁明した。 2002年9月16日(月・祝) 男性用カツラを買わないかと言われてスタジオGETに行った。GETではメグちゃんやアヤさんが 練習をしていた。カツラは似合わないので買うのをヤメた。すると男は、もっといい商品があるから 話を聞きにこないかと言った。僕はマルチ商法に興味がなかったので断った。 帰り道、僕は家に帰ろうとして迷った。僕はどこに帰ればいのだろう?茨城の実家か?八王子の アパートか?僕はどういう生活をおくっていけばいいのだろう?どこで働けばいいのだろう? 何がなんだか分からなくなり、顔なじみのお店に行こうとしたが、もうどのお店も八王子では 営業していなかった。 2002年9月12日(木) AB-TAP'Sライブが始まる。今度のライブは無駄をはぶいてある。前説で舞台に立った僕は ライブが2時間ちょっとで終わることを観客に告げた。会場は小学校の体育館のような場所。 体操着を来た小学生たちが体育座りで舞台を見ている。僕は高いところにいる音響さんの 横に待機した。音響さんのいる場所は不安定でいまにも階下に崩れ落ちそうだったので 恐怖心を覚えた。下を見ると照井さんの演技が始まっているが、照井さんはアドリブを連発 している。不審に思いよく見ると、観客席には誰もいなかった。子供たちが座っていた場所は 公園に変わっていた。そして街の中には誰もいなかった。僕は無人の街を一望していた。 2002年9月9日(月) 八王子をタップダンサーの江○祥子さんと歩いている。ついさっき僕は江口さんの 振付でタップダンスを踊ったばかりなのだが、僕以外はプロのダンサーばかり集まった グループの中で踊ったので、当然僕が一番下手だった。江○さんと反省会をしながら歩く。 八王子駅の近くで江○さんとコーヒーを飲んだ。 2002年7月22日(月) 朝、目を覚ますと荷物が届いていた。ダンボール箱の中にはライオンが入っている。 いまにもライオンが箱を開けて出てきそうなので、箱の上にそっと重い荷物を置いた。 このライオンは金○里朱生さんに舞台に上がってもらう関係で届いたものなのだが、 いったい、どうすればいいのか?ライオンの取り扱い方が分からない。僕は箱を もう一度、厳重にガムテープで梱包して発送元に送り返す手続きをした。 2002年7月21日(日) すごいタップダンスの舞台を作ろうとして悪戦苦闘している。 目を覚ますと「舞台の予定なんてないよな・・・」と思う。 もう一度寝るとまた同じ夢を見る。起きてまた同じことを思う。 この繰り返しが続く。 2002年7月20日(土) 公演の打ち上げの後、みんな僕の家に来て寝ていたが、お昼頃起きて帰っていった。 さっちゃんだけは「私は夜7時に巣鴨に行く予定だから」と言って、また布団にもぐって寝てしまった。 2002年5月8日 AB-TAP'Sライブ本番当日。出演者たちは舞台の準備をしている。僕は劇場の近くにある 自宅に忘れ物を取りに行ったが、しばらくするとメグちゃんが迎えに来た。 「三鷹に引っ越したの?」 「うん、劇場の近くに住んだほうがいいと思って」 僕たちが劇場に戻ると、ちょうど制作会社の人たちも到着したところだった。 時計を見ると午後6時、開演まであと1時間しかない、いよいよ本番が始まる・・・・うん!? 待てよ、たしか初日は午後3時にも公演を予定していたはずだぞ?しまった!!!!! 午後3時に開演するのを忘れてしまった!!・・・でも、まあ仕方ないか、7時に開演できる ように頑張ろう。 2002年4月25日 電車の中でAB-TAP'S出演者のさっちゃんが「どうしてもビール一杯飲みたいからつきあって」 と言うので「わかってるよ」と答えて、蕨駅の隣の名も知らない駅で降りた。すると、犬、猫、うさぎ(?) などのたくさんの動物が集まってきた。どうやら僕たちに助けを求めているらしい。しばらく歩きまわって いると、いよいよ危機(?)の時が訪れた。僕たち3人(誰?)はダンボール箱に中に隠れた。 2002年2月20日 AB-TAP'S公演が終わり、打上げで飲んでいる。MXXXU先生は、かなり酔っ払って いるようだ。1次会が終わり、僕が会計に手間取っていると、いつのまにか皆いなく なってしまってしまった。僕はメグちゃんに電話して2次会に行こうと主張したが、 メグちゃんは「もう朝の4時だから駄目」だと言っている。どうにも僕は納得ができなかった。 2001年10月17日 あるタップダンス教室を見学に行く。この教室に入ると1ヶ月に1回、舞台に立てるので 勉強になるかもしれない。教室に見学に来た人は、隣りにあるプリンスホテルを利用して よいと言われて、ホテル好きの僕は嬉しくなって、警備員にホテルに案内してもらった。 ホテルを無料で使えるなら、毎週でも教室の見学に行こうと決めた。 2001年10月9日 ピラミッドの中に敵に石をぶつけるための罠をしかけた。しかし、石はやがて現れる タップダンサーの江○祥子さんかNOXXMIさんに命中してしまう確率が高い。 ギリギリまで迷った末に僕は罠を撤去することを決めた。 2001年9月10日 明日は、AB-TAP'Sライブ本番。ライブ会場は石岡一高の3年2組の教室。 僕は他の教室をライブの宣伝にまわって歩いたが、飯塚君からライブのある時間は 授業中だから観に行けないと言われた。 教室は地球から分離した小惑星の上にあるが、地球も小惑星も自転してるために 小惑星上の林が地球にひっかかってしまい、ライブ会場は無茶苦茶になってしまった。 2001年7月30日 AB-TAP'Sライブ本番5分前だが、スタッフたちは、どこへ行ったんだ? とりあえず受付はOさんという可愛い女の子に任せることにした。 お客さんが隣りでやってるイベント会場に間違えて入っていきそうだ、誘導しなければ・・・。 オープニングで踊る忍者軍団は、すでにスタンパイしている。 大名行列が観客席に入ろうとしているが、まだ開場してないので止めなけばならない。 受付の中田に用事を頼もうとしたが電話中だ。スタッフの女の子2人は足軽に 変装して山の中を走り回りAB-TAP'Sライブの宣伝をしている。 僕もなんだかんだで山の周りを一周も走ってしまった。ABライブは時間通りに 開演できるのだろうか? 2001年7月25日 タップダンサーの白○博之先生に用事があって会いに行く。しかし白○先生は 2人いた。1人は青、もう一人は黄色のTシャツを着ていた。2人は微妙に違う 雰囲気を持っているが、どうみても2人とも本物の白○先生だった。 2001年5月8日 カメラマンの須藤さんがカメラを構えている。僕は誰よりもカッコよくステップを 踏んでみせようとタップシューズを履いた。しかし、いつもと違うこのシューズでは、 いい音は出せない。自分のシューズはどこにあるんだろう?探している時間は 無いし、足場もグラグラしているこの場所ではタップを踊れそうにない。 2001年4月18日 タップダンサーの藤○誠先生のスタジオにレッスンに来た。肩を組んで踊ったりする 振りがあってとまどったが、ステップはちゃんと踏むことができた。 帰り道に、トラックの荷台で冨○かおる先生とレッスンの反省会をした。 2001年4月16日 今日は世界最後の日だ。僕は地球防衛軍みたいなところで働いている。 最後の日だけあって、いろんな懐かしい人たち人と会うことが出来た。 手塚治虫のマンガを読んでいたら、気がついたときには周りは女子高生で いっぱいだった。今日で最後だから女子高生たちは自分のマンガ本を整理 していた。作業の邪魔になるので僕はマンガを読むのをやめた。 「おまえはマンガかたづけないのか?」と昔の友人(誰?)に言われたが 「うん、世界は終わらないから大丈夫だよ」と答えた。 世界最後の瞬間がついにやってきた。僕は、とりあえず国道沿いに落ちてくる 隕石をパチンコで撃墜していたが、パチンコで隕石を破壊できるのだろうか? と素朴な疑問を感じた。世界最後の時間が過ぎた。世界は終わらなかった。 みんな家に帰って行った。僕が歩いているとタップダンサーの江○祥子さんが ママチャリに乗って現れた。後ろに乗せてあげるよ、と言われて、2人乗りは 違反だからと遠慮すると「世界最後の日だったんだから警察も2人乗りくらいで 怒んないよ」と言うので、それもそうだと思い、後ろに乗せてもらった。 2001年3月6日 照井さんと話していたら、以前に一緒に舞台をやったことのある役者のAさんがいた。 Aさんに用があることを思い出して声をかけるが、Aさんは僕を無視して行ってしまった。 何かAさんを怒らせるようなことをしただろうか?何もしてないはずだ。理不尽な態度に 超ムカついた僕はAさんを追いかけた。丘を越えたりて谷底に降りたりして追跡したが とうとうAさんを見失ってしまった。 2001年1月19日 筑波山に遊びに来ている。温泉に入ろうとしたらお風呂は縦に細かく仕切られていて、 並んで入らなければならず、しかも水風呂だった。つまらないので下の階に行ってみると タップのインストラクターのKさんが夏休み特別企画でエアロビクス教室を開いていた。 僕はチケットを持ってないのでエアロビに参加することができない。教室の外でKさんに 話しかけると「エアロビ教室を手伝って」と言われた。夢の中のKさんは(現実以上に) 美しく優しかった。 2001年1月11日 タップダンス発表会。(主催は冨○かおるタップダンスカンパニー?) 会場は狭い小劇場(中野の「あくとれ」?)桜木かおるが遅刻して来た。 一番最初は、坊主頭の大男2人が対決した。一人は元プロレスラーのキラーカーンだ。 会場は盛り上がっている。僕の出番の直前、衣装が足りないことに気付いた。 首につけるリボン(蝶ネクタイ?)が見つからない。仕方ないのであきらめて 舞台にでることにした。しかし、舞台では小さい子ども達が遊びまわっている。 客席にも子どもが数人いるだけで、誰も舞台を見ていない。 僕はミッキーマウスマーチを踊りはじめたが演奏がいつもと違う。見ると 女性が電子オルガンのようなものを奏いている。しかも音量が小さすぎて 聞こえない。「音量をあげて」と僕は演奏者に目で合図する。こんな状態で 満足に踊れるはずもなく、振りは途中で崩壊しアドリブで踊ってしまった。 2000年12月28日 2年前に一緒に舞台をやったメンバーたちの公演を観に行く。広い学校の校庭のような 場所で演技する彼らの姿を僕はビデオカメラで撮影しているが、カメラはいつしか特定の 女性ばかりを追いかけている。だがカメラ越しに目にしているこの場面はすべて2年前に 見たものだ気付いた。・・・ということは、まもなく時間に遅れて僕自身が現れるはず。 やがて姿を見せた2年前の僕はあまりにも老いていて醜かった。 2000年12月6日 歌舞伎町をタップダンサーの江○祥子さんと歩いている。 「最近はプロでもあまり(タップが)踏めない人が多いのに (AB-TAP'Sの)メグちゃんは頑張ってるねえ」と江○さんは言っていた。 「今度の金曜日はレッスンに行くの?」と聞かれて 「薄井さんかMAYOU先生かXXXさんのところに行こうと思ってます」 と答えた。 2000年11月27日 AB-TAP'Sの稽古中。ミュージカルグループの練習を見ていた僕に 「そこ海老原さんが歌うとこだよ」と声がかかる。「僕が歌うの・・・!?」 と狼狽しながら歌っていると、さおりさんから「もっと楽しく歌わなきゃダメ!」 と言われた。僕が上手く歌えないので、みんな不満そうな顔をしている。 練習を終えて帰る役者の女性(ABのメンバーじゃない)に「おつかれ様」と 声をかけたが完璧に無視されてしまった。 坂道を下りていくと角をはやした羊が、僕に向かっていまにも飛びかからん勢いで 猛り狂っていた。仕方がないので道を引き返したが、坂の上から下を見ると その羊とゴリラが睨み合っていた。そのゴリラは、さきほど僕を無視した女性が 変身した姿だ。2匹の動物は喧嘩になったらお互いダメージが大きいと判断したらしく。 睨み合うのをやめて帰っていった。 2000年11月12日, 発表会のリハーサルでの帰りの電車の中。 疲労で爆睡するが、夢の中にタップシーンが現れる。 カタカタという音が頭から離れない。「もうヤダ!」と思い、 何回寝直してもタップの夢は終わらなかった。 2000年10月12日 今日はAB-TAP'Sライブの本番だが、急きょ会場が変更になった。 新ライブ会場は出演者Aさんの家だ。Aさん宅のお茶の間には、すでに 近所のおじさんおばさん連中が集まっている。いよいよ僕が踊ろうとすると、 Aさんのお父さんが現れ言った。 「ここは民家なんで、あまり大きい音を出されると困るんです。」 もっともだと僕は思い、ふたたびライブ会場は変更になったのだった。 2000年8月15日 98年の12月に東京体育館でダンスイベントの裏方を勤めたが、そのときの 出演者たち(全員)と再会した。一人一人の顔はよく思い出せないのだけど、 たしかにあのときのメンバーたちに違いなかった。懐かしい気持ちと同時に 僕は彼らに対するコンプレックスを少し感じていた。 2000年8月12日 どこかの大学の文化祭会場をブラブラ歩いている。学生たちで賑わうキャンパス。 じつは仲間に入りたいのだけど、自分はここの学生ではないので無理。 キャンパスの片隅に知り合いのM君がいた。日本一アイリッシュダンスに 詳しい彼はリバーダンスを披露するための設営で棺桶のようなものを 作っていた。どうやらこの棺桶から出てきて踊る演出らしい。 棺桶=死、そしてダンス・・・という連想から僕は映画「ホワイトナイツ」の オープニングシーンを思い出した。 |