1994年7月。
その年の春に大学に入った俺は、大学生にもなってチャリ旅なんてできるのだろうかと心配していたが、「夏休み」というものが学生にはあった。高校時代よりも長いじゃないか。
んじゃ、どこを走ろうかな。
俺は同じ道を往復するのが嫌いなのだが、同じ道を通らずに海岸線を制覇するには島とかを一周するくらいしかない。
しかし、長い夏休みとはいえ、俺もヒマじゃないので、どこかを一周するほどの日数もないし、家から島までって移動もメンドイしどうしよう、ということで思いついたのが、「大学のある伊勢から、紀伊半島を大回りして実家のある大阪まで自転車で帰る」ということだった。これなら一本道だが復路が必要ない。すばらしい立地条件だ。
二度のチャリ旅を経た経験により、すばらしく利口になっていた俺は、旅に道路地図を持って行くことにした。というか地図も持たずに旅に出ていたこれまでが異常であるといえよう。
自転車は、先代ダークジャスティス改が死んでしまったため、大学に入ってから購入したシュトルムウントドラング(疾風怒濤)号だ。3段変速。前カゴあり、荷台なしという、ママチャリと呼ぶのはあれだがまあシティサイクルであり、MTBやATBではない。しかしボディはアルミ製でありなかなかに軽い気もしたがよくわからん。
かっこうはジーンズにTシャツ。当時は自転車旅行にジーパンは向かないということを学んでいなかった。
それでは、旅に出る前にメモ帳に記した「旅の心得」を見てみよう。
<ちゃんと顔を洗う。
荷物は背負わない。
できるだけ寄り道する。>
たったこれだけである。
そもそも、ちゃんと顔を洗うのは旅の心得ではなく、日常生活の心得だな。
「荷物は背負わない」とは、四国をまわった時にケツが痛かったのを、荷物を背中に背負ったせいにしたからだ。とはいえ前カゴでは手が痛いので、おそらく荷台が必要なんだろう。
そして今だに「寄り道」がなかなかできない。この、寄り道ができない、というのには理由があって、〔つかれたから面倒だ〕に始まり〔また、行けるからいいや〕と思ってしまうのと、〔ここで行き残しておくほうが、また来る気になるよな〕と、いうのがある。俺は旅行は好きだが外国には全く興味は無いので、日本国内に「行きたい場所」を多数ストックしておくほうが将来的に楽しかろうぜ、ということなのである。極端な話、自転車旅行は大人になってからする旅行の下見なのである。というか、まだ大人じゃないのか俺。
7月19日(火)一日目
和歌山県那智勝浦町で10日間のアルバイトを終え、JR那智駅前の海で友人とひと泳ぎし、特急「南紀」に乗って伊勢に帰ってきたのは夕刻。(今回はそのバイト代を持っていたため金には不自由しなかった)
大学の寮の駐輪場で、あらかじめ用意してあった下駄に履きかえ、それまで履いていた靴を捨て(それまで履いていたというのは嘘で、紀伊勝浦から寮まで裸足だった。靴は海で濡れたので、濡れた靴を履くくらいなら、と海水浴場から列車の中から寮へむかうバスの中も裸足だった)夕方ごろに伊勢を出発した。
走り出してすぐ、下駄に履き替えたことを猛烈に後悔する。あたりまえだバカ。
しばらく走って鳥羽をすぎ、あたりは暗くなってきた。しかし走るのをやめるわけにもいかずダラダラ走る。
大きめのスーパーを見つけ入店。手持ちライト用の乾電池と、なんかに使えそうだと洗濯用っぽいロープを購入。
すぐ近くにあった公園。気持ち悪いことこのうえない。そのうえ、これは目の所が開いており、このあと子供がそこから顔を出し、さらにキモチワルサは倍化。
大きな橋を渡ると風光明媚な有料道路として知られるパールロードの入口に差しかかった。他に道が見つからなかったので仕方なく100円を払ってパールロードに入る。というか自転車でも通れるのかと驚く。
そのままパールロードを進めば、なんということはなかったのだが、下へおりる脇道が見えた。
パールロードは恐らくのぼったりおりたりそんな道だろう。しかしこっちは下り坂だ、もしかするとアップダウンのないルートがあるのかもしれない、とアサハカに考え、おりてしまったのが大間違いだった。集落に入ってしまい、先へ進む道はなくなる。少しばかり行ったり来たりしたのち、自分が下ってきた坂道をのぼってパールロードに復帰しなければどうにもならないことを悟った。
しかしあたりはすでにまっ暗。暗くなると、道に迷うのが非常にいやだ。不安感がどうしようもなくつのるのだ。だから夜間は迷っていないときしか走らない。
だから(というのは単なるいいわけなのだが)、近くの廃車置き場にあった廃車に乗り込み、そこで夜を明かすことにした。上に乗用車が乗っているのが少し心配だったが、まあ死にゃあしまい、と思った。
ということで出発初日は殆ど進んでいない。伊勢から鳥羽まで距離にして25キロ程度。これじゃあちょっとしたサイクリングじゃないか。
車中で、途中サークルKで買ったおにぎりを食べる。しかし殆どのどを通らず、3個パックの一個だけ。
空を見上げる。重黒く広がる雲のなかに稲光のようなものが煌く。雨の降りそうな感じはしないが、紀伊勝浦から伊勢まで向かう列車の中で雨にあったので、その雨がやってくることは予想できた。先行き不透明。いや限りなく透明に近い灰色。
旅日記には<もう止めたく辞めたくなっています。しかしやめたら色んな人に言ってるので面目まるつぶれです。だからがんばるしかないのであります。>とたいへん気の弱い事を書いている。体力的にこんな距離でへばってしまった自分に自信が無くなったのだと思ったが、昼に海で泳いだんだから疲れていて当然。
そして俺を非情なさびしさが襲った。旅日記に人恋しい事をひたすら記している。しかし何も解決はしない。
どうやら、今回のポイントは「さびしさ」(人恋しさ)。
この旅では異常にさびしがる俺を見ることができた。いま思っても、おかしいほどにさみしがっている。理由は単純に、出発直前まで人といたからだと思う。これまで琵琶湖や四国を走ったときは、春休み中で、長く人と会ってなかったからさ。俺は独りきりでいても平気だしこれといって人間なんていなくてもやってけると思っていたのに、俺ってこんなに人間を必要としているんだ、と初めてわかった。
出費
ライフガード1リットル(227) お握り3個、からあげ棒(461/つまりサークルKである) 紐、電池(748。物干し紐) パールロード(100円。自転車が通れることを知らなかったって、どこ通るつもりだったんだよ)
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